医学検査
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症例報告
アルコール性心筋症が疑われ,心エコー図検査で経過を追った1例
宮元 祥平久米 江里子平井 裕加上田 彩未清遠 由美
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2022 年 71 巻 4 号 p. 759-764

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Abstract

患者は30歳代,女性。嗜好歴としてアルコールを10年以上多量に摂取している。経胸壁心エコー図検査(TTE)では左房と左室が拡大し,左室のびまん性壁運動低下を認めた。また,高度の僧帽弁逆流,中等度の三尖弁逆流を認め,IVCは拡大し呼吸性変動は低下していた。多量の飲酒歴とTTE所見からアルコール性心筋症(ACM)が疑われ,禁酒を指示し,内科的治療を開始した。約2か月後の再診にて,アルコール摂取を減量したと申告があり,TTEでは左房や左室は縮小し,壁運動低下は改善した。僧帽弁逆流や三尖弁逆流も軽度となり,IVCの呼吸性変動は良好となった。ACMは二次性心筋症のひとつであり,アルコールの長期的な過剰摂取によって,拡張型心筋症様の心筋障害を呈する疾患である。欧米では拡張型心筋症様の病態を示す症例のうち,23~40%はアルコールが関与していると報告されており,禁酒またはアルコール摂取の減量により心機能および予後が改善するといわれている。本症例も長期的にアルコールを過剰摂取していたために,心筋障害を呈し,禁酒を行ったことによって心機能が改善したため,ACMと疑った。また,再度アルコール摂取量が増加したことで,左室の拡大を認めた。ACMはアルコール摂取量に依存して,心臓の大きさや左室収縮能などの心機能も変動すると思われ,ACMが疑われた際には,TTEでの経過観察が有用と考えられた。

Translated Abstract

The patient is a female in her 30s, who has been drinking large amounts of alcohol for more than 10 years. Transthoracic echocardiography (TTE) showed enlargement of the left atrium and left ventricle and diffuse wall motion decline in the left ventricle. In addition, severe mitral regurgitation and moderate tricuspid regurgitation were observed, IVC expanded, and respiratory fluctuation decreased. Alcoholic cardiomyopathy (ACM) was suspected on the basis of her history of heavy drinking and TTE findings, and she was instructed to stop drinking and start medical treatment. In a re-examination about two months later, she said that she had reduced her alcohol intake. Follow-up TTE showed that her left atrium and left ventricle shrank, and her wall hypokinesia improved. Mitral regurgitation and tricuspid regurgitation were also mild, and IVC respiratory fluctuations were good. ACM is a secondary cardiomyopathy and is characterized by dilated cardiomyopathy-like myocardial damage due to long-term overdose of alcohol. In Europe and the United States, it has been reported that alcohol is involved in 23 to 40% of cases showing dilated cardiomyopathy-like pathology, and that abstinence from alcohol or a decrease in alcohol intake improves cardiac function and prognosis. This patient was also suspected of having ACM because she suffered from myocardial damage due to long-term alcohol overdose, and her cardiac function improved after abstinence from alcohol. In addition, the left ventricle was enlarged again when she increased her alcohol intake again. ACM seems to change not only the heart size but also cardiac functions such as left ventricular contractility depending on alcohol intake, and when ACM is suspected, follow-up by TTE is considered useful.

I  はじめに

アルコール性心筋症(alcoholic cardiomyopathy; ACM)は二次性心筋症のひとつであり,アルコールの長期的な過剰摂取によって,拡張型心筋症(dilated cardiomyopathy; DCM)様の心筋障害を呈する疾患である1),2)。欧米ではDCM様の病態を示す症例のうち,23~40%はアルコールが関与していると報告されており,禁酒またはアルコール摂取の減量により心機能および予後が改善するのがACMの特徴である1)~3)。今回,我々は経胸壁心エコー図検査(transthoracic echocardiography; TTE)にてアルコール性心筋症が疑われ,禁酒によって心機能が改善した1例を経験したので,文献的考察を加え報告する。

