日本精神保健看護学会誌
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原著
精神保健医療ユーザーが知覚するリカバリーに効果的な要素
奥村 智志香月 富士日
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2024 年 33 巻 1 号 p. 10-18

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Abstract

精神保健医療ユーザーが知覚するリカバリーに効果的な要素を明らかにし,ユーザーの視点を反映させたリカバリー志向の実践について検討した.369名のユーザーに質問紙を配布し,データに欠損のない回答が得られた162名を分析対象とした.テキストマイニングを用いて分析した結果,【支えてくれる人】,【他者と助け合って生きること】,【趣味の時間】,【自分で考えて行動すること】,【生活するためのお金】の5つのテーマが抽出された.

人間関係の基盤として【支えてくれる人】の存在があり,社会参加を通して【他者と助け合って生きること】や【生活するためのお金】を得ることがアイデンティティの再構築につながり,自分らしさを実感できる【趣味の時間】や【自分で考えて行動すること】が自己意識の深化を促していると考えられる.リカバリー志向の実践として,パートナーシップの形成や人生選択における自己決定支援について追究していく必要がある.

Translated Abstract

The objective of this study was to elucidate the effective factors contributing to recovery, as perceived by users of mental health services. Additionally, the study aimed to examine recovery-oriented practices that align with users’ perspectives. A total of 369 users were administered questionnaires, and 162 users who provided responses without any missing data were included in the analysis. Five themes were extracted through the application of text mining techniques: “Supportive people,” “Cooperation with others,” “Hobbies,” “Thinking and acting for oneself,” and “Money for living.”

“Supportive people” serves as the foundation of relationships. The themes of “Cooperation with others” and “Money for living” gained through social participation led to the reconstruction of identity, while “Hobbies” and “Thinking and acting for oneself” enabled people to reconnect with their own identity and promoted a profound sense of self. As recovery-oriented practices, the study underscores the significance of cultivating partnerships and offering support in making life choices.

Ⅰ  はじめに

精神障害を抱える人々の支援では,リカバリーの概念に基づく実践が推奨されており,精神保健領域における共通目的の1つである(WHO, 2013).概念の源泉は,1960年代後半の脱施設化の流れに始まり,1980年代に概念としての成熟期を迎え,21世紀を迎える頃に欧米を中心に国際的に普及した(Rössler, & Drake, 2017).我が国では,2004年に厚生労働省が発表した“入院医療中心から地域生活中心へ”という基本理念とともに浸透し,新たな理念へと発展した“精神障害にも対応した地域包括ケアシステム”の構築が目下の課題となっている(厚生労働省,2017).

リカバリーは,精神疾患による破局的な影響を乗り越えて成長し,人生の新しい意味と目的を創生する複雑で時間のかかるプロセスである(Anthony, 1993).当事者にとっては,主体性と自律性の感覚を再獲得する旅であり(Drake, & Whitley, 2014),前進と後退を繰り返しながら展開する物語であると言われる(Llewellyn-Beardsley et al., 2019).理論的には,精神症状の軽減や機能の改善を意味するClinical Recoveryの側面と,個人が体験する主観的な回復の感覚を表すPersonal Recoveryの側面があると言われており(Slade, Amering, & Oades, 2008),就労や人間関係等を含めた社会的側面の影響を加味して支援していく必要がある(Leendertse et al., 2021).リカバリー志向の実践では,非常に個別性の高い旅の行程を支えることになるため,精神保健医療ユーザー(以下,ユーザー)の視点を支援内容に取り入れていくことが重要である(Jaiswal et al., 2020).

先行研究では,ユーザーが健康面だけでなく,社会的・経済的なリカバリーを望んでいることを明らかにした上で,それぞれの国の文化的背景を加味して検討する必要性を指摘している(Vera San Juan et al., 2021).日本では,ユーザーのリカバリー体験に関する調査(濱田,2015藤森・國方・藤代,2016余傳・國方,2020今野・大森,2021Kanehara et al., 2022)や,専門職の視点から見たリカバリー支援に関する研究(Chiba et al., 2019Kato et al., 2021Nakanishi et al., 2021)は散見されるが,ユーザー自身がリカバリーに役立つと感じているものを調査した文献は見当たらな‍い.

そこで本研究は,精神保健医療ユーザーが知覚するリカバリーに効果的な要素を明らかにし,ユーザーの視点を反映させたリカバリー志向の実践について検討する.リカバリーに効果的な支援内容を検討する上で,ユーザーの意見を把握することは必要不可欠である(Jose et al., 2015).本研究によって,リカバリーに関するユーザーのニーズを把握することができ,ユーザーの視点を反映させた支援内容を検討することで,精神障害を抱える人々の自分らしい生き方を支える一助になると考える.

