Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
プローブ分子によるタンパク質の結合サイト探索
佐藤 博之松浦 東
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2017 年 16 巻 4 号 p. 89-90

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Abstract

A new and efficient approach for analyzing protein-ligand binding sites is proposed using a large number of properly interacting probe molecules with human coagulation factor Xa (fXa). Firstly, the probe molecules are set up to mimic the functional groups of the known ligand RRR, and cover the fXa surface by molecular dynamics (MD) simulation without water. Then, the unit cell is filled with water for following MD simulation to replace weakly binding probe molecules with water. The analyzed probe density explains well the experimental crystal structure of RRR whose terminal pyridine group is placed in the unexpected S4 pocket. This result indicates that the probe density evaluated from this approach has the ability to explain the binding orientation of a ligand.

1 研究目的

近年,京などに代表される超並列計算機の普及に伴い,分子シミュレーションによる創薬の研究が盛んになってきた.中でもタンパク質の構造データから,薬の候補となる化合物(リガンド)を設計する技術は,中心的な研究分野の一つである.リガンドの構成要素となり得るフラグメントをプローブ分子に用いてタンパク質の結合サイトを探索し,リガンド設計に活かす情報を得る研究も分子シミュレーションの適用分野の一つであり,有用な手法が提案されている [1,2].しかしこれまで提案されてきた手法ではタンパク質のflexibilityやプローブ間の相互作用ポテンシャルを変更するため,結合サイトにプローブの二量体が結合できない等,プローブの自然な振る舞いは阻害される [3].今回我々は,プローブとタンパク質のみで構成される系のMD計算と,その隙間に水を充填した系のMD計算との組み合わせによる,タンパク質のflexibilityもプローブのポテンシャルも変更しない,新規結合サイト探索手法を提案する.

2 方法

新規手法のテスト対象には,血液凝固因子Xa (fXa)とリガンドRRR [4]を用いた.共結晶構造PDBデータには 1NFWを用い,プローブには,fXaのS1とS4ポケットのそれぞれに結合するRRRの両末端構造のフラグメントである,塩化チオフェンとピリジンの2種類を用いた(Figure 1).プローブの濃度条件には従来と同様の1 Mの他に4 Mを用い,探索手法の濃度依存性を調べた.プローブの初期配置はランダムに決め,プローブとfXaについて,室温•NVTアンサンブルによる重原子拘束MD計算を,時間刻み1 fsで50∼200 ps実施した.次に得られた構造の隙間を水で充填し,室温•1気圧でのNPTアンサンブルによるMD計算を,時間刻み2 fsで10 ns実施した.得られた軌跡はfXaを結晶構造に重ね合わせ,空間座標を0.5 Åのグリッドで分割し,各格子点におけるプローブの密度を解析した.ここで圧力制御にはParrinello-Rahman 法を用い,タンパク質の力場にはAmber99SB-ILDN-PHIを,水の力場にはTIP3Pを,リガンドの力場にはGeneral amber force field (GAFF)を用いた.MD軌跡の解析プログラムにはVMD v1.9.1を用い,MD計算のプログラムにはGromacs v4.6.5を用いた.

Figure 1.

 Structual formula of ligand RRR with (a) two binding pockets of fXa, and with (b) two types of probe molecules (left: chlorothiophene, right: pyridine).

3 結果と考察

室温•NVTアンサンブルによるMD計算では,50∼200 ps後にはプローブがタンパク質表面を被覆した.短時間で被覆が進む理由は,水による阻害を受けないためである.続けて実施したNPTアンサンブルによるMD計算では,タンパク質表面のプローブの解離が水の影響で徐々に進行する.しかしタンパク質との相互作用が強いプローブは表面にトラップされるため,その領域ではプローブが高密度化する.濃度4 Mの塩化チオフェンとピリジンそれぞれのプローブ密度を解析した結果,いずれもプローブの高密度領域にRRRの結合サイトが含まれることがわかった.また塩化チオフェンとピリジンそれぞれの等密度面を比較すると,ピリジンのみS4ポケットに高密度領域が見られた(Figure 2).RRRは設計時,アニオニックなS1ポケットにピリジンが,ニュートラルなS4ポケットに塩化チオフェンが結合すると想定されていたが [3],実際の結晶構造ではFigure 1 (a)の通り,想定とは逆の結合ポーズを取る.Figure 2の結果はこの実験事実と一致する.一方,濃度1 Mのプローブを用いた探索では,MD計算の間にfXaが変性した(Figure 3 (a)).変性の理由はfXaの一部領域にプローブが集中するためだと考えられる(Figure 3 (b)).濃度4 Mのプローブを用いた探索でfXaが変性しない理由には,プローブの占める空間が大きく,fXaの一部領域に集中出来ないためと考えられる.

Figure 2.

 Superimposed isodensity surfaces of probes on the cocrystal structure (1NFW): (a) chlorothiophene; (b) pyridine. The blue surface model shows fXa and the stick model shows ligand RRR. Orange and magenta surfaces show probe isodensity (1.0 Å−3).

Figure 3.

 Structure of fXa after 10 ns MD with (a) the superimposed cocrystal structure (1NFW), and with (b) probe and water molecules. The cyan cartoon model shows resulting structure of fXa and blue cartoon model shows the crystal structure of fXa. The cyan line models show probe molecules and the red line models show water molecules

以上の結果から,提案した新規結合サイト探索手法は,プローブ濃度を高く設定することで,リガンドの結合ポーズなど,リガンド設計に有用な情報を取得する能力を持つことが分かった.

References
 
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