2024 Volume 2024 Issue 1 Article ID: JRJ20240102
ガソリンエンジンにおけるCO2排出量低減のための希薄燃焼の実現に適した強流動ポートの探索を課題として,HINOCAを用いたLESによる多サイクル流動計算を実施し,一般的なエンジン開発で多用されているRANSを用いた評価では困難なサイクル間変動まで含めた筒内流動評価を試みた.この結果,HINOCAの活用により,強流動とサイクル間の燃焼変動抑制を同時に実現し得る吸気ポート形状の検討が可能であることが示された.
1. はじめに
2050年のカーボンニュートラル達成に向け,自動車用内燃機関には,より一層のCO2排出量低減が求められている.とりわけ乗用車用として広く用いられているガソリンエンジンにおけるCO2排出量低減技術としては,希薄燃焼が挙げられる.一般的に希薄燃焼実現のための課題の一つとしては,サイクル間変動の増大が挙げられる.安定した希薄燃焼の実現には,点火時におけるプラグ近傍の流速や混合気濃度のサイクル間変動を抑制する1) とともに,希薄化によって生じる燃焼速度低下を補うための筒内流動の強化が必要となる.吸気ポート形状はこの筒内流動を決定付ける重要な因子であり,本研究では数種類の吸気ポート形状を対象にHINOCAを用いた多サイクル流動計算を行い,希薄燃焼とそのサイクル間変動抑制に適した吸気ポート形状の探索を試みた.
2. 解析コード・計算条件
2.1 解析コード
本研究では,SIP革新的燃焼技術(FY2014 -2018)の中で開発されたエンジン燃焼解析ソフトウエア「HINOCA」2) を用いた.HINOCAは,JAXAが構築したプラットフォームに,国内の大学や研究機関が構築したサブモデルが組込まれたソフトウエアである.
一般的に自動車メーカの開発現場における筒内流動解析は,コンピュータパワーの都合からサイクル平均値としての解が得られるReynolds-Averaged Navier-Stokes(RANS)型の乱流モデルが用いられており,流動の強弱やフローパターンなどの平均的な評価に留まっている.しかしながら,希薄燃焼における課題の一つであるサイクル間変動についてはRANSでは対応できない.そこで,本研究ではサイクル変動の評価も視野に入れ,乱流モデルにはサイクル毎の流動場の非定常性を再現可能なLarge Eddy Simulation (LES)を用い,各吸気ポート形状に対しそれぞれ30サイクル程度の計算を実行した.なお,Sub Grid Scale(SGS)応力モデルには,壁近傍の減衰関数を必要としないWall Adapting Local Eddy-viscosity(WALE)3) モデルを用いた.
2.2 計算条件
2.2.1 吸気ポート形状
本研究で検討した吸気ポートの形状を図1に示す.AN3,AN3+1号,AN3+1号改,AN5と称する4つの形状を流動計算の対象とした.AN3およびAN5は共に強い筒内流動を生成することを念頭に設計された吸気ポートであり,ポートの角度を浅くしてペントルーフ形状に沿った吸気空気の流れを実現するとともに,燃焼室流入部にエッジを設けることで反対方向に流れ込む逆タンブル流を抑制する工夫がなされている4).AN3+1号およびAN3+1号改は,AN3において筒内流動の更なる強化を目的に図中に示すアダプタを吸気ポート内に挿入したものである.
図1 検討した吸気ポート
エンジン運転条件を表1に示す.エンジン運転は2000 rpmのモータリングとし,吸気スロットルは全開,吸気および排気の温度・圧力は300 K,1 atmとした.点火時期は330 deg.CA ATDCを想定し,点火時期のサイクル間変動を評価した.
表1 エンジン計算条件
2.2.2 計算方法
計算に使用した格子のバルブ中心通過断面図を図2に示す.計算格子はベース解像度を1.0 mmとし,流れの剥離や強い乱れが形成されることが想定される吸気バルブ近傍および吸気ポート部は,適合格子細分化法(Adaptive Mesh Refinement: AMR)を用いて細分化を行った.AMRは2段階で設定し,吸気バルブ近傍は0.25 mm,吸気ポート部は0.5 mmの格子解像度となっている.計算格子数は300万程度である.壁面境界条件は等温壁とし,シリンダ面,ピストン面,およびヘッド面の温度はそれぞれ333 K,400 K,および500 Kとした.
計算には,Intel Xeon Gold 6148(2.4 GHz)のクラスタ型計算機を用い,MPI+Open MPのハイブリッド並列により,420コア程度を用いて並列計算を行った.
図2 吸気ポートに設定したメッシュ
3. 計算結果と考察
3.1 各吸気ポート形状における流動計算
各吸気ポート形状の計算結果に対して,サイクル平均を施した筒内流動の様子を図3に示す.流線のカラーは流速を表しており,流動強化用のアダプタを挿入しているAN3+1号とAN3+1号改は,アダプタ部の縮流により,流速が高くなっている様子が確認される.また,吸気ポート形状によるタンブル流の強さに差異が生じており,筒内タンブル流の流速の大きさは,AN3+1号>AN5>AN3+1号改>AN3であった.これは,実機試験で確認された筒内タンブル流の流速の大きさの傾向と同様であり,定性的な傾向を計算により表現できることが確認できた.
