Journal of Computer Chemistry, Japan
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巻頭言
科学を求め続ける『フォース』
後藤 仁志
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2016 年 15 巻 1 号 p. A1-A2

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スターウォーズ(SW)の「エピソードVII(EP-Ⅶ)/フォースの覚醒」が昨年末から公開されている.賛否両論がネットを賑わせているが,私の関心は,シリーズを通じて感じていた一つの疑問にあった.何故ジェダイの騎士はこんなにも心が弱いのか.そのことについて,精神科医の名越康文氏が教育システムの問題として指摘している[1].興味深い論考なのでここで紹介したい.

その前に,SW世界の教育システムを概説しておこう.フォースのライトサイドに従うジェダイ騎士は,幼い時期にジェダイアカデミーで集団教育を受け,卒業後は研修生としてジェダイの師とともに実務にあたる.その期間中に師は弟子に対して掟の順守と感情を捨てることを説く.これに対して,ダークサイドを操るシスの教育は,早い段階から師と弟子の一対一教育を基本とする.師は弟子の未熟さを許容し,感情の力を使うように教育する.卒業後は単独で任務にあたり,独り己を鍛え続けることになる.

名越氏によれば,フォースは物理力ではなく,自分ではない何かと感応する力であるとするならば,そのような心の力を引き出すには個人に向き合う必要があり,師の役割はじっくりと付き合うことにある.ゆえに,人を育てるシステムとしてはシスの方が優れているかもしれないという.私なりの解釈を加えるなら,ジェダイは封建的教育法の側面を持ち,シスは動機づけを重視した現代風の寄り添う教育法と言えるだろう.

今,大学には,社会の発展に対応した新しい人材育成と,そのための教育改革が強く求められている.課題解決型学習,反転授業,アクティブラーニングなど初等中等教育で取り組まれている教授法が大学でも模索され始めている.さらに,次世代を切り開くエリートを育成するためのリーディング大学院もいくつかの大学で始まり,企業や海外の研究者の協力を得て,一人の大学院生を複数の教員が指導する協働指導体制を充実させている.それらは,どちらかと言えば,シスの教育システムに近いように思う.だからというわけではないが,『嫌な予感がする』のである.

鞭を使わない今の教育にはより甘い飴が必要なのかもしれない.好奇心を喚起し,学び(探求)の動機付けをし,気づきを導く.未知と見せかけた既知の解に到達すれば喜びを与える.よく頑張ったエリートにはご褒美もある.しかし,科学には厳しい掟があり,それを理解し高度な知識と技術を体得するためには険しい道が待っている.その険しい道程に飴を並べ続けることは難しい.そうやって動機付けられた『選ばれし者』に,必ず直面する未知なる崖を登ることができるだろうか.崖の上に飴があるとは保証されていないのだ.苦労して登ってはみたがそこに飴がなかった時,ダークサイドが近づいてくる.

個人的な見解ではあるが,ルーカス監督は冒険活劇の基本テーマをSWシリーズ全体にちりばめながらも,それを大きなテーマとして三つの三部作に分けて描こうとしていたと推察している.EP-Ⅰ~Ⅲのテーマは「愛」である.愛ゆえにダークサイドに堕ちる物語である.EP-Ⅳ~Ⅵのテーマは「希望」である.息子が父を救い新たな希望を銀河にもたらす物語である.そして,EP-Ⅶから始まった三部作のテーマは「勇気」であると思う.新しい主人公が脅威や恐怖に立ち向かう真の「勇気」を獲得していく物語になると確信している.

名越氏が言う「心の力」とは,人の内面にあるフォースであり,それこそが「勇気」ではないだろうか.だから他者がそれを引き出すことは難しい.飴によって引き出せるかもしれないが,それは挫けてしまう原因にもなるだろう.弟子たちが険しい修行の道を正しく進むために,師はどのように「勇気づけ」していけば良いのだろうか.ルーカスから『ライトセーバー』を渡されたディズニーは,それを魅せてくれるこの上ない会社であることは疑いない.新たなSWサーガの展開を楽しみに,そして,未知なる科学に挫けずに挑戦し続けることができる若者を育てる術を学ばせてもらいたい.

『May the force be with you. フォースと共にあらんことを』

[1] Toshihiro Okamoto, Asahi Shimbun Weekly AERA, 2015, 28(56), 36-40.

2015年次報告巻頭言から転載

 
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