2023 年 32 巻 2 号 p. 88-94
近年,全世界で地震や水害,ハリケーンなどの大規模災害が頻発しており,さらにCOVID-19パンデミックなど感染症のアウトブレイクも増加している.これら災害によって生じた緊急事態は,人々の健康や社会生活への脅威となり,メンタルヘルスの問題を浮き彫りにしている(Ursano et al., 2017/2022).災害が起きると,被災地域の医療者は自らも被災者でありながら,医療やケアが必要な人たちの救援者,支援者となり得る複雑な立場に置かれる.COVID-19下では,医療者の不安,うつ,PTSD,バーンアウト,睡眠障害といったメンタルヘルスの問題が報告されている(Chutiyami et al., 2021).
日本精神保健看護学会では,2011年3月に発生した東日本大震災直後から災害支援事務局を発足し,同年6月に災害支援特別委員会を設置した.2016年に特別委員会としての活動を終了したが,2019年の熊本地震後に災害対策委員会を新たに設置し,現在の委員会活動に至っている.こうした経緯の中で災害支援に役立つ情報発信や,「精神科病院で働く看護師のための災害時ケアハンドブック」の作成のほか,「COVID-19の対応に従事する医療者を組織外から支援する人のための相談支援ガイドライン」など災害発生時の対応や相談支援活動等に取り組んできた.本学会の災害支援活動発足から10年を経て,2021年6月に開催された日本精神保健看護学会第31回学術集会では,COVID-19や東日本大震災におけるメンタルヘルス支援での共創造をテーマとする2つのプログラムが企画され,危機的状況から私たちは何を学び,何が求められているのかが検討された(日本精神保健看護学会,2021).
こうした取り組みを通して共通認識されたことの一つは,「平時からの連携の大切さ」である.非常時に必要な対象や場に,必要な支援を届けるためには,日ごろからのネットワークが重要となる.そこで本学会の2021・2022年度災害対策委員会では,「災害に備えた平時からのネットワークづくり」を活動目標とした.そしてCOVID-19パンデミックを災害という視点で捉え,この体験を通して感じているメンタルヘルス支援に関わる課題,パンデミックに直面し,対応する中で得られた知恵や教訓について互いに語り合うことを通して,災害に備えたネットワークづくりに取り組んできた.ここでいう「ネットワークづくり」とは,災害によって生じるメンタルヘルスの諸問題に対応するために,相互に相談,支援し合える,顔の見える人と人との関係づくり,組織内外のつながりを構築することを指す.
本稿では,2年間の委員会活動の概要,活動を通して明らかになった災害時の組織内外のネットワークづくりの課題,そして本学会としての今後の取り組みについて検討した内容を報告する.
委員会の活動目標である「災害に備えた平時からのネットワークづくり」を実現させていくために,顔の見える関係づくり,人と人がつながることができる機会や場づくりとなることを意図して,2回の意見交換会を企画した(表1).
意見交換会の概要
第1回意見交換会 | 第2回意見交換会 | |
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開催日時 | 2022年2月27日 13:00–15:00 | 2022年11月27日 13:00–15:30 |
開催方法 | Zoomによるオンライン開催 | Zoomによるオンライン開催 |
テーマ | 災害に備えてのネットワークづくり~COVID-19感染下での施設を超えた支援を考える~ | 災害時における看護師のメンタルヘルスケア~支え合うネットワークづくりを目指して~ |
内容 | 1.意見交換会の趣旨 2.話題提供(高橋葉子氏・加藤郁子氏) 3.地域別グループディスカッション 4.全体共有 |
1.意見交換会の趣旨 2.話題提供(高橋葉子氏・竹原歩氏・中村圭祐氏) 3.グループディスカッション1(役割別) 4.全体共有 5.グループディスカッション2(地域別) |
参加者総数 | 57名 | 34名 |
第1回意見交換会は,「災害に備えてのネットワークづくり~COVID-19感染下での施設を超えた支援を考える~」と題して,ウェブ上で開催した.企画当初から意見交換会はネットワークづくりの「手段」であり,災害時のメンタルヘルスに関心をもつ人たちに参集してもらい,「何かあった時に相談し合える関係づくり」,「隣接する地域で平時より顔見知りをつくる」機会と位置付けた.そのため全ての都道府県から1名以上が参加できるように,全国を6ブロックに分け,各ブロックを担当する委員が参加の呼びかけを行った.そして行政や地域,都道府県看護協会,病院や訪問看護ステーションなど様々な場で活動する看護師,看護管理者,看護系大学教員,精神看護専門看護師(以下,CNSとする)などの役割を担う人たち57名(委員を含む)が意見交換会に参加した.
