Journal of Computer Chemistry, Japan
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Letters (Selected Paper)
Theoretical Analysis of Fluorescence Behaviors of the Excited State Proton Transfer in Anthracene-Urea Derivative
Shu ONOZAWAToru MATSUIYoshinobu NISHIMURAKenji MORIHASHI
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2019 Volume 18 Issue 5 Pages 254-256

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Abstract

We investigated the hydrogen bonding interaction between the anion and nitrogen atom of the urea derivative nPUA (n = 1, 2, 9, where n is the substituted position of the parent anthracene) to examine a proton transfer reaction in the complex in the excited state, which is known as excited-state intermolecular proton transfer (ESPT). We revealed the details of the hydrogen bonding interaction between an anthracene-urea derivative and an acetate anion in the excited state by taking advantage of TD-DFT calculation.

1 はじめに

溶媒中で特定のアニオンと選択的に会合体を形成して特殊な蛍光・吸収スペクトルを示す分子は,その性質からアニオンセンサーとしての機能を有する.水素結合により会合体が形成されている一部の系では励起状態分子間プロトン移動 (Excited state intermolecular proton transfer,ESPT)を起こすことが知られている.ESPTにより蛍光・吸収スペクトルに変化が伴うことからアニオンの蛍光・吸収測定による識別が可能になる.本研究の対象である1-anthracen-n-yl-3-phenylurea (nPUA,n = 1,2,9,nはアントラセンの置換位を表す)は,酢酸イオン存在下でその吸収・蛍光スペクトルが変化する.これまでの研究で,(1) これらスペクトル変化は酢酸イオン存在下に限定して観測される.(2) 酢酸存在下の吸収スペクトル変化からnPUAの電子状態の変化が示唆される (3) 長波長蛍光の励起スペクトルが会合体の吸収スペクトルに一致する の3点が分かっており,吸収スペクトル変化はnPUA-酢酸イオン間の会合体形成,蛍光スペクトル変化は会合体形成とこれに続くESPTにより生じることが報告されている [1].酢酸存在下では大きくレッドシフトした長波長蛍光が現れることから,ESPTによるnPUAの特徴的な構造変化を示唆している.このようなスペクトル変化を示すため,nPUAはアニオンセンサーとして期待され,幅広く研究されている.nPUA間には,蛍光スペクトル変化の度合いが異なることから,ESPTの過程に違いがあることが先行研究で明らかにされている [2].しかしながら,幅広いアニオンの検出に応用することは難しいという問題が残されており,解決するためには反応メカニズムを明らかにすることが重要である.しかしESPTのタイムスケールは非常に速いため,これらの反応における会合体の構造,電子状態などの詳細は明らかになってはいない.そこで本研究では,時間依存密度汎関数理論(TD-DFT)計算を用いてnPUAと酢酸イオン会合体のESPTの過程について得られた分子軌道(MO)から理論的な解析を試みた.(Figure 1)

Figure 1.

 Reaction scheme of complex formation of nPUA with acetate followed by ESPT in the excited state.

2 方法

nPUA-酢酸イオン会合体および単体の基底状態を構造最適化したのちMOの解析に用いた.次に各nPUAのESPT前後の励起一重項状態 (C*及びT*)の構造最適化をした.構造から得られたスペクトルを先行実験で得られたものと比較してピークの帰属を行った.会合体のESPTがウレアのどのプロトンで起こるのかによって異なるUV-Visが得られた.このとき,フェニル基側のプロトンが移動した状態をT1*,アントラセニル基側のプロトンが移動した状態をT2*と定義する.以上の計算はTD-DFT/B3LYP/6-31+G (d,p)のレベルで行い,DMSO溶媒を想定したε= 46.7のIEFPCMの誘電体モデルを用いた.本研究では,量子化学計算ソフトウェアであるGaussian16を用いて各計算を行った.

3 結果・考察

3.1 nPUA会合体の構造

nPUAのウレア部分とアントラセニル基は共役系を作り平面に近い構造を取っていることが予想された.しかし計算した構造では,1PUA,9PUAではアントラセニル基がウレア部分に対してのねじれ角がそれぞれ44.1°, 79.0°でねじれた構造を取っており,2PUAだけねじれ角が0.2°とほぼ平面の構造を取っていた.また,nPUA -酢酸イオン会合体とnPUA単体の構造のねじれの差が小さかったことを見出した.したがって,このねじれは酢酸イオンとアントラセニル基ではなく,ウレア部分のカルボニル酸素とアントラセニル基の水素の接近を解消するため生じたと考えられる.

3.2 会合体のESPT後の構造

励起一重項状態のプロトン移動後の状態(T*)は1PUA, 2PUA, 9PUAでそれぞれ1種類,4種類,2種類が計算された.このとき,2PUA,9PUAではT1*,T2*の2種類が得られた.特に2PUAのT1*では,平面性を保った構造(T1*(a))と他のT1*と同様にねじれた構造(T1*(b),(c))が得られた.