II  症例

患者は30歳代,女性。既往歴と家族歴に特記事項なし。嗜好歴として,喫煙はなく,アルコールを10年以上多量に摂取している。手の痺れと呼吸困難を訴え,近医に救急搬送された。胸部レントゲンで心拡大,TTEでびまん性の壁運動低下を指摘され,精査加療のため,高知医療センター,循環器内科に紹介となった。血液検査はγ-GTP:76 U/Lと軽度高値,BNP:751 pg/mLと高値を示し,ビタミンB1:4.9 μg/dLで正常範囲であった(Table 1)。胸部レントゲンでは心胸郭比が55%と拡大し(Figure 1),12誘導心電図では心拍数69回/分と洞調律で正常軸,明らかなQRS波の延長やR波の増高や減高,ST変化は指摘できなかった(Figure 2)。TTEの各計測値を表に示す(Table 2)。左房と左室が拡大し,左室のびまん性壁運動低下を認めた(Figure 3)。また,僧帽弁逆流は高度で,逆流ジェットは弁中央部からまっすぐ吹き,左房天井付近まで到達し,三尖弁逆流は右房中部まで到達し,重症度は中等度であった。IVC径は正常範囲であったが,呼吸性変動は低下し,推定収縮期肺動脈圧は54 mmHgであった(Figure 4)。多量の飲酒歴とTTEの所見からACMが疑われ,禁酒を指示し,内科的治療を開始した。約2か月後の再診では,BNPは131 pg/mLまで低下し,アルコール摂取を減量したと申告があった。TTEでは左房や左室は縮小し,壁運動低下は改善した(Figure 5)。また,僧帽弁逆流や三尖弁逆流も軽度まで減少し,IVC径も拡大はなく呼吸性変動は良好,推定収縮期肺動脈圧は24 mmHgであった(Figure 6)。その後も経過観察を続けていたが,約3か月後に飲酒量が増えたとの申告があり,TTEでは左室収縮能は保たれていたが,左室径が拡大傾向となっていた。再度禁酒を指示し,約1か月後のTTEにて左室径は縮小しており,現在も経過観察中である。

Table 1  血液検査
血糖 113 mg/dL CK 63 U/L
CRP 0.2 mg/dL BUN 14.0 mg/dL
TP 6.7 g/dL クレアチニン 0.63 mg/dL
Alb 4.1 g/dL BNP 751 pg/mL
AST 28 U/L WBC 4,700 × 102/μL
ALT 27 U/L RBC 441 × 104/μL
LDH 186 U/L Hb 12.7 g/dL
ALP 272 U/L Hct 38.9%
γ-GTP 76 U/L Plt 17.5 × 104/μL
T-Bil 0.7 mg/dL ビタミンB1 4.9 μg/dL

γ-GTPは軽度高値,BNPは751 pg/mLと高値で,ビタミンB1は正常範囲内であった。

Figure 1 胸部レントゲン画像

心胸郭比55%と拡大し,明らかな肺うっ血の増強は指摘できなかった。

Figure 2 12誘導心電図

洞調律で,明らかな異常は認めなかった。

Table 2  TTEの各計測値
初回 約2か月後
左房径(LAD) 36 mm 27 mm
心室中隔壁厚(IVST) 8 mm 7 mm
左室拡張末期径(LVDd) 52 mm 46 mm
左室収縮末期径(LVDs) 43 mm 31 mm
左室後壁厚(LVPWT) 9 mm 7 mm
左房容積(LAVI) 52 mL/m2 23 mL/m2
左室拡張末期容積(LVEDV) 113 mL 82 mL
左室収縮末期容積(LVESV) 74 mL 28 mL
左室駆出率(LVEF) 35% 66%
E/A 0.6 1.8
E/e’ 10.5 10.8

初回TTEでは左房,左室は拡大し,左室収縮能は低下しているが,禁酒から約2か月後のTTEでは左房と左室は縮小し,左室収縮能は正常範囲に改善した。

Figure 3 初回TTE画像

左室,左房は拡大し,左室はびまん性壁運動低下を認めた(A:左室長軸断面 拡張末期,B:左室長軸断面 収縮末期,C:左室短軸断面 拡張末期,D:左室短軸断面 収縮末期)。

