2021 年 29 巻 Supplement 号 p. 14-19
日本精神保健看護学会第30回学術集会の大会テーマは,精神障害をもつ方の一人一人が地域で暮らすことの本来的な意義や,社会的存在として共にあることの哲学的な意味を問うという「地域移行支援の哲学」である.
哲学とは,筋道を立てて,ものの本質を考え,抽象的・普遍性・合理性のあるものを探す科学的営みである.筋道を立てて探し本質を探すため,哲学は思い込みを排除するものである.本当の理解を大切にして,筋道を立てて探し,思い込みを排除し,本当のことをわかろうとする哲学的態度は,看護実践で重要である.
筆者は,精神障害をもつ人をはじめ人々の自尊心が回復するように支援することが地域生活支援の本質であると考え,自尊心回復支援について筋道を立てて探してきたつもりである.自尊心回復について探してきた研究と研究に基づいた実践を紹介したい.
1960年代末より,Assertive Community Treatment(ACT:包括型地域生活支援プログラム)が普及し始めた.日本でも精神障害者の社会的入院を解消すべく病床削減と並行して,2002年よりACTが開始した.ACTの重要概念の一つとしてリカバリーがある.リカバリーとは,障害を抱えながらも希望や自尊心を持ち,可能な限り自立し意味のある生活を送ること,そして社会に貢献することを学ぶ過程であり,主観的回復がリカバリーに重要である.一方で,精神障害者のより良いQuality of lifeが地域生活の維持を可能にし,QOLの予測因子は自尊心であることが報告されている(國方・渡邉,2007).つまり,精神障害者の地域生活支援の推進には,彼らの自尊心の回復が重要といえる.また,NANDA(the North American Nursing Diagnosis Association)の看護診断分類法や看護理論家(Carpenito)は,低い自尊心を看護で扱い,看護介入の必要性を明確にしている.
筆者は,精神障害をもつ当事者との共同研究で彼らの様々な思いに触れた.「一人の人間として扱ってもらえない,自尊心…消されている,消しゴムで消されるように」の語りが筆者を突き動かせた.彼らは,歴史・時代を通し偏見や排除など負の影響を受けて,苦しい思いを持ちながらも懸命に生きている.人として生まれ,なぜ当たり前の暮らしができないのだろう?当たり前の場所で,自分らしい生活を営み,人生に幸福感を感じてほしい.つまり,より良い生活の質(QOL)を保ってほしいと考え,「地域で生活する統合失調症患者の生活の質(QOL)に関する研究」(平成15年度~17年度科学研究費補助金)を行った.精神病院デイケアに通所中(在宅生活)の69名の統合失調症患者を対象に,変数をグループ化した(人口学的要因,症状の重症さ,臨床特性,能力,自尊心)概念枠組みを作成し,QOLを予測するものを2年間の追跡調査で明らかにするものである.分析は,ベースライン,1年後,2年後の3時点で抗精神病薬に差がないことを確認後,QOLを従属変数として重回帰分析を行った.結果,1年後と2年後の追跡調査において,自尊心はQOLの4領域(身体的領域,心理的領域,社会的関係,環境領域)全ての予測因子であった.QOLの身体的領域と心理的領域に対する自尊心の寄与率は,時間が長くなるほど大きくなった.社会的関係と環境領域に対する自尊心の寄与率は,1年後と2年後の値がほぼ同程度であり,自尊心のQOLへの影響は安定していた(國方・渡邉,2007).そこで,彼らのQOLを高めるためには自尊心の向上に焦点を当てた支援が重要であることのエビデンスに基づき,実践可能な自尊心回復プログラムの開発に着手した.
ここで,自尊心の定義とその重要性について整理しておく.自尊心(self-esteem)とは,他者との比較で生じる優越感や劣等感ではなく,自分への尊敬や自己価値を評価する感情である.ありのままの自分が好きだという感情である.ほどよい自尊心は,自分に批判的になり過ぎず長所も見て自分に挑戦するが,低い自尊心は部分的に自分を捉え,自分と世界と将来に否定的になる.精神障害者の自尊心は,①自殺念慮のような自己保存に影響する ②QOLに影響する ③症状(抑うつ,不安,身体化等)と密接に関係する ④人的環境は自尊心に影響する ⑤認知療法や認知行動療法は自尊心を改善するなど,自尊心は,精神障害者の身体的・精神的健康や生活の質向上をもたらすにとどまらず,彼らの生存に関わる重要概念であると言える(國方,2009).