Ⅱ  用語の定義

精神保健医療ユーザー:精神障害による心の不調に伴い,精神科・心療内科を利用しながら生活を営んでいる者と定義した.

リカバリー:Anthony(1993)の提言に基づき,精神障害を抱えていたとしても,人生の意味や目的を見出し,自分らしい生き方を歩むための回復のプロセスと定義した.

自分らしい生き方:リカバリーを意味するものの1つとして,満足のいく希望に満ちた人生をおくることと定義した.

Ⅲ  研究方法

1. 研究対象者

地域生活を営むユーザーのうち,主にICD-10のF2(統合失調症),F3(気分障害),F8及びF9(発達障害)に該当する診断を受け,日本語での読み書きが可能であり,認知機能に著しい障害のない20歳以上の者を対象とした.

2. データ収集方法

精神科医療機関・心療内科クリニックに外来通院するユーザーを対象に無記名自記式質問紙調査を実施した.東海地方に位置する5施設の施設責任者に電話またはメールにて事前確認し,研究協力の内諾を得て研究説明書・依頼書・許可書を送付し,責任者の許可を得て調査を実施した.

ユーザーへの研究説明は,研究者が文書にて行い,待合時間等を利用して研究者または施設スタッフが質問紙を配布した.回答者には,同封の料金受取人払郵便封筒を用いて返送してもらうか,施設内に設置した回収箱に投函してもらった.回収箱に投函された回答は,後日研究者が回収した.調査期間は2022年6月~2022年11月であった.

3. 調査内容

ユーザーが知覚するリカバリーに効果的な要素について,自由記述方式で回答を求めた.対象者に理解しやすい文言となるように配慮し,具体的な質問文は「あなたにとっての“自分らしい生き方”に役立つものは何ですか?あなたの考えや意見をご自由にお書きください」とした.また,基本属性として性別,年齢,受療年数,診断名について回答を求めた.

4. 分析方法

性別,年齢,受療年数,診断名については記述統計量を算出し,自由記述内容についてはテキストマイニングソフトKH Coder(Version 3)を用いて内容を検討した.テキストマイニングは,質的データを形態素(意味を持つ最小の言語単位)に分解して統計処理を施す手法であり,精神保健分野の研究でも注目を集めている(Abbe et al., 2015).本研究は,ユーザーの視点からリカバリーに効果的な要素を抽出することを目的としているため,大量のデータ処理を得意とし,研究者の恣意的な解釈を回避することができ,定性的データから定量的な結果を導き出すことが可能なテキストマイニングの手法が適していると判断した.

分析におけるデータクリーニングとして,欠損データを除去し,同義語の表記統一と固有名詞の強制抽出を行った上で形態素解析を行い,最小出現数10回以上,共起関係60を基準として共起ネットワーク分析を実施した.共起ネットワーク分析では,関連の強い言語単位をグループ分けすることができ,機械的にテーマを抽出することが可能である.分析において,共起性の強い関係を示す最小スパニング・ツリーを描画し,random walksによるサブグラフ検出を行った.構成語の偏りを防ぐため,「自分らしい生き方」を強制抽出し,教示文に含まれる「自分らしい生き方」,「役立つ」及び一般語の「思う」を除外語として分析を行い,KWICコンコーダンス機能を用いて原文の文脈を確認しつつ,グループのテーマを命名した.

分析の信頼性・妥当性の確保のため,KH Corder開発者が講師を務めるオンデマンドセミナー(初級編/ステップアップ編)を受講した.

5. 倫理的配慮

本研究は,文部科学省・厚生労働省及び経済産業省の「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に則って行い,名古屋市立大学大学院看護学研究科研究倫理審査委員会の承認を得た上で実施した(承認番号:22037-2).研究対象者には,研究目的,自由意思による研究参加,不参加による不利益がないこと,研究者の守秘義務,学会・専門誌等への発表について書面にて説明し,質問紙の回収をもって研究協力の意思表示があったものとみなした.

