Journal of Computer Chemistry, Japan
Online ISSN : 1347-3824
Print ISSN : 1347-1767
ISSN-L : 1347-1767
Letters (Selected Paper)
Molecular-Distance-Dependence of Electronic States of Phthalocyanine – Fullerene C60 Systems
Yuto IKENAGAKazuo NARUSHIMAKazuki MITSUI
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2017 Volume 16 Issue 5 Pages 144-146

Details
Abstract

Recently, renewable energy is attracting attention globally. In Japan today, there is a shift with growing momentum to photovoltaic power generation from thermal power generation, which has heretofore served as the foundation of electrical power generation. We are studying improvement of the photovoltaic conversion efficiency of bulk heterojunction organic thin film solar cells and are preparing a device that requires detailed elucidation of its electronic properties and its mechanism of power generation. Accordingly, we have conducted quantum chemical calculations using a molecular pair of phthalocyanine and fullerene C60 employed as a specimen. Specifically, we have computed charge densities and electron clouds in the ground state while varying the molecular distance to 12 Å and 24 Å using the density functional method. Results demonstrate quite high negative charge density in C atoms near phthalocyanine in C60 when the distance between the two molecules is decreased to 12 Å, with a positive charge density in C atoms on the opposite side of phthalocyanine in C60. Results suggest that many conduction electrons and positive holes, the so-called carriers, are generated in the phthalocyanine − fullerene C60 bimolecular system when the molecular distance is decreased to 12 Å.

1 はじめに

近年の日本では,再生可能エネルギーへの注目度が高まり,発電の主力を太陽光発電に変更する気勢が高まっている.その中でも,有機薄膜太陽電池の研究は世界的に行われている [1].現在我々はバルクへテロ層を有する有機薄膜太陽電池の作製に取り組んでいるが,その構造は複雑であり,量子化学計算を用いた詳しい電子物性の解明はできていない.有機材料の物性を解明するための研究は精力的に行われており [2,3,4,5,6,7], 電子物性評価の一例として,フタロシアニン類とフラーレンC60を接近させた系における電子状態を計算した結果がある[3,4].文献3及び4では,分子間の距離を主にα結晶構造の24 Å [8]とし,計算を行っている.しかし実際に作製する太陽電池中で結晶構造がつくられるとは考えにくく,分子間の距離は一定にはならないことが容易に予想できる.そこで距離を変更させた際の基底状態における電子挙動の解明を本研究の目的とする.

このシミュレーション結果を,バルクへテロ構造という複雑な系全般での電子物性を解明する足がかりにしたい.

2 計算方法

Gaussian09 (Gaussian Inc.)により,基底状態でのH2PcとフラーレンC60を接近させた系の電子状態について,分子間距離を変えて計算した.本稿では分子の中心から中心の距離を主に12 Å,24 Åとし,電荷密度及び電子雲の状態の計算,比較,検討を行った.24 Åとした理由は,フタロシアニンが形成するα型結晶構造の格子定数 [8]を参考にしている.また12 Åとした理由に関しては,実際に作製する有機薄膜太陽電池では綺麗な結晶構造を形成する可能性はまれであり,α型結晶の格子定数の半値になる可能性も強いからである.

計算手法として,第一に,H2Pc,C60各単体の構造最適化計算を行い,続いてH2PcとC60の2分子系を作り,この2分子系について構造最適化を行った.本研究の本質は,H2Pc及びC60の2分子間の相互作用を見ることであるため,H2PcとC60の2分子系として構造最適化を行った.その後,Mullken法にて電荷量の計算を行った.構造最適化にはDFT法を用い,計算コストの観点から密度汎関数はB3LYP,基底関数には6-31Gを使用した.

なお,CuPc-C60系においても同様に計算を行った.

3 結果と考察

3.1 単分子におけるDFT計算

基底状態におけるメタルフリーフタロシアニンH2Pcと銅フタロシアニンCuPc,フラーレンC60,それぞれ単分子での電荷密度と電子雲の状態を計算した.H2PcとCuPcは,電荷密度,電子雲ともに点対称的な分布を示した.C60は,電子雲に関して,点対称的に分布している.電荷密度は,全体的に,電気的な中性を示していた.

