Journal of Japan Academy of Nursing Science
Online ISSN : 2185-8888
Print ISSN : 0287-5330
ISSN-L : 0287-5330
Original Articles
Examination of The Impact of The Educational Web Program to Improve Emotional Coping with Emotional Labor among Nurses
Takiko KanekoNobuaki MoritaMayumi ItoDaiki Sekiya
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 39 Pages 45-53

Details
Abstract

目的:本研究の目的は,看護師の感情対処育成のため認知再構成法によるWeb版教育プログラムを実施し,感情対処傾向の変容効果を検証することである.

方法:看護経験年数10年未満の看護師26名を対象に,認知再構成法を用いたWeb版教育プログラムを実施した.介入評価は,看護師版感情対処傾向,STAI日本語版,首尾一貫感覚(SOC)の尺度を使用し,介入前・後,および介入後1ヵ月の3期に測定した.

結果:メンタルヘルスに効果的な対処である,患者の感情と看護師自身の感情の折り合いをつけ調整する“両感情調整対処”が高まり(F(2, 48) = 3.61, p = .035),感情への対処自信も高まった(F(2, 48) = 5.02, p = .010).また,その効果は概ね介入直後よりも介入後1ヵ月において変容を認めた.

結論:本研究のWeb版教育プログラムの実施により,看護師の感情対処傾向を変容させる可能性が示唆された.

Translated Abstract

Purpose: The purpose of this research is to conduct a educational program based on the cognitive restructuring method in order to provide nurses with training in emotional coping, and to verify changes in emotional coping tendencies.

Method: Using a web-based version of cognitive restructuring, we conducted a educational program with 26 nurses who had less than 10 year’s nursing experience. Evaluation of the intervention was carried out at three stages: pre-intervention, post-intervention, and one month post-intervention, and was performed using scales of the ECSS-N (Emotional-Coping Strategies Scale for Nurses), STAI (State-Trait Anxiety Inventory), and SOC (Sense of Coherence).

Results: The results indicated increases in a “regulating both patients’ and one’s own emotions”, which is effective to mental health (F(2, 48) = 3.61, p = .035). These changes led to increased confidence with regards to emotional coping (F(2, 48) = 5.02, p = .010). Additionally, this effect was observed one month post-intervention rather than immediately after intervention.

Conclusion: The results of the conductance of educational program indicated its ability to change nurses’ emotional coping tendencies.

Ⅰ. 緒言

1. 看護実践に求められる感情労働とメンタルへルス

昨今,精神障害の労働災害保険請求件数は増加傾向にあり,労働者のメンタルヘルス問題が社会的に注目を集めている(厚生労働省,2016).中でも,看護師の長期にわたる病気休暇の3分の1はメンタルヘルスの不調であり,このうち46.7%が20歳代の常勤看護職員によって占められていた(日本看護協会,2012).これはすなわち,離職に至らないまでも,離職予備群とされる若手の看護師が少なくないことを意味し,看護職員確保対策が推進される中(厚生労働省,2015),看護師のメンタルヘルス対策は喫緊の課題と捉える必要がある.

看護師の抱える職務ストレスには,過重な仕事量や長時間におよぶ仕事の継続など量的労働負荷だけでなく,代表的な感情労働者としての質的な労働負荷がある.それは感情労働に伴うバーンアウト(荻野ら,2004金子・小玉,2013)や抑うつ感(片山,2010Yoon & Kim, 2013)など心身へのネガティブな影響として指摘されている.

感情労働(emotional labor)とは,仕事の一部として,組織的に望ましい感情になるよう自らを調節する心理的過程と定義され(Zapf, 2002),感情労働を行う頻度や期間,そしてその強度が感情労働の大きさであるとされる(Morris & Feldman, 1996).看護における感情労働の特質は,長時間・長期にわたる患者の感情的なケアを目的とした感情労働にある.それは,看護師自身の感情管理のみならず,患者の抱く苦痛や疾患に対する陰性の複雑な感情を受け止め,その整理を支援するという患者の感情管理も担い,看護に欠かせないものになっていると考える.しかし,現在の看護教育では,看護師が感情マネージメントを学習し,トレーニングするプログラムは十分でない(Smith, 1992/2000).若手看護師のメンタルヘルス不調の背景には,肉体的労働負荷といった要因だけではなく,感情労働における感情マネージメントの習得不足という要因が存在すると考えられた.

