2020 Volume 19 Issue 3 Pages 80-86
正電荷ミュオンと電子の束縛状態であるミュオニウム(Mu)は,水素原子と極めて状態が似ており,ミュオンを利用した様々な研究で,興味深い役割を果たしている.本稿では,そのなかで素粒子標準理論の精密検証とそれを超えた新物理の探索といった基礎科学的な側面と,ワイドギャップ半導体等での電気伝導性起源の解明といった物質科学への応用という2つの大きく異なる分野でのミュオニウムの役割を簡単に紹介する.
ミュオニウム(Mu)は,正電荷ミュオンと電子がクーロン力で束縛したエキゾチック原子の1種であり,ミュオンの質量が1.8835×10−28 kgと陽子の1/9であることから,水素原子の軽い同位体であると考えることができる.ミュオニウムの寿命はミュオンの寿命と同じ2.2μsであり,日常生活の感覚でいえば,あっという間に消えてしまうはかない存在である.だがJ-PARCで実現されているような大強度ミュオンビーム発生技術の発展と計測技術の進歩は,ミュオニウムを利用して様々なサイエンスを展開することを可能としてきている.
本稿では,真空中のミュオニウムの精密分光によって拓かれる量子電磁力学を含む素粒子標準理論の最高精度検証と,それを超えた新物理の探索というミュオニウムそのものの基礎科学的な研究と,多くのワイドギャップ半導体で謎となっていた予期せぬn型電気伝導性の解明に,物質中のミュオニウムを観測することが役に立つことができたというミュオニウムの物質科学への応用研究について紹介し,その魅力を伝えられればと思う.なお量子電磁気力学の検証において求められる高次効果の計算を遂行するため,また物質中のミュオニウムを理解するための量子効果を取り入れた第1原理計算にはコンピュータ利用が不可欠であることはいうまでもない.
素粒子標準模型において荷電レプトンの素粒子には電子,ミュオン,タウ粒子の3つの粒子があり,これら電子の仲間は,質量が電子 < ミュオン < タウ粒子 の順に重くなるのとは逆に,寿命が電子 > ミュオン > タウ粒子の順に短くなることを除けば電子と酷似した性質を持つ.新物理を探索するにあたって,電子では軽すぎて新物理への感受性が弱く,一方,タウ粒子では寿命が短すぎて精密測定ができない.第2世代荷電レプトンに位置づけられるミュオンは程よい質量と寿命を持ち,標準模型の最高精度の検証そして何より新物理を探索するプローブとして最適である.化学においてはもっとも単純である水素原子でも,陽子が強い相互作用で結びついたクォーク3個の複合粒子であるため,超微細相互作用のような物理量の理論計算の精度を上げることは困難である.これに対して,ミュオンは強い相互作用をしない素粒子であるために,ミュオニウムについては量子電磁力学によって種々の性質が高精度で計算可能であり,理論計算と実験との比較が高精度で可能である.そこで我々MuSEUM (Muonium Spectroscopy Experiment Using Microwave) 実験グループでは,ミュオニウム原子基底状態の超微細構造のマイクロ波分光実験を進めている.高精度の測定により,ミュオンの磁気モーメントや質量を従来よりも1桁高い精度で求め,原子束縛系において量子電磁力学(QED)や弱い相互作用の検証,更には素粒子標準理論を超えた新物理の探索を目指している.
ミュオニウムの超微細構造とはFigure 1に示すように,ミュオンと電子のスピンが同じ向きの場合と反対の向きの場合に生ずるエネルギー差である.陽子より軽いミュオンの大きな磁気モーメントのため,1S基底状態において,水素原子の1.42 GHzに比べて約3倍の4.46 GHzになる.
Hyperfine Structure of Muonium.
このミュオニウムを磁場中に置くと,準位がZeeman分裂をするが,その様子を示したFigure 2はBreit-Rabiダイヤグラムと呼ばれる.低磁場ではF = 1の三重項状態が3つに分裂し,そのうち2本は磁場を強くしていくと高エネルギー側に,残り1本と元々のF = 0の一重項が低エネルギー側にシフトしていく.上から順に準位1, 2, 3, 4と名付け,上の2つの準位間の遷移周波数をν34とする.すると,
(1) |
(2) |
Breit-Rabi diagram of the Muonium in a magnetic field .
