Journal of Computer Chemistry, Japan
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研究論文
GaussianとGAMESSが内蔵している基底関数の違い
竹内 宗孝吉田 真史長嶋 雲兵
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2019 年 18 巻 4 号 p. 194-197

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Abstract

非経験的分子軌道法の計算コードであるGaussianとGAMESSはSTO-3G等の基底の名称を指定するだけで使用できるが,同一名称の基底であっても同一のパラメータセットではない場合は,両者の答えに違いが生じる.本稿では2つのプログラムを使って研究を行っているユーザに注意を喚起するために,第三周期元素の水素化物(NaH,MgH2,AlH3,SiH4,PH3,H2S,HCl) についてSTO-3Gを用いた計算をGaussianとGAMESSとで実行し計算結果を比較した.その結果,HClを除き全エネルギーとHOMOのエネルギーはGaussianよりGAMESSのほうが低くなった.これは第三周期元素の原子基底の3s軌道と3p軌道の空間的広がりの違いに起因する.またMulliken電荷は,GaussianよりGAMESSのほうが小さくなった.いくつかの別のプログラムを使用するとき,入力データが利用者が意図した電子状態を記述できうるかを吟味することは大切なことである.

1 はじめに

非経験的分子軌道法,いわゆるab initio計算において現在,最も多く採用されている基底は,複数個のガウス関数(GTO: Gaussian Type Orbital)の線形結合で現わされる原子軌道を用いるものでCGTO (Contracted GTO)と呼ばれ,その動径部分は次の式で表現される.   

i d i r n i 1 e α i f i 2 r 2

ここで,niは主量子数,diは縮約係数,αiは指数,fiはスケールファクターとよばれ,GaussianやGAMESSなどで基底関数系を指定すれば入力条件として与えられ計算中に変化しない.Popleらによって開発されたCGTOであるminimal basis set STO-NG (N = 2,3,4,5,6特に3が有名)やsplit valence typeのN-31G (N = 4,5,6特に6が有名)は計算コストに比べて高い精度で計算が出来る(コストパフォーマンスが良い)ため,これまで様々な研究に幅広く用いられてきた.また現在でも人気が高く基底のデファクトスタンダードの一つとなっている.

非経験的分子軌道法の計算コードとしてはGaussian [1]が最も歴史があり.その後GAMESS [2]が開発された.どちらも数多くの研究実績と定評があり幅広く使われている.両コードとも非常に簡単な設定方法でSTO-NGやN-31Gを使用できるように作られているため,現在では量子化学や分子軌道法が専門分野でない研究者にとっても,実験を主とする研究結果を補佐するために‟GaussianやGAMESSをツールとして回すこと”がルーチンの一つのようになりつつある.CGTOの名称は,本来は同じ名称であれば全ての原子基底について同一のパラメータセットであることが混乱を招かないのだが,同一名称のまま初出後に適用範囲拡張したり,改良を行う場合は,各々のコード開発グループによって異なるパラメータセットとなることが起こりうる.本稿では最小の基底であり,計算負荷が小さいのにも関わらず,計算される物理量と実験で観測される物理量の一致が良好なSTO-3Gを取り上げる.計算対象は第三周期元素の水素化物とし,STO-3Gを用いた計算を同一構造,同一条件のもとでGaussianとGAMESSとで各々実行し,両者の計算結果を比較した結果について報告する.

2 計算対象と計算結果

STO-3GはPopleらが第一周期元素のHとHe, 第二周期元素のLiからNeまでを1969年に [3],第三周期元素のNaからArまでを1970年に発表している [4].その後, STO-3GのパラメータセットはGAMESSにおいて独自に改良され [5],現在,両者は異なるスケールファクターを採用している(詳細は後述).本研究では.第三周期元素の水素化物NaH, MgH2, AlH3, SiH4, PH3, H2S, HClに対してGaussian (Gaussian 16: ES64L-G16RevA.03 25-Dec-2016)とGAMESS (VERSION = 20 APR 2017 (R1))でSTO-3Gを用いたSCF一点計算(構造最適化を行わない計算)を行った. 分子構造はMOPAC/ PM3で最適化したものを用いた.

