抄録
最近, 行動の履歴過程に関して薬物による分離効果 (dissociative effect) を調べる研究がかなりなされている (9, 10, 13, 14, 15) 。それらの多くは強化を伴なう学習事態についてのものであるが, 非強化事態での馴化過程 (habituation process) におよぼす薬物の分離効果をみる研究も馴化現象そのものが見直される気運の中で増えてきている。ところで, 行動の水準における馴化過程に対する薬物の分離効果をみたこれらの研究は, (16) で指摘されているように, 新奇事態で示される探索行動の馴化に関するもの (1, 11, 16) と, 実験事態の急激な変化に対する驚がく反応などの馴化に関するもの (5, 16) の2つに大別できる。その内, 探索行動を指標にした研究については, 生活体を一定の実験場面に繰り返しさらすとその探索行動は減衰するが, 投薬条件を変えると, 同じ事態で再び探索行動が高まるという現象 (脱馴化) の有無に集中していて, 投薬条件の切り替えと合わせて実験場面にも変化を生じさせる方法を用いた研究は見当らない。しかも, 探索行動の指標の多くは, 移動量や穴のぞき (head poking) 回数など活動水準に密接な関係を持つものが多く, 麻酔剤, 静穏剤, 覚醒剤など活動水準に直接影響する薬物の分離効果を調べるのには問題が多い。本研究では, 投薬条件の切り替えと同時に実験場面をも変化させ, それによって引き起こされる探索行動をもとに選択反応を行なわせるという手続を用い, 薬物の活動水準におよぼす直接の影響を避けてその分離効果をより的確に識別することを目的とする。なお, ここでは薬物として塩酸メトアンフェタミン (Methamphetamine-hydrochloride : Philopon;以後Mと略す) を用いた。この薬物はヒトを対象とした幾何図形の保持, 再生に関する研究で分離効果を持つことが確かめられている (2) が, 探索行動におよぼすMの分離効果に関する研究は少ない。
シロネズミをT型迷路の出発走路および選択点の部分に1日15分間, 3日間入れ, 選択点にあるガラス戸越しに一方の白色目標走路と他方の黒色目標走路を見させる馴化手続の後, 翌日両側の目標走路を同色にして変化側に対して探索行動が発現するか否かを調べた.半数のラットには馴化時に塩酸メトアンフェタミン (M) を投与し, 残りの半数には生理食塩水 (S) を投与した。テストの際はそれぞれを更に2分し, 馴化時と同じ薬物投与条件で探索させられるM-M群, S-S群, 異なる薬物条件でテストされるM-S群, S-M群を設けた。薬量1.5mg/kgで行なった実験Iでは, M-M群で変化側選択の傾向, S-S群で有意な変化側選択が認められた。しかし, 異なる薬物条件でテストされたM-S群では変化側選択反応率はチャンスレベルで分離効果の存在が示唆されたのに対し, S-M群は有意な変化側選択を示し分離効果は見出せなかった。薬量を1.0mg/kg, 馴化期間を5日間とした実験IIにおいては, M-M群についても有意な変化側選択が見出され, 他の群も実験1と同様の結果を示し, M-S群にのみ分離効果が認められた。しかし, 薬量を0.5mg/kg, 馴化期間を5日間とした実験IIIでは実験I, IIとは逆方向の分離効果が認められた。本文の考察では, 馴化過程と選択反応過程の両過程に対してMが薬量の違いで異なった作用をおよぼすことの可能性が論ぜられた。