実践可能な自尊心回復プログラムを作るためには彼らの経験世界を知る必要がある.そこで,当事者の自尊心が低下したときの経験世界を質的研究法で明らかにした(平成19年度~22年度科学研究費補助金).34名の地域で住む精神障害者を対象に,修正版Grounded theory approachを用いて分析した.結果,自尊心が低下する状況が生じた時,《否定的な自己像》が活性化し,それにより,否定的な《バランスを失った思考》が次々に引き出され,それらの思考が頭の中をグルグル回り,《追い詰められた不快な気分》,《不快な身体現象》,自己内外に対し《攻撃または守りとしての行動》が生じ,彼らはその悪循環に巻き込まれていた.悪循環から脱出する看護支援として,《否定的な自己像》を認識する,スキーマの修正,リラクセーション活動,肯定的自己評価を認識できる,などの必要性が示唆された(國方,2010).この悪循環は認知行動理論と類似していることから,認知行動療法を基盤にACT(Acceptance & Commitment Therapy)の考え方を取り入れ,レクリェーション活動など看護の要素と笑いや呼吸法を取り入れつつ,考え方のバランスを回復させ,ありのままの自分を尊敬できたり好きになっていくプログラム(自尊心回復グループ認知行動療法:Cognitive Behavioral Group Therapy for Recovery of Self-esteem;CBGTRS)を開発した.CBGTRSは,地域で住む精神障害をもつ当事者との共同研究のなかで作成した.つまり,プログラムで使用するワークシート類は,使用者の意見を十分に取り入れ練った.プログラムの設計図(図1)と介入プロトコール(表1)を示す.プログラムの進め方と使用するワークシートは図書(國方,2018)を参照されたい.
自尊心回復グループ認知行動療法の設計
回 | 認 知 療 法 | 行動療法 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | *自分を好きになれない体験の表出 *ノーマライゼーション *自尊心の重要性とCBT基本モデルの理解 |
呼吸法 レクリェーション |
開始の合意形成 自己紹介 ルール作り |
2 | 問題解決技法 呼吸法,笑いヨガ |
||
3~5 | *認知再構成(参加者全員が対象) | 呼吸法 | |
6 | *心配することのメリットとデメリット *目標の明確化(目標リスト作成) |
呼吸法 笑いヨガ |
|
7~11 | *自尊心が低下した時の心身と行動の構造 *否定的な自己像の再構成 *能力・自信リストと資源・社会関係・役割リスト作成 *肯定的な自己像の取り込み方 *ありのままの自分を受け入れよう |
呼吸法 レクリェーション |
|
12 | *否定的な自己像が活性化した時のためのコーピングカード作成 | 呼吸法 レクリェーション |
筆者は,健全な自尊心をもつ作業は人々の共通な健康問題であると考える.したがって,自尊心低下に関連する生活の困難をもつ人すべてが看護介入の対象となる.
CBGTRSプログラム評価は多段階で行った.まず,1群事前・事後テスト法で,プログラム介入により自尊心,気分,Well-Being,認知,精神症状が改善するか,3か月間の観察期間を経て検証した(平成24年度~26年度科学研究費補助金).結果,測定した全項目(主観的指標と客観的指標)において,プログラム終了直後と終了3か月後に改善した.特に,自尊心,精神的なコントロール感,自信,精神症状は終了3か月後も有意に改善した状態が維持された(Kunikata et al., 2016a).加えて,プログラム参加に伴う体験を質的帰納的に分析した.結果,プログラム参加で,自分と向き合う〈苦しみ〉を体験しながらも〈グループ活動の有用性〉に支えながら,〈自分に関する理解の促進〉を得てメタ認知を強化することで,症状を〈手放す〉とともに,肯定的な認識を〈取り入れる〉体験をした.さらに,プログラムで学んだ技術の〈日常での活用〉を体験した(國方,2013).質的研究結果は,量的研究で得たアウトカム指標の変化を説明でき補完していた.
続いて,対照群を設定した非無作為化比較試験を行い,アウトカム指標(自尊心,気分,認知,Well-Being,精神症状)が改善するか12カ月後まで追跡調査を行った(Kunikata et al., 2016b).地域で生活する精神障害者62名を募集し,CBGTRSプログラムと薬物療法と精神療法を受ける41名を介入群,薬物療法と精神療法を受ける21名を対照群とした.介入群41名のうち,25名は統合失調症患者であった.データ収集は,介入前(T0),介入終了直後(T1),終了3か月後(T2),終了12か月後(T3)に行った.ここでも交絡要因である内服薬と受けるサービスは,全測定時点で差がないことを確認した.また,全てのアウトカム指標はベースラインで,2群に差がないことを確認後に線型混合モデル分析を用いて分析した.結果,介入群のT1,T2,T3の自尊心はT0より有意に高得点であった.しかも,T3はT2より高得点になっていた.気分について,介入群の「緊張-不安」「抑うつ-落ち込み」「混乱」は,T2まで有意な低得点を維持した.認知について,介入群のT2での「べき思考」「思い込み」「自己批判」「白黒思考」は,T0に比較し有意に低得点で認知バイアスは軽減した.Well-Beingについて,介入群のT2とT3の精神的なコントロール感は,ベースラインに比較し有意に高得点であった.第三者により客観的に測定した精神症状は,介入群のT1,T2,T3で有意に低得点であった.以上,群内での自尊心の変動傾向と群間の差の検討結果から,CBGTRSプログラムは自尊心回復に比較的長期の効果を有すると言えた.気分と認知への効果は,T2がターニングポイントであることから,プログラム終了3か月後の定期的介入が望ましいと結論付けた.