つまり,2つの遷移周波数の和が,磁場の強さによらずにゼロ磁場における超微細構造の分裂νHFSに等しい.また周波数の差からミュオン磁気モーメントµµを理論の不定性を小さく求めることができ,磁場を水素のNMR信号を利用して求める実験条件においては,ミュオンと陽子の磁気モーメントの比 µµ / µp,ひいては質量比mµ / mpを導くことができる.実験ではこの性質を利用して,高磁場およびゼロ磁場においてマイクロ波分光を行う.
先行研究としては1990年代にLos Alamos研究所で行われた高磁場での実験があるが [1],既に20年以上前のことである.当時12 ppbの実験精度で超微細分裂νHFSを測定し,その結果から磁気モーメントの比µµ / µpは120 ppbで(更にQEDの理論計算に依拠した比較により間接的に30 ppbの精度で)決定されていたが,我々は最終的にνHFSを2 ppbの精度(周波数にして10 Hz以内の不確かさ)で,またµµ / µpを15 ppbの精度で決定することを目指している.研究の両輪をなす理論計算と実験結果とは,実は互いに依拠しあっているところがあり,超微細構造を計算する理論式の中にミュオンの磁気モーメントの値がパラメータとして含まれているので,実験値の不確かさが小さくなればその分だけ自動的に理論計算値も精度が向上するという関係にある.上述の精度が達成できれば,実験と計算との比較から,これまでのQEDの検証を超えて,電弱相互作用による効果ならびに強い相互作用によって極短時間に生成し,消滅するクオークによる効果を確実に観測できると見込まれる.
実験では3 GeVに加速した陽子を炭素標的に照射してπ中間子を生成する.π中間子が寿命26 nsでミュオンとミューニュートリノに壊変する際に,ミュオンスピンがミュオンの進行方向に対して平行か反平行に偏極する.MuSEUM実験では,進行方向に対して反対方向にスピン偏極したミュオンビームをクリプトン (Kr) ガス標的に入射して静止させる.Figure 3に示したように,ガスチェンバーの中にマイクロ波キャビティ(空洞共振器)を備え,その中で十数eVにまで減速したミュオンは,Kr原子から電子を捕獲してミュオニウム原子を生成する.マイクロ波の光子エネルギーが超微細構造準位間の遷移エネルギーに一致した時には,共鳴遷移によってミュオンスピンの向きが反転する.正電荷ミュオンは2.2 µsの寿命で崩壊して最大52 MeVの陽電子を放出するが,その出射方向についてミュオンのスピン方向に出やすいという異方性があるため,下流に陽電子検出器を配置することで,共鳴遷移を陽電子検出数の増加として観測することができる.すなわち,入射したミュオンの数で規格化した陽電子検出数について,マイクロ波がONの場合とマイクロ波をOFFにした場合とでそれぞれ測定し,有意な差が見られれば,その差を共鳴信号と見做すことができる.
Schematic experimental setup
高磁場実験のためには,ガスチェンバー全体を超伝導ソレノイド磁石の中に入れたセットアップにし,ゼロ磁場実験では代わりに3層のパーマロイ磁気シールドで装置を囲んで地磁気(日本付近では50 mT程度)を遮蔽する.後者では,内部の残留磁場を0.1 mT以下に抑えることができている.
高磁場実験のための超伝導磁石の開発や磁場測定,また高強度のミュオンビームが利用できるHラインの建設まで暫し時間がかかる.そこで,MuSEUMではこれまで数年間,ゼロ磁場での測定を進めてきた.実際にはゼロ磁場装置のセットアップが揃ってからも,信号は直ぐには現れてくれなかった.当初は20分間マイクロ波ONで測定し,次にOFFで測定して差を見つけようとしていたが,その間にビーム位置がドリフトしたりマイクロ波で共振器が温まってしまって共振周波数がずれてしまうなど,系統的なデータのばらつきに埋もれてONとOFFの有意差が見えなかったのである.人海戦術で1分毎に手動でON / OFFの切り替えを繰り返した結果,ようやく2016年に我々にとっての信号初観測に成功した.ONとOFFでわずか3.6%の差異であった.Figure 4に得られた共鳴曲線を示す.