Table 1に計算結果を示す.全エネルギーは全ての系においてGaussianよりGAMESSのほうが低くなった.これはGAMESSで採用しているパラメータ [5]はGaussianオリジナル [4]を改良したものであり良質な波動関数となっているためである.ただし両者のエネルギー差は最大でも0.03%であり大きな差異とはならなかった. HOMOのエネルギーもClを除きGaussianよりGAMESSのほうが低くなった.後述するように第三周期元素の3s軌道と3p軌道の空間的な広がりは,Clを除いてGAMESSのほうが大きく,このことがエネルギーの安定化に寄与している.

Table 1.  Comparison between the results of Gaussian and GAMESS in a.u. for energies and Debye for dipole moments with the same structures a.
Gaussian GAMESS Difference b
Total NaH -160.06417 -160.10281 -0.03864
Energy MgH2 -198.20404 -198.26856 -0.06451
AlH3 -240.72559 -240.75826 -0.03267
SiH4 -287.90820 -287.91738 -0.00918
PH3 -338.62914 -338.63894 -0.00980
H2S -394.30940 -394.33188 -0.02248
HCl -455.13431 -455.13916 -0.00484
HOMO NaH -0.0919 -0.2499 -0.1580
Energy MgH2 -0.2464 -0.3262 -0.0798
AlH3 -0.3459 -0.4006 -0.0547
SiH4 -0.4196 -0.4544 -0.0348
PH3 -0.2880 -0.3402 -0.0522
H2S -0.2799 -0.3419 -0.0620
HCl -0.4237 -0.3988 0.0249
Atomic NaH 0.470689 -0.096143 -0.566832
Charge c MgH2 0.810590 0.168253 -0.642337
AlH3 0.856369 0.232014 -0.624355
SiH4 0.619917 0.061666 -0.558251
PH3 0.341447 -0.040311 -0.381758
H2S 0.068876 -0.155080 -0.223956
HCl -0.171370 -0.129161 0.042209
Dipole NaH 3.3630 2.714191 -0.648809
moment MgH2 0.0000 0.000001 0.000001
AlH3 0.0003 0.000210 -0.00009
SiH4 0.0001 0.000017 -0.000083
PH3 0.7915 1.761410 0.96991
H2S 1.0702 1.863841 0.793641
HCl 1.7283 1.511926 -0.216374

a Molecular structures are optimized by MOPAC/PM3.

b (Difference) = (GAMESS) - (Gaussian)

c Mulliken atomic charges for the heavy atoms.

また,第三周期元素のMulliken電荷は,GaussianよりGAMESSのほうが小さくなる傾向がみられる.これは第三周期元素の原子軌道の空間的な広がりが大きくなると,水素原子の原子軌道との重なりが大きくなり第三周期元素に割り当てられる電子が増えることによる.Clの場合は,第三周期元素の原子軌道の広がりがわずかに小さくなるのでMulliken電荷は大きくなっている.

ところで,PH3,H2S,HClの3種について構造最適化計算を行ってみたところ,必ずしもGAMESSが実験値に近い構造を与えるのでは無く,Gaussianの方が実験値に近い結果を与えることもあった.従って両パラメータの評価に関して,我々はGAMESSが明らかに優れていると結論づけることは出来ない.

なお,第二周期元素の水素化物CH4,NH3,H2O,HFについて同様の計算を行ったところ,全エネルギーは10−5 Hartree,HOMOのエネルギーは10−4 Hartree,Mulliken電荷は10−5 a.u. ,永久双極子モーメントは10−4 debyeのオーダーまでGaussianとGAMESSの計算結果は一致した.従ってTable.1に示した計算結果の差異は,計算コードの違いやSCF収束に関するパラメータなどの差ではなく,基底関数の係数の差異によるものといえる.

GAMESSのポータルサイトから閲覧できるドキュメント「Further Information」(ファイル名:refs.pdf)のBasis Set Referencesという章にはSTO-NGに関して以下のような記述がある.

