Journal of Computer Chemistry, Japan
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電子を描く(10) ― 元素の周期表を原子軌道で描く
時田 澄男時田 那珂子
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2019 年 18 巻 4 号 p. A14-A20

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Abstract

元素を特徴付ける原子軌道を電子雲的表示および等値曲面表示によって描き,周期表に配置した.元素の周期性は,列方向(族方向)に節面の数だけが異なる類似の軌道が規則的に並ぶことによって見事に表現できた.微妙に存在する規則性からの「ずれ」からも,元素の特性を見極めることが出来た.

1 はじめに

これまでに,水素原子の原子軌道を節面のかたち [1, 2] や波動性 [3] という観点で整理し,どのような規則性があるかを調べてきた.水素以外の原子,つまり,多電子原子の原子軌道は,水素原子の場合と似たかたちをしている.これらを周期表における各元素にわりあてれば,元素の周期性と軌道のかたちの関連が求まるはずである.しかし,すべての元素に対応した一覧図は,これまで報告されていない [4, 5].軌道のかたちにも周期性は観察できるのか,これを見極めることが今回のテーマである.

2 周期律の発見

1869年から1871年にかけて,メンデレーエフ(露)は元素の周期律に関する論文をまとめた [6].当時,周期性に注目した論文はいくつか提出されていたが,メンデレーエフの論文は,包括的で,将来を見据えたものである点で傑出していた.未発見元素を空欄としただけでなく,その物性を詳細に予測したのである.1875年から1886年にかけて,新元素として,Ga (ガリウム),Sc (スカンジウム,),Ge (ゲルマニウム) が発見され,それらの物性は,予測とほとんど同じ値を示した.周期表は「役に立つ」と言う評価が定着していったのである.

3 周期性が現れる理由

メンデレーエフは元素を原子価などの諸性質を参考にしながら原子量の順に並べ,同じ原子価を持つものが同じ列に並ぶように配置して,これらを族と呼んだ(周期表の横のならびを周期といい,縦のならびを族という).しかし,同じ性質を持った元素を同じ族に配置するためには,原子量の順番を狂わせる必要があった.1895年に発見されたAr (アルゴン) やHe (ヘリウム) についても,同様の問題が生じていた.1897年から1911年にかけて,原子の構成要素としての電子や原子核の存在が明らかになった.モーズリー (英) は,諸元素の特性X線の波長の測定から,後に原子番号と呼ばれるようになった値が決定できることを導いた [7].周期表は.原子量ではなく,原子番号で配列すべきものという新しい基盤が生まれたのである.

1922年,ボーア(デンマーク)は,原子の構造に関する講演を行った [8].元素の周期性が現れる理由は,原子のなかで電子がどのように配置されるかを調べる事によって明らかに出来ると説いたのである.

4 多電子原子の原子軌道

1926年,シュレーディンガー(墺)によって波動力学(後の量子力学)が創始されると,原子の構造についての正しい解答が得られることとなる.

多電子原子についての波動方程式は下式 (1) で表される.原子核 (電荷Ze) は原点 (0, 0, 0) にあり,質量m,電荷- eN個の電子が (xi, yi, zi) に位置している. h はプランク定数,k0は真空誘電率に4πをかけたものの逆数である.式 (1) は,電子間の斥力項 (第3項) が入っているために解析的には解けない.   

[ i = 1 N { h 2 8 π 2 m ( 2 x i 2 + 2 y i 2 + 2 z i 2 ) k 0 Z e 2 r i } + i > j k 0 e 2 r i j ] χ = E χ (1)
しかし,変分法などの近似を使って解くと,多電子原子の電子の状態を表す無数の原子軌道χn,l,mの数式とそれらのエネルギー En,lが求められる [9].添え字n, l, mをそれぞれ主量子数,方位量子数,磁気量子数ということは,すでに述べた水素原子の場合[10 (a)]と同じである.

多電子原子を,電子を1つしかもたない陽イオン(たとえば炭素の場合は,C5+)で近似した系を水素様原子という.これは,水素原子の波動方程式のe (陽子の電荷)Ze (核電荷)に置きかえた波動方程式 (2) で表され,解析解が得られることも,すでに述べた [10 (b)].