図3 筒内の平均ガス流れ(180 deg.CA ATDC)
3.2 タンブル比,TKE,Vxの算出
本研究では,強流動の指標としてタンブル比と乱流エネルギ(Turbulence Kinetic Energy: TKE)を,点火安定性の指標として,点火プラグ近傍の吸気側から排気側方向への流速成分(図3のx軸方向)Vxを用いた.吸気行程中に形成されるタンブル渦は圧縮行程の上死点付近において崩壊し,乱流エネルギTKEへと変換される.すなわち強タンブル流を形成できる吸気ポートほど高いTKEが得られ,希薄燃焼の燃焼促進に有利と考えられる.また,Vxは点火時の放電経路や初期火炎核を伸長すると考えられ,燃焼の安定性に寄与すると考えられる.タンブル比は次式によって算出し,TKEはSGS粘性係数u'の自乗で定義した.またVxの評価は燃焼室中心断面上におけるプラグ近傍位置(プラグギャップ中心から5 mm半径の球内部)の平均として求めた.図4にタンブル比,TKE,およびVxの算出方法のイメージを示す.
図4 タンブル比,TKE,Vxの算出方法
3.3 タンブル比,TKE,Vxの平均値と変動
図5に各吸気ポート形状で計算した全30サイクルのクランク角に対するタンブル比,TKE,Vxの時間変化を示す.最上段のタンブル比は,吸気バルブ開(Intake valve open: 34 deg.CA)から空気の流入によってタンブル流が形成されることで増大し,一定値を示した後に吸気バルブ閉(Intake valve close: 270 deg.CA)後は,ピストン上昇に伴って徐々に増加し,燃焼室体積が小さくなる圧縮上死点前にタンブル流が崩壊することで急減する傾向となる.このクランク角度に対する変化傾向は2段目に示すTKEにおいても同様であるが,タンブル比が上死点前の330 deg.CA付近でピークを持つのに対し,TKEはタンブル崩壊後の350 deg.CA付近にピークを持つ.
図6に,図5から得られた各サイクルの平均値とサイクル毎の変動を示す変動係数(Coefficient of variation: COV)を示す.COVは標準偏差を平均値で除した値で定義される無次元値であり,サイクル毎のバラツキが大きいほど大となる.平均値に着目すると,吸気ポート形状違いによるタンブル比とTKEの変化傾向は類似しており,タンブル流の強度とTKEに相関があることが確認される.一方で,Vxに関しては,タンブル比やTKEとは異なる傾向となっており,吸気ポート内部の流速分布などがVxに影響を及ぼすものと推察される.また,変動係数COVに着目すると,特にVxは吸気ポート形状違いによる差異が大きく,AN3+1号改とAN5の変動が低く,サイクル間の燃焼変動の抑制に有利であると考えられる.一方,AN3+1号はタンブル比やTKEが大きいことから流動強化は期待できるものの,VxのCOVが大きいことからサイクル間の燃焼変動が大きくなることが懸念される.
図5 タンブル比,TKE,Vxのクランク角に対する時間変化
図6 タンブル比,TKE,Vxの平均値と変動係数
タンブル比とTKEに対して,Vxの変動係数COVの傾向を整理した結果を図7に示す.希薄燃焼に適した吸気ポートは,強流動すなわちタンブル比とTKEが大きく,かつVxの変動が小さいものが望まれる.供試した吸気ポート形状の中では,強流動の観点からはAN3+1号が最も優れていると考えられるものの,VxのCOVは最も高い値を示しており,サイクル間の燃焼変動を考慮するとAN5やAN3+1号改が優れた吸気ポートと考えられる.
図7 タンブル比,TKEの平均値とVxの変動
4. まとめ
以上のように,希薄燃焼とそのサイクル間変動抑制に適した吸気ポート形状の探索を課題として,HINOCAを用いたLESによる多サイクル流動計算を実施し,一般的なエンジン開発で多用されているRANSを用いた評価では困難なサイクル間変動まで含めた筒内流動評価を試みた.その結果,定性的に実験で確認される傾向と同等の評価結果が得られており,HINOCAの活用により,強流動とサイクル間の燃焼変動抑制を同時に実現し得る吸気ポート形状の検討が可能であることが示された.今後,最適化ツールとの連成等により吸気ポート形状の自動最適化などへの取り組みを検討し,低CO2化に向けた効率的な開発に繋げていく.
謝辞
本研究成果は,自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)が国立研究開発法人新エネルギ・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成を受けて実施した助成事業(JPNP21014)の結果得られたものである.ここに関係各位への感謝の意を表す.