医学検査
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原著
日本人に適したreactive hyperemia indexの心血管イベント予測値を再考する
赤峯 里望柴田 香菜子鳥塚 純子下條 文子星野 陽子阿部 正樹中田 浩二芝田 貴裕
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2022 年 71 巻 4 号 p. 633-637

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Abstract

血管内皮細胞は生活習慣の乱れや喫煙などによる機能障害により血管に器質的変化をもたらし,動脈硬化へと進展させる。動脈硬化の進展は心筋梗塞などの原因となるため,動脈硬化の前駆段階である血管内皮機能の障害は心血管系のリスク因子といわれている。血管内皮機能を測定する方法として,reactive hyperemia peripheral arterial tonometry(RHPAT)検査がある。RHPAT検査より指尖脈波の変化を用いたreactive hyperemia index(RHI)は,1.67未満を血管内皮障害ありと判定している。当院循環器内科通院中の患者173名を対象にRHPAT検査を実施し,42 ± 11か月間の追跡調査を行ったところ,22症例に心血管イベントの発生がみられた。RHI 1.67をカットオフとした場合,心血管イベントの発生率は血管内皮機能障害群(94例),正常群(79例)の2群間に差はみられなかったが,ROC曲線より求めたRHI 1.98をカットオフとした場合には,血管内皮機能障害群(123例)に正常群(50例)と比べて有意に心血管イベントの発生が認められた(p < 0.05)。今回の結果から,通常使われている欧米のRHI < 1.67という基準は必ずしも日本人には適しておらず,日本人の心血管イベントを予測するには,従来より高めのカットオフ値の設定が適切である可能性が示唆された。

Translated Abstract

Endothelial dysfunction has been reported to predict future cardiovascular events. Reactive hyperemia index measurement is a noninvasive index of predicting endothelial dysfunction. A reactive hyperemia index of less than 1.67 is usually considered to indicate endothelial dysfunction. However, this value is based on the results of Westerners. In this study, we measured the reactive hyperemia index in 173 patients and then followed them up for 42 ± 11 months. Twenty-two cardiovascular events occurred during the follow-up period. The patients were divided into two groups on the basis of the reactive hyperemia index cutoff value of 1.67, which is commonly used to predict endothelial dysfunction. There was no significant difference in the incidence of coronary risk factors such as hypertension and diabetes as well as cardiovascular events between the two groups. The reactive hyperemia index, which well predicts cardiovascular events and is obtained from the receiver operating characteristic curve, was less than 1.98 in this study. The incidence of cardiovascular events was significantly different between groups divided on the basis of a cutoff value of 1.98. Although a cutoff value of 1.67 has been commonly applied to predict cardiovascular events in Westerners, a higher cutoff value of 1.98 may be appropriate for the Japanese population.

I  序

血管内皮細胞は血管の最内層にある細胞で,NOやエンドセリンなどを産生し,血管の収縮や拡張に関与している1)。生活習慣の乱れや喫煙などにより血管内皮細胞の機能が障害されると血管に器質的変化をもたらし,動脈硬化へと進展させる。この動脈硬化が進展すると,心筋梗塞や脳梗塞の原因となる。そのため血管内皮細胞の障害は動脈硬化の初期に起こる2)とされ,血管内皮機能の障害は,将来の心血管系のリスク因子である3)といわれている。

この血管内皮細胞の機能障害を確認する検査には,超音波端子を使用して血管径を測定するflow-mediated dilation(FMD)があるが,術者の技術面と結果の再現性に乏しいといわれている4)。その欠点を克服したものにreactive hyperemia peripheral arterial tonometry(RHPAT)検査がある。RHPAT検査より反応性充血による指尖脈波の変化を用いたreactive hyperemia index(RHI)は,簡便に血管内皮機能を推定する方法であり,RHIはカットオフ値を1.67としてそれ未満を血管内皮障害としている5)が,このカットオフ値は欧米人を対象とした報告であることから,今回,日本人におけるRHIのカットオフ値の推定を行った。