2. 看護師の効果的な感情対処

看護師の感情対処には,患者志向的に感情に対処すること,自己志向的に感情に対処することの,両側面のバランス関係から4つの傾向(“患者感情優先対処”“自己感情優先対処”“両感情調整対処”“両感情回避対処”)がある(金子ら,2017).“患者感情優先対処”と“自己感情優先対処”は,患者・看護師自身の両感情に対処してバランスをとることができず,患者と看護師自身のどちらかの感情を優先する態度となり,バーンアウトとの正の相関関係を認め,また,意識的に両者の感情を調整しようとする“両感情調整対処”と自己防衛的に距離をとる“両感情回避対処”は,バーンアウトとの負の相関関係を認めた(金子ら,2017).このように,看護師の感情対処は患者感情と自己感情に向き合うバランス関係から4つの対処傾向を持っていると考えられた.

4つの側面の中でも,看護において患者の感情を最優先して対処する“患者感情優先対処”は基本的な教育内容とされているが,“患者感情優先対処”の背景には自己抑制や自責的対処と連動していることが推測されるのに対し,患者の感情と看護師自身の感情の折り合いをつける“両感情調整対処”は,患者に共感的にかかわりながらバーンアウトのリスクは低く,感情労働を担う看護師にとってより効果的な感情対処方略であると考えられた.

3. 感情対処育成のための認知再構成アプローチへの着目

感情労働の主要な構成概念には,表層演技(surface acting)と深層演技(deep acting)がある(Hochschild, 1983/2000).表層演技とは,実際に抱いた感情を抑制し,あるいは別の感情を抱いているかのように振舞うことによって,自分の外面的な感情表出の仕方を変える方略である.このような表層演技に伴って,感情を抑制し不快感情を喚起しながら意図的に笑顔を表出するときの感情価のズレが,バーンアウトの要因として捉えられる(金子・小玉,2013関谷・湯川,2014).

深層演技は,望まれる感情を実際に抱くべく,感情の感じ方そのものを変化させ,自己誘発した感情を自発的に表現しようとする試みで,経験される感情を状況に適した形に変化させる方略である(Hochschild, 1983/2000).看護師が深層演技を行うほど職務満足感が高まるとする研究結果(Chou et al., 2012)がある反面,心理的ストレスや自己欺瞞との関連が指摘されている(谷口,2009片山,2010加賀田ら,2015).つまり,感情労働の中でも深層演技は,ポジティブにもネガティブにも影響する可能性があり,その分岐点となるのが感情の感じ方そのものを変化させる感情対処であると考えられた.本来,深層演技は出来事や状況に対する解釈を変化させる“再評価(reappraisal)”にあたり,ネガティブ感情の低減に有効であり精神的健康を促進する可能性が指摘されている(Grandey, 2000).

以上のことから,感情労働の中でも深層演技によるネガティブ感情の低減には,看護師の感情対処が関連し,認知の再評価が有効であると考えられた.よって,看護師のメンタルヘルスを保ちながら感情労働を担うために,患者と自己の両感情に対処する“両感情調整対処”を促進する方法として,認知再構成法を用いたWeb版教育プログラムの開発を試みた.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,看護師の感情労働におけるネガティブな感情をマネージメントする方略として,効果的な感情対処となる“両感情調整対処”を促進するため,認知再構成法によるWeb版教育プログラムを開発・実施し,その効果について検証することである.

Ⅲ. 用語の定義

1. 感情対処(emotional coping)

看護師の対患者(家族を含む)関係において生起した感情体験に焦点化した対処傾向であり,患者志向的に感情に対処すること,自己志向的に感情に対処することの,両側面のバランス関係から感情への対処傾向をとらえたもの(金子ら,2017).

2. 認知再構成法(cognitive restructuring)

過度にネガティブな気分・感情と関連する認知を再構成することによって,心身へのネガティブな影響の緩和や予防を目指す療法(伊藤,2005).

