Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報 (Selected Paper)
分子動力学シミュレーションによる不凍タンパク質RiAFPの氷の結晶成長に及ぼす影響の解析
木間塚 政人佐藤 竜馬原田 隆平庄司 光男重田 育照
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2018 年 17 巻 5 号 p. 222-224

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Abstract

Antifreezing nature of an antifreezing proteins (AFPs) from Rhagium inquisitor, RiAFP, was assessed by means of molecular dynamics (MD) simulations of RiAFP adsorbing ice surface in water below melting temperature to investigate how RiAFP affects the way of ice growth. We found that the ice growth toward the horizontal direction is accelerated, while that toward the vertical direction is suppressed due to the RiAFP binding on the nascent ice surface. We also showed that a mutant of RiAFP, where all Thr are replaced by Gly, resulted in loss of antifreezing effects due to weaker binding to the ice surface though the structure of the mutant is stable in aqueous solution at the room temperature.

1 目的

1969年,南極海の魚ノトセニアの血液を調査した研究者が,不凍タンパク質(Antifreeze Protein: AFP)という特殊な形状の分子が血液の凍結を阻害していることを発見した [1].その後の研究により,AFPは脊椎動物から細菌に至るまで,低温環境に生息する多くの生物の血液中に存在していることが明らかになった.AFPと呼ばれてはいるが,全く水が凍らなくなるわけではなく,水が氷を形成し始める初期の段階でAFPが氷結晶を取り囲み,他の氷微結晶との合体を阻害し,溶液全体の凍結を防いでいる.また,AFPに取り囲まれた氷結晶は普通とは異なる形状に成長していくことがわかっているが,そのメカニズムについては依然として十分な研究がなされていない.

AFPは様々な分野での応用が期待されており,その結晶成長阻害機構を研究することは極めて有益であるといえる.例えば,食品の凍結による劣化を防いだり,アイスクリームなどの食感を良くしたり,より低温で組織や内臓の貯蔵が出来るようになったりすると考えられている.また,前述のように氷の結晶成長の仕方を変化させる機能があるのならば,本来の用途とは逆に,水の凍結に必要な冷却エネルギーを節約することに使える可能性がある.

本研究では,AFPの持つ機能の解明を目的とし,分子動力学(MD)法によって,カミキリムシの一種Rhagium inquisitorから採取されたRiAFP (PDBID: 4dt5 [2])の氷への吸着が,氷の結晶成長に与える影響を考察する.

2 方法

(1)氷/水の系(ICE),(2) RiAFP /氷/水の系(AFP)の2つの系を作成し,温度T = 260K,圧力P = 450bar,長さTtotal = 1μsのMDシミュレーションを実行した.力場にはAmber14SB [3]を,水はTIP4P/ICEモデルを使用した [4].計算には,分子動力学プログラムGromacs ver5.0.4 [5]を用いた.今回はRiAFPが吸着していない反対面からの結晶成長も解析する為,面の片方にのみRiAFPを氷上に配置した.

一般にAFPは,規則正しく並んだスレオニン(Thr)残基を含む平坦な面を持ち,その面で氷結晶と結合する.したがって,Thr残基が氷結晶との結合に重要な役割を担っていると広く信じられている.特にRiAFPは氷吸着面のThrの配置が直線的であり,かつ高い分解能の結晶構造が実験的に得られている.そこで我々は,RiAFPの不凍活性における氷への安定吸着の重要性を確認するため,RiAFPのThrを無極性で側鎖を持たないアミノ酸であるグリシン(Gly)に置換した変異体をモデリングし,同様のシミュレーションを実行した(mAFP).

 氷の結晶成長の解析には,可視化ソフトウェアVMD [6]の追加コンポーネント"Density Profile Tool" [7]を用いて,1次元方向の水の密度分布を算出する.氷の結晶は格子状なので,水分子の酸素原子の位置が密な領域(結晶)と粗な領域(空隙)が現れる.一方,液体相は平坦な分布になる.密度プロファイリングをX軸に沿って実行した場合,密度の平均はZ軸方向にとるので,結晶がZ軸方向に向かって成長すれば,グラフのピークは大きくなる.このピーク密度の増加量が,どれくらい結晶が成長したのかを示す指標とみなすことができる.