最初に,高橋葉子氏(みやぎ県南中核病院 精神看護専門看護師),加藤郁子氏(福島県立医科大学 精神看護専門看護師)の2名より,COVID-19パンデミック下における支援活動について話題提供をいただいた.その後,参加者の所属施設をもとに北海道/東北,関東,北陸/中部,関西,中国/四国,九州/沖縄の6つのブロックに分かれてグループワークを行った.グループワークでは,話題提供の内容についての感想や意見の共有,そしてCOVID-19における体験を振り返りながら,災害時のメンタルヘルス支援や多機関連携の現状と課題,今後の取り組みについて自由に語り,意見交換を行った.そして最後に各ブロッックのディスカッション内容を発表し,全体で共有した.
グループワークで挙げられた参加者の意見や,Google formにより回収したアンケート結果から,意見交換会について概ね高評価が得られた.たとえば「話題提供が役に立った」「今回の意見交換会が災害時のためのネットワークづくりのきっかけとなる」,「外部と顔が見える関係づくりの必要性を感じた」,「顔が見える関係づくりとして非常に良かった」という意見や,定期的な開催を望む声が多く挙げられた.また自由記述として「フォーマルに相談できる窓口が欲しい」など支援に関わるニーズも示されていた.
2. 第2回意見交換会:2022年11月27日開催第2回意見交換会は,「災害時における看護師のメンタルヘルスケア~支え合うネットワークづくりを目指して~」と題して,第1回と同様にウェブ上で開催した.遠隔会議システムの参加人数に制限があるため,広く参加者募集はせず,第1回意見交換会の参加者に加え,災害に備えたネットワークづくりに関心のある人たちに委員が個別に声をかけた.委員を含め34名が参加した.
最初に,コロナ禍で支援活動を行なってきた3名の看護師にプレゼンテーションをいただいた.まず本学会の「精神科病院で働く看護師のための災害時ケアハンドブック」の作製に携わった高橋葉子氏(みやぎ県南中核病院,本学会災害対策委員)より,ハンドブックに記載されている「看護師自身のケア」を中心に解説してもらった.次に「COVID-19感染下での看護師へのメンタルサポート」として,一般病院で精神看護専門看護師として実践している竹原歩氏(兵庫県立はりま姫路総合医療センター),そして精神科病院から他病院への看護師の応援派遣の調整,支援に関わった中村圭祐氏(医療法人社団林下病院)から,組織内外の人たちと協働しながら看護師支援に奮闘された経験をご紹介いただいた.
その後のグループワークは,参加者が所属組織で担っているCNS,大学教員,看護管理者といった役割別のグループに分かれ,1)COVID-19を含め,災害時の看護師のメンタルヘルスケアの現状や対策,2)いざという時に所属を超えて支え合える体制づくりについて考えること,というテーマでディスカッションを行なった.その後,ディスカッション内容をグループ毎に発表し,参加者全体で共有した.引き続いて行われた2回目のグループワークは,参加者の地域別に分かれて行い,顔が見える関係づくりを意図した交流の機会とした.
終了後のGoogle formを用いたアンケート調査(15名より回収)から,「話題提供の内容についての満足度」,「グループディスカッションは有意義であったか」,「意見交換会は災害時のためのネットワークづくりのきっかけとなったか」という設問に対して,概ね高い評価が得られた.そして平時からのつながりの大切さ,既存の組織の枠を超えたつながりが広がることでネットワークが広がる,多様な組織,立場の人たちの取り組みや情報を共有でき,価値ある有意義な機会となったといった意見が挙げられた.以上のことから,意見交換会の目的はある程度,達成できたと評価できた.
