Journal of Computer Chemistry, Japan
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巻頭言
数理化学雑感
山下 晃一
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2015 年 14 巻 2 号 p. A11

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近頃,数学と材料科学が蜜月状態であるというようなことを良く耳にする.数学者の思考実験に材料科学が何らかの手がかりを与えるようだ.トポロジカルに基づいて全く理論的に,非自明相の存在が予言され,それが実験的に検証されている.米国物理学会でトポロジカル絶縁体・超伝導体に関連したセッションの多さに驚いたのも記憶に新しい.より化学に近い材料科学では離散幾何学が活躍する.炭素はダイヤモンド,グラフェン,カーボンナノチューブ,フラーレンと様々な構造をとるが,数学的には炭素原子と炭素―炭素結合のネットワークからなる離散曲面の曲率で分類できる.カーボンナノチューブとフラーレンは非負曲率炭素構造に対応する.負曲率炭素構造も予言されているが,これまでそのような構造は発見もされていないし,合成にも成功していないようだが.

こんなことを考えていたら,若き日の数学への憧憬がよみがえってきた.シュレディンガー方程式には愛(i)があるということで,複素関数には結構お世話になった.虚時間発展の経路積分法,複素回転座標による共鳴状態計算,複素ポテンシャルによる波束の吸収,複素古典軌道によるトンネル経路の探索, 非平衡グリーン関数法による電子輸送など.もう20年くらい以前であるが,量子カオスが盛んに研究されていた当時,多次元空間での複素古典軌道について物理の若手研究者と話していたら,それをやるなら,まずヘルマンダーの多変数複素関数論の教科書を読破しないと,と言っていた彼は神田の古本屋で同書の日本語訳を見つけたと喜んでいた.数年前に英語の改訂版が出版されたので,懐かしい思いでページをめくってみたが,バリアの高さに,やはり勉強は若い時にやるものだとの反省.それでも定年退職後にはチャレンジしようと購入.最近,多変数複素関数論の日本の生みの親ともいえる岡潔に関する本をよく目にする.多変数複素関数論は数学の分野でもブームなのだろうか.

2003年ロシアの数学者ペレルマンが,100年間未解決であったポアンカレ予想をインターネット上で公開した論文で解決した.2006年のフィールズ賞を拒否し,クレイ研究所の100万ドルの賞金にも興味を示さなかったということで,テレビでも特集が組まれペレルマンの人となりが注目された.ポアンカレ予想は純粋に数学的問題であるが,ペレルマンの用いた解決法,リッチフロー方程式が統計力学や宇宙論で応用されている.リッチフロー方程式は,多様体のリーマン計量とリッチテンソルで与えられる非線形発展方程式であるが,これでブラックホールが崩壊する過程が追えるようである.リーマン計量といえば,学生時代,福井謙一先生の極限反応座標に関する研究をしていたことを思い出す.化学反応を,化学種からなる単位胞の集まりと,それらの間の熱やエネルギーの移動と考えて,これらの単位胞をリーマン多様体だとするとリッチフロー方程式は,,,,.

日々,出口志向の研究であくせくしている今日この頃.現実逃避からくる妄想であった.忙中の閑.

 
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