3 結果・考察

Figure 1に,各々の系に対して垂直方向・水平方向のDensity profilingを0µs,および1µsにおいて行なった結果を示す.シミュレーションの前後で,ピーク密度の変化の平均を計算した.垂直方向に関しては,ICEで0.21 ± 0.08,AFPで0.20 ± 0.08,mAFP で0.15 ± 0.06となった.水平方向に関しては,ICEで0.56 ± 0.07,AFPで0.73 ± 0.13,mAFPで0.48 ± 0.14となった(ここで,単位は全て[x10−1 atoms/Å3 /µs]).

Figure 1.

 Schematic view of density profiling for AFP.

Purple: Vertical (0µs), Green: Vertical (1µs), Blue: Horizontal (0µs), Yellow: Horizontal (1µs)

まず,AFPにおいて水平方向の成長速度が他2つの系よりも明らかに大きく,垂直方向の成長速度はICEと同程度であることが読み取れる.これは,AFPは吸着した氷のベーサル面の結晶成長を促進するという仮説 [8]を支持する結果となった.AFPmAFPを比較した時,mAFPでは両方向共に成長速度が抑制され,ICEよりも少し遅い程度であることが分かる.ThrがGlyに置換されているため氷との間の結合が弱くなることを考慮すると,この結果はAFPにおいてThrの存在が氷の水平方向への成長を促進する大きな要因であることを示唆している.また,成長速度の誤差に注目すると,垂直方向に関しては各系同程度であるのに対し水平方向に関してはAFP,mAFPの誤差がICEの場合より大きい.これは,AFP及びmAFPの存在が水平方向の誤差の増大に繋がることを示している.このエントロピー的な効果が,水が氷に変わる際の構造探索において有利に働いていると考えられる.

mAFPにおいては水平方向・垂直方向いずれにしても成長速度が抑制されたが,この原因について検討するため,氷結晶の位置を固定した上でAFPとmAFPの平均二乗変位(MSD)を計算した(Figure 2).AFPとmAFPの拡散係数は,それぞれ1.68×10−9, 2.28×10−9 [nm2/ps]であった.したがって,mAFPの位置の揺らぎがAFPのそれよりもおよそ1.36倍大きいことが分かる.シミュレーションにおいてmAFPは氷の表面から大きく離れることは無かったが,AFPよりも縦方向の振動・横方向の並進が大きいということが示唆された.

Figure 2.

 Mean-square deviation (MSD) of AFP (red) and mAFP (blue).

また,AFPとmAFP両方に対して室温水中における主鎖の平均自乗変異(Cα RMSD)を計算すると,0.5μs以内でほぼ同じ値に収束していた(Figure 3).一方,氷に吸着した場合は平衡化に長く時間がかかり,mAFPの方がAFPより も大きなCα RMSDを示した.これは,氷に吸着させた場合にAFPよりもmAFPの方が構造の変形が大きいこと,つまり安定に吸着できていないことを示唆している.また,今回はシミュレーションの格子サイズが小さいため,mAFPの振動・変形によって周囲の水分子が攪拌され,その結果氷の結晶成長がしにくくなったと考えられる.したがって,mAFPにおいて氷の結晶成長が抑制されたのはシミュレーションによるアーティファクトである.これは水の揺らぎの大きさがAFPにおける結晶成長の促進に繋がるという前述の考察とつじつまが合わないように思えるが,mAFPの揺らぎ・変形によるエントロピー的な効果はあまりにも大きいため,逆に結晶面の近くにおいて氷を形成しようとする水の移動を阻害したと考えられる.

Figure 3.

 Cα RMSD values of AFP (red, blue) and mAFP (green, black) in solution at room temperature (T = 300K) for 0.5μs and on the ice at T = 260K for 1μs, respectively.

以上の研究によって,我々は「AFP が吸着した氷結晶の水平方向への成長を促進する」「AFPはThrの存在により氷結晶に安定吸着する」というAFPに関する仮説を支持する結果を得る事ができた.他のAFPに関しても同様にシミュレーション・解析がなされていけば,更なるAFPの機能の理解に繋がるものと考えられる.

Acknowledgment

本研究は,日本学術振興会(JSPS)の新学術領域「光合成物質」(No. JP26107004)の科学研究費補助金による支援を受け遂行された.また,論文に用いられた数値・シミュレーションは筑波大学計算科学研究センターのCOMAシステムにより計算された.

参考文献
 
© 2018 日本コンピュータ化学会
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