一方,役割別のグループディスカッションでは,災害時におけるネットワークや今後の対策についての課題が具体的に挙げられた.各グループディスカッションのファシリテーターとなった委員会委員が,それぞれのグループメンバーの意見を持ち寄り,委員会会議で検討した現状の課題を以下のように整理した.
第2回意見交換会の役割別のディスカッションで挙げられた意見を中心に,現状の課題として抽出された内容を表2に示す.
意見交換会を通して共有された現状の課題
精神看護専門看護師(CNS)の立場から |
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組織・部署の「受援力を高める必要性」 |
組織のラインを超えたCNS活用に向けた方略の必要性 |
組織内(院内)のネットワークづくり |
CNS自身のピアサポートネットワークづくり |
組織外の支援を可能にする体制 |
看護系大学教員の立場から |
CNSをはじめとする卒業生・修了生との協働活動の差 |
大学教員と地域支援者とのつながり |
教員自身のメンタルヘルスに関する問題 |
看護管理者の立場から |
スタッフ間の温度差を調整する難しさ |
スタッフのメンタルヘルスサポートの必要性 |
応援体制におけるスタッフ間の関係調整の必要性 |
大規模災害への備えとして,外部支援チームを組織する各種団体では,災害に備えた支援体制の整備,派遣予定者の研修等の取り組みが整備されてきている.一方で,被災地域の人たちが災害によって生じた膨大な業務に追われ,応援に入っていた外部支援者を有効に活用することができない事態も生じており,「受援」ついての課題が指摘されている(福井,2020).意見交換会でも,組織の「受援力」をめぐる課題が語られた.具体的には,看護部組織に精神看護分野のCNSが存在していても,メンタルヘルス支援のために活用できない組織文化があること,病院が外部組織からの応援を受けること,病院間の連携を図ることについて抵抗があるといったことである.
連携できる文化,応援を受ける力(受援力)を平時から育む必要がある.組織外部からの支援を受けることに対する組織内の抵抗を軽減するための働きかけを,他職種に対しても行っていくことが求められる.
2) 組織のラインを超えたCNSの活用にむけた方略の必要性CNSの中には,指示命令系統のラインから外れておらず,部署のスタッフとして配置されている者もいる.そのためCNSとして何らかの支援を行いたいと思っても,自身の判断や裁量で活動することや,支援に入るために自部署を越えて調整することが困難な場合があった.「支援力」となるリソースが身近にあるにもかかわらず有効に活用できないことは,先述した「受援」にもつながる課題であり,両者のバランスをふまえてCNSの活用を検討していく必要がある.
このように部署を超えてCNSが動くことが困難であっても,平時から院内関係者とのネットワークを築いてきたことで,たとえば医療安全部門や心理師等に働きかけることで,必要な対象に支援を提供できた経験も語られた.またCNSを活用するメリットについてデータを示して管理者に伝えていくこと,院内広報誌の作成や,廊下などでタイミングをとらえて看護師に声をかけるなどの工夫を取り入れることで,組織におけるCNS活動の認知,活動拡大につなげるなど,パンデミックの危機を所属施設での役割拡大のチャンスに変えたCNSもいた.意見交換会は,CNSの具体的な方略や知恵を共有する機会にもなっていた.
3) 組織内(院内)のネットワークづくりCNSは組織横断的に活動することから,多職種,他部門との連携や協働に関わる問題に気づきやすい立場にある.緊急時におけるメンタルヘルス支援を複雑,かつ困難にしている一つの背景に,院内の多職種・他部門連携の課題が挙げられた.たとえばコロナ禍以前から精神科リエゾンチームが機能していた病院では,患者ケアに加えてスタッフのメンタルヘルス支援をチームの業務の一環として位置づけ,組織公認のもとで活動を展開しやすいことがあった.しかし病院によっては,診療報酬上,精神科リエゾンチームの支援の対象は患者であり,スタッフ支援を行うことについて,チームメンバー間で活動方針の違いから,連携を図ることが困難な状況も生じていた.