また,本プログラムを受けた24名の18か月後の行動を質的に分析した.結果は,認知の「べき思考」「思い込み」「自己批判」「白黒思考」など認知バイアスが改善し,「対人交流範囲の拡大」に繋がり,「対人交流範囲の拡大」は自尊心の回復をもたらせた.回復した自尊心により「仕事の拡大」や「社会生活における新たな役割の獲得」「新たな行動の開始」を生み出し,行動変容をもたらせていた(森・國方,2019).加えて,CBGTRSプログラムに参加した地域で生活する精神障害者10名の自己概念の変容過程を明らかにした.半構造化面接により,過去,現在,未来の流れで自己概念を尋ね,逐語録を修正版Grounded theory approachにより質的帰納的に分析した.その結果,《自己の殻からの心の孵化》をコアカテゴリーとする8カテゴリーが抽出された.発症後に知覚されていた《渦の中での停まり》《価値のない自分》は,《理解者による緊張緩和》を経て,《生活習慣への自負》《人に煩わされない感覚》へと変化していた.そして,《新生した自分》の実感が,現在の《充実した生の体感》を導き,未来の自己に向かい《理想像の描写》を見出していた.発症後の否定的な自己概念は,理解者との出会いを契機に肯定的に変容していたことから,同じ体験を有する当事者や疾患を理解する人々による安心できる雰囲気のなかで,ありのままの自己を語り,受け入れられる場の必要性が示唆された(渡邉・國方,2014).すなわち,CBGTRSプログラムを体験することで,過去,現在,未来の流れで自己概念が変容することが語りから明らかになった.このように,筆者は,量的研究で得られた結果の背景にあるメカニズムを探りたいと考え質的研究を行い収斂させていった.つまり,量的データと個人の経験を統合することで,CBGTRSプログラムを経験した人にどのような影響があるのかを確認した結果,CBGTRSプログラムの効果をより重層的に明らかにしたと言えよう.
次の段階として,CBGTRSプログラムを従来治療に追加することが,自尊心などのアウトカム指標の改善と直接医療費(保険者視点)の削減につながるか検討した(平成27年度~令和元年度科学研究費補助金).直接医療費の削減を調べたのは以下の理由による.
メンタルヘルスの問題を持つ人は増加の一途で,それに伴い医療費も増額している.欧米諸国では,費用対効果に関するエビデンスが臨床上あるいは医療政策上の意思決定に活用され,CBTについての経済効果検証が進んでいる.日本では,2010年度からCBTの保険適用が開始し,看護師や心理士もCBTを実践し,臨床でのCBT実践は拡大している.しかし,CBTに対する医療経済評価は十分とは言えず,今後,日本においても臨床上あるいは医療政策上の意思決定のために,CBTに対する医療経済評価研究の蓄積は喫緊の課題であると考えた.特に,看護師は集団CBT介入が多いことから,集団CBTの医療経済評価を進めることが必要であると考えた.
この研究デザインは,単群前後試験である.臨床評価指標は,介入前(T0),介入中間点(T1),終了直後(T2),終了3か月後(T3)に,直接医療費は,介入前3か月間(A0),終了後3か月間(A1),終了後4~6か月間(A2),終了後7~9か月間(A3)を調べた.評価項目は,プライマリーアウトカムとして自尊心(Rosenberg Self-Esteem Scale),セカンダリーアウトカムとして気分(Profile of Mood States),認知の偏り(Cognitive Bias),QOL(EQ5D5L),機能(The Global Assessment of Functioning),直接医療費(診療料金,処方箋料,通院精神療法など10項目)である.