水素様原子の波動方程式 (2) を解くと,原子軌道χn,l,mの数式とそれらのエネルギーEn が求められる.ここで得られる原子軌道の数式は式 (1) を解いて得られる数式と大きさなどは異なるが,節面など,かたちの上での特徴は同じである [9].しかし,それらのエネルギーは,式 (1) ではEn,l ,式 (2) ではEnで表されているように,縮重(縮退)の仕方が異なっている.多電子原子では,方位量子数lの違いにより,内側の電子による核電荷の遮蔽の程度が異なるために,軌道エネルギーの順序は,下式 (3) のようになる.    1s < 2s < 2p < 3s < 3p < 4s < 3d < 4p < 5s < 4d < 5p < 6s < 4f < 5d < 6p < 7s < 5f < 6d < 7p < 8s < 5g < 6f < 7d < 8p < 9s    (3)   

主量子数nが等しい軌道の集まりを殻という.n = 1, 2, 3…に対して,K殻,L殻,M殻...という名を用い,それらの中で方位量子数lの異なる殻(たとえば,2sや2p)を副殻ということがある.

5 築き上げの原理と周期律

元素の基底状態の電子配置は,低いエネルギー準位から順にPauliの原理やHundの規則にしたがって電子を入れていくことによって作られる.これを,築き上げの原理,または,構成原理という.

ナトリウムNaの炎色反応は橙色で,そのスペクトルは589.593 nmと588.997 nmに観察される.ハウトスミットとウーレンベック(米)は,電子の自転によって固有の角運動量(電子のスピン)を持つことが,このようなスペクトル線の分裂を引き起こすと考えた.電子の自転に伴う磁気モーメントの向きとの対応から,上向きをαスピン,下向きをβスピンと呼ぶ.各軌道には,αスピンおよびβスピンの電子を,それぞれ1個配置可能であるが,同じスピンの電子を2個以上配置することはできない.これを,Pauliの原理という [11].

縮重した軌道に2個以上の電子を配置するときは,スピンの向きができる限りそろっている配置が安定である.これを,Hundの規則という [12].

築き上げの原理などによって中性原子に電子を配置したとき,最も安定なものを基底電子配置という.分光学的測定や,量子化学計算によって調べると,約20種の元素に築き上げの原理からの若干の「ずれ」が見出される[13,14,15].たとえば,原子番号24のCrなどがその例であり,周期表における電子配置を通常の黒色から青色に変えて示した.

6 周期表に原子軌道のかたちをわりあてる

周期表の各元素について,物理的性質や化学反応性などの指標となる原子軌道の図をわりあてていくと,Figure 1がえられる.

Figure 1.

 The Periodic Table of Elements Illustrated with Atomic Orbitals

原子軌道のかたちは,水素様原子の数式に基づいて,原子の基底電子配置のうち,式 (3) のもっとも外側の軌道(最高被占軌道)と必要であればその次の軌道が示してある.原子番号が1つ前の電子配置と同じところは基本的には省くが,上記の外側の軌道以外に反応にあずかる軌道がある場合は,左上に小さく示した.3族から12族の元素とランタノイドおよびアクチノイドの元素がこれにあたる(第7節で詳述).軌道の大きさについては,スペースの関係で任意尺度である.軌道の符号は,Slater軌道(水素様原子軌道を簡略化して,球殻状の節面を省略した軌道)と同じになるように合わせてある.原子軌道の重ねあわせによって分子の生成の可否を論ずるとき,上記の符号処理を行っておかないと,分子軌道法の計算結果との対応関係が保たれなくなるためである.

第1周期の最初の元素は原子番号1のHである.式 (3) にしたがい,基底電子配置は 1s1 となる.Figure 1では,1s軌道の断面における電子の波動関数を計算し,それを赤で描いた.1s軌道は球形なので,その断面は円形となる.色の濃さは,存在確率の多少を示している.計算はPythonを用いて行った.

次の元素は原子番号2のHeである.基底電子配置は 1s2 で,Pauliの原理にしたがい,1s軌道に電子2個がスピンを反平行にして収容される.Figure 1では,1s軌道の球形の等値曲面を描いて,2個目の電子の存在を示した.その場合,正の符号を黄色で示した.Heの第1イオン化ポテンシャル(IP,中性の原子から電子1つを取り出すのに必要なエネルギー)は全元素のなかで最も大きい.それは,K殻が安定な閉殻(Pauliの原理で許される最大数の電子を収容した殻)となっているためである.

