Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
位相幾何的データ分析によるブロックコポリマー準安定構造の自由エネルギー推定
本武 陽一山中 貞人青柳 岳司大西 立顕福水 健次
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2020 年 19 巻 4 号 p. 169-171

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Abstract

Block copolymers with repulsive sub-chains form a variety of domain structures called microphase-separated structures. Most microphase-separated structures have a periodic patterned structure while in a stable state. On the other hand, metastable states with an acyclic structure and sufficiently long lifetimes are often observed around the configuration space of the periodic structures. In this study, we focused on the double gyroid structure—a type of microphase-separated structure—and built a model to predict free energy using topological data analysis (TDA), which has recently proven useful for analyzing acyclic compound structures such as the amorphous structure of glass. The model obtained can predict the free energy of the metastable state of the double-gyroid structure using persistent homology, which is one of the features of TDA.

1 序論

多様なドメインパターンを形成するブロックコポリマーのミクロ相分離構造では,周期的なパターンを持つ安定状態以外にも,十分に長い寿命を持つ準安定構造がよく発現する.ミクロ相分離構造の一つであるダブルジャイロイド構造(Figure 1 (a))は,自己無撞着場理論に基づく自由エネルギー最小化アルゴリズムによって数値的に構成できることが知られている [1].また,その自由エネルギーランドスケープは多数の極小状態を持っており,数値計算においても,そのような極小状態に対応する準安定状態が形成される(Figure 1 (b)).

Figure 1.

 Double gyroid structure and its metastable state

ダブルジャイロイドの準安定状態の構造を理解することは,その自由エネルギーランドスケープ構造の理解や,現実の実験でダブルジャイロイド構造を生成するプロセスの制御を行う上での知見の獲得につながる可能性がある.そこで我々は,位相的データ分析法 [3]を用いて,この問題に取り組んだ.位相的データ分析法は,不規則な秩序構造をもつアモルファスのガラス構造等の分析において,近年その有用性が確認されている分析法である [2].具体的には,自己無撞着場理論に基づくパターン形成の再現が可能なSUSHIライブラリ[4]を用いて,数値的に構築されたダブルジャイロイド構造とその準安定構造に対して位相的データ分析法を適用し,それらのトポロジカルな特徴量を抽出した.その上で,抽出された特徴量から自由エネルギーを予測する機械学習モデルを構築した.そして,トポロジカルな特徴量と準安定状態の構造の関係性を逆解析によって推定することで,自由エネルギーの推定にとって重要なポリマー構造の特定を試みた.

2 手法

本研究では,位相的データ分析の中でも,パーシステントホモロジー(PH)を用いた分析 [3]を行った.PHは,ターゲットとなる図形データに関し1-パラメータ族を設定することで,そのパラメータの変化に応じたトポロジーの変化に関する情報を得る.例えば1-パラメータ族に原子の有効半径等を割り当てると,データのマルチスケールな幾何的情報を得ることができる.本研究ではこの1-パラメータ族として,ミクロ相分離の数値計算において相分離構造の界面を決める,体積分率の閾値を用いた.つまり,体積分率の閾値を増大させながら,生じた穴の生成と消滅を記録した(Figure 2 (a)).その情報から,存在する全ての穴をx軸を穴の生成時刻,y軸を穴の消滅時刻とするグラフにプロットした.このグラフは,Perisitence diagram (PD)と呼称される(Figure 2 (b)).

Figure 2.

 Persistent Homology

PDそのものは,穴が生まれた時刻と消えた時刻の座標空間で,それぞれの穴に対応する点の集合にすぎないため,このままでは各種機械学習手法は適用できない.そこでまず,Persistence Image法 [5]に従い,PDの点群をカーネル密度推定法を用いてヒストグラム化した.その上で,カーネル密度関数からグリッド状にその関数値を取得して,点群の空間分布を表すデータベクトルを得た.このベクトルの次元は,今回分析対象とした準安定状態のデータ数(100)に対して非常に大きなものであった.そこで,主成分分析を用いて,このデータベクトルの次元圧縮を行った上で,least absolute shrinkage and selection operator (LASSO) [6]を適用して自由エネルギーの推定を行った.

最後に,回帰結果を解釈するために,LASSOで得られたPD上の重要構造が,元の空間のどのような構造に対応するかを調べるPDの逆解析 [7, 8]を行った.PDの算出や逆解析には,Homcloudライブラリ [9]とGudhiライブラリ [10]を用いた.

3 結果とまとめ

ダブルジャイロイド構造のPDは,その周期構造を反映して,同じ生成時刻と消滅時刻を持つ穴が重なって複数箇所に存在するような分布構造を持っていた(Figure 3 (b)上段).そして,準安定状態のPDは,ダブルジャイロイド構造のPD の分布がばらついたような分布形状を持っていた((Figure 3 (b)下段).これは,準安定状態が安定構造の周期構造が壊れたような形状を持つことを反映したものと考えられる.

Figure 3.

 Free energy estimation using topological data analysis

100個の異なる準安定状態に対してそれぞれ算出されたPDをベクトル化した上で,自由エネルギーとそのベクトルの回帰モデルを構築した(Figure 3 (c)).この結果,交差検証を行って推定したテストデータに対するR2値が0.71となった.これは,PHを用いることで,準安定状態を説明する良い特徴量が抽出されることを示唆する.

最後にPDが自由エネルギーランドスケープをモデル化できた理由を解明するためのPDの逆解析 [7, 8]を行った.その結果,PDはポリマーのネットワーク構造や界面曲率といった情報を抽出していることが判明した.これは,ネットワーク構造と界面曲率が,ダブルジャイロイド構造周辺の自由エネルギーランドスケープの構成において重要な役割をもつことを示唆する.

謝辞

本研究は,JSPS科研費 新学術領域研究 「次世代物質探索のための離散幾何学」JP 20H04648,JP17H06468 ,JP17H06464,及びJST CREST JPMJCR15D3の助成を受けたものです.

参考文献
 
© 2020 日本コンピュータ化学会
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