医学検査
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原著
マウスTm2d3遺伝子は劣性致死遺伝子である
板橋 匠美北川 元生増田 渉安島 理恵子相賀 裕美子梅宮 敏文
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2022 年 71 巻 3 号 p. 412-416

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Abstract

【目的】Notchシグナルやアルツハイマー病発症に関与することが示唆されているTransmembrane domain containing 3遺伝子(Tm2d3)について研究するため,Clustered Regulatory Interspaced Short Palindromic Repeats (CRISPR)-CRISPR-associated (Cas) 9法を用いて作製したこの遺伝子のノックアウトマウス系統を検索している。ノックアウトマウスはどの時点で得られるかを検討した。【方法・成績】常染色体上の遺伝子であるTm2d3のノックアウトマウスを得るため,ヘテロ接合体の雌雄マウス同士を交配し,生まれた仔マウスの遺伝子型をPCR法によって検討した。得られたマウスの遺伝子型は野生型とヘテロ接合体のみで,ノックアウトマウスは存在しなかった。ノックアウトマウスは胎生致死であることが考えられたため,同様の交配によって得られた妊娠マウスを経時的に帝王切開して,胎仔の遺伝子型を検討した。ノックアウトマウスは胎生9.5日から16.5日まで約1/4の割合で存在していた。【結論】Tm2d3遺伝子のノックアウトアレルは,劣性致死遺伝子であることが示唆された。

Translated Abstract

Background: Transmembrane domain containing 3 gene (Tm2d3) has been implicated in Notch signaling and development of Alzheimer disease. To investigate the functions of Tm2d3, we analyzed a knockout mouse strain with an exon of Tm2d3 deleted using the Clustered Regulatory Interspaced Short Palindromic Repeats (CRISPR)-CRISPR-associated (Cas) 9 method. We analyzed the timeline in which the Tm2d3 knockout mice can be obtained. Methods and results: To obtain mice with knocked out Tm2d3, which is an autosomal gene, we crossed pairs of heterozygotes and analyzed the genotypes of the offspring mice by the PCR method. The genotypes of the obtained mice were only the wild type and heterozygotes, and there were no Tm2d3 knockout mice. Next, the pregnant mice obtained by the same mating method were cesarean sectioned over time to examine the fetal genotypes. Tm2d3 knockout mice were present at a rate of about 1/4 until embryonic days 9.5 to 16.5. Conclusion: Results suggest that the Tm2d3 knockout allele was a recessive lethal gene.

はじめに

Notchシグナルはヒトを含む各種多細胞生物において,分化制御をはじめとする様々な細胞の運命決定に関与する1)~3)。Notchシグナルは神経幹細胞など種々の幹細胞の分化を阻害することによりその維持に機能することが知られているが1),その一方でTリンパ球とBリンパ球の分化の振り分けのようにNotchシグナルが細胞の分化方向を決定したり2),あるいは表皮細胞のように分化を促進させたりする系も多数見いだされている3)。また,NOTCH1は,T細胞急性リンパ性白血病において半数以上の症例で活性化型変異が検出されるなど典型的なproto-oncogeneとしてふるまうが,同じNOTCH1が表皮細胞においては逆にtumor suppressor geneとして機能することも見いだされている4)。この他にも種々の白血病,乳癌・大腸癌・膵癌・卵巣癌等の固形腫瘍,膠芽腫・髄芽腫等の脳腫瘍でNotchシグナルを活性化する変異が,また,種々の扁平上皮癌,尿路上皮癌,肺小細胞癌等でこれを不活性化する変異が見出されている4)。こうしたNotchシグナルの発がんに対する二面性はNotchシグナルの細胞分化に対する二つの相反する作用(分化阻害と分化誘導)に対応しており,細胞の状況に依存するものと説明されている4)

Tm2d3遺伝子は,ショウジョウバエにおいてNotchシグナルを正に制御することが示唆されているショウジョウバエalmondexamx)遺伝子5),6)の哺乳類ホモログである7)。一方ヒトゲノム解析の結果として,TM2D3遺伝子の多型(P155L)をヘテロ接合体として持つことが晩発型アルツハイマー病の発症危険率を約7.5倍増加させ,発症年齢を約10年早めることが報告されている7)。また最近,TM2D3はヒト培養マクロファージによるアミロイドβの貪食にとって必要であることが示されている8)

CRISPR-Cas9法は,二本鎖DNAの標的部分を,同一の塩基配列を持つように合成したRNAを用いて切断する技術である。これを用いて生細胞ゲノム中で削除したい部分の両側を切断すると,非相同末端結合と呼ばれる修復機構が働いて断端同士が再結合され,結果として当該部分を削除することができる。さらにこの手法を受精卵等に適用することによって,個体ゲノムの任意の部分の削除が可能である。削除の効率は研究によって様々であり通常100%ではないが,実験動物に適用する場合は削除に成功した個体を選択して繁殖させることにより,変異遺伝子をもつ系統を樹立しその後の実験に用いることができる。またこの技術のヒト遺伝性疾患等の治療への応用研究も始まっている9)