第2周期と第3周期には,式 (3) の第2項と3項 (2s, 2p),ならびに,第4項と第5項 (3s, 3p) が順番に配置される.電子1個が配置されるs軌道は, 符号が正の部分を赤色,負の部分を青色で示した (Li, Na).電子2個が配置されるs軌道は, 等値曲面で描くとヘリウムと同じ球形となってしまうので,内部構造がわかるように半切で示した(Be, Mg).2個目の電子が入る軌道については,符号が正の部分を黄色,負の部分をシアン色で示してある [16].電子1個が配置されるp軌道は, レーザー彫刻による電子の存在確率の表示 [1,2,3] を髣髴させる描画方法として,D. Mantheyが開発した方法 [16] を利用した.符号が正の部分を赤色,負の部分を青色で示した (B, C, NとAl, Si, P) .電子2個が配置されるp軌道は, 同じ方法により,等値曲面(黄が正,シアンが負)で描いた (O, F, NeとS, Cl, Ar).p軌道は3種あり [2],そのどれに電子が配置されるかは特定できない.3種の軌道は縮重しており,通常は x, y, z の3種とされるが,他の無数の組み合わせも可能である.ここでは,z, x, y の順とした.5種のd軌道や7種のf軌道における軌道の並べ方の順序も,Figure 1中央上部に示した.

式 (3) による配置を繰り返してゆくと,1族には電子1個のs軌道,2族とHeには電子2個のs軌道が綺麗に並び,軌道の図によって周期性が表現されることがわかる.これらの元素を,s-block元素という.同様にして,13族から18族(Heを除く)にはp軌道が綺麗に並び,p-block元素を形成する.18族の元素(希ガス)は,閉殻または準閉殻の電子配置をとるためきわめて安定で,同じ周期の元素では最もIPが大きい.一方,1族の元素(Hを除く)はアルカリ金属と呼ばれ,電子を1個失って1価の陽イオンになると希ガスの閉殻構造となって安定となるため,同じ周期の元素では最もIPが小さい.一方,17族(ハロゲン)元素は,電子を1個もらうと希ガス配置となって安定化するので,電子親和力 (Electron Affinity, EA) が大きいことなどが理解される.

7 電子配置の異常性をIPなどで説明する

ここで,第2周期と第3周期のIPの変化 (Figure 2) を調べると,見事な周期性が観察できる.BeやMgのIPがやや大きいのは,2s2や3s2という電子配置が,副殻が閉殻という安定性をもっているためである [17].NやPでは,Hund の規則により,3つに縮重したp軌道に1個ずつスピンをそろえて電子が配置される.Figure 3左図に,3種の2p軌道をX軸をそろえて彫刻した様子を示した [18].これらをX軸方向から観察すると,右図のように,円形の画像が見える.3種のp軌道を重ね合わせると球対称になる [19]ことを示している.球対称の電子配置は安定性が高いため,両隣の元素よりも,IPが一段と高くなっているのである.

Figure 2.

 First ionization potential of period 2 and 3 elements

Figure 3.

 Probability density of 2px, 2py or 2pz orbital (left); An image of a sphere looking through X axis (right).