Ⅳ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究は,対照群を設置しない非ランダム化前後比較デザインとした.

2. 研究対象者

対象者は病床数200床以上の病院に勤務する看護経験年数10年未満の看護師で,年齢・性別・勤務病棟(手術室勤務を除く)を問わないとした.感情労働の中でも最もストレスが高いとされる表出抑制を,多く体験しているのが若い看護師であること(片山,2010),看護経験年数の浅さがバーンアウト傾向に関連している(鈴木ら,2003)ことから,本研究の対象者を相対的に看護経験年数の浅い10年未満とした.

本研究のサンプルサイズは,効果量0.25,有意水準5%,検出力0.8として(水本・竹内,2011)フリーソフトのG*Powerを使用して算出した結果29名となった.ドロップアウト率を2割程度考慮して,必要対象者数を36名程度とした.介入および調査実施期間は,2017年1月~2017年4月とした.

3. 介入概要(Web版教育プログラム内容)

本研究は,看護職務中の体験に伴い生起した感情に対し認知再構成法(cognitive restructuring)を用いて対処を行うプログラムとした.対象者は,不規則な勤務体制となる看護師であり,教育プログラムを一定期間・継続的かつ画一的に実施することは,勤務調整を必要とするなど対象者の負担感も大きくなると考えられた.よって,Webを活用しパソコンやスマートフォン等から随時アクセス可能なプログラムにより,実施場所や実施時間の自己選択の幅を確保して行った.

教育プログラムの内容は5回のStepから構成され,1 Stepごとにテーマ内容のテキストを読み進める中で,関連する感情対処傾向の事例マンガを読み,Stepの終了時には「考え直し」のホームワーク課題を行うものであった(表1).

表1 教育プログラム内容
テーマ内容(テキスト) 事例マンガ ホームワーク
Step 1 感情は心のアラーム 患者感情優先対処傾向を示す看護師の事例 事例マンガ看護師の感情に関するABC
Step 2 感情を変えるカギは考え方にあった 事例マンガなし 事例マンガ看護師の感情に関するABCDE
Step 3 考え方にはクセがあるって 自己感情優先対処傾向を示す看護師の事例 自己感情に関するABCDE
Step 4 心のアラームは故障する 両感情回避対処傾向を示す看護師の事例 自己感情に関するABCDE
Step 5 患者さん感情,そして自分の感情に向き合うこと 両感情調整対処傾向を示す看護師の事例 ホームワークなし⇒調査2に入る

事例マンガおよびテキスト内のイラストは,対患者関係における看護師の感情生起プロセスや感情対処傾向について理解を深めるために筆者がシナリオを作成し,それに基づき漫画家にマンガおよびイラスト作成を依頼して完成させ挿入した.マンガは少ない記述の会話と絵で構成されているため,解釈に多義性があり多重文脈として読むことができること,また物語の中に自分が入り込み,自らの行動として反映できる可能性がある(吉川,2005吉田,2013).よって,事例マンガ内容は看護師版感情対処傾向尺度(金子ら,2017)に示された4つの対処傾向である“患者感情優先対処”“自己感情優先対処”“両感情調整対処”“両感情回避対処”をする看護師と患者の一場面とした(図1).

図1

プログラム内マンガ教材一例

患者感情優先対処傾向を示す看護師の事例

ホームワークの「考え直し」は,A: 出来事,B: 考え,C: 感情,D: 考え直し,E: 効果の内容であった.A出来事では「あなたの感情が動揺したりつらくなったりしたとき,何が起こったのか,その場の状況は?」との問いに答えるものであり,B考えは,「あなたはどのようなことを考えていたでしょうか?」,C感情では,「あなたはどんな感情を,どの程度感じたでしょうか?」との問いから,感情選択とその感情の程度を10~100%で示す内容であった.D考え直しは,「この考えは現実的なものでしょうか,もっと別の考え方,とらえ方は?」とBの考えに対して考え直しをする内容で,「考え直しの5つのポイント」は大野(2003)を参考に,「1: 証拠探し」「2: 別の視点」「3: 行動実験」「4: 調査」「5: メリット」を考える内容とし,事前にテキストで学習したことを思い出して行うものだった.E効果は,「考え直した結果,感情はどう変化したでしょうか?」で,Cで回答した感情の変化について問う内容とした.

