Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
ポドフィリックアルデヒドの全合成における中間体の反応性の計算化学的考察
三原 陽子森川 大野村 泰志西井 良典
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2017 年 16 巻 4 号 p. 102-105

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Abstract

The (−)-podophyllic aldehydes (Figure 1) exhibit notable antineoplastic cytotoxicity by apoptosis-inducing activities. In this study, we analyzed the selectivity mechanisms of some important reactions in the asymmetric total synthesis of (+)-podophyllic aldehydes which are enantiomers of the (−)-podophyllic aldehydes, by the molecular orbital method. As a result, it was shown that the selectivity of the Grignard reaction in compound 1 (Figure 2) is caused by steric hindrance. Furthermore, it was also indicated that the selectivity of the reduction in compound 2–1 is caused by the localization of LUMO at the reactive site, and the reduction in compounds 2–2 and 2–3 Scheme 2) does not proceed due to the steric hindrance by the trimethoxyphenyl group.

1 はじめに

ジヒドロナフタレン型骨格は自然界に多く存在しており,様々な生理活性を持っている [1,2].その中でも,(−)-ポドフィリックアルデヒドAB及びC (Figure 1)はアポトーシス誘導活性による抗悪性腫瘍細胞毒性(抗がん作用)をもつ物質である.これらの鏡像異性体である(+)-ポドフィリックアルデヒドの不斉合成は,その構造と活性の関係を知るために必要であるが,ポドフィロトキシンからの誘導が困難であるため全合成はされていなかった.これに対し,本学の西井らは有機不斉触媒を使ったシクロプロパン化とルイス酸を媒介とした環拡大を用いた新規合成経路により,(+)-ポドフィリックアルデヒドAB及びC の全合成に成功した [3].その反応を含む全合成前半の合成過程をscheme 1に示す .

Figure 1.

 (−)-Podophyllic aldehydes.

Scheme 1.

 First half of the synthetic route.

本新規合成経路の開発に際しては,選択性の制御が極めて重要な役割を果たしている.しかし,その選択性の制御に関する詳細なメカニズムについては未だ明らかとされていない.このメカニズムを解明する事は,ポドフィリックアルデヒドのみならず,様々な全合成を成功させる為に有用となる事が期待される.そこで本研究では,ポドフィリックアルデヒドの全合成経路に見られるいくつかの選択性について,それが生じる要因を計算化学的に検討した..

1.1 Grignard反応

化合物1にはラクトンとメチルエステルの二つのエステルが存在しているが,本反応はラクトン側で選択的に進行する.この反応は,ジヒドロナフタレン型骨格の形成に必要な置換基の導入となる.Grignard反応は求核付加反応であるので,この選択性は,反応部位であるラクトンのカルボニル炭素がより求電子的であるために生じたと考えられる.そのため,それぞれのカルボニル炭素の求電子性を比較した. .

Scheme 2.

 Reduction

1.2 還元反応

化合物21にはエステルとケトンの二つが存在し,本反応においてはケトンが選択的に還元される.このケトンの還元は,(+)-ポドフィリックアルデヒドの全合成に必要な,化合物3の環拡大反応に必須となる.しかし,2–1の構造異性体である化合物2–2では反応が進行せず,2–2のメチルエステル部位がラクトンに置き換わった化合物2–3では,反応はわずかに進行したが単離が不可能である事が実験より判明している.

そこで,本研究ではまず,化合物2–1内の二種のカルボニル炭素においてケトン部位の選択性が生じる要因を検討し,そのケトン部位の還元反応が,なぜポドフィリックアルデヒドの全合成にのみ見られるかについても,合わせて検討を行った.

2 方法

全ての計算はGaussian 09を用い,B3LYP/6-31G (d)で構造最適化を行い,B3LYP/6–311+G (d,p)でエネルギー計算を行った.電荷解析については,Mertz-Kollman-Singh (MKS) 法を用いた.

3 結果と考察

3.1 Grignard反応

化合物1において,二種のカルボニル炭素の電荷を比較したところ,ラクトン環のカルボニル炭素が若干ではあるがより正に帯電しており,求電子性が高いことが分かった(Figure 2 左).しかし,それらの値に大きな差は見られないことから,反応の高い選択性を説明することは不十分であると推測される.

Figure 2.

 Charge distribution (left) and LUMO distribution (right) of compound 1.

このように,化合物1におけるGrignard反応の選択性は電荷によって説明できない.そこで,次にLUMOの広がりについて検討を行った.これは,フロンティア軌道論の観点からは,LUMOは求電子的に働くためであり,その偏りが反応部位の選択に大きく寄与する為である [4].その結果,Figure 2 右に示すようにLUMOは全体的に広く分布していることが分かった.そのため, フロンティア軌道論の観点からも反応性の差異を説明することはできない.

