2017 Volume 16 Issue 3 Pages 77-79
ペプトイドは,側鎖がα-炭素原子上ではなく窒素原子上に位置するペプチド模倣物である.近年,主鎖にフェニル環を含む大環状のペプトイドが開発され,カチオン捕捉の興味深い能力が示された.この論文では,この新しいペプトイドのフェニル環部によるカチオンの対捕捉に関する理論計算を報告する.この結果,カチオンに対するπ電子供与の重要性が示された.
ペプトイドとは,Zuckermannによって開発されたペプチド骨格においてCα炭素上にある側鎖がN原子上に構造を持つ人造の分子群である [1].N-H由来の水素結合を形成しないため,側鎖を適切に選ぶことで化学的性質や凝集能を制御しやすく,新たな機能性ポリマー素材として注目されている.私達は前回,水分子を内包する環状オクタペプトイドについてフラグメント分子軌道法(FMO)法 [2]を用いた凝集時の相互作用解析例を報告した [3].今回は新たな機能性として,イオン内包性質に注目する.ペプトイド骨格のデザイン性を生かし,価数や半径が異なるイオンを特異的に取り込むことができれば有用である.
実験例の一つとして,Naイオンを内包する環状ペプトイドがある [4].イオン内包の代表的な系としてはクラウンエーテル [5]があげられるが,文献 [4]の例ではイオンを複数内包できることが興味深い.取り囲みは骨格のカルボニル酸素との配位結合的相互作用に起因しているが,この構造は基本骨格に芳香環を含む骨格的に新しい剛直なペプトイドであり,イオンをこの芳香環で取り囲む可能性も示唆されている.今回はこの実験例を基にイオンを芳香環のπ電子で内包するモデル系での計算例を報告する.
[4]において芳香環を4つ持ち,N原子に結合する側鎖をメチル基に置き換えた環状構造(Figure 1)用意した.環内部にNa (I)イオンを二つ入れGaussian09 [6]を用いて計算レベルB3LYP/6-31G*で構造最適化を行ったところ,芳香環のπ電子系とイオンが相互作用する描像での安定構造を得た.そこで同様の初期座標でイオンをCa(II),Zn(II)とした構造に対しても同様の計算を行った.これらの構造に対して自然電荷およびWibergの結合次数を算出して比較を行い,イオン間のクーロン反発エネルギーも算出した.

Macrocyclic peptoid [4]
Na(I)イオンを内包させた構造最適化計算結果を以下に示す(Figure 2).環内部にNaイオンが等価に入り込み,ペプトイド骨格が綺麗なひし形構造をとっていることが確認できる.イオン同士では斥力が生じる一方,芳香環のπ電子系とは安定化相互作用(引力)を生じるため,丁度二つのイオンが"つっかえ棒”のような役割を果たすことでペプトイド骨格を保持していると推測される.2つのNaイオンの平均電荷は0.82程度であり,芳香環のπ電子が流れ込んでいることがわかる.尚,イオン間の結合次数は0.00035であった.イオン間距離は4.84Åであり,これを基にクーロン反発エネルギーを計算したところ,46.2 kcal/molであった.Naイオンの形式電荷が1の場合のクーロン反発エネルギーは68.6 (kcal/mol)で,約67%程度まで減少しており,上記の結果に符合する.

Stable structure of macrocyclic peptoid capturing two Na(I) ions
Ca(II)を取り込んだ計算でも上図構造に極めて近いものが得られた.自然電荷の平均値は1.69,結合次数は0.0018で,イオン間距離は5.52Åであった.Naの場合よりイオン半径が若干大きいため,わずかに距離が離れた結果となった.クーロン反発を計算すると,Caイオンの電荷が2の場合に比べ71%程度であった.
Zn(II)を取り込んだ計算ではひし型が少々ねじれた構造(Figure 3)になった.Znのイオン半径は一般的にNaやCaよりも小さい [7].そのためこれまでの結果を踏まえるとイオン間距離は近づくように思えたが,イオン間距離は6.63Å,結合次数は0.0001であり,結合性はほとんど見られない結果となった.一方自然電荷の平均は1.32であり,価数が同じCaと比較すると芳香環の電子の流れ込みが多くなっている.Znまでイオン半径がより小さくなると,イオンは独立してそれぞれ2枚の芳香環に挟み込まれ,フェロセンのようなパッキング構造を好むと思われる.クーロン反発は電荷が2の場合と比較すると約43%であった.

Stable structure of macrocyclic peptoid capturing two Zn(II) ions
実験例を参考にしたモデル計算から,環内部に複数イオンを内包するペプトイドについて計算を行った.取り込むイオンが異なると,イオン半径や斥力,そしてπ電子系との相互作用(引力)等の要素により,ペプトイド骨格が保持・変化することを確認した.見方を変えれば側鎖や骨格を変化させることで,複数イオンの中から特異的に狙ったイオンを取り込む系にも期待できるであろう.今後はN原子上の側鎖の変更や,芳香環における置換基の導入よる選択性の変化を議論する予定である.またABINIT-MP [2]を用いたFMO計算と組み合わせることで,ペプトイドが自己集合した大規模系においても,イオン存在下における性質変化,選択性について検討していく予定である.