Journal of Computer Chemistry, Japan
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巻頭言
データ集約型化学へのパラダイムシフト
船津 公人
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2016 年 15 巻 2 号 p. A13-A14

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現在の我が国の素材・材料研究・開発分野は,産業の発展に大きく貢献するとともに,国際的にも優位な位置を堅持していると言われている.材料開発にはこれまで経験と勘に裏打ちされた実験的手法が中心的な役割を果たしてきたが,これがゆえに,新物質の発見から材料としての実用化(デバイスへの最適組み込みのための周辺技術の開発と最適化も含めて)には非常に長い時間と費用を要しているのも事実である.今後もグローバルレベルで産業競争力を発揮し続けるためには継続的に分野融合の創造的な取り組みが必要であるが,そのためにはこれまでの材料開発で蓄積された多くのデータ・情報を駆使し,材料開発に要する時間と費用を合理的に短縮する環境整備が重要となってくる.これまで研究開発の効率化を謳い,所与の機能を持つ材料を理論的に探索・設計した上で合成・評価するという方向に注目が集まりずいぶんと多くの予算が投下されてきたが,その方法論は必ずしも期待したほど成功してきたとは言えない.それは何故か.理論化学は与えた構造,材料の評価はできても,逆に具体的な構造,材料候補は提案できないことをしっかりと認識することで分かるであろう.このことについては十分な分析と反省が求められる.

一方で,ある物質が優れた特性を持つことがわかっても,その構造と物性の相関,物性を支配する原理(パラメータや関数)が不明なものも多く,これを解明する科学としてこれまでとは異なる視点での動きが存在する.このような問題を解決するためには,従来の取組みに加えて以下の2つの課題の解決が重要だと考えられる.

・インフォマティクスとデータの活用: 計測機器や計算機の進展にともない,より詳細なデータが大量に得られるようになった.一方でこれまで蓄積されてきた実験データが存在する.しかし,これらを統合的に活用する仕組み,使用目的に合わせて材料開発に活かす仕組みが開発現場に存在しない.大量のデータを蓄積・共有・循環し,インフォマティクスも活用して,高効率的に材料開発に有効活用する必要がある.さらに,大量データから導き出される物理的・化学的法則の発見という基礎科学的な可能性にも期待が寄せられている.データ作成・蓄積・活用におけるデータ集約型研究への挑戦が俟たれる.

・新物質から新材料へ: 材料のマクロ物性やデバイス特性は,非平衡,非線形性の強い問題であり,結晶粒界,焼結体界面,ナノ構造の接合部分など,物質の複雑な界面構造や電子状態等に大きく左右される.計測,計算ともに各空間スケールでの解析手法が確立されつつあるものの,スケール間の非線形の相互作用についてはこれまでのところ理論計算によるシミュレーションでは実現されていない.したがってインフォマティクス手法により各スケールの情報を同時に扱えるようにする手法の確立が急がれる.

ビッグデータ応用の声がこのところ頻繁に聞こえてくる.化学の世界にもその期待と動きが加速し,特に新しい分子構造,材料の研究開発,さらには生産プロセスの立案およびそのプロセスにける製品品質維持のためのプロセス監視とその制御のために,第4の科学であるデータ集約(駆動)型科学にこれまでにない強い期待が寄せられている.目的物性・特性を持つ新規分子・材料開発に相当する「何を作るか」から,それを「どう作るか」,そしてそれを安定した品質で生産するための生産プロセス監視と制御に関わる課題に迅速かつ効果的に対応するには,いまや多くのデータ,情報の積極的活用が不可欠となってきたとの時代の判断がそこにある.

第4の科学は単にデータが大量にあることのみをもって成り立っている科学ではない.大量のデータをもとに統計的な推論モデルにより科学を展開することを目指して提案された.点から線へ,線から面へ,面から多次元へ.そのために必要もしくは欠落している情報・データは,実験,あるいはそれが実験的には得にくいかコストがかかる場合にはシミュレーションによって“意図的に”得ることが求められる.データが示す化学空間の全体像を知るためである.全体像を知ることができれば材料設計などの標的領域も明確になるであろう.そこを攻めるための足掛かりも得られよう.このための必須な手法としてケモインフォマティクス,計算化学はますますその存在意義を増していくと思われる.

 
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