また院内に常勤の精神科医がいない等,メンタルヘルス支援のために協働できるリソースが限られる状況では,既存のリソースや体制のなかで何ができるかを考えていかねばならない現状があった.そして看護職のメンタルヘルス支援に取り組むためには,平時から看護部長や看護師長などの看護管理者と良好な関係を築くとともに,災害や緊急事態においては看護管理者のメンタルヘルスにも気を配り,支援を行うことが必要であることが挙げられた.
4) CNS自身のピアサポートネットワークづくり上述したようにCNSは災害時のメンタルヘルス支援において,様々な課題や困難に直面しており,自らの体験を共有し,語り合えるような場を望んでいた.意見交換会では,以下のような課題や意見が挙げられた.
(1)修了した大学院などを通したネットワークを活用できるCNSもいたが,そうしたネットワークやリソースが身近に活用できないCNSもいた.また修了生同士のネットワークがあったとしても,CNSとしてのキャリアの違いから相談しにくい,活用しにくいといった意見も語られ,CNS個々のニーズに合ったネットワークや,多様な支援の機会や場が望まれている.
(2)地域に根ざした近隣施設同士でのつながりなど,CNSのネットワークが強いところもあるが,地域によっては脆弱なところもあった.意見交換会は近隣地域のCNSと連絡をとる一つの機会となっていた.たとえば学術集会でのワークショップ等の企画など対面でのピアサポートグループを行うことができれば,遠隔的手段でも繋がりを維持できるのではないかという意見が挙げられた.
(3)組織外から臨床現場等に支援に入った際,支援先のスタッフから表に出せない組織の内情などの話を聞く機会もあった.しかし,そうした問題への解決を支援できない思いを抱えることも多いという.
5) 組織外の支援を可能にする体制2022年12月現在,精神看護分野の専門看護師は402名,うち病院勤務者は294名となっている(日本看護協会,2022).COVID-19患者の治療にあたる一般病院に所属を限定した場合,その数はさらに少なくなる.この数からわかるようにCNSが配置されている病院は全国的に見れば非常に限定されており,また中小規模の病院や一般診療科のクリニック等では常勤精神科医もおらず,災害やパンデミックなどの緊急事態において,メンタルヘルス支援のための専門家の活用に困難をきたしている施設は少なくない.このような状況において,CNSを所属施設外に応援派遣に出すなど,支援を提供できるような体制やネットワークづくりが必要である.
2. 看護系大学教員の立場から 1) CNS をはじめとする卒業生・修了生との協働活動の差COVID-19パンデミック以前にも,大規模災害の際に看護系大学教員による卒業生・修了生とのネットワークを基盤にした支援活動が報告されている.たとえば東日本大震災後の福島県相双地域で活動した福島県立医科大学心のケアチームでは,現地のコーディネーターとなった精神看護学担当の教員が,大学院修士課程にて精神看護学を専攻した修了生らに声をかけ,毎週土曜日に実施する保健センターでのサロン活動の運営を担っていた(大川,2011).このように臨床現場と看護系大学教員とのネットワークが形成されることは多い.今回の意見交換会では,CNSが自らのネットワークを活用して,修了した看護系大学の教員に現場でのサポートグループやデブリーフィングの場をつくってもらう等,教員とのネットワークを活用できている者もいれば,そうしたネットワークが存在しないCNSもあり,リソースとしての大学教員の活用には差があった.
2) 看護系大学教員の地域支援者との繋がりのきっかけ大学教員の異動があることから,大学の所在地域での卒業生,修了生を通じてのネットワークづくりは必ずしも安定的ではなく,教員と地域支援者,臨床とのつながりが希薄な状況もある.今回の意見交換会は,大学教員が知人や紹介者を意図的に探し,面識のない地域の支援者にコンタクトを図る機会となった.遠隔会議システムを用いて意見や情報を共有できたことは,隣接地域におけるネットワークづくりの一助となった.