II  目的

本邦では多くの施設でRHIのカットオフ値として1.67未満を内皮機能障害ありと診断している。しかしこの値が将来的に心血管イベントを起こすか否かは定かではない。今回はRHIにおけるカットオフ値の妥当性を検討することを目的に,当院においてRHIを測定後,観察し,その間に起こった心血管イベントから適正なRHIのカットオフ値推定を行った。

III  方法

1. 対象

対象は2013年4月~2019年11月に当院循環器内科通院中の患者173名(男性132人・女性41人・年齢平均69.7歳)で,病態が安定している患者を対象にRHPAT検査を実施した。急性期の心筋梗塞や急性心不全などの急性期疾患合併症例や,CKD分類G3b以上の重症腎機能障害の患者は検査の対象としなかった。

血管内皮機能検査の注意事項に基づき,当日朝より禁食,禁煙,午前中に検査を実施した。

その後2020年4月まで脳梗塞や狭心症などの心血管イベントが生じるか否かの観察を行った。観察期間は42 ± 11か月間であった。観察期間において大きな内服薬の変更は行わなかった。

心血管イベントとは,経過観察中に新しく出現した虚血性心疾患,心不全,脳梗塞,閉塞性動脈硬化症と定義した。

なお,当検討は東京慈恵会医科大学の倫理委員会より受付番号30-169で承認を得ている。

2. 方法

非侵襲的に血管内皮機能を測定する方法としてRHPAT検査を用いた。

RHPATとは,指尖細動脈血管床の容積脈波を検出する専用プローブを左右の指先各1本に装着し,両側の5分間の脈波基礎情報をとり,その後5分間片腕を駆血したあとの再灌流刺激に反応する容積脈波の経時的増加から,動脈の拡張機能を測定する検査法である。計測と解析とが専用ソフトによる自動解析であるため,測定が簡便で検者に特別な技術が必要なく,再現性に優れ,検者の主観が入らないことが利点とされている。RHPAT検査より反応性充血による指尖脈波の変化を用いたRHIは,専用プローブから得られた波形記録を,駆血している腕としていないコントロール腕の脈波を,駆血する前と後との比をもとにして自動計算し,簡便に血管内皮機能を推定する方法である。Bonettiらの報告5)によりRHI 1.67未満を内皮機能障害ありと判定している。今回はイタマー・メディカル・ジャパン社のEndo-PAT2000を用いた。

3. 結果の解釈

RHI 1.67で血管内皮機能障害群(A群)と正常群(B群)の2群にわけた。A群とB群のRHIとの関係性を調べるために,unpaired-t検定とFisherの正確確率検定を行った。P < 0.05を有意差ありと定義した。また,RHIの妥当性を判断するためにROC曲線を作成し,解析を行った。

IV  結果

RHI 1.67で分けたA群は94例(RHI 1.42 ± 0.19),B群は79例(RHI 2.14 ± 0.36)であった。A群とB群において,年齢や疾患に有意差はみられなかった(Table 1)。

Table 1  Patient characteristics 1 (cut off level, RHI 1.67)
endothelial dysfunction
group (n = 94)
normal group
(n = 79)
p
age (year) 70.7 ± 8.5 68.5 ± 10.1 0.13
gender (male)* 71 (75.5) 61 (77.2) 0.86
HT* 82 (87.2) 64 (81) 0.3
DLp* 52 (55.3) 39 (49.4) 0.45
DM* 22 (23.4) 17 (21.5) 0.86
cardiovascular events* 15 (16) 7 (8.9) 0.18

*Data are presented as n (%)

HT: hypertension, DLp: dyslipidemia, DM: type 2 diabetes mellitus

これらを42 ± 11か月間追跡調査したところ,心血管イベントは,虚血性心疾患13例,心不全2例,脳梗塞3例,閉塞性動脈硬化症4例の合計22症例に生じていた(Figure 1)。

Figure 1 Comparison of RHI between the groups with and without cardiovascular events

心血管イベントを生じていたのは,A群では15例,B群では7例であった(Figure 2, 3)。

Figure 2 Groups of vascular endothelial disorder (cut off level, RHI 1.67)
Figure 3 Groups of normal endothelial function (cut off level, RHI 1.67)