以上のホームワーク内容は,筆者が受信後,感情に向き合う中で不快感情等が生じていないかを記載内容から確認し,プログラム継続のためのモチベーションを維持することや効果的な考え直しにつながるコメントを,同意のもと提示のあった参加者個人のメールアドレスに返信した.参加者にはコメント受信後次のStepへ進み,概ね15日間以内で終了できるように説明した.

また,プログラム内容の妥当性を検討するため,医学・看護学および心理学を専門とする大学教員,ヒューマン・ケア科学を専攻する大学院生によって方法や内容を検討後,事前に予備的調査を実施しプログラム内容の微修正を行った.

4. 介入評価内容と方法

看護師にとってより効果的な感情対処となる“両感情調整対処”の促進効果を検討するため,介入前調査,介入後調査,介入終了後1ヵ月の3回Web版質問調査を参加者に対し実施した.所要時間は,概ね1回約15分とし,測定指標としてすでに信頼性と妥当性が検証された,以下の3種類の心理測定尺度を使用し,いずれの下位尺度も項目平均値を算出した.

また,ネガティブな感情に対処する方法の知識や自信について,「今,あなたは対人関係において動揺したりつらくなったりした感情に対処する方法をどのくらい知っていますか」に5件法(まったく知らない(1点)~たくさん知っている(5点))で,「今,あなたは対人関係において動揺したりつらくなったりした感情に対処する自信がどのくらいありますか」に5件法(まったく自信がない(1点)~とても自信がある(5点))で各調査時点の回答を求めた.

1) 看護師版感情対処傾向尺度(金子ら,2017

看護師版感情対処傾向尺度は,看護場面における対患者(家族を含む)関係で体験した看護師の感情に患者志向・自己志向の両側面から相互対処の傾向を明らかにするものである.4つの下位尺度「患者感情優先対処」「自己感情優先対処」「両感情調整対処」「両感情回避対処」17項目を5件法(まったくあてはまらない(1点)~よくあてはまる(5点))で回答を求めた.

2) STAI日本語版(State-Trait Anxiety Inventory:状態-特性不安検査)(清水・今栄,1981

不安を測定する尺度として,Spielberger et al.(1970)のSTAI(State-Trait Anxiety Inventory:状態-特性不安検査)の日本語版として清水・今栄(1981)の作成した尺度を使用した.精神的な不安状態は,感情対処傾向の選択に影響するものと考えられた.不安は「状態不安」と「特性不安」に分けられるが,自律神経の興奮などを伴う一時的,状況的な「状態不安」のみ使用した.20項目を4件法(全くそうでない(1点)~全くそうである(4点))で回答を求めた.

3) SOC(Sense of Coherence:首尾一貫感覚)(Antonovsky, 1987/2001)

自分自身の生活世界に対する見方・向き合い方の感覚を測定する尺度として首尾一貫感覚(Sense of Coherence: SOC)を使用した.SOCの強い人は感情的刺激に対してよりポジティブにとらえ感情調整もSOCの弱い人に比べて容易であることが指摘されている(Antonovsky, 1987/2001).測定は3つの下位尺度「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」13項目を使用予定であったが手続き上に瑕疵があり「有意味感」4項目が3項目となり,計12項目7件法で回答を求めた.

また,対象者の基本属性は,年齢,看護経験年数,性別,勤務病棟,基礎教育機関の5項目について調査した.

5. 分析方法

教育プログラムの介入効果を測定するために,3種類の心理測定尺度と対処知識・対処自信を用いて,介入前調査,介入後調査,介入後1ヵ月の3回調査時における,被験者内の経時的変化を比較した.一元配置の分散分析(反復測定)を用いBonferoni多重比較により時期間の変化を検討し,有意差の認められた時期間の効果量(r)を算出し,Cohen(1988)に基づき効果量の目安(大・中・小)を示した.また,共変量として経験年数や年齢が考えられたが,経験年数と年齢は相関が高く,より正規性の得られた経験年数を投入して検討した.なお,これらの統計的解析にはSPSS Ver. 19.0を使用した.