Resonance curves derived from the first observations of muonium atomic hyperfine interstate transitions [2]. The horizontal axis is the microwave frequency.
一旦信号が見えてしまえば,毎回のビームタイム毎に進展があり,ビームエネルギーや照射位置の最適化,マイクロ波強度と信号強度および共鳴幅との依存性の研究から始めて,データ収集系や装置などにも改良を加えた.現在ではマイクロ波は25 Hzのミュオンパルス毎に同期して,短時間のONとOFF を自動で切り替えられるようになっている.
連続ビームを利用したLos Alamos研究所での先行研究では,実験の不確かさの最大要因がミュオンの粒子数,つまりデータ量という統計学的要因であった.MuSEUM実験では,ここ数年J-PARCのMLF施設において,Dラインから供給されるミュオンパルスビームの利点を生かして実験を進めてきたが,新たに建設中のHラインが完成すれば,毎秒108個のミュオンを利用できるようになる.この条件で100日間のビームタイムを得て実験を続ければ,トータルで1×1015個のミュオンとなり,Los Alamos実験の100倍のデータ量を稼ぐことができる.一方で,系統的要因による不確かさを抑える努力も数年来進めてきた.中でも,一番問題になるのが高磁場の一様性(均一性)とその測定手法である.
低い圧力での測定で特に問題となるのが,ミュオンの静止位置分布,すなわち生成するミュオニウムの空間的広がりである.これに対応して,磁場分布も広い空間にわたる高い一様性が求められる.要求される磁場の均一度は直径200 mm,長さ300 mmの回転楕円体の領域に対して,0.1 ppmオーダーであり,かつ,磁場強度の絶対値も精確に測定できなくてはならない.
高磁場実験用では円筒型共振器を用いてν12 と ν34の両方の遷移を観測する.この際ν12 と ν34が円筒共振器のTM110とTM210と呼ばれる2つのモードに対応するよう磁場は1.7Tに設定されている.またミュオンの停止分布を考慮して円筒の直径は187 mm,長さは試作器で304 mmとした .共振器は有限要素法を用いた計算により設計,製作し,共振周波数およびQ値の温度依存性の調査も進めている.今後,実験中に許容される温度変化幅を見積もり,ワット級のマイクロ波入力に対しても温度を一定に保つために,共振器の水冷装置導入を検討することになる.
磁場条件は1.7 Tのほか,方形の共振器を使って1.15 Tおよび3.0 Tでの測定も予定している.前者はミュオニウムの共鳴周波数が磁場に依存せず,磁場の不確かさの影響を無視できる条件であり,後者は実現可能な最大磁場により磁場強度の相対的な決定精度がもっとも良くなるというメリットがある.
またMuSEUMではMRI用の超伝導磁石を所有している.メインのソレノイドに加えて補正用コイルを使い,さらに磁石内部に鉄片を配置することで超伝導磁石の誤差磁場や環境磁場を補正する受動的シミングという手法を用いて,磁場の均一性を向上させている.NMRプローブを配置した半楕円形の板を回転させることで回転楕円体の磁場分布を測定し,得られた結果を元に特異値分解を用いてシミングの鉄片挿入量を最適化する.これを繰り返すことで,領域内での磁場を0.45 ppmの精度にまで均一化することができた.
磁場強度の絶対値の評価について,MuSEUMでは連続波NMR の手法で純水中の 陽子のNMR共鳴を観測することにより,磁場を高精度に決定している.これは磁気プローブの周囲に巻いたミニコイル(磁場変調コイル)で外部磁場を微小に変動させ,周波数固定のマイクロ波による NMR 共鳴のピークを検出することにより,測定したい外部磁場を決定する手法である.開発・製作したNMR磁場測定器(磁気プローブ)の性能を評価するために,アメリカのFermi研究所のミュオン磁気回転比(通称g-2)測定グループと共同で,互いの磁場測定器を同一の磁場で測定を行うキャリブレーション(較正)作業を行った.彼らは現在主流となっているパルスNMR測定の手法で磁場測定を行っており,互いの測定器や手法の違いによる系統的不確かさを各々ブラインド解析し,その結果から最終的に磁場測定器の精確さを評価する.
