2016 Volume 15 Issue 3 Pages 83-84
An interdisciplinary book entitled “Mathematical Stereochemistry” has been published by means of the combination of freely-available computer systems, i.e., the LATEX system for typesetting mathematical formulas and the XyMTEX system for drawing chemical structural formulas.
LATEX用の構造式描画ソフトXyMTEX (キュムテック)を大幅に拡充して, Version 5.01をリリースした [1].これにより,LATEX本来の数式組版に加えて, 化学構造式の組版も統合的におこなえるようになった.今回,学際的書籍「Mathematical Stereochemistry」 [2] の出版に適用し,高品質の組版結果をうることができたので報告する.
筆者は,1980年代後半から,有機化学と数学との境界領域の研究をおこなっている. この研究結果を公表する際には,有機化合物の構造式と数式の両方を取り扱えるような ソフトウェアが必要であるが,当時はこのような要求に合致するものは存在しなかった (当時,構造式描画ソフトとしてChemDrawが発売されていたが,個人研究者にとっては高嶺の花であった). 数式に限っても,当時は,LATEXを使う以外の選択肢はなかったので, 最初の学際的著書 [3] も,数式はLATEXで組版し, 構造式は手で描いたものを貼り付けるという方法で出版した. この経験をもとに,化学者向けのLATEXの入門書 [4] を執筆したが,構造式の 描画については,不十分な記述しかできなかった.
これらの出版のあと,LATEXシステムと併用できる構造式描画ソフトウェアの開発を 目論み,ほどなくXyMTEXシステムをリリースすることができた [5,6,7]. 何回かのバージョンアップ [8,9] により,システムの機能的な面での進歩は ある程度達成された.また,XyMTEXの入力コードをインターネットに適合するように, 線型記法XyM notation [10] として整備し,Javaによる実装 [11]をおこなった. また,マークアップ言語として,XyMML [12,13]を開発した. これらの機能面,応用面の進歩はあったものの, 印刷された構造式の品質の面からは,まだまだ不十分であった.
21世紀に入って,PostScript言語による高品質な印刷が主流になってきた. そこで,構造式の印刷品質の向上を目差して, PostScript対応としたバージョンの開発をおこなった [14]. これにより,カラー写真用の有機化合物の構造式を多数含む著書 [15] を 上梓することができた.
さらに,近年主流になってきたPDFにも対応したバージョンをリリースし [16], 数理化学分野の著書 [17,18]を出版した. この経験をもとに,化学と数学との学際分野に関する出版について, XyMTEX利用の立場から論じた [1]. また,著書 [18]の執筆の際に, XyMTEXのマニュアル(780ページ)を整備し,インターネット からダウンロードできるようにした [19].
演者は,化学と数学との学際分野「数理立体化学(Mathematical Stereochemistry)」の確立を目差している.これまでに,著書 [3]において,USCIアプローチなる新手法 (有機化合物を3次元構造として,対称性を加味して数え上げる方法)を論じた.著書 [17]において,「mandala (曼荼羅)」なる概念を提案し,有機化合物の対称性を一般的に論じた.著書 [18]において,プロリガンド法という便利な数え上げ法を論じた.
今回,あらたに著書 [2]を刊行して,ステレオイソグラムアプローチを 提案した.これは,幾何学的な取扱い (点群に基づく) と立体異性的な取扱い (置換群に基づく)とを統合する試みである.点群と置換群の相互作用を厳密に規定するため, RS-置換群という新概念を提案している.点群がキラリティーに相当するのに対して,RS-置換群は,RS-ステレオジェニシティーに相当する.その上で,キラリティーとRS-ステレオジェニシティーを 二種類の左右系 (handedness) とみなす. これらは,RS-立体異性群とその図形的表現であるステレオイソグラムにより,RS-立体異性として統合される.
著書 [2]においては, 点群,RS-置換群,RS-立体異性群などの 数学的な定式化を,LATEX本来の数式処理機能により記述し,一方,キラリティー,RS-ステレオジェニシティー,RS-立体異性(ステレオイソグラム)などの 立体化学的・図形的な定式化をXyMTEXによる構造式処理機能により記述している.
演者のアプローチは,立体化学的な障碍と数学的な障碍のために理解しがたいとされ,「藤田の楽園(The Heavens of Fujita)」と揶揄されている [20].著書 [2]によって,これらの障碍が克服され,「藤田の楽園(The Heavens of Fujita)」への堅固な橋を架けることができたといえる (Figure 1). 実務面での障碍(化学と数学の学際的書籍の出版おける構造式の描画と数式の記述)も,XyMTEXの開発により克服されたといえる.