Ⅳ  結果

1. 研究対象者の概要

研究対象者369名に質問紙を配布し,168名から回答を得られ(回収率:45.5%),データに欠損のない162名を分析対象とした(有効回答率:96.4%).対象者の性別は,男性70名(43.2%),女性89名(54.9%),「回答を控えたい」が3名(1.9%)であった.平均年齢は45.4 ± 14.1歳で,平均受療年数は17.4 ± 14.5年であった.診断名は,統合失調症74名(45.7%),双極性障害17名(10.5%),うつ病49名(30.2%),発達障害(ASD/ADHD)9名(5.5%),その他(社交不安症など)16名(9.9%),「回答を控えたい」が7名(4.3%)であった.結果の概要を表1に示す(表1).

表1

研究対象者の概要

n(%)
性別 男性 70(43.2)
女性 89(54.9)
回答を控えたい 3(1.9)
年齢 Mean ± SD 45.4 ± 14.1
受療年数 Mean ± SD 17.4 ± 14.5
診断名 統合失調症 74(45.7)
双極性障害 17(10.5)
うつ病 39(24.1)
発達障害(ASD/ADHD) 9(5.6)
その他(社交不安症など) 16(9.9)
回答を控えたい 7(4.3)

N = 162

2. 精神保健医療ユーザーが知覚するリカバリーに効果的な要素

形態素解析にて総抽出語数5,650語,372文が抽出され,共起ネットワーク分析にて5つのグループに編成された.結果の概要を図1に示す(図1).

図1

共起ネットワーク分析によるグループ編成

グループを構成する語について,KWICコンコーダンス機能を用いて原文の文脈を確認しつつ,グループのテーマを命名した.以下,【 】をテーマ,「 」をグループの構成語,『 』を原文の代表的な内容として表記し,それぞれのテーマについて説明を加える.結果の概要を表2に示す(表2).

表2

精神保健医療ユーザーが知覚するリカバリーに効果的な要素

テーマ 抽出語
(コード数)
KWICコンコーダンスに基づく代表例
支えてくれる人 家族(22) 安らぎや家族・ペット等の存在(51歳 男性)
支えてくれる家族には大変感謝しています(48歳 女性)
「そのままで大丈夫」というメッセージをくれる家族・友人の存在はとても助かります(43歳 女性)
友人(16) 自分の羅針盤となる支援者や友人の存在(57歳 男性)
家族など,友人など,ペットなどが,私の人生にとても大事です(27歳 男性)
デイケアで友人を作ること(57歳 男性)
デイケア(20) 日頃思う現実に落ち込まないように,デイケアに通所して明るく生きること(50歳 女性)
デイケアで同じような病気を持つ人の話が聞けてすごく嬉しい(35歳 女性)
デイケアでプログラムを受けたり,皆と交流することが役立っています(46歳 女性)
スタッフ(10) スタッフさん達や先生の助言など(50歳 女性)
友人やデイケアのスタッフなどとの関わり(26歳 男性)
「自分らしい生き方」を肯定してくれるスタッフさんや家族・友人がいてくれると嬉しい(37歳 女性)
他者と助け合って
生きること
生きる(16) 主体性を持って生きていられること(48歳 女性)
話せる人がいることで,自分がどんなふうに生きたいか整理されると思う(24歳 女性)
残り少ない人生を明るく楽しく生きる(69歳 女性)
良い(14) 「自分らしい生き方」は,私の良いところを大切にして生きることだと思います(62歳 女性)
自分の良いところ,自信があることを生かして生活すること(54歳 女性)
自分のことを良い方向にとってくれる人が多くてすごく嬉しい(35歳 女性)
大切(11) 仲間ができたのでとても励みになりました,交流が大切だと思います(62歳 女性)
自分・家族・友人を大切に思い,助け合って生きていけること(48歳 女性)
自分自身を認めてくれる人達を大切にし,自分も相手を認めたり,受け入れたりすること(31歳 女性)
過ごす(12) 心の芯をしっかり持って,安定した気持ちで過ごすこと(44歳 女性)
朝起きて寝るまでに計画を立てて,充実感が得られるよう過ごしています(50歳 女性)
一緒にいて心地良い人と過ごすこと(26歳 女性)
他者(11) 他者との関わり(25歳 男性)
自分らしさとは,他者と共同で創り上げるものだということを考えています(51歳 男性)
他者からの承認,称賛,自己実現が自分にとって大切だと思います(26歳 男性)
意見(10) 人との会話,人からの意見,人からの承認(44歳 女性)
他者(支援者さん)などの考え方や意見(38歳 女性)
他者の意見を聞きつつ,自分で選択していくこと(40歳 男性)
趣味の時間 趣味(11) 趣味を楽しむこと(22歳 男性)
趣味や将来の目標があること,仕事等でのストレスを解消できることがあること(51歳 男性)
治療を受けながら,趣味の活動や好きな事を少しずつ続けていければと思います(67歳 女性)
時間(10) 大好きな歌を聴いたり,一人の時間を大切に過ごすこと(59歳 女性)
趣味を生かして時間を有効に使う(56歳 女性)
趣味に没頭できる時間と金銭的余裕(60歳 男性)
自分で考えて
行動すること
持つ(12) 自分のしたいこと,やりたいことなど,自分の考えや意見を持つこと(26歳 女性)
人に言われてやるのではなく,自分の意思を持ってやるということ(41歳 男性)
自分らしい生き方に役立つものは,強い意志を持つこと(32歳 男性)
行動(10) 自分で考え行動できることが役立つと思います(45歳 女性)
他者のアドバイスを聴きながら,自分で決めて行動すること(41歳 男性)
自分のことをちゃんと知ることと,行動が大事だと思います(28歳 男性)
自分(91) 嫌なことを「嫌」と言えるようになった自分(45歳 男性)
周りに流されず,自分を出せること(25歳 男性)
これが自分なんだっていう納得できる気持ちが,役に立っているのかもしれません(53歳 女性)
人(43) 周りののことも考えて行動する(21歳 女性)
を尊敬し尊重し,自分があるのが理想(49歳 女性)
自分と関わってくれるの存在が自分らしい生き方づくりに大変有用であると思います(57歳 男性)
考える(12) 選択をした時に生まれるメリット・デメリットを考え,行動していく(40歳 女性)
最悪の想定をしつつ,上手くいく場合のことを考えられるようになること(31歳 女性)
今一番何がしたいか,誰の為に何の為にどうありたいかを考えること(27歳 回答を控えたい)
今(11) の生活に慣れてきたので,人と話す練習をしながら両親と一緒に生活していきたい(47歳 男性)
未練を感じながら過ごすのではなく,どうせならの環境も好きになりたい(26歳 女性)
音楽を聴きながら読書するライフスタイルが実現でき,はとても満たされています(69歳 男性)
好き(16) 自分の好きなことをやること(69歳 女性)
自分を好きでいるために行動するように努力しています(33歳 回答を控えたい)
自分の好きなことや特技を活かせる環境と,自分の能力を理解して導いてくれる人(26歳 女性)
生活するためのお金 生活(16) 毎日充実して生活が送れることがベストです(44歳 男性)
自分自身がストレスフリーな生活をしていけるように気をつける(40歳 女性)
仕事と家族が生活サイクルの中でうまく回っていること(39歳 男性)
お金(13) 働いてお金を得ること(30歳 女性)
仕事をしてお金を稼ぎたいです(50歳 女性)
自分自身だけでなく,家族の生活やお金の使い方,生活リズムについての指導(49歳 女性)