山岡(2022)は,看護系大学教員が地域貢献の一貫で,平時より地域住民に対する健康教育事業,高齢者やこころやからだに悩みがある人への看護相談授業など様々な支援活動を行っていたという.そのような活動が,コロナ禍においても,オンラインなどICTを活用した新しい方法を用いて地域住民とのつながりを継続できたことに繋がったという.このように,看護系大学教員が地域支援者とつながるためには,平時からのネットワークづくりが重要であることがわかる.
3) 看護系大学教員組織における教員自身のメンタルヘルスに関する問題意見交換会という組織を離れた場所で語られたことの中には,①教員の欠員,②仕事の多忙さ,③教員間関係の難しさなど,災害時における教員自身のメンタルヘルスに関連すると捉えることができる内容が含まれていた.教員がまず自分たちのメンタルヘルスに目を向けられるよう,“自由に話し合える場がある”などのサポート体制も必要である.
3. 看護管理者の立場から 1) スタッフ間の温度差の調整の難しさ病院内において,感染者対応部署とそれ以外の部署との間,また,病棟内でCOVID-19に感染したスタッフと,感染していないスタッフとの間に大きな温度差が生じていた.感染対応部署のスタッフは,他部署の人の対応によって傷つきを感じている場合もあり,感染対応部署だけが孤立しないような対策が必要であった.例えば,“差別は許さない”という病院としての方針や態度を明確に表明することが大切である.
2) スタッフへのメンタルヘルスサポートの必要性COVID-19に対応する中で,スタッフは様々な思いを抱いていたが,それを処理できないまま自宅に持ち帰ることも多かったことから,職場内でのデブリーフィングなどの機会を設けることが必要だったという意見が挙げられた.また先に述べたように,感染した・感染していないなど,それぞれのスタッフの立ち位置により抱く思いも様々であることから,感染対応にめどが立った時点で,看護管理者がそれぞれの状況を考慮して話を聴く必要があった.
3) 応援スタッフとの関係調整の必要性他部署からの応援スタッフから,患者ケアの方法や,できていないことなどを指摘されることで,看護師の傷つきが生じるといった問題が語られた.応援スタッフにどのように現場の支援に入ってもらうかの調整や,両者の関係性を丁寧に調整することは「受援力」に関わることであり,管理的な調整を要する課題である.COVID-19における組織内の応援体制を,被災地に赴く救援者やボランティア派遣と考えた場合,応援体制をめぐる関係者間の葛藤や対立は,現場の状況を理解し,支援ニーズに対応していく応援スタッフの「支援力」に関わる課題とも捉えることができよう.災害派遣や災害ボランティアは,それぞれが持つ技術や知識を前提として,現場の多様な声に臨機応変に応答しながら,それらをいかに結びあわせていくかが問われる(渥美,2013).つまり,外部者が一方的に自分たちの枠組みで支援に入るのではなく,支援を受ける人たちとのコミュニケーションや,現場の状況や文脈を理解した上で,応援スタッフとして何ができるかを考えられるような「支援力」を高めていくことが必要であろう.
2年間の委員会活動を総括し,本学会の委員会活動として取り組んでいくべき事項として次の方向性を検討した.
1. 地域や所属施設を超えたCNSのネットワーク構築に向けた支援意見交換会を通して,CNSは災害時のメンタルヘルス支援の実働者であり,かつ多職種協働チーム活動の要となる存在であることが確認できた.CNSの修了大学院,所属施設の地域を超えたネットワークづくりを支援する方策や,CNSが災害時に組織内外で支援リソースとして活用される体制を築いていく必要がある.サイコロジカル・ファースト・エイドにおいても,信頼関係の中で仲間同士が気持ちを分かち合うケアの重要性が示されている(WHO, 2011/2012).CNSのピアサポートの場を作ることで,解決が困難な状況に直面する中でも,自分たちの自己肯定感を下げることなく,また支援の質を保証していく意味においても,メンタルヘルス支援の担い手となるCNSを支援する体制づくりが必要である.
