抄録
20 世紀も終わろうとするころから、世界各地のミュージアムなどに収蔵されてきた遺骨や聖なる器物が返還され始めた。それらが収集された植民地的状況を振り返れば、武力行使や詐術、不当な圧力などをともなった取得もあり、近年、ミュージアムの収蔵品が市民への啓蒙に資するというよりも、社会的不正義の証(「なぜ、ミュージアムにそんなものがあるのか?」)として機能しかねない状況も生じている(Hicks 2020; Colwell 2017)。
たとえ返還には至らない場合でも、「ソース・コミュニティ」との協議の結果、一時的貸与、展示物の複製作成などが積極的に進められている(Clifford 2020)。聖なる器物についても、公共の場における陳列は配慮を欠いている、という認識が一般化している。
以上のような、収集、ミュージアム、展示、遺骨や文化遺産などをめぐるわたしたちの理解の大きな変化を背景として、本分科会は、返還という概念により開かれる可能性、ならびに文化人類学と隣接諸学への影響について、その問題点とともに検討したい。