2020 年 19 巻 4 号 p. 158-160
Single-molecule junctions have unique electron transport properties that are not found in solids or polymers. Graph theoretical approaches have been used to predict whether conductivity in single-molecule junctions. In this paper, the change in single-molecule conductivity when carbon atoms in alternant hydrocarbons are replaced with heteroatoms is investigated by using the graph-theoretic path-counting method. The results predicted by graph theory are consistent with those obtained by using nonequilibrium Green's function combined with the Hückel method.
π共役分子を用いた単分子接合では,電子の波動性に由来する量子的な影響が非常に顕著であり,特異な伝導特性が観測される.分子中のある特定の原子が電極に接続されることによって透過電子の波動関数の干渉(量子干渉)が起こり,分子接合が絶縁的になるケースが存在する.単分子接合における量子干渉の発現は,フロンティア軌道論 [1]やグラフ理論 [2, 3]に基づいたアプローチによって予測可能であることが報告されている.辻らは交互炭化水素からなる単分子接合において,2つの電極が接続された炭素原子間の経路の歩数を数えることにより量子干渉が生じるか否かを予測することが可能であることをグラフ理論に基づいて示した.しかし,このアプローチはヘテロ原子を含んだ分子には適用することができない.そこで我々は,交互炭化水素中の1つの炭素原子をヘテロ原子に置換した単分子接合における量子干渉現象の研究をグラフ理論に基づいて行った.
分子のi番目とj番目の原子を電極に接続した単分子接合のコンダクタンスgは分子のゼロ次のGreen関数(ZOGF)Gを用いて次のように表される.
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ここで,γL (R)は左右の電極と分子の間の相互作用の強さである.(G)ij(EF)はFermi準位におけるZOGFの(i, j)成分である.Fermi準位をエネルギーの原点に取り,EF = 0としたとき,ZOGFは
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ここで,anは展開係数であり,特性多項式の係数に由来する.Nは系のノードの数,すなわちπ共役炭素原子の数である.Ak(i, j)成分は,グラフ上でノードiからjまで結合(エッジ)を通って,歩数kで行くことのできる経路の数を表している.
交互炭化水素の場合,ZOGFは次のような形で表される [2].
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ここで,閉殻の交互炭化水素は偶数個のノードを持つため,ZOGFには奇数歩のみが含まれる.従って,電極に接続された2原子間を結ぶ経路の歩数が偶数の場合,対応するZOGFの行列要素は0となり,絶縁性を示す.
歩数の概念と量子干渉との関係について,ベンゼンを例にとって説明しよう(Scheme 1).電極をpara位に接続した場合,電極に接続された原子同士は3歩で結ばれるため,導電性を有する.一方, meta位の場合は2歩または4歩で結ばれており,奇数歩を持たないため,絶縁性を示す.
. Examples of walks on benzene molecules. Arrows denote the electrode attachment sites.
特性多項式の展開係数はSachsグラフを用いることで決定できる [2, 4].Sachsグラフsは,あるグラフに対して,互いに隣り合わない辺(K2)または環(Cm)を成分に持つ部分グラフのことである(Scheme 2) [5].n個のノードから成るsの集合をSnと表す.
. Examples of the components of Sachs graph.
ヘテロ原子は炭素原子とは異なるCoulomb積分の値を持つため,その値に応じて隣接行列の対応する対角成分はα(≠0)と重みづけされる.これは炭素原子を基準としたときのヘテロ原子のCoulomb積分の相対値である.ヘテロ原子を持つ分子をグラフ表示すると,ヘテロ原子に対応するノードは自身をエッジで結ぶ自己ループを持つ.これはScheme 2のC1に相当し,Sachsグラフの要素となりうる.交互炭化水素は奇数員環を含まないため,ノード数nが奇数の時にのみ,自己ループがSachsグラフの要素として必ず含まれる.よって,ヘテロ原子を1つ含んだ分子の展開係数は以下の通りとなる.
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ここで,k = 1,2,…, N/2, c(s)はSachsグラフsに含まれる要素(K2とCm)の数,r(s)はCm (m > 3)の数である.定義より,a0 = 1である.式(5)及び式(6)を式(3)に代入すると,a2k−1はAN−2kの係数となるので,ヘテロ原子の影響(α)は隣接行列のゼロ乗及び偶数乗の係数としてZOGFに寄与することが分かる.
この式を最も単純なπ共役分子であるエチレンとエチレン様分子に適用する(Figure 1).α = 0のとき,エチレンは線形共役となるように電極を接続すると,電極から電極まで奇数歩で結ばれているため導電性を示すが,交差共役となる様に電極を接続すると奇数歩で結ばれていないため絶縁性を示す.α ≠ 0のとき,すなわち,エチレンの一方の炭素原子をヘテロ原子に置換したとき,電極を炭素原子へ交差共役的に接続すると絶縁性から導電性へと変化する.
Sets of Sachs graph Sn, and ZOGF G for (a) ethylene and (b) an ethylene-like molecule.
(a) Ethylene-like molecule connected with electrodes in a cross-conjugated manner, and (b) transmission spectra for the ethylene-like molecule by using the NEGF–HMO.
電極を交差共役的に接続したエチレン及びエチレン様分子に対して非平衡グリーン関数法とHückel分子軌道法を組み合わせた方法(NEGF–HMO法)を用いて電子透過確率の計算を行った(Figure 2).その結果,エチレン様分子(α ≠ 0)の Fermi準位における電子透過確率が,エチレン(α = 0)の場合よりも著しく大きくなっていることが分かる.この結果はグラフ理論から予測された結果と一致している.
本稿では,ヘテロ原子を含んだエチレン様分子接合の電極接続位置と導電性の関係についてグラフ理論で得られた予測と非平衡Green関数法を用いた計算結果の比較を行った.グラフ理論的アプローチから,ヘテロ原子1置換エチレンの炭素原子へ交差共役的に電極を接続すると単分子接合は導電性を示すことが予測された.実際に,NEGF–HMO法を用いた検証を行ったところ,グラフ理論的アプローチから予測された傾向と一致することが明らかになった.
本研究は,日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP19H04700, JP20H04643)の助成によって実施された.