Journal of Computer Chemistry, Japan
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General Paper
Interaction Analyses between Calcite/Apatite and Peptides by Fragment Molecular Orbital Method
Ryo HATADAKouichiro KATOKoji OKUWAKIKaori FUKUZAWAYuji MOCHIZUKI
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2020 Volume 19 Issue 1 Pages 1-7

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Abstract

カルサイトとその表面に特異的に吸着する DDGSDD モチーフの複合系,ハイドロキシアパタイトとESQES モチーフの複合系を対象に,フラグメント分子軌道法 (FMO 法) に基づく Pair Interaction Energy Decomposition Analysis (PIEDA) 解析を用いて,結晶-ペプチド間の相互作用エネルギーの成分解析を行った.さらに,PIEDA解析の結果や結晶-残基間の距離,残基の構造的特徴を特徴量として残基-結晶間の相互作用エネルギーの重回帰分析を行った.これらの結果を両複合系で比較したところ,カルサイト系では残基と近距離のフラグメントとの相互作用が,ハイドロキシアパタイト系では残基-結晶表面間の距離が,残基-結晶間相互作用において最も寄与が大きい特徴量であることが分かった.

1 序論

生物は自然界において,真珠・貝殻・骨・外骨格をはじめとしたバイオミネラルと呼ばれる鉱物を作り出す.バイオミネラルは軽量で強靭な性質を持つ.また,生物由来のため環境に優しく材料開発の分野で注目を浴びている.これらの性質は,無機結晶と生体分子から成る特殊な構造に由来していると考えられている.そのため,こうした複合体の構造制御への理解,特に無機結晶への生体分子の吸着機構の理解はバイオミネラルの生成メカニズムの解明や新規機能性材料の設計に有用である.

実際にこれまでに実験系の研究で,バイオミネラルの一種であるカルサイトにおいてはDDGSDDモチーフ [1] を持つペプチドが,ハイドロキシアパタイトではESQESモチーフ [2] を持つペプチドが結晶に対して吸着性を有することが明らかになっている.

計算系の研究の1つに,我々の研究グループのフラグメント分子軌道 (Fragment Molecular Orbital ; FMO) 法 [3, 4] を用いた解析がある.FMO法は,計算対象系を複数のフラグメントに分割することで量子力学に基づきタンパク質や結晶など巨大な系の電子状態計算を行うことができる手法である.また,計算の結果得られるフラグメント間相互作用エネルギー (Inter-Fragment Interaction Energy; IFIE) [3, 5, 6] に用いて,系を構成する分子間の相互作用の解析を行うことができる.私達は,FMOを用いたハイドロキシアパタイトとESQES ペプチド間 [7],カルサイトとDDGSDD ペプチド間 [8] の相互作用の解析を行った.その結果,各残基ごとの吸着性が大きく異なり,C 末端側の残基が強く吸着していることを明らかにした.また,ハイドロキシアパタイト系では電荷移動相互作用が働くことが示唆された.

そこで今回,新たに両複合系を対象に,Pair Interaction Energy Decomposition Analysis (PIEDA) 解析 [9, 10] を導入した FMO 計算により,結晶-ペプチド間の相互作用における各エネルギー成分の寄与を調べた.加えて,PIEDA解析の結果や残基-結晶間の距離,電荷,残基の構造的特徴を特徴量として残基-結晶間の相互作用エネルギーの重回帰分析を行い,残基-結晶間の相互作用を支配する因子を調べた.また,解析結果をカルサイト系とハイドロキシアパタイト系で比較・考察した.

2 計算方法

計算対象として加藤らが作成したハイドロキシアパタイト・ESQES 複合系 [7],カルサイト・DDGSDD複合系 [8] を用いた.ここでは加藤らによる構造作成方法を示す.カルサイト系の調製方法としては,結晶成長が多く見られる {104} 面 [11, 12] のカルサイト結晶構造 (CaCO3,原子数:1920原子,サイズ:39.2Å×31.5Å×16.9Å) にDDGSDDペプチド (D: Asp,G: Gly,S: Ser,末端はHキャップ,Dは荷電状態) を,統合計算化学システムMOE [13] を用いてドッキングを行った.MOEによるドッキングでは複数の配置が提案され,それぞれにエネルギーが古典力場レベルで算出される.そこでエネルギーが安定な上位4構造を抽出,ペプチド周辺に水分子を160分子配置した.またそれぞれの構造に対して分子動力学 (MD) 計算を行い,10構造ずつサンプリングし構造揺らぎを考慮する形で,計40構造作成した.MD計算は温度300 K,力場をAmber99 [14],シミュレーション時間を10 nsで行った.