期待する絶対精度は10 ppbである.系統的不確かさの主な要因は水におけるNMR共鳴の化学シフトであるが,次に大きいのが測定器自体の磁化の影響である.これらを踏まえて,実際の実験に用いる高精度の磁場測定器を開発しているところである.
半導体の伝導性は電気を運ぶ実体(キャリア)の種類によってp 型(正孔)n 型(電子)に分けられるが,これはそれぞれの不純物原子が半導体結晶中でどのような電子状態を取るかによって決まる.例えばシリコン中ではリン原子がn型,ホウ素原子がp 型のキャリアを供給する.これを微視的に見ると,例えばリン原子の電子状態はシリコンのエネルギーギャップの伝導帯に近いところに不純物準位を形成する.重要なのはこの不純物準位から伝導体への励起エネルギーが室温での熱励起より十分小さいという点である.(そうでなければ不純物の持ち込んだ電子は不純物に束縛されたままで相変わらず電気を通さない.)このような不純物原子は電子を供給するのでドナーと呼ばれ,n 型半導体をつくる.逆に価電子帯の近くに不純物準位を形成し,そこに電子を受け取ることにより価電子帯に正孔を供給するのがアクセプターである.こちらがp型になることはいうまでもない.トランジスタ,ダイオードといった能動電子素子は必ずp 型,n 型両方への伝導制御によって初めて実現可能になる.化合物半導体は2つ(あるいはそれ以上)の元素の組み合わせである点だけ取ってみても,シリコン等の元素半導体に比べて不純物の制御は格段に難しい.例えば酸化亜鉛については不純物原子を添加しなくてもn型になることが知られていた.長年に渡って結晶の良質化と大型単結晶の育成への努力が払われ,合成過程で入り込む可能性のある数多くの不純物原子が調べられたが,結局n 型になる原因は特定できない状況であった.これを大きく変えたのが2000年に現れた1つの理論計算による仮説であった [3].それは酸化亜鉛のなかでドナーとなっているのは水素ではないかという指摘である.なるほど水素はどこにでもある元素であって合成のありとあらゆる局面で結晶中に忍び込む可能性がある.しかも微量であればこれほど捕まえにくい元素もない.なにしろ半導体の伝導性は1 ppm以下のドナーあるいはアクセプター原子で制御されるのであるから,問題となる水素の濃度もこの程度である.そこで我々はさっそくこの仮説の当否を微視的に検証すべく,酸化亜鉛中のミュオニウムの電子状態を観測する実験を行った.前述したようにミュオニウムとは,水素原子の中の陽子をミュオンで置き換えた状態であり,半導体結晶中では孤立水素原子の軽い同位体とみなす事ができる.特にその電子状態は小さな同位体補正(0.4%)を除けば水素のそれを完全にシミュレートするので,ミュオニウムの電子状態を研究することは水素のそれと全く等価である.さらにミュオニウムを使う大きなメリットとして,試料外から持ち込まれるミュオンの数は「不純物」濃度としては超希薄極限であるため,実際に水素を入れて信号を捕らえられるような濃度で問題になる水素同志の相互作用や固溶の不均一さといった問題から完全に自由である.この驚異的な感度はもちろんミュオンが放射性同位体であることによる.
ここで半導体中の浅いドナーについて簡単に述べる.準位が伝導体のすぐ下で活性化エネルギーが小さいドナーを浅いドナーと呼ぶ.一般に浅いドナーではキャリア(電子)と不純物原子は弱いクーロン力によって束縛されており,電荷が+1の正電荷と電子,つまり水素原子のようなふるまいを示す.またその特性は,半導体中の電子の有効質量(m*)と比誘電率(ε)の2つの物理量で特徴づけられる.たとえばそのボーア半径は電子の質量をme,真空中の水素原子a0として a=ε×(me/m*)×a0 (3) と表すことができる.またそのイオン化エネルギーは Eion=(13.6eV)×(m*/me)/ε2 (4)
また不純物中心とキャリア電子との超微細相互作用は電子の存在確率がボーア半径の比の3乗に逆比例することから真空中での超微細相互作用定数をA0とすると A∼(a0/a)3×A0 (5) となる.さて,半導体中での比誘電率はおおよそ10程度,電子の有効質量は0.3程度であるから,上の簡単なモデルでは,ボーア半径は約1nm,イオン化エネルギーは数十meVとなり,+1の正電荷と電子の超微細相互作用の大きさは約1万分の1程度となることが示される.
