Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
分子動力学を用いたニューロプシンのペプチド認識に関する研究
リントゥルオト 正美堀岡 洋太阿部 光将リントゥルオト ユハ
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2017 年 16 巻 5 号 p. 160-162

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Abstract

The substrate specificity and selectivity on the chymotrypsin-type serine protease, neuropsin was investigated by using molecular dynamic simulation. The amino acid residues at l1 and l5, which are located adjacent to the neighboring residues of cleave site Argl3 on both sides, play important roles, and the interactions between these amino residues of peptide and loops D and H of protein regulate the affinity and catalytic activity.

1 はじめに

ニューロプシンは大脳辺縁系で発現されるセリンプロテアーゼで記憶形成に関連しており,このタンパク質の機能障害により精神疾患の原因となると考えられている.しかしながら,ニューロプシンのシグナリングメカニズムの詳細は明らかになっていない.Figure 1に示すようにニューロプシンはキモトリプシンタイプのセリンプロテアーゼで活性サイトに触媒3残基,His41,Asp102,Ser195を有し,触媒サイト周辺にはLoop A~Hが存在している.

Figure 1.

 X-ray structure of neuropsin (PDB ID: 1NPM)[1]

ニューレグリン1 (NGR-1)はニューロプシンの重要な基質であることは知られているが,その結晶構造は得られておらず,ニューロプシンとの複合体の構造も得られていない.ニューロプシンのNGR-1に対する酵素反応の速度論的実験が蛍光4-methylcoumaryl-7-amide (MCA)タグを付けた合成ペプチド基質を用いて行われた.その結果,ニューロプシンはAcSLR-MCAやAcKDR-MCAには高い活性を示すが,AcYGR-MCAにはほとんど活性を示さないことがわかった [2].

我々はニューロプシン-NGR-1複合体のモデルとしてニューロプシン-ペプチドモデルを用い,分子動力学計算を行った.ニューロプシンの触媒活性は複数の因子に依存している.第一にペプチドの配列に左右され,ニューロプシンとの結合の際にペプチドがLoop DやHと相互作用をいかに効率的に行うかが重要となることがわかった.

2 方法

マウスの海馬ニューロプシン(PDB ID: 1NPM) [1]をタンパク質のモデルとして用い,NGR-1に対して実験で用いられたペプチドAcSLR-MCA,AcKDR-MCA,AcYGR-MCAをモデルとし,最初の3つのアミノ酸残基,例えばAcSLR-MCAの場合はSLRを抽出し,NGR-1の配列中のSLRに続くアミノ酸残基3つを選択し,6つのアミノ酸残基からなるペプチドモデルSLRFKWを作成した.他の2種のペプチドモデルKDRGSR,YGRYSGを同様に作成した.

Sievgeneを用いて,数点のプローブ点を仮定しタンパク質にペプチドモデルをdockingした.ペプチドの切断サイトであるArgl3がタンパク質表面近くに存在する2つのプローブ点を採用し,それぞれのプローブ点を用いたドッキングにおいてスコアの最良なもの1つずつを選択し,一つのペプチドモデルに対して複合体を2つずつ作成した.

分子動力学計算はAmber力場Parm99を用い,水分子にはTIP3Pを適用した.静電相互作用はFMM法を用いて評価した.タンパク質,複合体に対して300 Kにおいて40 nsのシミュレーションを行った.結合自由エネルギーはMM-GBSAを用いて見積もった.計算にはmyPrestoを用いた.

3 結果と考察

複合体モデルをそれぞれのペプチドの頭文字をとり,S1,S2,K1,K2,Y1,Y2と表す.結合自由エネルギーはK1モデルが最も大きく30.9 kcal/molで,続いてS2モデルの27.2 kcal/molとなった.一方でYGRYSGの2つの複合体モデルY1,Y2は20 kcal/mol以下となった.

Figure 2,3にS2とK1におけるペプチドモデルとニューロプシンとの相互作用の様式を示す.S2ではLoop Dに属するHisやAsnを中心としたアミノ酸残基とペプチドのLysl5とが効果的に相互作用しており,結合切断部位であるArgl3がLoop Hに属するSer217やAsp218と相互作用している.K1ではLysl1がLoop DのGlu97とArgl6がLoop E,G,Aspl2がLoop Hと相互作用している.実験において,AcSLR-MCA,AcKDR-MCAは高い触媒活性を示したが,それらをモデルとしたS2,K1モデルがLoop DやHを中心としたアミノ酸残基と多点で相互作用しているのに対して,実験においてほとんど活性を示さなかったAcYGR-MCAをモデルとするY2モデルではArgl3のみでLoop Dと相互作用していた.

Figure 2.

 Interaction between the peptide and the protein in S2 model. The protein surface is depicted by gray solid color, and the backbone of substrate is shown in white ribbon. The important amino residues in S2 peptide are shown in ball and stick models. The atoms on the loop D surface are colored, and CPK models show the important amino residues of protein.

キモトリプシンタイプのセリンプロテアーゼにおいて,結合切断部位の主鎖カルボニル酸素が反応サイトの底に存在するAsp189と相互作用すると報告されている [3].Argl3の側鎖とAsp189との距離の平均値はS2,K1でそれぞれ4.19,16.65 Åと大きな差が見られた.また,S2ではArgl3の側鎖とAsp189との間には他のアミノ酸残基は存在しておらず,Argl3の側鎖の回転によって効果的な相互作用が可能であるが,一方のK1ではAsp189へは他のアミノ酸残基の存在によって接近が難しい.速度論実験において,速度論パラメーターであり触媒効率を表すkcatおよび基質―酵素親和性を示すKmより,同じ酵素における基質特異性の評価の指標となるkcat/Kmが得られる.AcSLR-MCAとAcKDR-MCAのkcat/Kmは128と31.2 (mM−1 min−1)でAcSLR-MCAの基質特異性が報告されているが,S2とK1における結合様式の違いも特異性の一つの要因であると考えられる.

また,K1モデルはS2モデルと比較すると,ペプチド部分のフレキシビリティーが高く,Figure 3に示すような構造変化を起こしていた.

Figure 3.

 The interaction between substrate and neuropsin in K1 model. The backbone of substrate is shown in white ribbon, and the important amino residues are shown in ball and stick models. The protein surface is depicted by gray solid color and CPK models show the important amino residues of protein. The snapshots are shown at (a) 20 ns and (b) 30ns.

それぞれの複合体モデルにおける結合様式の違いやペプチドの揺らぎにより複合体の安定性が決定され,Asp189へのアクセスの違いにより基質特異性が左右されるものと考えられる.

参考文献
 
© 2018 日本コンピュータ化学会
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