会合体の吸収極大と非会合体(単体),C*,T1*およびT2*の蛍光極大波長とT*のC*に対するエネルギー差をTable 1に示す.ΔEは構造最適化されたT*のエネルギーからC*のエネルギーを引いて求めた値である.

Table 1. absorption maxima of complex and fluorescence maxima of 2PUA, C* and T* along with ΔE.

先行実験ではnPUAを含む溶液に酢酸イオンを加えていくと450 nm付近に生じていた蛍光ピークに加えてレッドシフトした600 nm付近に蛍光ピークが生じることが知られている.このとき,単体由来の450 nmのピークは,計算された非会合体の蛍光極大波長に対応する.また,会合体C*の蛍光極大波長もこれとほぼ同じ値だったことからこの構造も450 nmのピークに寄与していると考えられる.そしてT2*は全ての構造でC*の蛍光極大波長に対してレッドシフトをして,T1*は2PUAのT1*(c)を除く全ての構造でブルーシフトをする結果となった.2PUAのT1*(c)とT2*は,先行実験の報告値である600 nmのピークに対応する.また,ΔEが正であることからT*がC*よりも不安定であるという結果が得られた.先行研究において,芳香族ウレア誘導体の一部では,ESPTで生成された電荷分離状態に対してDMSO溶媒が水素結合を形成し安定化することが報告されている [3]. 本会合体においてもこの安定化効果が生じると仮定すると,本研究では溶媒効果としてIEFPCMを用いたため,T*がC*より安定化するほどの溶媒効果を得られなかったと考えた.この点については今後検証を重ね考察していく予定である.

3.3 考察

nPUAのC*のMOはLUMOがアントラセニル基のπ*軌道,HOMOがアントラセニル基のπ軌道,HOMO-1がフェニル基中心のπ軌道であった.2PUAを例としたMOをFigure 2に示す.C*→T1*の遷移において,元々C*ではHOMOだったアントラセニル基のπ軌道のエネルギーがT1*では下がっており(−0.184→-0.193 a.u),HOMO-1になっていた.逆に,元々C*ではHOMO-1だったフェニル基中心のπ軌道のエネルギーはT1*では上がっており(−0.215→-0.168 a.u),HOMOになっていた.T1*におけるこれらのMOのエネルギー準位の変化は他のT1*全てに共通するものであった.そして2PUAのT1*(c)を除く全てのT1*ではアントラセニル基がウレア部分に対してねじれているためアントラセニル基のπ*軌道-フェニル基中心のπ軌道であるHOMO-LUMOの重なりがほぼ0になることが構造から分かった.よってHOMO-LUMO遷移が起こらず,HOMO-1-LUMOの遷移が起きることからブルーシフトした蛍光が得られたと考えられる.これらの遷移の振動子強度について,HOMO-LUMO遷移がほぼ0であり,HOMO-1-LUMO遷移が約0.13であることも確認している.一方,2PUAのT1*(c)はアントラセニル基-ウレア部分が平面性を維持していることから,HOMO-LUMOの重なりが0にならないことが構造から分かった.これによってHOMO-LUMO遷移が起こり長波長シフトした蛍光が得られたと考えられる.また,この遷移の振動子強度は約0.12であることも確認した.

Figure 2.

 MO of C*, T1* and T2* for 2PUA along with their energies (a. u.); the italic values indicate that the energy of T1* is smaller than that of the corresponding C* and the bold value indicates that the energy of T1* is larger than that of the corresponding C*.

C*→T2*の遷移において,T1*に見られたMO準位の変化は起こらず,HOMO-LUMOは重なりを持つアントラセニル基のπ-π*であった.これは他の全てのT2*にも共通していており,この遷移が長波長シフトに寄与すると考えた.

以上のことから2PUAはT1*(c),T2*の両方が長波長蛍光に寄与する構造であると考えられる.一方,1PUA,9PUAの会合体は基底状態においてアントラセニル基がねじれているためHOMO-LUMO遷移をするような平面性を維持したT1*を取れない可能性が示唆された.よって1PUA,9PUAでは長波長シフトに寄与する構造はT2*であると考えられる.

4 結論

本研究ではT*の候補として7個の構造が計算された.これらの構造から算出されたスペクトルと先行実験の吸収・蛍光スペクトルを比較することにより長波長シフトに寄与する構造を4つに限定することができた.T1* に着目すると,2PUAのT1*(c)の蛍光だけがレッドシフトに寄与することが分かった.これは2PUAの平面構造が安定していることに起因しており,2PUAは1PUAや9PUAとは異なるウレア基のプロトンにおけるESPTが,長波長シフトに寄与する可能性を示唆している.

謝辞

本研究で行った量子化学計算の一部は,自然科学研究機構 (NINS)・計算科学研究センター (RCCS)の計算機を利用した.また,本研究は科研費 (17H03034)の助成を受けたものである.

参考文献
 
© 2019 Society of Computer Chemistry, Japan
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