Journal of Computer Chemistry, Japan
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技術論文
散逸粒子動力学におけるシリカ-脂質膜界面付近の水の取扱い
土居 英男奥脇 弘次望月 祐志小沢 拓
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2017 年 16 巻 1 号 p. 28-31

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Abstract

散逸粒子動力学(DPD: Dissipative Particle Dynamics)法を用いたシミュレーションは生体膜などの幅広い分野で用いられている.従来,このようなDPD シミュレーションでは,バルクの水と界面付近の水を同じように扱う場合がほとんどであった.しかし,こうしたやり方では系の性質を必ずしも忠実に再現しているとはいえない.界面付近の水分子の性質とバルクの水分子の性質がかなり異なったものであるという実験的,あるいは理論的な研究がなされているからである.そこで,我々はこの問題を解決すべく,バルク水と界面水を区別して取り扱うアプローチを提案する.このアプローチを,脂質膜-シリカ-水の系のDPDシミュレーションに対して適用したところ,シリカに脂質膜が吸着する現象をうまくモデル化することができた.

1 序論

散逸粒子動力学(DPD)シミュレーションは,広く普及している分子や粒子のシミュレーションの方法である.DPDシミュレーションを利用して,ポリマーの性質 [1]や,生体膜 [2,3,4,5],ナノパーティクル [6]の研究が盛んに行われている.

しかし,シミュレーションに必要なパラメータやモデリングには,まだまだ改善の余地がある.Fanらは,ポリマーを構成する基本単位セグメント間の相互作用から,成分間の親和性を示すχパラメータを予測する手法を提案している [7].また,Sepehrらは高分子電解質膜と水の相互作用を例に,第一原理計算からDPDのパラメータを算定している [8].

χパラメータはFlory-Hugginsの格子理論で定義される,粒子間の相互作用パラメータである.Flory-Huggins理論では,2成分混合系のΔGは式(1)で示される.   

Δ G R T = φ 1 x 1 ln φ 1 + φ 2 x 2 ln φ 2 + χ φ 1 φ 2 (1)

ここで,φは体積分率,xi(i = 1,2)は高分子の鎖長である.右辺第1項と第2項はエントロピー変化,第3項はエンタルピー変化を記述しているが,エントロピー項は鎖長に依存して減少するため,二成分が相分離する可能性がある場合にはχの扱いが重要となる.χパラメータは次のように定義される.   

χ = Z Δ E 12 / R T (2)

Zはモデル格子の接触粒子数であり,粒子間の接触エネルギー変化ΔE12は次の式で与えられる.   

Δ E 12 = E 12 1 2 ( E 11 + E 22 ) (3)
Eijは成分ijとの間の相互作用エネルギーである.

今回,我々は水分子(DPDシミュレーション中では水粒子がより正しい表現だろう.)の取り扱いに着目した.これら水分子は,DPDシミュレーションで広く使用されているにもかかわらず,次に記述されているような性質が考慮されていないためである.その性質とは,界面付近の水分子の取り扱いである.

近年,第一原理計算を利用して界面付近のシミュレーションが行えるようになってきた [9,10,11]. これらの研究によって明らかになった興味深い現象の一つに,界面付近での水の性質がある.これらの界面付近の水分子はバルクとかなり異なった性質であることがわかっている [12,13].

しかし,前述の通り,多くのDPDシミュレーションで,水分子はすべて1種類の粒子としてしか表現されていない [1,2,3,4,5,6,8].これは,バルクと界面付近での水粒子の性質を同じとして扱っていることを意味している.

そこで,本研究では,この問題を解決するためのアプローチとして,バルクと界面付近の水を区別して扱うアプローチを提案し,シリカのシートへの脂質膜の吸着シミュレーションへ適用し,検証する.

2 計算条件

計算対象の分子として,POPC (1-palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycerol-e-phosphocholine),シリカ,水を選び,DPDシミュレーションを行った.Figure 1 に示したようにPOPC分子は6種類のビーズとして表現し,シリカはシート形状として固定した.POPC分子,シリカ粒子,水粒子に関するχパラメータは,分子軌道法の計算結果を元に,非経験的に決定した. Table 1.にこれらの粒子間の300 Kでのχパラメータを示した.POPCのχパラメータに関しては,膜面積の実験結果を再現することを確認している [14] .このχパラメータの算定方法に関しては,現在投稿準備を行っている.