6. 倫理的配慮

本教育プログラムおよび調査への参加リクルートは,病院看護部の許可を得て参加者募集のアナウンスと募集広告,研究調査説明書の配布を各病棟および個別に行い,自由意思により参加意向を示してもらった.研究調査説明書には簡便に連絡できるようQRコードを付し,アクセスサイトの参加意向を問う質問への回答をもって参加意向を示したものと判断した.参加意向を示した方には,続くサイトで複数の説明会日時および場所(病院・大学)より,都合に合う日時と場所を選択できるようにした.参加された説明会場において,研究目的や途中中断の権利の保障,得られたデータは目的以外に使用しないこと,使用後のデータは粉砕破棄処分とすること,また無記名による調査で個人が特定されないこと,業務上の不利益は全くないことについて,文書および口頭(対面できない場合には郵送し文書のみの説明を実施)で説明を行い,個別に同意書に同意を得て実施した.その際,同意後も随時撤回できることを説明した.なお,本研究は筑波大学医学医療系医の倫理委員会の承認を得ている(通知番号第1104号).

Ⅴ. 結果

1. 対象者の概要

教育プログラムへの参加および調査に同意を得られた参加者36名のうち,5名がプログラム途中で5名が調査途中で参加リタイアとなった.参加リタイアの理由は,送信トラブル1名,忙しい1名,ホームワークの事例がない1名,その他途中から返信なく理由不明であった.分析対象となった参加者26名の属性は,年齢(M = 25.12, SD = 2.14),看護経験年数(M = 3.04, SD = 2.07),性別(女性25名,男性1名),勤務病棟(外科系14名,精神神経系6名,内科系3名,その他3名),基礎教育機関(大学20名,専門学校6名)であった.

2. 測定指標の分析結果

Web版教育プログラムを実施した結果,両感情調整対処(F(2, 48) = 3.61, p = .035),患者感情優先対処(F(2, 48) = 3.53, p = .037)において有意差が認められ,多重比較の結果,両感情調整対処では介入前より介入後と介入後1ヵ月に5%水準で有意に向上し,効果量(r = .48~.49)は中程度の大きさであった.また,患者感情優先対処は介入前より介入後1ヵ月,介入後より介入後1ヵ月に1%水準で有意に低下し,効果量(r = .56~.67)も大きかった.自己感情優先対処(F(2, 48) = 0.95, p = .394)で有意差は見られなかったが,多重比較の結果,介入前より介入後1ヵ月に低下し,効果量(r = .52)も大きかった.

また,SOCの有意味感(F(2, 48) = 1.47, p = .240),処理可能感(F(2, 48) = 0.72, p = .492)で有意差は見られなかったが,多重比較の結果,有意味感(r = .49)・処理可能感(r = .48)は共に介入前より介入後1ヵ月に高まって,効果量も中程度の大きさを示していた.しかし,有意味感は本来4項目を3項目で測定していることから参考資料として考える必要がある.

状態不安(F(2, 48) = 1.41, p = .255)は,介入前より介入後に尺度得点は低下しているものの有意な差異とはならなかったが,対処自信は(F(2, 48) = 5.02, p = .010)有意差が認められ,多重比較の結果,介入前より介入後1ヵ月に促進され効果量(r = .58)も大きかった(表2).

表2 効果指標得点の介入経過における比較 N = 26
介入前(a)MEAN(SD 介入後(b)MEAN(SD 介入後1ヵ月(c)MEAN(SD F検定 多重比較(有意確率) 効果量(r
F値(df 有意確率
看護師版感情対処傾向
患者感情優先対処 2.80(0.64) 2.63(0.75) 2.35(0.67) 3.53(2, 48) .037 a > c(.001) .67
b > c(.007) .56
自己感情優先対処 2.94(0.68) 2.83(0.69) 2.58(0.78) 0.95(2, 48) .394 a > c(.010) .52
両感情調整対処 3.22(0.54) 3.54(0.57) 3.59(0.57) 3.61(2, 48) .035 a < b(.034) .49
a < c(.033) .48
両感情回避対処 2.25(0.55) 2.31(0.49) 2.53(0.62) 0.18(2, 48) .836
SOC
有意味感 4.10(1.01) 4.42(0.97) 4.56(1.11) 1.47(2, 48) .240 a < c(.032) .49
把握可能感 3.55(1.06) 3.68(0.92) 3.98(0.96) 0.11(2, 48) .895
処理可能感 3.59(1.21) 3.64(0.90) 3.98(0.95) 0.72(2, 48) .492 a < c(.039) .48
状態不安 2.25(0.56) 2.12(0.56) 2.08(0.58) 1.41(2, 48) .255
対処方法 3.27(0.78) 3.69(0.68) 3.69(0.84) 0.98(1.34, 32.03) .354
対処自信 2.58(0.86) 3.08(0.80) 3.31(0.84) 5.02(2, 48) .010 a < c(.005) .58