交絡要因としての精神神経病用薬1日服用量と社会資源サービス利用件数について,3時点間の差がないことを確認後,評価項目ごとに線型混合モデル分析を行った.サンプルサイズは,先行研究の効果量が0.38であったことから,効果量を0.35,検出力を0.85,有意水準を5%,脱落率を考慮し必要なサンプルサイズは50名とした.効果量指標はCohens’dとし,0.8以上を大,0.5以上を中,0.2以上を小とした.これまでの介入研究の対象者は統合失調症を有する方が多かったが,ここではストレス因関連障害群と抑うつ障害群や不安障害を有する外来患者さんが76%を占めた.プログラム実施中に9名の脱落があり,研究全期間の参加率は78.9%であった.51名でのデータ分析の結果,等価換算した薬物(抗精神病薬はChlorpromazine,抗うつ薬はImipramine hydrochloride,抗不安薬はDiazepam)について,抗不安薬は,終了直後(T2)と終了3か月後(T3)で有意に減少した.自尊心は,終了直後(T2),終了3か月後(T3)に有意に高得点となり,効果量は小~中であった.終了3か月後(T3)の自尊心は,終了直後よりさらに高得点であった.気分について,「緊張-不安」「抑うつ-落ち込み」「怒り-敵意」「疲労」は有意に低下し,活気が有意に上昇した.認知の偏りについて,「先読み」「べき思考」「深読み」「自己批判」「白黒思考」など全ての認知バイアスは有意に改善し,中の効果があった.QOLとしてEQ5D5Lを測定した.これは健康関連QOLの一つで,効用値は費用対効果分析を行う時に必要な指標とされる.EQ5D5Lは時間経過とともに有意に高得点となった.機能の全体的評価(医師による測定)も時間経過とともに高得点となり大の効果量であった.直接医療費について,終了後4~6か月間(A2)と7~9か月間(A3)の直接医療費は有意に低額であった.10項目のうち低額になったのは,診療料金,処方箋料,通院精神療法,病理検査料であった.直接医療費の差額を51名で除すると,一名につき約500円減額した.本研究結果から,自尊心回復グループ認知行動療法は,自尊心,気分や認知の偏り,QOL,機能を改善するといえる.プログラム介入により,「不安-緊張」が下がったり認知の偏りが改善したことで,抗不安薬の量が減少した可能性がある.臨床評価指標の改善が,直接医療費の減額をもたらせた可能性もある.すなわち,看護師が実践する自尊心回復グループ認知行動は,臨床症状の改善に止まらず直接医療費を削減する可能性があることが示唆された(Kunikata et al., 2020).
プログラム介入の効果研究において,非無作為化比較試験の対象者は6割が中国地方に住む統合失調症を有する人で,未婚と無職が7割,入院歴無が3割であった.一方,単群前後試験の対象者は7割が四国地方に住むストレス因関連障害群や抑うつ障害群や不安障害を有する人であり,未婚と無職が5割,入院歴無が75%であった.このことから,対象者の属性と臨床症状の違いに関わらず,プログラムは自尊心回復を促す可能性を有すると考える.
認知行動療法の保険適用は2010年に始まり,2016年には看護師も実践可能となった.そのような状況の中,看護師が行ったCBTは臨床症状と直接医療費を削減するエビデンスを生成したことは意義があり,今後の日本におけるCBT実施拡大に向けて一定の評価ができるだろう.
筆者は,自尊心に関する研究を積み上げる多段階研究デザインを用いてきた.今後は,これまでの質的研究結果と量的研究結果を統合することで,ジョイントディスプレイを作成し,メタ推論により創発的な知を生成することが課題である.
人は自尊心をもつこと,つまり自己評価を維持し自分を高めたいと欲する心の所有者になることにより,人間としての品位を保つのであり,誘惑にうちかって努力したり,多くの困難にも耐えることができる.ほどよい自尊心をもつことは,健康的に自分を捉えるため,自分の欠点に執着せず自分に厳しく批判的になり過ぎず,長所にも気づき長所をもつ自分に好感を抱く.そのため,自分に寛容で,積極的対処行動をとり更に自分を高め自分を好きになる.低い自尊心は,部分的に自分を捉え,自分と世界と将来に対し否定的であり,苦痛の感情を抱き逃避行動を取りやすい.したがって,健全な自尊心をもつ作業は,精神障害をもつ人だけの問題ではなく,健康・不健康を問わず人々の共通な健康問題である.
他方で,内閣府調査によると,日本の若者の自尊心は諸外国に比べ低いこと,自尊心が高い若者は将来への希望をもっていることが報告されている.自尊心回復グループ認知行動療法は,自尊心,気分,認知の偏り,QOL,機能を改善することから,メンタルヘルスに関連する病気予防として,自尊心が低い若者に自尊心回復を目指した看護介入を行っていく必要があるだろう.
以上を考えると,若者や一般社会に対し,自尊心回復を促す総合的予防医療が必要であり,予防そのものが人々の地域定着につながると考える.精神障害をもつ人々をはじめ,障害をもたない人々も含め,人々の自尊心が回復するよう支援することが,協同で地域で生活する地域生活支援の本質であり,すなわち筆者の哲学であり,看護職者の重要な役割であると筆者は考えている.