Figure 1.

 POPC molecule (upper) and its DPD Model (lower).

Table 1.  χ parameters between particles at 300 K (a) Silica − Bulk water's χ parameter without interface water (b) Silica − Bulk water's χ parameter with interface water
POPC Silica Bulk water Interface water
B C D E F
POPC A −0.18 −0.24 1.39 4.75 4.76 1.37 12.09 12.09
B −0.62 0.71 5.46 5.81 2.20 12.66 12.66
C 1.19 4.81 5.76 0.93 10.57 10.57
D 1.99 −4.00 0.66 9.73 9.73
E 2.55 −5.68 −6.64 −6.64
F 2.11 6.00 6.00
Silica −21.02 (a)10.00 (b) −21.02
Bulk water 3.00

まずFigure 2に示したように,一辺が無次元長さ33のシミュレーションボックスの中央に一辺が無次元長さ28のシリカシートを配置し,周囲にはPOPC分子,水粒子を配置したモデルを作成した.1種類の水粒子(バルク水)のみを使用したモデル(Figure 2 left) と2種類の水粒子(バルク水と界面水)を使用したモデル(Figure 2 right)を作成した.両方のモデルにおいて,粒子の無次元数密度は3であり,POPC分子の体積密度は20%になるよう設定した.バルク水粒子のみを使用したモデルでは,POPC分子1770個,バルク水粒子86568個,シリカシートとしてシリカ粒子1024個を配置した.バルク水と界面水を使用したモデルでは,POPC分子1770個,バルク水粒子84975個,界面水粒子1593個,シリカシートとしてシリカ粒子1024個を配置した.バルク水-界面水,バルク水-シリカのΔGは正になるべく設定した.POPC-バルク水,POPC-界面水間のχパラメータは同じにした.DPDシミュレーション中にバルク水のみを使用する場合は,Silica-Bulk water のχパラメータはTable 1.(a)を使用した.また,バルク水と界面水を使用したモデルでは,Silica-Bulk water のχパラメータはTable 1.(b)を使用した.

Figure 2.

 DPD simulation without interface water (left) and DPD simulation with interface water (right)

The beads of hydrophobic particles of lipid membrane are yellow. The beads of hydrophilic particles of lipid membrane are blue. The beads of fixed silica particles are gray. The interface water is red. The beads of bulk water are transparent.

また,シミュレーションは500,000ステップ行った.DPDシミュレーションの詳しい条件は,文献 [1,15]と同様に設定した.

3 結果

バルク水のみを考慮したDPDシミュレーションの最終ステップのスナップショットをFigure 2. (left)に示す.まず,シリカ周囲にPOPC粒子が存在していないことがわかる.この様相はシミュレーションを通じて変化がなかった.

次に,バルク水と界面水を追加したDPDのシミュレーション結果をFigure 2. (right)に示す.界面水は赤い粒子として表現されている.図に示しているように,POPC分子は,シリカのシートに吸着し,二重膜を形成している.また,シリカのシートには界面水が吸着しており,意図した性質を表現していることが見て取れる.シリカ表面に位置しない界面水粒子はバルク水粒子中に分散している.

また,POPC分子,バルク水,界面水を初期配置としてランダムに配置した場合,複数のシミュレーションを行ったが同様の結果が得られた.

4 まとめと今後の展望

多くのDPDシミュレーションにおいては,バルクと界面の水を区別して扱っていない.本研究では脂質膜-シリカシート-水系においてバルク水と界面水を区別してDPDシミュレーションを行い,界面水を介してシリカシートに脂質膜が付着している結果を得た.

今後,このような水の性質の違いをχパラメータとして設定する時,いかに系統的にその差異を表現できるかが重要であろう.そのためには,非経験的な分子軌道計算によって相互作用を定量的に評価するフレームワーク [14]をより洗練させていく必要があると考えている.

Acknowledgment

本研究は,文部科学省FS2020プロジェクト重点課題6からの支援を受けている.

参考文献
 
© 2017 日本コンピュータ化学会
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