3.2 2分子系における電荷密度

基底状態におけるH2PcとC60の2分子系での電荷密度の計算を行った.H2Pc-C60系における初期距離を12,24 Åとしたときの電荷密度をそれぞれ,Figure 1,2に示した.カラーレンジは最大値を ± 0.001とし,赤色に近づくほど負電荷に,緑色に近づくほど正電荷に偏ることを示している.

Figure 1.

 Charge density of bimolecular system at distance of 12 Å

Figure 2.

 Charge density of bimolecular system at distance of 24 Å

2分子の配置としては,フタロシアニン内のポルフィリン環上にC60球が置かれて計算する例が多い [2,5,6,7].実機の有機薄膜太陽電池のバルクへテロ層内では,フタロシアニンとフラーレンの結晶が混在している.この状態では,それぞれの結晶の境界面においてFigure 1のような配置になることが自然であるため,2分子を横に並べて配置した.

H2PcとC60の分子間距離を12 Åとした場合の構造最適化を行うと,H2PcはFigure 1のように傾きを見せた.これは,H2PcとC60が重ならないように,安定的な位置になるよう距離を取ったためと考えられる.

H2Pc分子に注目すると,単一分子のときと同様,対称的に分布しているように見え,12 Å,24 Åと分子間の距離を変更しても大きな変化は見られないようである.一方,C60分子に関しては,分子間距離24 Åのとき,フタロシアニン類に近い炭素原子において僅かに負電荷を示している.さらに,12 Åにまで接近させると,H2Pcに近い部分で24 Åのときよりもはっきりと負に帯電しており,伝導電子が発生している可能性が伺える.

また,H2PcとC60の分子間距離を36 Åにしたときの電子密度も計算した.分子間距離 24 Åのときとほぼ同様の電荷量となった.CuPc-C60の2分子系に関しても,H2Pc-C602分子系とほぼ同様の結果が得られた.

H2Pc-C60系とCuPc-C60系では,両者ともC60に最も近い複数の炭素原子に伝導電子が発生していることが分かった.

3.3 2分子系における電子雲

分子間の距離が24 Åのとき,H2Pc,C60は均一な電子雲分布を示しており,変化はほとんど見られなかった.しかし12 Åまで接近させると,フタロシアニン内のC60に近い電子雲が僅かに小さくなっている.これはH2Pc側にて正孔が発生している可能性を示唆している.

3.4 今後の計算手法の見通し

実際の有機薄膜太陽電池では,薄膜といえども実際には3次元構造のもとで機能を発揮する.このため今後は,その相互作用の考察を如何にするべきか,考え,実行する必要が迫られている.具体的には系に存在する分子数を飛躍的に増加させなければならない.まずは,これまで第一原理量子化学計算で積み上げてきたデータ並びに実験によるデータを基に半経験的手法を用い計算負荷を少なくすることにより,分子数をある程度増加させ,電子の挙動や電子物性を解析することである.その後,やはりスーパーコンピュータ使用による,分子数を極めて多くした系での大規模計算が必須となる.

最後に有機薄膜電池素子の作製時における継時変化を追うことが極めて有用であると思われる.分子動力学法を用いて素子を作製するまでの系の様子を時系列で追い,任意の時点での電子の挙動や電子物性の解析を,本論文のような量子化学計算を用いて解析すれば,多くの知見が得られると思われる.

4 まとめ

H2Pc-C60の2分子系において,基底状態における距離による依存性を調べた.電荷密度については,すべての距離でC60側に負電荷の発生が見られた.特に分子間距離を12Åとした際,その傾向が顕著となっていた.また,H2Pcに着目して電子雲を調べると,分子間距離12Åの時に単分子系のときと比べて僅かな欠乏が見られた.それらの事実から,H2Pcには正孔が,C60には伝導電子が発生していることが示唆される.また,金属フタロシアニンであるCuPc-C60の2分子系における同条件での計算においても同様の傾向を示した.今後は,実際の有機薄膜太陽電池における3次元薄膜構造における計算を目指す.

参考文献
 
© 2018 Society of Computer Chemistry, Japan
feedback
Top