次にこれら22症例によりROC曲線を作成した。ROC曲線からRHI 1.98で分けると両群間には有意差を認めた(Figure 4)。

Figure 4 ROC curve of cardiac event and reactive hyperemia index

さらに,このRHI 1.98を用いて血管内皮障害群と正常群を再検討した。血管内皮機能障害群A'群123例(RHI 1.52 ± 0.25)と正常群B'群50例(RHI 2.32 ± 0.33)となり,これら両群について再度検定を行うと,年齢や疾患に有意差はみられなかった。しかし,心血管イベントにて有意差を認めた(Table 2)。

Table 2  Patient characteristics 2 (cut off level, RHI 1.97)
endothelial dysfunction
group (n = 123)
normal group
(n = 50)
p
age (year) 69.9 ± 9.2 69.4 ± 9.6 0.74
gender (male)* 95 (77.2) 37 (74) 0.7
HT* 101 (82.1) 43 (86) 0.66
DLp* 67 (54.5) 24 (48) 0.5
DM* 27 (22) 12 (24) 0.84
cardiovascular events* 20 (16.3) 2 (4) 0.04

*Data are presented as n (%)

HT: hypertension, DLp: dyslipidemia, DM: type 2 diabetes mellitus

心血管イベントを生じていたのは,A'群では20例,B'群では2例であった(Figure 5, 6)。

Figure 5 Groups of vascular endothelial disorder (cut off level, RHI 1.98)
Figure 6 Groups of normal endothelial function (cut off level, RHI 1.98)

V  考察

今回の検討結果から,血管内皮機能検査としてRHI 1.67をカットオフ値とすると,42 ± 11か月間の経過で心血管イベントの予測をすることはできなかった。一方,心血管イベント発症例数と未発症例数におけるRHI値より,42 ± 11か月間という期間での経年的な罹患歴や投薬期間が個人の血管内皮機能に与える可能性を否定できないものの,RHIを1.98でカットオフ値にすると42 ± 11か月間の心血管イベント発症を予測することができた。

現在,Bonettiらの報告5)によりRHI 1.67未満を内皮機能障害ありと診断している。しかしながらこの報告は欧米人を対象とした報告であり,日本人に当てはまるか否かは不明である。Hirataらの報告6)によると本邦CKD患者における前向き研究ではRHI < 1.69で有意に心血管イベントが多く発症するとされている。またMatsuzawaらの報告7)によると糖尿病または2つ以上の冠危険因子を有するハイリスク群における前向き研究ではRHI < 1.70で有意に心血管イベントが多く発生することが示された。日本人においても様々なRHIの値と心血管イベントの発症が報告されている6),7)。一方,RHI > 2.10が良好な血管の状態,1.68~2.09を問題の少ない状態,1.67未満が内皮機能障害ありとする報告もみられる5)。今回我々の検討でも42 ± 11か月間の経過観察において心血管イベントを起こす危険性はRHI > 1.98で層別化された。日本人においては欧米人に比べ心血管イベントは少ないことが日本循環器学会のガイドラインより報告されている。現在,欧米での報告のRHI < 1.67を内皮機能障害ありと診断して心血管イベントが増えると報告している5)が,今回の検討結果から日本人において心血管イベントを予測するには従来より高いカットオフ値の設定が適切であると推定され,通常使われている欧米の基準が必ずしも日本人には適していない可能性が示唆された。

VI  結語

現在,RHPATの基準値は欧米人を対象とした報告を採用していることが多い。しかしながら欧米人に比べ日本人は心血管イベントを起こすことは少ないといわれている。今回の検討では,ROC曲線からカットオフ値1.98にて群分けしたが,ROC曲線下面積はかなり小さめであるため,より多い症例数を用いてその妥当性を検討し,日本人に適したカットオフ値を設定することを今後の課題としたい。また,心血管イベントを起こした22症例について追跡調査を行うとともに,RHIが1.67で正常にも関わらず心血管イベントを起こした7症例についての要因も検討していきたい。今回の検討は単一の施設での症例数の少ない研究であり,より多くの施設での大規模な検討が望まれるところである。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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