マウスMus musculusは,代表的な実験動物である。C57BL/6等の近交系と呼ばれる遺伝的に均一な系統が使用可能であり,これを用いることによって個体間の遺伝的な差異や近親交配を原因とする障害の発生等を無視して研究を進めることができる。マウスは,一度に5–10匹程度の同産仔を妊娠できることも実験の遂行上有利な点である。マウスの受精卵は胎生4.5日で着床し,8.5日で胎盤が形成,さらに12.5日から出生(19–21日)までが器官形成・成長期である。生後は,3週程度で離乳できる。

我々はTm2d3の機能を研究するため,CRISPR-Cas9法を用いてTm2d3の欠失変異ををもつ系統を樹立した。本稿では,この変異Tm2d3の遺伝について知見を得たので報告する。

I  材料及び方法

1. 実験動物

マウスゲノムにおいてTm2d3において機能的に重要であると想定される膜貫通ドメイン1(W194からA215)の一部をコードするexon 5(G182をコードするコドンの2つ目の塩基からS207をコードするコドンの2つ目の塩基)をCRISPR-Cas9法によって欠失させたTm2d3変異マウス系統を用いた。系統の維持はC57BL/6マウスとの交配によって行った。

出生後のマウスの遺伝子型は,生後2–5週時に尾先端を約1 cm切り取り,これを材料として検索した。

胎生期マウスの遺伝子型は,胎仔の卵黄嚢膜の一部を切り取りこれを材料として検索した。

胎生日数は,膣栓が確認された日の午前0時を妊娠基点とし,記録を行う時間を正午として計算した。

2. 実験方法

前記材料を組織溶解液(0.5 mL)(Table 1)を用い,55℃で一晩インキュベートして溶解した。

Table 1  組織溶解液の組成
Tris-HCl (pH 8.0) 50 mM
NaCl 100 mM
EDTA 20 mM
SDS 1%
Pronase E 1 mg/mL
Proteinase K 150 μg/mL

溶解液を滅菌精製水で20倍希釈し,希釈液2 μLをPCR反応液23 μLに加え(Table 2),サーマルサイクラーを用いてPCR反応(① 95℃ 30秒,② 60℃ 60秒,③ 70℃ 60秒,37サイクル)を行った。

Table 2  PCR反応液の最終組成
Tris-HCl(pH 8.8) 67 mM
NH4SO4 16.6 mM
MgCl2 6.7 mM
EDTA 6.7 μM
β-メルカプトエタノール 10 mM
DMSO 10%
dNTPs 1.5 mM
Primer #1 0.1 μM
Primer #2 0.1 μM
Taq polymerase 1.25 U

反応終了後,反応液10 μLをDNA Loading dye(TAKARA BIO, 1 μL)と混和し,TAEバッファー中でアガロースゲル(1.5%)電気泳動を行った後,臭化エチジウムとUVトランスイルミネーターを用いてPCR産物を解析した(Figure 1)。

Figure 1 遺伝子型の判定例(ヘテロ接合体同士の交配,上:出生後,下:胎生期)

+/+:野生型,+/−:ヘテロ接合体,−/−:KO

681塩基対のPCR産物のみが増幅する個体を野生型,681塩基対と381塩基対の産物両方が増幅する個体をヘテロ接合体,381塩基対の産物のみ増幅する個体をホモ接合体(KOマウス)と判定した。

PCR用のプライマーの塩基配列は,欠失部位を挟むようにintron 4内(5'-CCCGTTATCATGGGATTTTATTGT-3')とintron 5(5'-ATTTTAGTCATTCAGGTGGGCTTG-3')内にそれぞれ設定した。野生型アレルは681塩基対,欠失型アレルは381塩基対の産物がそれぞれ増幅される。

II  結果

1. 出産後の検索

1)欠失アレルをヘテロ接合体として持つマウス(ヘテロ接合体マウス)は,体格・運動能ともに明らかな異常を認めず,さらに生殖能力を有していた。

2)ヘテロ接合体マウスと野生型C57BL/6マウスとの交配では,ヘテロ接合体と野生型の仔がメンデルの法則から予測される値に近い約1:1の分離比で得られた(Table 3)。

Table 3  ヘテロ接合体と野生型の交配によって得られた仔マウスの遺伝子型
同産仔
(腹)
仔マウス
(匹)
野生型マウス ヘテロ接合体
マウス
p
42 265 134(50.6%) 131(49.4%) 0.85

p値は,「野生型マウスとヘテロ接合体マウスの数比が1:1である」という仮説を帰無仮説とした際の値である。

3)ヘテロ接合体雄マウスとヘテロ接合体雌マウスとの交配では,生後欠失アレルをホモ接合体として持つマウス(KOマウス)は得られず,野生型とヘテロ接合体が約1:2の分離比で存在した(Figure 1, Table 4)。