ハイドロキシアパタイト系の調製では,歯の硬組織での結晶成長が多く見られる (001) 面 [15] のハイドロキシアパタイト結晶 (Ca5(PO4)3OH,原子数:1408原子,サイズ:37.8Å×37.8Å×13.8Å),ESQESペプチド (E: Glu,Q: Gln,末端はHキャップ,Eは荷電状態) を用いて同様の手法で3つのドッキング構造から,計30構造作成した.

FMO計算はABINIT-MP [16] を用いて行った.計算条件は,加藤ら (FMO4-MP2/6-31G*) [7, 8] とは異なり, FMO2-MP2/6-31G*で行った.これは現在FMO2のみPIEDA解析に対応しているためである.カルシウムイオンに対しては内殻電子の影響をポテンシャルで置き換える,モデルコアポテンシャル(MCP) を用いた.加えてPIEDA解析 [9, 10] を適用し,残基と結晶間のIFIEを静電相互作用エネルギー (ES),交換反発エネルギー (EX),電荷移動相互作用エネルギー (CT+mix),分散エネルギー (DI) の4成分に分解し解析を行った.また,結晶構成分子はイオンごと,ペプチドは残基ごと (sp3分割) にフラグメントに分割した.

さらに残基-結晶間の距離や電荷情報,結晶の表面付近のフラグメントと残基間の相互作用を評価するために,近距離フラグメント (残基から10Å以内) のIFIEをFMO計算の出力結果からpythonスクリプトを用いて抽出した.

また上記の解析の結果得られた,残基-結晶間のIFIEを目的変数とした重回帰分析を試みた.説明変数にはPIEDA項 (CT, DI),電荷移動量 (q),残基-結晶間の距離,残基の電荷,残基の官能基の有無 (カルボキシ基,アミノ基,ヒドロキシ基),近距離フラグメントのIFIEを用い,それぞれ標準化を行った.PIEDAのES項は目的変数である残基-結晶間のIFIEの値と強い相関 (相関係数 カルサイト系: 0.997,ハイドロキシアパタイト系: 0.960) を有し,重回帰分析の説明変数としては不適切であるため除外した.(参考: 近距離フラグメントのIFIEと残基-結晶間のIFIEの相関係数はカルサイト系で0.210,ハイドロキシアパタイト系で 0.207である).モデルの作成にはscikit-learn Linear Regression メソッド [17] を用い,カルサイト系のデータ240個,ハイドロキシアパタイト系のデータ150個をそれぞれ訓練データ4: テストデータ1の割合で分割し,精度を確認した.また重回帰分析により算出した式における各説明変数の標準偏回帰係数を比較し,残基-結晶間のIFIEにも影響を及ぼす説明変数 (特徴量) を調べた.

3 結果

3.1 カルサイト系の結果

作成したカルサイト系の構造の例として,系のエネルギーが最も平均値に近かった構造をFigure 1. に示す.また,その構造のペプチド-結晶界面をFigure 2. に示す.Figure 2. から分かるように,ペプチドはN末端側からC末端側に向かうにつれ結晶表面との距離が近づいている.特にAsp5, 6のカルボキシ基は結晶側に向いており,残基-結晶間の相互作用への寄与が示唆された.

Figure 1.

 Structure of calcite system

Figure 2.

 Interface of Peptide-Crystal in calcite system

次にFMO計算の結果得られた,残基ごとおよび系全体のIFIEの値とPIEDA解析の結果をTable 1. に示す.IFIEの値からAsp5, 6が大きく安定化に寄与していることがわかる.またエネルギーの成分ごとに見ると,ESによる安定化が大きく,特にAsp5,6 のESの寄与が顕著である.この結果,またAsp5,6 が荷電状態であることから,ペプチド-結晶間においては,Asp5,6 とカルシウムイオンの静電的な相互作用が重要であると考えられる.