1) 【支えてくれる人】

このグループは,「家族」,「友人」,「デイケア」,「スタッフ」の語で構成され,『支えてくれる家族には大変感謝しています(48歳 女性)』『「そのままで大丈夫」というメッセージをくれる家族・友人の存在はとても助かります(43歳 女性)』『デイケアでプログラムを受けたり,皆と交流することが役立っています(46歳 女性)』『「自分らしい生き方」を肯定してくれるスタッフさんや家族・友人がいてくれると嬉しい(37歳 女性)』等の言葉から,テーマを【支えてくれる人】と命名した.

2) 【他者と助け合って生きること】

このグループは,「生きる」,「良い」,「大切」,「過ごす」,「他者」,「意見」の語で構成され,『話せる人がいることで,自分がどんなふうに生きたいか整理されると思う(24歳 女性)』『自分のことを良い方向にとってくれる人が多くてすごく嬉しい(35歳 女性)』『自分自身を認めてくれる人達を大切にし,自分も相手を認めたり,受け入れたりすること(31歳 女性)』『人との会話,人からの意見,人からの承認(44歳 女性)』『他者からの承認,称賛,自己実現が自分にとって大切だと思います(26歳 男性)』『自分らしさとは,他者と共同で創り上げるものだということを考えています(51歳 男性)』等の言葉から,テーマを【他者と助け合って生きること】と命名した.

3) 【趣味の時間】

このグループは,「趣味」,「時間」の語で構成され,『趣味や将来の目標があること,仕事等でのストレスを解消できることがあること(51歳 男性)』『治療を受けながら,趣味の活動や好きな事を少しずつ続けていければと思います(67歳 女性)』『大好きな歌を聴いたり,一人の時間を大切に過ごすこと(59歳 女性)』『趣味を生かして時間を有効に使う(56歳 女性)』等の言葉から,テーマを【趣味の時間】と命名した.

