2025 年 2025 巻 5 号 論文ID: JRJ20250501
ドイツのカールスルーエ市から西約10kmの位置にあるDaimler TruckのWörth工場のsLH2(Subcooled Liquid Hydrogen)充填技術を採用した液体水素ステーションを視察しましたので,その内容について報告します.
1. はじめに
2024年9月9日から10日にかけて,ドイツのカールスルーエ市から西約10kmの位置にあるDaimler Truck Holding AGのWörth地区で,液体水素ステーションを視察しました.Wörth地区は,Mercedes-Benz Truckの最大の生産工場があるだけでなく,同社のバッテリ式および燃料電池式の電動トラックの開発テストセンター(EVZ / Entwicklungs-und Versuchszentrum)もあります.特に燃料電池式の電動トラック(FC-HDV / Fuel Cell Heavy-Duty Vehicle)の開発では,Linde plcとともに新しい液体水素充填技術であるsLH2(Subcooled Liquid Hydrogen)充填の開発および実証を行っています.本報では,主にその視察内容について紹介します.
2. sLH2充填技術と水素ステーションの概要について
sLH2と他の充填技術(LH2,CcH2,CHG)の特徴や内容に関しては,一般財団法人日本自動車研究所(JARI)の山田がまとめた解説資料1) が参考になります.各充填技術で利用する充填密度と充填圧力の関係2) を図1に示します.sLH2充填は,従来の液体水素充填であるLH2(Liquid Hydrogen)よりも車載容器の充填圧力を高めたことと,過冷却した液体水素を充填することが特徴として挙げられます.これにより,充填時に発生するボイルオフガス(約-250℃の液体水素が外部入熱などにより蒸発して発生するガス)を再液化することが可能となり,排気ロスの削減が期待されます.また,現状では研究開発段階ですが,さらに容器を高圧化した液体水素充填CcH2(Cryo-Compressed Hydrogen)では高価な複合容器が必要となる一方,sLH2充填では安価な金属製容器が使用できるメリットがあります.
図1 各充填技術の貯蔵密度と充填圧力の関係
sLH2の水素ステーション(HRS / Hydrogen Refueling Station)はCHG(Compressed Hydrogen Gas)に対して,水素ガス圧縮機や水素ガス蓄圧器が不要になり,かつ,敷地面積が約1/10で済むため,導入コストが低減可能となります.また,運用時の電気代もCHGに対して大幅に削減できるため,ランニングコストも低減可能とのことです.このように水素ステーションに関しても,メリットがあると言われています.
Daimler Truckの液体水素ステーションを写真1に,主な仕様を表1に示します.液体水素の貯槽の高さは約22 mと高いですが,非常にコンパクトに配置されていることがわかると思います.写真中央の収容ボックス内にはLindeが開発したsLH2ポンプが収納されていますが,占有面積は収容ボックスの約半分と非常にコンパクトで,ボックス内の他のスペースには油圧ユニットやエアーコンプレッサーが設置されています.残念ながらsLH2ポンプの撮影は禁止でした.
写真1 Daimler Truckの液体水素ステーション
表1 液体水素ステーションの主な仕様
仕様 | |
---|---|
充填流量 | 400 to 500 kg/h |
充填時間 | 10 to 15 min |
設置面積 | 50 m2 (ディスペンサー除く) |
HRS – Vehicle間 |
データ通信不要 ガス回収無し |
LH2 貯槽サイズ | 4,000 kg - LH2 |
当日は,FCトラックへ実際に液体水素を充填する様子を見ることができました.また,FCトラックに同乗して走行体験もさせていただきました.写真2にFCトラック,写真3にディスペンサー, 写真4に充填状況を示します.FCトラックには車両の左右側方下部に計2個の液体水素容器が搭載されており,約80 kgの液体水素を約15分で充填でき,また,満充填で約1,000 kmの走行が可能とのことでした.FCは出力150 kWを2台搭載,また高電圧バッテリを搭載してハイブリッド構造となっています.充填手順としては,水素検知器を充填口の上に設置し,アースを充填口近傍に設置後,特に保護具を着用することなく充填ノズルを充填口に接続して充填を開始しており,とても簡単な操作で済むことが印象的でした.なお,2個の液体水素容器は配管で接続されているため,車両右側の水素容器に位置している充填口から液体水素を供給することで,両方の容器へ同時に充填できる構造となっています.
写真2 FCトラック
写真3 ディスペンサー
写真4 液体水素充填状況
Daimler TruckとLindeが開発しているsLH2充填技術はオープンにされており,現在ISO(International Organization for Standardization)の場で充填プロトコルやインターフェースなどの国際標準化が進められています.また,2024年7月にはDaimler Truckの顧客によるFCトラックの走行試験の開始が発表3) され,ドイツ国内では開発フェーズから実証フェーズに移行しつつある状況となっています.
液体水素方式のsLH2充填のメリットとしては,先述した通り,水素ステーションの導入コストやランニングコストが低減できること,また体積貯蔵密度が高いため圧縮水素方式と比較して車両に多くの水素搭載が可能であり,航続距離を長くできることなどが挙げられます.なお,sLH2充填の技術的課題の1つとして,種々の液体水素容器(内容積,初期温度,初期充填状態などの違い)に対応できるか検討が必要であり,その議論がISOの場で進められています.
3. ドイツでの出来事
今回のドイツ出張の出来事に関して少し記載します.1日目の9月8日(日)は,日本からドイツのカールスルーエ市にある宿泊先への移動で,午後7時頃に電車を乗り継ぐ予定のフランクフルト中央駅に到着しました.タイヤメーカの看板が少々気になりますが,駅の外へ出ると奇麗な虹がかかっていて,今回の出張の成功を暗示している様でした(写真5).しかし,フランクフルトからカールスルーエへの移動が少々大変でした.当日は,原因はわかりませんでしたが列車が遅延し,窓口(非常に少ない)に人が長蛇の列を作っていて,さらに乗車予定の切符が満席で買えない状況でした.何とか若干空席のある発車時刻の遅い列車の切符を購入し,いざ乗車してみると,人はまばらでガラガラなのには驚きました.ドイツ鉄道は遅延や運休が結構あるとのこと.結局,宿泊先に到着したのは午後11時前と遅い時間となりました.2日目の9月9日(月)は水素ステーションの視察や意見交換などを行い,3日目の10日(火)午前にはMercedes-Benz Truckを生産している広大なWörth工場を見学させていただき,その後帰路につきました.
写真5 フランクフルト中央駅からの虹
4. おわりに
JARIでは2000年代にボイルオフ低減技術や液化水素漏洩挙動の研究4)-7) を行っていました.最近では,大型車を対象とした液体水素の充填挙動やフィジビリティ調査8), 9) を実施しています.自動車の燃料として液体水素を利用するのはそれほど新しい技術ではありませんが,これまで実用化や普及を阻んでいた種々の課題に対してsLH2など新たな技術を採用することで,液体水素方式の,特にFC-HDV開発のブレークスルーが期待されます.国内では,圧縮水素方式のFCトラックは開発されていますが,液体水素方式に関する報告例は確認できません.JARIでは液体水素の研究実績や知見を有していますので,将来的に本分野でカーボンニュートラルの実現に向けて貢献できれば幸いです.
謝辞
今回の視察にお誘いいただきました三菱ふそうトラック・バス株式会社 様,また現地での見学のご対応や設備等のご説明を頂きましたDaimler Truck Holding AG様に感謝いたします.