1要因分散分析(反復測定)にて算出し,Bonferoniの多重比較を実施.

多重比較の結果,有意になったものに関する効果量を算出した.

共変量(経験年数)を投入した.

3. Web版教育プログラム完遂期間による分析結果

プログラムの完遂期間は,説明書において概ね15日間以内と説明していたが,結果4~42日(M = 20.50, SD = 11.52)となった.よって,完遂期間によりプライマリアウトカムとなる“両感情調整対処”の違いを検証するため,“両感情調整対処”の介入前から介入後1ヵ月の変化を,完遂期間の中央値17を基準に,短群と長群の2群に分けt検定を実施した.結果,有意差(t(24) = .653, p = .520)は認めなかった.

Ⅵ. 考察

本研究は,看護師のメンタルヘルス向上のために,感情労働におけるネガティブな感情をマネージメントする方略として,“両感情調整対処”を促進するWeb版教育プログラムを開発・実施し,その効果について検証した.結果,“両感情調整対処”が高まり,より悪影響となる“患者感情優先対処” や“自己感情優先対処”が低下した.また,SOCの“処理可能感”と“対処自信”も高まっていた.これらの効果は概ね介入直後よりも介入後1ヵ月において変容が認められていた.しかし,“両感情回避対処”や“状態不安”の低減は認められなかった.

患者と自己の両感情に対処する“両感情調整対処”は,感情の折り合いをつけるよう認知の再構成を行うことになる.自己の考えと感情の関連から1歩距離を置いて,考え直しをする中で自己を俯瞰して眺めるところから新たな考えが生まれるプロセスには,自己の認知を監視・制御・評価するというメタ認知の要素が少なからず含まれ,メタ認知を高めたことから対処の促進につながったものと考える.メタ認知能力が低い場合,感情的・主観的な判断や行動をしやすいことが指摘される(大江・亀田,2015).また,ケアに対する意味づけはケア効力感と正の相関関係があることが明らかになっている(伊藤ら,2016).このような“両感情調整対処”の促進は,そのバランス関係から“患者感情優先対処”や“自己感情優先対処”の低下につながったものと考える.

さらに,“処理可能感”は人に降りそそぐ刺激にみあう十分な資源を自分が自由に使えると感じている程度と定義され,自分の統制下にある資源のこととされている(Antonovsky, 1987/2001).感情対処の方略を学ぶプロセスから新たな資源を得て対処自信とともに統制下にある感覚も高まったものと考える.以上のように,プログラムにより変容を認めた多くは,介入後1ヵ月であった.介入後の調査は,プログラム最終のStep 5直後の実施となり,プログラム内容を実感するに至らないものの,介入後1ヵ月においては自ら考え直しを実践してみたり,考え直しをするように心掛けたりなど,自身の実践も重なり変容が認められたものと考える.

一方,本プログラムにより変容が見られなかった“両感情回避対処”は,両感情に向き合わないことでメンタルヘルスを維持する一種の自己防衛的対処である(金子ら,2017).本プログラムが感情の抑制を調整に変換することに焦点を絞っていたため,回避している感情に向き合うプログラムとしては十分でなかったと考える.また,“状態不安”はプログラム実施により減少傾向を示したが,有意差は認められなかった.このことより看護師の状態不安を構成する要因には,感情に対処するだけではコントロールのできない要因が含まれていることが示唆された.具体的には,徳永ら(2013)が不安の大きな要素として指摘した「労働過多や医療事故への不安」などは,本プログラムによる変容が困難であったと考える.