2. 各地方自治体と大学の連携・ネットワークづくりの方策の検討災害時,被災地域の支援活動に大学としての役割がどう位置づけられていくかを検討していくことは重要な点である.公立大学は自治体と繋がりやすいが,国立,公立,私立といった大学の設置主体によって組織体制や組織としての動き方は異なるため,各大学の特性に応じた支援に向けた基盤づくりが必要である.自治体との協働を先駆的に行っている大学の事例や,各地域の状況に関する情報を大学教員が得られる場を作っていくことも有用であると考える.
3. 地域支援者と繋がる機会の創生今回の意見交換会のように,本学会の会員である教員が,関連機関や,支援者に声をかけ繋がっていくことは,新たなネットワーク構築を図る上で有効だった.平時から顔の見える関係づくりの機会を,継続できる体制を検討することが必要である.
4. 学会のネットワーク活動の強化2回の意見交換会を通して,災害対策委員をはじめ参加者は,それぞれが所属する組織の抱える協働や連携を可能にするための人と人,組織間のつながり方,つまりネットワークづくりについての課題を,改めて振り返る機会になったと考えられる.高橋(2016)は,災害時のメンタルヘルス対策は,人も,予算も,機材も不足している中で,いかに平時に実施している対策の原則を柔軟に実施するかという点にかかっているという.ネットワークづくりも「平時からの備え」が不可欠である.しかし,パンデミック下では,感染対策のためのソーシャルディスタンシングやマスク着用から,文字通り,顔が見える関係づくりが困難になりやすい.そして感染症の恐怖は,人間が生来,最も恐れる死の恐怖にほかならず,コロナ患者をケアすること自体がトラウマとなっている可能性があること,そしてトラウマが人間の絆を引き裂くことや,コロナ病棟対非コロナ病棟の分裂などスタッフの人間関係を悪化させる事態を生じさせる(武井,2023).意見交換会でも看護管理者のグループから,スタッフ間の温度差や応援体制をめぐる看護師間の葛藤といった課題が挙げられていた.つまり,パンデミックがもたらすトラウマが,人と人とのつながり,ネットワーキングを困難させ,平時のネットワークが活用しにくい事態が生じる可能性があることも認識しておかねばならない.
では災害に備えた平時からのネットワークづくりに向けて,本学会および災害対策委員会としてどのような取り組みができるであろうか.委員会で議論を重ねる中で検討されたことの一つが,メンタルヘルス支援に関わる本学会認定の研修プログラム等を開発し,その普及啓発を目的とした講習会を通じて,本学会会員間のネットワークづくりの拡大と強化を図ることである.研修プログラムは,災害というトラウマ体験となり得る出来事が,メンタルヘルスに与える影響を理解し,メンタルヘルスの維持,向上のために個人・組織の支援力を底上げするための知識やスキルの獲得とともに,困難を乗り越えていくためにリソースや支援をを活用するためのスキルなど,「受援力」を高めることにつながるものと考える.
2021年度・2022年度の災害対策委員は10名で構成し,北海道・東北ブロックから九州・沖縄ブロックまで様々な地域から選出され,かつ,国立,公立,私立大学の教員,病院における看護管理者やCNSなど,立場も異なる者が集った.そして,学会の災害対策委員会として何に取り組む必要があるのか,その成果はどのような形にしていくことがよいのかなど,一つ一つを丁寧に検討しながらすすめてきた.2年間で合計7回の委員会を開催し,ウェブ画面越しではあったが,各委員が自分の思いや考えを出し合いながら検討を重ねてきた.このような委員会活動自体が,ネットワークづくりの根幹となっていることを,委員それぞれが実感した.
2023年度・2024年度の災害対策委員会は,一部委員の交代があるものの前任者が活動を引継ぐことになった.前年度までの活動を活かし,今後も検討を重ねながら本学会が発信できるネットワークづくりの方策について継続して検討していく予定である.
(文責:福田紀子)