さて多くの半導体や絶縁体中ではミュオニウム(Mu)が形成される.ミュオニウムは電子とμ+ がカップルした系であり,物質中で軽い水素原子として振る舞う.ミュオニウムとH 原子は電子の換算質量がほぼ等しく電子構造はほとんど変わらない.ところで半導体中のミュオニウムは我々がこのような研究を始めたころは,真空中のミュオニウムと同じオーダーの超微細相互作用を持つもの,つまり孤立水素原子のようなもののみが観測されていた.
さていよいよ酸化亜鉛でのミュオニウムの測定結果について紹介したい.常温から30Kまでは,電子と結合していないミュオン(反磁性ミュオン)からの信号が観察のみで,その偏極の緩和率は,亜鉛中に同位体存在度4.1%で含まれる67Znの核スピンとミュオンスピンとの双極子・双極子相互作用で説明される.一方30K以下では状況は一転する.詳細は,原論文 [4]を見ていただきたいが,異方的に大きく広がった2種類のミュオニウムが存在することがわかった(Figure 5).スペクトラムの詳細な解析から,各々の微微細構造定数はそれぞれ結晶の[0001]軸に関して対称であり,この軸との角度に依存性を持つ |AI(90°)|=358(4) kHz,|AI(0°)|=756 kHz (13) |AII(90°)|=150(4) kHz, |AII(0°)|=579 kHz (19) となることが得られ,これらの値を真空中のミュオニウムの超微細相互作用の大きさ4463MHzと比較すると1万の分の1のオーダーであり,浅いドナーとしての特徴を備えている.ちなみにこれらの値から,各々の平均ボーア半径を求めるとそれぞれ aMuI=21a0=1.1nm, aMuII=25a0=1.3nm となり,平均比誘電率がε=8.12,電子の有効質量が m*=0.318m0であることから,(1)式から得られる評価値 a=25.5a0 と良い一致を示している.
Schematic picture of muonium in ZnO.
また各々のミュオニウムの存在割合の温度依存性を詳細に測定することにより(Figure 6),伝導体への励起エネルギーはMuIで6meV,MuIIで50meVと非常に小さいことが判明した.(3)式から得られる評価値は66meVであるから,MuIについては1桁小さいものの簡単なモデルによる評価としてはよくあっているといえる.なおこれらの結果は,ENDOR等の他の実験手段による検証を促し,本研究を支持するものとなった.水素が酸化亜鉛中でドナーとなることはミュオニウムを使うことによって初めて示されたことになる.この発見を端緒とした,半導体・絶縁体中のミュオニウム研究は,現在までに窒素化ガリウム [5],2酸化チタン [6],チタン酸バリウム [7]などに対象を広げ,これらの伝導性コントロールに対して有益な情報を提供している.
以上駆け足で,筆者自身の関係してきたミュオニウムを用いた研究例を紹介した.物質中のミュオニウムの研究は,すでに長い歴史を持つが,現在でも最もホットなトピックであり,レーザー,マイクロ波印加などの様々な手法を用いながら精力的に研究が進められている.現在ミュオニウムという狭い概念を超えて,ポーラロン的描像で捉えたほうがよい例も多数発見されてきており,その詳細な理解には理論家および計算科学との連携が不可欠である.
このほかにも基礎物理的な研究としてはミュオニウムのレーザー分光,ミュオニウムがその反物質である反ミュオニウムへ変換する現象の探索などが現在J-PARCで進行中である.また真空中に熱エネルギーで放出されるミュオニウムをレーザーでイオン化することにより超低速のミュオンビームを発生させ,さらに加速することで電子の代りにミュオンを用いたミュオン顕微鏡を創生する研究,あるいはミュオンg-2と呼ばれる物理量を精密に測定する研究なども準備が進んでいる.
Temperature dependence of muonium fraction in ZnO.