本研究のサンプルサイズは,概ね2割程度のドロップアウト率を想定して算出し実施したものであった.しかしながら,ドロップアウトは3割弱となり想定より多く,これまでのコンピュータ認知行動療法の実施におけるドロップアウト率(梅垣ら,2012中尾ら,2016)と同様の傾向がみられた.丁寧な説明や実施継続のモチベーションを維持できるようコメントを送信するなど対策を試みたが十分ではなかった.参加者36名のうち,5名がプログラム途中で5名が調査途中で参加リタイアとなった.プログラム途中リタイアの5名中4名がStep 3以降の自己の感情に向き合うプロセスよりリタイアしていた.リタイアした参加者と“両感情回避対処”との関連についても今後分析が必要である.しかし,プログラム完遂期間によるプライマリアウトカムの“両感情調整対処”への影響は認められなかったことから,自己のペースで実施する中でも,効果を期待することができるプログラムであると考える.Web版教育プログラムのアクセシビリティの高さのメリットを活かしながら,デメリットにもなりうるドロップアウト率の高さについて,細やかなフォローアップ方法や主体的参加意欲を継続させる工夫を検討する必要がある.

今回,言葉による説明に加え,代表的な感情対処傾向を示す看護師の事例マンガを作成した.マンガを活用したことにより異なる感情対処へイメージが高まり,各感情対処の主人公となった看護師への感情移入がしやすい状況から,考え直しのトレーニングが促進されたものと考える.感情体験に対してイメージ想起を用いた視覚情報処理が,言語情報処理よりも強い影響力をも持つ可能性を指摘している(Holmes et al., 2006).

以上のことから,より持続可能性の高い感情対処の方法を獲得するためには,感情の抑制ではなく調整が必要であり,本研究のWeb版教育プログラムの実施は,看護師の感情対処傾向を変容させる可能性を示唆するものとなった.

Ⅶ. 本研究の限界と課題

本研究は,Web版教育プログラムとし,実施時間や場所などの自己裁量の幅をもったトレーニングとなり,より多く対象者が実施可能なものであったが,同様の内容を対面において実施することにより,今回参加途中でリタイアとなったケースや自己感情へ向き合うことに抵抗があり介入が必要な場合においては,対面での個別対応の効果が期待できるものと考える.Web版と対面式それぞれの良い点をケースによって使い分けることや,Web版と対面式の混合形式なども含めて検討したい.また,ドロップアウトを予防するためには,細やかなフォローアップ方法や主体的参加意欲を継続させる工夫を検討する必要がある.さらに,今回の介入効果を明確にするためには.今後,RCT(ランダム化比較デザイン)により効果の再検証を進めたいと考える.

Ⅷ. 結論

本研究は,看護師のメンタルヘルス向上のために,感情労働におけるネガティブな感情をマネージメントする方略として,Web版教育プログラムを開発・実施した.結果,プログラムの介入後に効果的な感情対処となる“両感情調整対処”が高まり,よりメンタルヘルスのバランスを崩しやすい“患者感情優先対処”や“自己感情優先対処”が低下した.以上のことから,本研究のWeb版教育プログラムの実施により,看護師の感情対処傾向の変容可能性が示唆された.

付記:本研究は,筑波大学大学院人間総合科学研究科に提出した博士論文に加筆・修正を加えたものであり,内容の一部は,日本ヒューマン・ケア心理学会学術集会第20回大会において発表した.

謝辞:本研究にご協力いただきました看護師の皆様に深く感謝申し上げます.また,筑波大学大学院人間総合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻の斎藤環先生,大谷保和先生,松田ひとみ先生に貴重なご指導をいただき深く感謝申し上げます.なお,本研究は科学研究費基盤研究C補助金(課題番号:26463260,研究代表者:金子多喜子)を受けて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:NMは統計解析の実施および草稿の作成から原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.MIおよびDSは研究の着想およびデザインに貢献した.すべての著者は最終原稿を読み承認した.

文献
 
© 2019 Japan Academy of Nursing Science
feedback
Top