Table 4  ヘテロ接合体雌雄の交配によって得られた胎生期仔マウスの遺伝子型
胎生日数 同産仔(腹) 仔マウス(匹) 野生型マウス ヘテロ接合体マウス KOマウス p
E9.5 3 29 6(20.7%) 16(55.2%) 7(24.1%) 0.89
E10.5 3 30 7(23.3%) 17(56.7%) 6(20.0%) 0.99
E11.5 1 10 2(20.0%) 4(40.0%) 4(40.0%) 0.31
E12.5 2 24 4(16.7%) 15(62.5%) 5(20.8%) 0.81
E13.5 11 98 22(22.5%) 53(54.1%) 23(23.7%) 0.75
E14.5 4 42 11(26.2%) 23(54.8%) 8(19.1%) 0.81
E16.5 2 19 1(5.3%) 15(79.0%) 3(15.8%) 0.12
離乳期 5 20 7(35.0%) 13(65.0%) 0(0.0%) 0.05

p値は,「野生型マウス,ヘテロ接合体マウス,KOマウスの数比が1:2:1 である」という仮説を帰無仮説とした際の値である。

2. 胎仔期の検索

次にヘテロ接合体雄マウスとヘテロ接合体雌マウスとの交配で得られた胎仔の遺伝子型を経時的に検索した。

胎生(E)9.5日から16.5日までKOマウスは子宮内に胎仔として存在していた(Table 4)。この全期間において,野生型,ヘテロ接合体,KOの分離比はメンデルの法則から予測される値に近い1:2:1であった。

III  考察

我々はTm2d3の機能を研究するため,CRISPR-Cas9法を用いてTm2d3欠失変異をもつ系統を樹立し,この変異Tm2d3の遺伝について検索した。

胎生期において,ヘテロ接合体マウス同士の交配によって得られた胎仔に欠失アレルをホモ接合体としてもつKOマウスが存在した。

このKOマウスの胎仔は,胎生9.5日から16.5日の間,野生型,ヘテロ接合体,KOマウスで 約1:2:1の分離比であり,メンデルの法則による予測値と近い結果であった。なお,E11.5の分離比は一見この予測値からはずれているが,サンプル数が1腹10匹にとどまっており,参考としないこととした。

一方,離乳期前後にはKOマウスは存在しないことから,KOマウスは周産期までにすべて死亡することが示唆される。マウス胎仔は死亡すると母体に吸収され,また周産期マウスは死亡すると母親によって処理されると考えられる。

以上より,変異遺伝子はメンデルの法則に従って遺伝すると考えられた。またヘテロ接合体マウス同士の交配でTm2d3欠失アレルをホモに持った個体は生まれることなく周産期までに死亡すると考えられた。

劣性致死遺伝子は,ホモ接合体を発生期のいずれかの段階で死に至らしめるため,一見ホモ接合体だけが得られないようにみえる遺伝子である。哺乳類の場合は,ホモ接合体が胎生期に死亡する遺伝子もこれに含まれる。この種の遺伝子はヘテロ接合体は致死とならないため,これらの個体を通じて遺伝する。今回検索したTm2d3の欠失アレルは劣性致死遺伝子であると考えられる。

マウスはヒト同様約3万種の遺伝子をもつが,このうちの1751遺伝子の欠失アレルについて検索した結果,そのホモ接合体が周産期までにすべて死亡するものは約23%だったと報告されている10)Tm2d3はこの欠失アレルが致死遺伝子となる比較的少ないグループに入る。

既知のマウス致死遺伝子中でも,死亡にいたる胎齢は様々であるが,Notch1Notch2などのNotchシグナル関連遺伝子のKOマウスの多くは器官形成期に重要器官のいずれかの低形成が原因となって致死する11),12)Tm2d3 KOマウスもまた器官形成期を含む時期に死亡すると考えられることから,同様に器官の発生・形成不全が生じる可能性が考えられるが,現在この件に関して詳しく検討中である。

IV  結語

Tm2d3変異マウスのヘテロ接合体マウス同士の交配でTm2d3欠失アレルをホモに持った個体は胎生期には存在するが離乳期には存在しないことから,周産期までにすべて死亡すると考えられ,Tm2d3欠失アレルは劣性致死遺伝子であると考えられる。

本系統のKOマウスが胎生致死となる原因について,現在胎生13.5–16.5日胎仔を中心に検討中である。結論が得られたら改めて報告する。

本研究に含まれる動物実験は,国立遺伝学研究所および国際医療福祉大学の承認を得て行った。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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