2024 年 2024 巻 12 号 論文ID: JRJ20241209
筆者は2009年に東京大学(東大)の総長室に設立された高齢社会総合研究機構(IOG: Institute of Gerontology)の初代機構長として4年間務めました.その経験を振り返って記したいと思います.
日本の高齢化が世界で最も進んでいることは皆さん承知していると思いますが,日本の制度や企業活動,それから人々の意識まで,昭和の高度成長期の右肩上がりの時代の様子が染みついていて,来るべき少子高齢化による人口減少社会に向けての備えは十分とは言えないのではないでしょうか.
そのような中,東大では,日本生命相互会社・大和ハウス工業・セコム株式会社の寄付による高齢社会に向けた取り組み(老年学,ジェロントロジーと言われる)を実施するための寄付研究部門を2006年4月に総長室に設置しました.秋山弘子教授を中心に学内の高齢者・高齢社会に関する研究者を集めて,高齢社会に関する課題の整理や課題解決に向けた研究を始めました.図1に示すように,ジェロントロジーの関わる分野はものすごく多岐にわたっていて,学内のすべての学部から関係教員が集まっていました.私も1990年代の終わりから高齢者・障害者のモビリティに関する研究を実施していたため声がかかり,定期的に会合を開き学部を超えた形での意見交換をしていました.寄付研究部門は3年間の設置で,3年目になった時に,当時の小宮山総長から,今後の活動形態を考えるように指示があり,教員ポスト2・事務官1を付けていただくという条件のもとで検討がはじまりました.
図1 ジェロントロジーが関わる分野
秋山先生からは,自分は定年を超えているので特任教員となるので,総長裁量ポストには鎌田が就き,代表教員として活躍することを依頼され,いろいろ悩みましたが,工学系のポストから総長室のポストに移ることを決心しました.もう一つのポストは,元々は准教授ポストでしたが,アップシフトをお願いし,元厚生労働省次官の辻哲夫先生(当時は田園調布大学教授)を招へいすることにしました.定年を超えた秋山先生,元官僚の辻先生の採用人事の手続きは苦労しましたが,何とか乗り越え,また寄付研究部門でお世話になった企業からのサポートが続き,2人の若手(特任助教)の採用も決まり,2009年度から高齢社会総合研究機構としてスタートすることになりました.
時を同じくして,補正予算を取れるかもということで,柏キャンパスの拠点を作る企画を作成するように総長から指示があり,数百平方メートルの建物と1億円くらいの機器導入のプランをたてたところ,事務方から要求はもっとその数倍くらいの規模で出すように言われ,2000平方メートルの建物と十数億円の機器のプランとし,医学部の先生方の協力で,検査・診療行為もできうるくらいの設備・建物の要求となりました.もちろん,査定はされましたが,私の当初の想定以上のものが柏キャンパスに第2総合研究棟として,大型計算機センターや数物機構・宇宙船研究所などとの合築がなされるようになりました.(図2)
図2 柏キャンパスに作られた拠点
この建物の設計時に,高齢者の被験者が実験協力で来られることを想定し,大学の建物のイメージだと緊張してしまってデータの信頼性に難があるといけないので,なるべく平常心で実験に参加できるよう工夫をしました.例えば廊下の壁には木目のシートを貼ってもらい落ち着いた雰囲気になるよう依頼したところ,壁を木で作ってくれて,いい感じになりました.CTやMRIなどの医療機器も入れたので,診療行為ができるように認可を取りましたが,結構大変でした.建物新設でいろいろな経験をさせていただきましたが.しかし,完成・稼働開始からの年月が経ち,それなりの活動成果は得られましたが,求められる機能も変化してきたので,柏の拠点は役割を終えています.
IOGの活動としては,まずAging in Place,住み慣れた地域で最後まで自分らしく生きることができるまちづくりを掲げました.(図3)
図3 東大IOGで掲げたまちづくりのコンセプトAging in Place * QOL:Quality of Life 生きる上での満足度や快適さをあらわす主観的な概念
そこに向けて,大きく2点に注力して組織運営を行いました.一つ目は,超高齢社会におけるまちづくりの実践.二つ目は,産学連携で超高齢社会の在り方について検討すること.