4) 【自分で考えて行動すること】

このグループは,「持つ」,「行動」,「自分」,「人」,「考える」,「今」,「好き」の語で構成され,『自分のしたいこと,やりたいことなど,自分の考えや意見を持つこと(26歳 女性)』『自分のことをちゃんと知ることと,行動が大事だと思います(28歳 男性)』『これが自分なんだっていう納得できる気持ちが,役に立っているのかもしれません(53歳 女性)』『自分を好きでいるために行動するように努力しています(33歳 回答を控えたい)』『人を尊敬し尊重し,自分があるのが理想(49歳 女性)』『未練を感じながら過ごすのではなく,どうせなら今の環境も好きになりたい(26歳 女性)』『選択をした時に生まれるメリット・デメリットを考え,行動していく(40歳 女性)』『最悪の想定をしつつ,上手くいく場合のことを考えられるようになること(31歳 女性)』等の言葉から,テーマを【自分で考えて行動すること】と命名した.

5) 【生活するためのお金】

このグループは,「生活」,「お金」の語で構成され,『毎日充実して生活が送れることがベストです(44歳 男性)』『仕事と家族が生活サイクルの中でうまく回っていること(39歳 男性)』『仕事をしてお金を稼ぎたいです(50歳 女性)』『自分自身だけでなく,家族の生活やお金の使い方,生活リズムについての指導(49歳 女性)』等の言葉から,テーマを【生活するためのお金】と命名した.

Ⅴ  考察

1. 精神保健医療ユーザーが知覚するリカバリーに効果的な要素

本研究では,精神保健医療ユーザーが知覚するリカバリーに効果的な要素として,【支えてくれる人】,【他者と助け合って生きること】,【趣味の時間】,【自分で考えて行動すること】,【生活するためのお金】の5つのテーマが抽出された.リカバリーを包括的な視点から検討するため,Engel(1977)のBiopsychosocial Modelを活用して考察を加える.

【支えてくれる人】には,家族や友人,医療スタッフやデイケアメンバーなど身近な人が含まれており,社会的包摂を促進する“安全な避難所”(Tew et al., 2012)として機能していると考えられる.他者から受容されているという感覚は,自己有用感を再獲得する原点となり(余傳・國方,2020),スティグマの軽減やエンパワメントの改善にも関連している(Sun et al., 2022).リカバリーの中心は人間関係であると言われるように(Tew et al., 2012),身近な人との信頼関係があるからこそ,より広いコミュニティへの参加に前向きになることができ,Social Recoveryが促進されると考える.また,生物医学的な観点からは,良好な治療関係がユーザーの治療アドヒアランスを向上させるだけでなく(Thompson, & McCabe, 2012),その関係性自体が心理療法として有用であることが報告されている(Cook, Schwartz, & Kaslow, 2017).精神症状の寛解と心理社会的機能の改善が関連していることを考慮すると(Van Eck et al., 2018),治療として関係構築を優先することで,直接的または間接的にClinical Recoveryを促進する可能性があると言える.

【他者と助け合って生きること】には,自己と他者の相互作用によって自分らしさを再確認することが含まれており,社会集団への参加の重要性を意味している.ユーザーが自分自身をより深く理解するためには,客観的な視点や社会的な承認が重要であり(今野・大森,2021),社会的自我を再構築するためにも,他者という鏡が必要であると言える.これは【生活するためのお金】を確保することにも関連しており,雇用によって経済的な余裕が生まれるだけでなく,社会的役割の獲得によって自尊心の回復を促すことができる(Drake, & Whitley, 2014).社会参加によって役割を得ることは,所属する社会集団でアイデンティティを獲得し(Conneely et al., 2021),自分の存在意義や社会的価値を示すことになるため(余傳・國方,2020),社会学的側面からPersonal Recoveryを促進することにつながると言える.先行研究(Kanehara et al., 2022)では,身近な人々とのコミュニケーションを通して,既存の社会規範に囚われないアイデンティティを再構築することの重要性が指摘されており,個々のユーザーに合わせた多様な社会参加の方法を模索していく必要がある.