Figure 4 初回TTE画像

高度の僧帽弁逆流(A),中等度の三尖弁逆流(B)を認め,IVCの呼吸性変動は低下し,推定収縮期肺動脈圧は54 mmHgであった(C, D)。

Figure 5 経過TTE画像

左室,左房径は縮小し,左室の壁運動低下は改善した(A:左室長軸断面 拡張末期,B:左室長軸断面 収縮末期,C:左室短軸断面 拡張末期,D:左室短軸断面 収縮末期)。

Figure 6 経過TTE画像

僧帽弁逆流,三尖弁逆流は軽度となり(A, B),IVC径の拡大はなく呼吸性変動は良好,推定収縮期肺動脈圧は24 mmHgであった(C, D)

III  考察

ACMは二次性心筋症の基礎疾患として最多であり,頻度は文献によって多少ばらつきがあるが,DCM様の病態を示す疾患の約3分の1がACMであるといわれている2),4)。ACMに関する報告は本邦ではあまり多くはないが,DCMとの鑑別は困難であるため,ACMであっても見過ごされている可能性があるのかもしれない。アルコールによる心筋障害の機序は完全には解明されていないが,アルコールとその代謝産物であるアセトアルデヒドによって,ミトコンドリアや小胞体などの細胞内器官機能不全やアポトーシス,脂肪酸代謝異常などが生じると報告されている3),5)。病理組織学的所見は非特異的で,DCMと区別できないことが多いが,電子顕微鏡所見ではミトコンドリアの増加や大小不同,心筋内の脂肪滴などがみられる1),2)。ACM発症までの飲酒量と飲酒期間について確立されたデータはないが,一般的に1日あたり純アルコール80~90 g以上,5年以上摂取が危険因子とされている6)。飲酒量を純アルコールに換算してわかりやすく表示するため,基準飲酒量(standard drink)が各国で定められ,日本では1 drink=約20 gとしており,日本人の「節度ある適度な飲酒量」は1日平均純アルコール約20 g(1 drink)とされている1),2),7)。アルコールによる心筋障害には遺伝,人種,性差などが関与しており,女性は男性よりも早期に,より少ない摂取量でACMを発症する可能性がある1),8)。ACMは診断後早期に断酒すれば,心機能の回復が期待でき予後が改善するが,飲酒を継続すれば予後は悪くなる2)。Fauchierら9)はACM患者を断酒群と飲酒継続群に分け,DCM群と死亡率を比較したところ,断酒群ではDCMと同様の死亡率であったが,飲酒継続群ではDCM群よりも死亡率が高かったと報告した。

ACMにおけるTTE所見として,初期に左室容量拡大,次いで心筋重量増大,左室壁肥厚を呈し,左室拡張能低下をきたす。進行すると壁菲薄化が生じ,左室拡大やびまん性の壁運動低下を認め,DCMと類似する6)。ACMとDCMでは両者間に左室容量やLVEFに差がなかったという報告もあり,両者の鑑別点として飲酒歴の詳細な聴取や,禁酒により左室拡大,壁運動低下が改善するかどうかが決め手となる1),2)。しかし,飲酒量は患者の自己申告となるので,飲酒を隠したり,過少申告する可能性もあるので,注意が必要である1)。本症例も長期的にアルコールを過剰摂取していたために,DCM様の心筋障害を呈し,禁酒を行ったことによって心機能が改善したため,ACMと疑った。また,本症例は再度アルコール摂取量が増加したことで,左室の拡大を認めた。一般にACMでは禁酒後改善していた心機能が,再飲酒により悪化するといわれている10)。アルコール摂取量に依存して,心臓の大きさや左室収縮能などの心機能も変動すると思われ,ACMが疑われた際には,TTEでの経過観察が有用と考えられた。

IV  結語

アルコール性心筋症が疑われ,経過観察に心エコー図検査が有用であった1例を経験した。拡張型心筋症様の所見を認めた場合,考慮すべき疾患であり,飲酒歴などの詳細な問診が重要である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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