STO-NG

H-Ne Ref. 12

Na-Ar, Ref. 23 **

K,Ca,Ga-Kr Ref. 4

Rb,Sr,In-Xe Ref. 5

Sc-Zn,Y-Cd Ref. 6

(skip)

** the valence scale factors for Na-Cl are taken from this paper, rather than the "official" Pople values in Ref. 2.3) M.S.Gordon, M.D.Bjorke, F.J.Marsh, M.S.Korth, J.Am.Chem.Soc. 100, 2670-2678 (1978).

ここで"official" Pople values in Ref. 2とされているのが,Gaussianで採用されている値である.すなわちNaからClまでの 基底関数はGaussianとGAMESSで異なっている.Table 2にMgの原子軌道のCGTOのパラメータの一部を例として示す.GAMESSのドキュメントに書かれている通り,縮約係数dは両者で等しいが.指数αf2は異なっており,前述のCGTOの式に代入すると,3s軌道と3p軌道の空間的な広がりはGaussianよりもGAMESSのほうが大きいことがわかる.このことはCl以外のすべての第三周期元素で確認された.一方,Clの3s軌道と3p軌道の空間的な広がりはGaussianよりもGAMESSのほうがわずかに小さい.

Table.2  The parameters of primitive Gaussian for Mg in Gaussian and GAMESS
Gaussian GAMESS Difference a
3s af2 1.3954483 0.7911081 -0.6043402
0.3893265 0.2207172 -0.1686093
0.1523798 0.0863872 -0.0659926
d -0.2196203690 -0.2196203690 0.0000000000
0.2255954336 0.2255954336 0.0000000000
0.9003984260 0.9003984260 0.0000000000
3p af2 1.3954482930 0.7911081 -0.6043402
0.3893265318 0.2207172 -0.1686093
0.1523797659 0.0863872 -0.0659926
d 0.0105876043 0.0105876043 0.0000000000
0.5951670053 0.5951670053 0.0000000000
0.4620010120 0.4620010120 0.0000000000

a (Difference) = (GAMESS) - (Gaussian)

3 おわりに

STO-3Gや6-31Gは約50年を経た現在でも基底関数のデファクトスタンダードの一つとして広範な研究に使われている.それゆえに一部の研究者にとって無自覚に‟STO-3Gで計算した結果”というのは共通的,普遍的な結果であると錯覚している恐れがある.しかし本稿で示した通りGAMESSとGaussianは異なるコードであり開発グループのポリシーも異なるため,異なる結果を与えることがある.従って使用にあたっては充分にマニュアルや関連論文を読み込み理解した上で計算条件を決定し,計算しなくてはならない.また,他者が公開した結果の評価においては単に「STO-3Gを用いた結果」あるいは「6-31Gを用いた結果」と認識するのでは無く具体的にどのパラメータの基底を用いて,どのプログラムコードで計算したのかを常に把握した上で議論しなければならない. CGTOを構成するパラメータは数が多く,分子が大きくなると,これらの数値をチェックすることは簡単ではないが,研究者としては避けて通れない道と心得るべきである

近年,GaussianやGAMESSを用いた量子化学計算は機能性材料の研究開発に広く利用されている.例えば,微小発電素子などに使われるエレクトレットの研究開発では,Mg, Si, Pなどの第三周期元素に由来する特徴的な電子物性の計算化学的解析が行われている.量子化学計算が機能性材料の定量的評価に利用されるようになった現在では,基底関数に対する正しい理解が望まれる.なお本稿ではGaussianとGAMESSとでSTO-3Gのパラメータに差異があり,計算結果に影響することを示したが,我々は同様のことを6-31Gでも確認しており,近々報告する予定である.

謝辞

本研究は,JST,CREST,JPMJCR15Q3の支援を受け実施したものである.また.(株)リコーの左部顕芳博士には貴重なアドバイスをいただいた.この場を借りて御礼申し上げる.

参考文献
 
© 2019 日本コンピュータ化学会
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