【自分で考えて行動すること】には,自らの意思で選択することや好きなことをすることなどが含まれており,主体的な生活を送ることの大切さを表している.主体性や自律性の感覚を得ることは,リカバリーの指標の1つであると言われており(Drake, & Whitley, 2014),日常生活を自分らしく過ごせているという感覚を得ることが重要である.【趣味の時間】は,自分らしさを最も感じられる瞬間であり,生活リズムの中に自分らしさを感じられる時間を取り入れることで,リカバリーが促進されると考える.Personal Recoveryは,つながり[Connectedness],希望[Hope],自分らしさ[Identity],人生の意味[Meaning],エンパワメント[Empowerment]で構成されると言われており(Leamy et al., 2011),ユーザー自身が自分らしさを実感できるよう,自らの意思に基づく選択を支持することが重要である.

2. 効果的なリカバリー志向の実践について

本研究で導き出された5つのテーマをJaiswal et al.(2020)の3つの柱(関係[relationships],自己意識[sense of self],参加[participation])と照合すると,人間関係の基盤として【支えてくれる人】の存在があり,社会参加を通して【他者と助け合って生きること】や【生活するためのお金】を得ることがアイデンティティの再構築につながり,自分らしさを実感できる【趣味の時間】や【自分で考えて行動すること】が自己意識の深化を促していると考えられる.これはMaslow(1943)の自己実現理論にも類似しており,生活と人間関係の安全が保障されることによって,社会集団への参加に積極性が生まれ,他者からの承認を得ることによって,自分らしさの実感に至ると言える.リカバリーは人生の新しい意味と目的を見出す過程であり(Anthony, 1993),自己実現のプロセスと捉えることができるため,ユーザーの人生設計を支えるという視点を持つことが重要である.

リカバリー志向の実践は,臨床ガイドラインが十分に確立されていないという課題があるが(Le Boutillier et al., 2015),個々のニーズを欲求階層と照合することで,必要な支援内容を整理する1つの指標となる可能性がある.また,薬物療法や症状管理を中心とする伝統的な医療体制からの脱却が必要であり(Vera San Juan et al., 2021),良好な人間関係が薬剤と同等またはそれ以上の治療効果を有し,自己実現のプロセスの基盤になるという認識を持つことが求められる.ユーザーにとって医療スタッフは,Clinical Recoveryとして心身の健康維持に携わり,Personal Recoveryとして自分らしさを支え,Social Recoveryとして人間関係における安全基地の役割を担っており,全人的なリカバリーを促進する上で極めて重要な位置づけにある.従って,医療スタッフがリカバリーの旅のパートナーとしてユーザーに寄り添い,自己実現の達成に役立つ医療的アドバイスを提供し,治療や人生の選択における自己決定を支えることが,リカバリー志向の実践として効果的であると考える.

3. 研究の限界と課題

本研究の調査施設は5施設であり,地域生活を営むユーザーに限定したことから,対象に偏りがあることは否めない.さらに,自由記述で回答を求めたことにより,ユーザーに詳細なニュアンスを確認することはできていない.しかし本研究は,定性的なユーザーの視点から定量的にリカバリーに効果的な要素を導き出した本邦初の研究であり,貴重な資料となり得る.本研究では,リカバリー志向の実践として人間関係を重視する必要性を確認することができたが,パートナーシップの形成や人生選択における自己決定支援について具体的な方法論は明らかになっていないため,ユーザーの視点を加味して継続的に追究する必要がある.

Ⅵ  結論

精神保健医療ユーザーが知覚するリカバリーに効果的な要素として,【支えてくれる人】,【他者と助け合って生きること】,【趣味の時間】,【自分で考えて行動すること】,【生活するためのお金】の5つのテーマが抽出された.

人間関係の基盤として【支えてくれる人】の存在があり,社会参加を通して【他者と助け合って生きること】や【生活するためのお金】を得ることがアイデンティティの再構築につながり,自分らしさを実感できる【趣味の時間】や【自分で考えて行動すること】が自己意識の深化を促していると考えられる.

リカバリーは自己実現のプロセスと捉えることができるため,医療スタッフがリカバリーの旅のパートナーとしてユーザーに寄り添い,自己実現の達成に役立つ医療的アドバイスを提供し,治療や人生の選択における自己決定を支えることが,リカバリー志向の実践として効果的であると考える.

謝辞

本研究の趣旨をご理解いただき,研究に協力していただきましたユーザーの皆様,並びに施設関係者の皆様に心から感謝申し上げます.

著者資格

SOは研究の着想から原稿作成までの全プロセスを遂行した.FKは研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者が最終原稿を確認し承認した.

利益相反

本研究における利益相反はない.

文献
 
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