以上の点から,化合物1におけるGrignard反応の選択性は電子的な違いによるものでは無い事が分かった.そのため,立体障害などの分子の幾何学的な配置が反応の選択性に寄与しているものと見られる.特に,今回使用したグリニャール試薬はかさ高く,化合物1中の3,4,5-トリメトキシフェニル基と反発することが予想される.一方で,ラクトンの周辺は空間的な余裕があり,更に骨格が固定されていることから,ラクトン側で反応が進行したと考えられる.

3.2 還元反応

化合物2–1において,二種のカルボニル炭素の電荷を比較したところ,還元反応が進行しないエステル側がより正に帯電しており,求電子性が高いことが分かった(Figure 3 左).このことは,実験事実と合致しない.そこで,先ほどと同様にLUMOの分布についても検討を行った.その結果,Figure 3右に示すように反応部位であるアリール基を有するケトン部位にLUMOが局在化していることが分かった.この事は,アリール基を有するケトン部位は求電子的に働くことを意味しており,ケトン部位へのLUMOの局在化が位置選択性の生じる主な要因となることを示すものである.

Figure 3.

 Charge distribution (left) and LUMO distribution (right) of compound 2-1.

次に化合物2–1, 2–2, 2–3の反応性の違いについて検討を行ったところ,化合物2–1の反応部位であるアリール基を有するケトン部位のカルボニル炭素がより正に帯電しており,もっとも求電子性が高いことが分かった(Figure 4).しかし,反応の進行する化合物2–1と反応の進行する化合物2–2の電荷の差はごくわずかであり,これが2–1のみで反応が進行する主な要因とは考えられない.さらに,LUMOの分布についても2–1, 2–2, 2–3のすべてでケトン部位への局在が見られた.以上の事から,化合物2–1のみで反応が進行する理由については,電子的な違いが寄与するものではない事が分かる.そこで,Grignard反応と同様,立体障害についても検討を行った.

Figure 4.

 Charge distribution of compounds 2–1, 2–2 and 2–3.

Figure 5に化合物2–1, 2–2, 2–3の最安定構造を示す.今回の構造最適化については, 次段階において重要となる分子内水素結合を考慮した初期構造を用いた.反応部位周辺を見ると,反応が生じる化合物2–1では空間的な隙が大きく,求核剤に対して障害となるような部位は見られない.一方,化合物2–2及び2–3の最適化構造では,3,4,5-トリメトキシフェニル基が求核剤の接近に対して障害となることが考えられる.ただし,化合物2–3については,ラクトン環骨格を持つためにエステル上の酸素の自由度は低下し,求核剤との反発による影響が小さくなるため,化合物2–3ではケトンの還元がわずかに進行したと考えられる.この反応部位に対する3,4,5-トリメトキシフェニル基の位置の違いが,化合物2–2や2–3で反応が進行しない要因と考えられる.

Figure 5.

 Optimized structure of compounds 2–1, 2–2 and 2–3.

Orange circles indicate the reaction site.

4 まとめ

本研究では,ポドフィリックアルデヒドの全合成経路における,Grignard反応と還元反応の選択性についての量子化学計算を用いた解析を行った.

Grignard反応において,分子内の二種のカルボニル炭素における反応性の差異は,電荷やLUMOの観点からは説明できなかった.よって,試薬に対する3,4,5-トリメトキシフェニル基の立体障害が大きく影響していると考えられる.

還元反応において,まず反応の進行する化合物2–1の分子内の二種のカルボニル炭素における反応性の差異は,反応部位のアリール基を有するケトン部位へのLUMOの局在化が主な要因であることが示された.次に化合物2–1, 2–2, 2–3において,化合物2–1のみで反応が進行する理由については,電荷やLUMOの観点からは説明できなかった.そこで,最適化構造を確認したところ,3,4,5-トリメトキシフェニル基の存在が求核剤のケトン部位への接近に対して障害となる可能性が高い事が分かった.

今回の解析では,化合物1におけるGrignard反応の選択性や,化合物2–1のみで還元反応が進行する要因については,基底状態の電子的な違いが主な要因でないことは示されたものの,立体障害が決定的な要因となるかを明確に示すことはできなかった.故に,ポドフィリックアルデヒドの全合成経路におけるより決定的な反応選択性の要因を知るためには,配座解析や遷移状態の解析を含めたより詳細な検討が必要となる.また,Grignard反応はTHF溶媒下,還元反応はTHF-Methanol溶媒下で行われており,より正確な反応選択性の検討については,これらの溶媒効果を考慮した計算もまた,必要となる.

参考文献
 
© 2017 日本コンピュータ化学会
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