Table 1.  Result of IFIE and PIEDA analysis in calcite system
Residue IFIE (kcal/mol) ES (kcal/mol) EX (kcal/mol) CT (kcal/mol) DI (kcal/mol)
Asp1 -8.54 -6.76 3.87 -2.98 -2.67
Asp2 -8.09 -5.71 2.95 -2.01 -3.32
Gly3 -10.76 -7.95 2.11 -2.58 -2.34
Ser4 -19.67 -19.18 8.27 -3.21 -5.55
Asp5 -63.05 -58.82 3.89 -4.20 -3.92
Asp6 -79.37 -77.32 15.54 -9.25 -8.34
Total -189.5 -175.74 36.63 -24.23 -26.14

また,Table 1. からわかるように同じAspにもかかわらずIFIEの値が異なっている.そこで残基ごとに,PIEDA項や残基-結晶間の距離,近距離フラグメントのIFIEを比較しIFIEと相関がありそうな値を調べた.ここでは例としてAsp2とAsp5の比較結果をTable 2. に示す.解析の結果,近距離フラグメントのIFIEが,残基-結晶間のIFIEの値と相関していることがわかった.このように,配置に伴うESの変化が強調される近距離フラグメントのIFIEの値と吸着の強さを示すIFIEが相関していることから,残基-結晶間の位置関係によるESの差異が残基間の吸着性の違いを与えていることが示唆された.

Table 2.  Result of comparative analysis (Asp2, Asp5) in calcite system
Residue Asp2 Asp5
IFIE (kcal/mol) -8.09 -63.05
IFIE with short range fragments (kcal/mol) -24.54 -82.42
Distance between residue and surface of crystal (Å) 4.18 3.29
EX (kcal/mol) 2.95 3.89
CT (kcal/mol) -2.01 -4.20
DI (kcal/mol) -3.32 -3.92

さらに残基-結晶間のIFIEを目的変数とした重回帰分析の結果を行い, IFIEの値に影響を及ぼす因子を網羅的に探索した.結果をTable 3. に示す.Table 3. における各説明変数 (特徴量) の標準偏回帰係数の大きさを比較することで,残基-結晶間のIFIEに対しての説明変数の寄与度を比較することができる.Table 3. から分かるように残基-結晶間のIFIEにおいて最も寄与が大きい説明変数は近距離フラグメントのIFIEの値であった.したがって,カルサイト系においては残基-結晶構成分子の位置関係やESの値が重要であることがデータ科学の観点からも示された.またカルボキシ基の数の寄与も大きく, カルボキシ基を有するAspの重要性が示唆された. また,モデルの精度は44%と低くなった.

Table 3.  Result of regression analysis in calcite system
Explained variables Partial regression coefficient
IFIE with short range fragments 0.411
Number of Carboxylic groups 0.353
DI 0.280
CT 0.231
Number of Amino groups 0.138
Charge 0.131
Distance between residue and surface of crystal 0.089
Number of Hydroxy groups 0.048
q 0.037

3.2 ハイドロキシアパタイト系の結果

作成した複合系の構造の例として,系のエネルギーが最も平均値に近かった構造とその構造のペプチド-結晶界面をFigure 3,4 に示す.Figure 4. から分かるように,両末端側に向かうにつれ結晶表面との距離が近づいている.特にSer5のヒドロキシ基は結晶側に向いており,残基-結晶間の相互作用への寄与が示唆された.

Figure 3.

 Structure of hydroxyapatite system

Figure 4.

 Interface of Peptide-Crystal in hydroxyapatite system

次に,残基ごとおよび系全体のIFIEの値とPIEDA解析の結果をTable 4. に示す.IFIEの値からGlu4, Ser5が大きく安定化に寄与していることがわかる.またエネルギーの成分ごとに見ると,ESによる安定化に加え,カルサイト系では見られなかったCT, DIによる安定化が見られる.特にGlu4, Ser5ではその傾向が強く見られた.この結果からペプチド-結晶間においては,Glu4とSer5が重要な残基であること,ESだけではなくCT, DIが寄与することが示唆された.

