Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
プロトン伝導性PVPA-xIm複合体のプロトン伝導機構の理論的解明
堀 優太末武 鋭也井田 朋智水野 元博重田 育照
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2020 年 19 巻 4 号 p. 131-132

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Abstract

This paper overviews the local structures and dynamics of imidazole (Im) in proton-conducting poly (vinylphosphonic acid)-Im (PVPA-xIm) composites investigated by density functional theory calculations and molecular dynamics simulations. These calculations propose the proton conduction mechanism of PVPA-xIm based on Grotthuss-type mechanism consisting the following processes: proton transfers from PVPA to Im and between Im, and the reorientation of Im in the hydrogen-bond Im cluster.

1 序論

無水のプロトン伝導物質は,100°C以上の温度領域でプロトン伝導性を示すため,固体燃料電池の次世代電解質材料として注目されている.ポリビニルホスホン酸(PVPA)とイミダゾール(Im)の複合体(PVPA-xIm)は,無水プロトン伝導物質であり,プロトン伝導度は,150°Cで7 × 10−3 S cm−1 [1]と高い値を示す.その伝導機構は,プロトン化したIm (ImH+)が拡散するVehicle型機構ではなく,水素結合ネットワークを介したプロトン移動と水素結合ネットワークの再配向の過程を含むGrotthuss型機構が提案されている [2].これまでにPVPA-xIm (x = 1, 2) (xはホスホン酸基とImのモル比)中の固体NMR測定から,Im分子の回転運動がプロトン伝導に関与することが予想されているが [2],分子レベルでの詳細な機構については明らかとなっていない.分子間の水素結合構造や局所的なプロトン移動を直接調査する上では,計算化学による解析が有用であり,理論計算に基づくプロトン伝導機構の提案が求められている.

本論文では,密度汎関数(DFT)法と分子動力学(MD)計算を用いることにより,PVPA-xIm複合体中のプロトン移動,Imの水素結合構造や分子ダイナミクスを調べることにより,複合体中で起こるプロトン伝導機構について提案する.

2 計算方法

複合体中の水素結合構造やその安定化エネルギー,分子回転エネルギー,プロトン移動の活性化エネルギーを調べるために,DFT計算を行った [3].汎関数はCAM-B3LYP,基底関数はaug-cc-pVD (T) Zを用いた.さらに,PVPAとImの動的局所構造や分子ダイナミクスを調べるためにMD計算を行った [4, 5].PVPAのホスホン酸基とIm (or ImH+)のモル混合比がx = 1, 2, 3になるようなPVPA-xIm複合体モデルに対してシミュレーションを行った.

3 結果・考察

3.1 水素結合構造と分子ダイナミクス

Figure 1にDFT計算により最適化された水素結合構造を示す.MD計算からもFigure 1の構造を反映した動径分布関数のピークが得られた [4].したがって複合体中では,Im単体と同じ局所構造を持ったImクラスター領域(Figure 1B)と,PVPAとImが水素結合を形成し,ホスホン酸基に存在するプロトンがImに移った構造(Figure 1A)が安定的に存在することがわかった.

Figure 1.

 Optimized geometries of (A) PVPA/Im and (B) Im models and association (rotational) energies with respect to pseudo-twofold rotational axis of Im [3].

Figure 1にPVPAとIm間およびImとIm間の安定化エネルギー(回転エネルギー)の値も示す.複合体における安定化エネルギーは,515.1 kJ/molであり,Im間の安定化エネルギー(85.1 kJ/mol)に比べて6倍程度大きく,複合体中ではImは高分子膜周辺に安定的に存在していることがわかった.一方,水素結合Im鎖中のImの回転エネルギー(79.5 kJ/mol, Figure 1B)は,PVPAとIm間の水素結合中のImの回転エネルギー(198.0 kJ/mol, Figure 1A)に比べて低いことがわかった.一方で,Im間で起こるプロトン移動は,4.71 kJ/molの活性化エネルギーを持ち [3],Imの回転エネルギーに比べると明らかに低いため,複合体中ではプロトン移動は容易に起こることが予想される.

Table 1にMD計算により得られた350 Kにおける各分子の拡散係数の結果を示す.xの値が増加するにつれてImの拡散係数が増加するので,PVPA-xIm中では,Imの濃度(x)がImの運動をコントロールする重要な因子になることが示唆された.

Table 1. Diffusion coefficients (10−5 cm2 s−1) of Im, ImH+, and PVPA at T = 350 K in PVPA-1Im, PVPA-2Im, PVPA-3Im, and Pure Im.
PVPA-1ImPVPA-2ImPVPA-3ImPure Im
DIm0.0148 a0.18001.7520a
DImH+0.00190.0018 a0.0231
DPVPA0.00190.0016 a0.0222

aThe values were obtained from the literature [5].

3.2 プロトン伝導機構

PVPA-xIm複合体中では,PVPAとIm間の強い水素結合のために,ImやImH+はPVPA周辺で凝集した状態にあり,PVPAはプロトン供給源としてImH+を安定化させる.さらにImH+は,Im間の水素結合を介した分子間プロトン移動により,水素結合Imクラスター領域へプロトンを供給する.Imの分子運動は,PVPA周辺ではなく,Imのみの水素結合領域で促進されると考えられる.よって,プロトン伝導は,PVPA–Im間およびIm–Im間の水素結合を介したプロトン移動と,Imの分子運動によるIm間の水素結合の再編成が関わるGrotthuss型機構で発現すると考えられる.本提案機構は,x ≥ 2でプロトン伝導度が上昇するという実験事実 [1]とも一致する.

Imの量(x)を調整することにより,プロトン移動経路の確保とImの分子運動を促進するナノ空間を作り出すことが,高効率なプロトン伝導物質の設計の一つの指針となり得る.

謝辞

本研究は,JSPS科研費 JP19K15524, JP19H05047の助成および(公財)マツダ財団研究助成を受けたものです.本計算の一部は,九州大学情報基盤研究開発センター研究用計算機システムを利用した.

参考文献
 
© 2020 日本コンピュータ化学会
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