前者については,柏市と福井県と共同で,在宅医療を中心とした地域包括ケアシステムを地域で展開してモデルを作ろうとしました.柏市では,独立行政法人都市再生機構(UR)が老朽化した豊四季台団地の再生に着手していて,市とURと東大で協定を結んで3者で取り組むことになりました.住み慣れた場所で看取りまで住み続ける,施設に入れられるのではなく自宅で最期を迎えるということは多くの人が望むことですが,医療・介護のサービスが在宅で受けられるように訪問系の事業が地域に根付くことが必要で,そのために医師・看護師・薬剤師・訪問介護などの職種がうまく連携することが求められます.そこで,在宅医療・介護多職種連携協議会,顔の見える関係会議,地域ケア会議などを開催し,さらに情報共有システムを構築して,豊四季台地域に柏地域医療連携センターを建設し,柏での取り組みは柏モデルと称されるようになりました.また,高齢者が生き生きと仕事を続けられる仕組みとして,生きがい就労事業も実施しました.ボランティアデビューは高齢男性にはハードル高いものですが,これまでの経験を生かして仕事をするという形を用意することにより,参加意欲が増し,さらに就労形態もいろいろ用意し,さまざまなシニア層のニーズに応えたものとなりました.在宅医療も生きがい就労も,柏モデルの横展開が各地でなされています.
もう一つの産学連携については,2009年当時,企業はまだ超高齢社会についてピンときていないようだったので,2030年の日本の姿を想定し,皆でそこに向かってそれぞれ何をすべきかといった議論を行うべく,コンソーシアムを作ることにしました.合計45社が参加するジェロントロジーコンソーシアムが構成され,毎月全体会と称して勉強会を行うほか,分野ごとに分科会を作り,それは月2回~3回集まって集中討議をするような形が約2年続きました.議論する時間が足りないという声に応えて,合宿もしました.その成果として,非常に貴重な報告書ができましたが,それを世の中に向かって発信しようということになり,エッセンスを書籍化しました.(書籍としては,「2030年超高齢未来―「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする」1)(通称「赤本」)をまず刊行し,超高齢社会はどういうものかをメッセージとして発信し,次にこのコンソーシアムの成果を「2030年超高齢未来破綻を防ぐ10のプラン―ジェロントロジーが描く理想の長寿社会」2)(通称「緑本」)を発刊しました.)
コンソーシアムの運営は,大学教員としては大きな負担になるため,3年目からは,もう少し緩い関係のジェロントロジーネットワークになり,分科会活動をメインとして,全体会は年4回程度(うち1回は合宿)として続けることになり,6つの分科会が企業の方をリーダーとして動くことになりました.熱心な分科会は毎月のように会合を開き,遠方への見学会を実施したところもあります.私は移動分科会を主宰し,企業の方のリーダーとともに約10社の方々とさまざまな議論をしてきました.参加メンバーは皆さん熱心で,東日本大震災の被災地でのモニター実験3), 4),柏の葉キャンパス駅周辺での自動運転実証,輪島でのゴルフカート公道走行とその自動運転化5),各地でのパーソナルモビリティ試乗会の実施など,いろいろな実績を残してくることができました.
私は,東大IOGの機構長は2013年3月までで,4月からは柏の施設のお守りをするというミッションで,本郷の機械系には戻らず,柏の新領域創成科学研究科人間環境学専攻に配置換えとなりました.IOGは都市工学の大方先生が機構長になり,GLAFSという博士課程教育リーディングプログラムに力を入れるようになり,それが国際卓越大学院教育プログラムになって続いています.その後,機構長は原田先生を経て飯島先生に引き継がれていて,組織的にも総長室総括委員会傘下の機構から,連携研究機構となっています.今は飯島先生を中心に,加齢により心身が老い衰えた状態であるフレイル予防の活動に力を注いでいて,全国80か所以上の自治体に展開されてきています.
機構立ち上げから15年が経過し,関わる人も変わり,学内の組織上での位置づけも変わってきていますが,日本が真っ先に経験する超高齢・人口減少社会において,ジェロントロジーへの取り組みはますます重要になってくると考えられます.立ち上げから軌道に乗せるまでは苦労の連続でしたが,縦割りの大学・学問分野において,横串を刺して横連携により地域の課題を解決していくようなアクションリサーチの実施は,非常に大事であると考え,東大IOGがフロントランナーとして切り開いてきたと自負しています.(ただ一方で,アクションリサーチの内容はジャーナルペーパーにしにくいという面があり,若手研究者のキャリアを考えると苦しい所です.)そういうことに身を置いてさまざまな経験をさせてもらったことは,その後の私の研究活動に大きな影響を与えてくれて,貴重な財産とも言えます.
終わりに,東大IOGの設立から今に至るまで,関わっていただいた方々,支援等を賜った方々に厚く御礼申し上げます.