Table 4.  Result of IFIE and PIEDA analysis in hydroxyapatite system
Residue IFIE (kcal/mol) ES (kcal/mol) EX (kcal/mol) CT (kcal/mol) DI (kcal/mol)
Glu1 -38.59 -40.93 37.27 -18.37 -16.56
Ser2 -27.83 -31.77 0.00 4.48 -0.54
Gln3 -39.94 -42.32 17.53 -7.63 -7.52
Glu4 -70.90 -65.59 15.31 -11.57 -9.05
Ser5 -94.08 -108.49 49.23 -19.91 -14.91
Total -280.30 -289.10 119.34 -61.96 -48.58

また,Table 4. からわかるように同じSerにもかかわらずIFIEの値が異なっている.そこでカルサイト系の解析と同様に残基ごとに,PIEDA項や残基-結晶間の距離,近距離フラグメントのIFIEを比較しIFIEと相関がありそうな値を調べた.ここでは例としてSer2とSer5の比較結果を挙げる(Table 5.を参照).解析の結果,残基-結晶間の距離やCT, DIの値が大きく異なることがわかった. ESはもちろん,特にCTは距離に依存する相互作用である. そのためハイドロキシアパタイト系では,距離やCTの寄与の差異が残基間の吸着性の違いを生み出していることが示唆された.

重回帰分析の結果をTable 6. に示す.このTableから分かるように最も寄与が大きい説明変数は残基-結晶間の距離であった.また,次にCTの寄与が大きく,この系では上記の解析結果と同様に距離や電荷移動相互作用が重要であることがデータ解析からも示された.なお,モデルの精度は89%と良好な結果となった.

Table 5.  Result of comparative analysis (Ser2, Ser5) in hydroxyapatite system
Residue Ser2 Ser5
IFIE (kcal/mol) -27.83 -94.08
IFIE with short range fragments (kcal/mol) -44.60 -94.88
Distance between residue and surface of crystal (Å) 5.56 1.81
EX (kcal/mol) 0.00 49.23
CT (kcal/mol) 4.48 -19.91
DI (kcal/mol) -0.54 -14.91
Table 6.  Result of regression analysis in hydroxyapatite system
Explained variables Partial regression coefficient
Distance between residue and surface of crystal 1.430
CT 1.016
DI 0.865
Number of Carboxylic groups 0.689
q 0.643
Charge 0.457
Number of Hydroxy groups 0.442
IFIE with short range fragments 0.190
Number of Amino groups 0.091

4 考察

上記の結果の通り,カルサイト系ではESが重要な相互作用であり,ハイドロキシアパタイト系ではESに加えCTの重要性が示唆された.また重回帰分析による近距離フラグメントのIFIEの寄与度についての両系の比較から,カルサイト系では結晶表面のフラグメントと残基間のESが特に重要であり,ハイドロキシアパタイト系では,結晶表面のフラグメントと残基間のCTが重要であると考えられる.このような両系でのCTの寄与の差異は,ハイドロキシアパタイト系の結晶を構成するリン酸イオンの方が,カルサイト系の結晶を構成する炭酸イオンに比べ電荷移動を起こしやすいため生じると考えられる.ここでリン酸イオンと炭酸イオンの体積と分極率を,Gaussian16 [18] を用いてHF/6-31+G*で計算した結果をTable 7. に示す.

Table 7.  Result of volume and polarizability
CO32- PO43-
Volume (bohr3) 493.0 681.1
Polarizability (Å) 30.8 52.8

結果から分かるようにリン酸イオンの方が体積,分極率が大きく柔軟で電子の広がりが大きいと考えられる.この性質がハイドロキシアパタイト系に特有のCTの寄与の要因であると考えられる.

また,カルサイト系での重回帰分析の精度が44%と低い結果になったが,これはデータ数と説明変数の不足が原因であると考えられる.今後, 有効な説明変数の開発や構造のサンプリング数を増やした解析を行う予定である.

5 結論

カルサイト・DDGSDD複合系, ハイドロキシアパタイト・ESQES 複合系に対してFMO-PIEDA解析および重回帰分析を行った結果,前者の系ではESや残基-結晶間の配置, またそれらの影響が強く反映される近距離フラグメントとの相互作用が重要であることが分かった.また,後者の系では残基-結晶間の距離やCTが重要であることが分かった.今後は本研究で重要性が示唆された残基を別の残基 (Ala 等) に置換した構造で解析を行い,結果を比較することで残基の重要性を定量的に明らかにするとともに,異なる構造から得た結果を蓄積し,重回帰分析の精度を向上させていく予定である.

謝辞

この研究は,文科省ポスト「京」プロジェクト(FS2020)重点課題6,並びに科研費(16H04635)からの支援を受けている.

参考文献
 
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