Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
閉殻重原子系における外部静磁場によって誘起される電子スピン密度の解析
宮本 優弥小山 裕貴波田 雅彦
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2017 年 16 巻 4 号 p. 91-92

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Abstract

We present a clear equation and a simple display method to analyze theoretically the spin density induced by an external static magnetic field in closed-shell molecules containing heavy atoms (Xe and HI). We showed that the magnitude of the spin density in a heavy-atom-light-atom (HALA) system is proportional to the mixing of the opposite spin orbital caused by the spin-orbit interaction.

1 はじめに

重原子を含む分子のNMR化学シフトの傾向を理解するためには相対論効果を考慮することが不可欠である [1].NMR化学シフトの相対論効果は主に外部静磁場によって誘起される核上の電子スピン密度と核スピンとのフェルミ接触相互作用に由来する [2].

相対論効果の理論的解釈において,実験での観測が容易な隣接する重原子-軽原子間に生じる相対論効果(HALA効果)に興味が持たれている [3].しかしながら,外部静磁場によって誘起される閉殻系の電子スピン密度の解析は報告例が少なく,その振る舞いが何によって決定されるかに興味が持たれる.

そこで本稿では,誘起されるスピン密度の発生メカニズムと伝播メカニズムの解明を目的とし,不活性重原子であるキセノンを対象にして重原子単体のスピン密度の振る舞いを解析した.さらに,σ結合性のHALA効果が観測できるヨウ化水素を対象にスピン密度の解析を行った.

2 理論と計算方法

分子軌道φi(r,ω)において,外部静磁場Bが誘起する一次のスピン密度は,スピン演算子S(ω)の期待値として次 式のように定義される.   

ρ i ( 1 ) ( r ) = B φ i * ( r , ω ) S ( ω ) φ i ( r , ω ) d ω | B = 0 (1)

スピン–軌道(SO)相互作用およびZeeman相互作用を表現するために,分子軌道φi(r,ω)はαスピン関数とβスピン関数の一次結合とする.   

φ i ( r , ω ) = ϕ α i ( r ) α ( ω ) + ϕ β i ( r ) β ( ω ) (2)

キセノンとヨウ化水素のスピン密度はgeneralized HF法で計算し,2次のDouglas-Kroll-Hess変換によって得られたハミルトニアンを採用した.基底関数として,非縮約Dyalltzpを用いた.

3 結果と考察

外部静磁場によって誘起されるキセノンのスピン密度をFigure 1に示す.Figure 1では,スピン密度のノルムをカラースケールで示し,その向きのZX平面への射影を矢印で示してある.不活性重原子であるキセノンではαスピンとβスピンが交互に球殻状に分布し,スピン相関が起こっていることが分かる.各原子軌道の寄与を見ると,核近傍の磁場と同方向(正)のスピン密度は内殻s軌道に由来し,周辺のスピン密度は外殻p軌道に由来することが分かった.その中でもp1/2軌道が負のスピン密度,p3/2軌道が正のスピン密度を持っている.この結果はZeeman相互作用によって同じ磁気量子数(mj = ±1/2)を持つ軌道同士が混合する一電子系の結果と一致した.

Figure 1.

 Spin density of Xe induced by Z directional external static magnetic field in ZX plane.

次に,外部静磁場によって誘起されるヨウ化水素のスピン密度をFigure 2に示す.ヨウ素原子周りには波動関数の節が現れている.結合間にはスピンの向きが逆転する境目があり,ヨウ素-水素間のスピン分極が観測できる.

Figure 2.

 Spin density of HI induced by X (upper) and Z (lower) directional external static magnetic field in ZX plane.

重原子-軽原子間のスピン密度の伝播メカニズムを解析するため,結合性軌道ψσと反結合性軌道ψσ*から成る二状態モデルを考える.ここで,重原子と軽原子の原子軌道をそれぞれχ, χ (ω=α,β)とし,重原子側のみSO相互作用によってαスピンとβスピンが混合しているとする.ただし,添え字の+と−はクラマースペアを表す.   

ψ σ + = 1 2 [ ( χ H α α + χ H β β ) + χ L α α ] ψ σ * + = 1 2 [ ( χ H α α + χ H β β ) χ L α α ] ψ σ = 1 2 [ ( χ H β * α χ H α * β ) χ L α * β ] ψ σ * = 1 2 [ ( χ H β * α χ H α * β ) + χ L α * β ] (3)

この系にZ軸方向の外部静磁場を作用させると,電子スピンのZeeman相互作用によって結合性軌道に反結合性軌道が混入する.ただし,軌道角運動量のZeeman相互作用は無視した.   

ψ σ ± ( B z ) = ψ σ ± + c ± ψ σ * ± , c ± = ψ σ * ± | 2 B z S z | ψ σ ± ε σ * ε σ (4)

ここで,εσεσ*はそれぞれψσψσ*の軌道エネルギーである.このとき,軽原子上で発生するスピン密度は,   

ρ L z ( r ) = 1 4 [ ( 1 c + ) 2 ( 1 c ) 2 ] | χ L α | 2 B z χ H β | χ H β ε σ * ε σ | χ L α | 2 (5)
となる.この結果から,重原子-軽原子間のスピン密度の伝播は重原子の逆向きスピンの混ざる割合,つまり,SO相互作用の大きさに依存することが分かった.

Acknowledgment

本研究は,JST-CRESTおよびJSPS科研費(17H03011)の支援を受けて実施された.

References
 
© 2017 日本コンピュータ化学会
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