d軌道は5種,f軌道は7種あるから,それぞれ5,10番目,または,7,14番目まで電子が満たされたときにhalf-filledまたはfull-filledになって,球形の安定性をもつ.6族のCrでは,d軌道に5個の電子の配置を実現するために,その前後のVやMnでは4s軌道に2個配置されている電子を1個追い出している.Crのすぐ下のMoでも同様である.11族のCu, Ag, Auでも,同様のことが見られる.これらの元素ではs軌道に電子1個という配置を持っているが,1族のアルカリ金属 (Li, Na, K,…) のようにIPが低い値をもつことはない.たとえば,Kは4s電子の内側に6個の電子が詰まった3p軌道をもつのに対し,Cuは,4s電子の内側に,10個の電子が詰まった3d軌道をもっている.3p電子と3d電子を較べると,3pの方は原子核に近いところに分布しているのに対し,3dでは広くひろがっているために原子核の電荷を打ち消す(遮蔽する)効果が少ない.このため,Cuの4s電子はKの4s電子にくらべてより強く原子核にひきつけられていて,イオン化しにくい [20].Ag, AuとRb, Csとの比較も同様であるが,第6周期のAuのような重い元素では,上記のほかに相対論的効果も加わって,s軌道の電子はますます原子核に近づいてゆく.相対論的効果については,ランタノイド収縮も含めて,細矢による明快な説明がある [21].3族から12族の元素をd-block元素,Figure 1の下部の28種の元素(La, Acを除くランタノイドとアクチノイド)をf-block元素ということがある [22].d-block元素のうち,12族を除く元素を,遷移元素と呼び,f-block元素を内遷移元素と呼ぶ.これら以外の元素を典型元素と呼んでいる.典型元素では,すでに見たように,周期表の族ごとの縦の類似性が目立つが,遷移元素や内遷移元素では,横の類似性が顕著である.たとえば,ランタノイド(La~Lu)では,一様に,+3の酸化状態(酸化数3)をとりやすい.ランタノイドがこのような均一性を示すのは,酸化数が4以上になろうとすると,4f電子は内殻にあるために,しっかりと保持されて,化学反応には利用されにくくなる(エネルギー準位の高い4f電子よりも外側に位置している6s電子などが先に離脱する)ためである.ただし,+3価(+3の酸化状態)のCe (4f1)やTb (4f8) (すなわち, Ce3+やTb3+) は,それぞれ,+4価の4f0や4f7に酸化できる.また,+3価のEu3+ (4f6) やYb3+ (4f13) は,それぞれ,+2価の4f7や4f14に還元できる.これは,内殻がhalf-filledまたはfull-filledになって,Figure 3右図に示すような球形の安定性をもつためである.性質の似通ったランタノイドはお互いに分離しにくいが,これらの元素は他のランタノイドから化学的に分離できる.このように,遷移元素や内遷移元素の電子配置は,化学的には,中性原子よりも,イオンの方が重要である.これらの元素では,中性原子から最初に離脱する電子は,すでに述べたように,エネルギーの高いd電子やf電子ではなく,s電子である.Figure 1の周期表において,相当する元素の枠の左上に,s軌道の図を小さく描いたのは,このような理由による.電子はお互いに反発するから,なるべく離れた軌道にスピンを平行にして配置される傾向がある.たとえば,中性のLa~Luにおいて, 5d軌道が時折,顔を出すのは,このことを反映している.一方,+3の酸化状態のLa3+~Lu3+では,外側の電子間反発が無くなるので,4f0 ∼4f14の電子配置が綺麗に並ぶ [23].

遷移元素はすべて金属で,典型元素にくらべて単体は硬く,強靭で,融点,沸点が高い.多くは常磁性を示す.d軌道やf軌道の電子は空のp軌道などに昇位して配位化合物(錯体)をつくりやすい等の共通の性質がある.

8 まとめ

各元素の基底電子配置のうち,最もエネルギーの高い原子軌道を図示して,周期表にわりあて,一覧表を作成した.1つ前の元素と異なる配置がある場合は,小さい軌道表示で示した.水素様原子軌道を採用して,その正負はSlater軌道の符号に合わせた.描画は,われわれが開発したレーザー彫刻に似た表示,および,従来法による等値曲面表示を併用した.前者は節面の様子,すなわち,波動性が観察しやすく,後者は全体のかたちが認識しやすい.両者の併用により,節面・かたちの双方が相補的に認識できた.s-blockおよびp-block元素では,族方向に似た形の軌道が並び,周期が下方に進むにしたがって球形の節面が増加して入れ子構造が観察でき,族の類似性が軌道の類似性で説明できた.軌道の正負はSlater軌道の符号に合わせたことが,類似性の認識に大きく寄与した.d-blockおよびf-block元素では,周期ごとの類似性があることを,dやf軌道が位置的に内側に存在する軌道であり,外側に位置するs軌道の電子などが先に化学的挙動に関与することなどをもとに説明した.冒頭で述べたように,原子軌道は波動性を持つ [3].音の波がオクターブの法則に従うように,原子軌道の波にも周期性が認められる.そのことは,典型元素において,周期が変わっても,軌道のかたちに変化は無く,ただ,波の関数値の符号が変わる曲面,つまり,節面の数が周期(Group)の数の増加によって規則的に増加することによって示されている.周期性があたかも周期的に変わる音を発しているという印象を与えるのである.

参考文献
 
© 2020 日本コンピュータ化学会
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