Journal of Computer Chemistry, Japan
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研究論文
自己触媒反応機構によるアミノ酸熱重合物のカプセル形成
伊藤 俊介櫻沢 繁
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2021 年 20 巻 1 号 p. 10-13

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Abstract

アミノ酸熱重合物は数種のアミノ酸混合物を熱重合して得られる原始的な高分子である.アミノ酸熱重合物微小球は周囲の環境の変化に応じて外側にカプセルを形成するが,そのメカニズムは明らかになっていない.本研究 では,アミノ酸熱重合物の持つ自己触媒反応的な性質がカプセル形成の要因であるとの仮説を立て,ブラウン動 力学に自己触媒的なクラスター形成機構を組み込み,その検証を試みた.クラスター形成機構を組み込んだ場合, 高密度領域が形成されることが明らかになった.この結果は,高密度領域のクラスターがさらに成長してカプセ ル状の構造を形成することを示唆する.これによって,原始的な高分子であるアミノ酸熱重合物が,生命起源に 寄与したと考えられる物理的区画を形成する機能を持ち,それはアミノ酸熱重合物の自己触媒的会合過程に由来 することが明らかになった.

Translated Abstract

Amino acid thermal heterocomplex molecules are primitive macromolecules synthesized by thermally polymerizing amino acids. Amino acid thermal heterocomplex molecules microspheres form capsules in response to changes in the surrounding environment, but the mechanism has not been clarified. In this study, we hypothesized that the autocatalytic properties of amino acid thermal heterocomplex molecules is a main factor in capsule formation and integrated a self- catalytic cluster formation mechanism into Brownian dynamics and tried to verify it. It was clarified that when cluster formation was incorporated, high-density regions were formed. This result suggests that the clusters in the high-density region grow further to form a capsule-like structure. From this result, amino acid thermal heterocomplex molecules, which is primitive macromolecules, has the function of the formation of physical compartment that is thought to have contributed to the origin of life, which is derived from the autocatalytic association process of the amino acid thermal heterocomplex molecules.

1 はじめに

進化の過程のいずれかの段階において,生命は細胞区画の起源である物理的区画を獲得したと考えられている.この物理的区画の獲得は,生命の持つ重要な性質である自己維持と進化に非常に有利であり,生命の起源と密接に関わっていると考えられている [1, 2].アミノ酸熱重合物は数種のアミノ酸を加熱重合した高分子であり,その合成過程は原始的なタンパク質の重合を想定したものである [3].アミノ酸熱重合物は水溶液中で自発的に約 10µm の微小球を形成し,アミノ酸熱重合物微小球は様々な反応を触媒する [4].アミノ酸熱重合物微小球は 40℃ 付近で溶解を始め,80℃ で完全に溶解する.アミノ酸熱重合物微小球は周囲の pH 上昇や温度勾配,強制流の付加といった周囲の環境の変化に応じて外側にカプセルを形成する [5, 6].アミノ酸熱重合物微小球がカプセル形成機能と触媒活性を持つことから,カプセル内部が初期の化学進化の反応場となる可能性が指摘されている [7].よって,アミノ酸熱重合物は初期の化学進化における機能を持った高分子を考察する上で適したモデルである.アミノ酸熱重合物微小球からのカプセル形成は微小球の溶解に伴って起こるため,アミノ酸熱重合物分子の拡散に伴う現象であると考えられる.しかし,通常の分子の拡散のみでは,カプセル形成を説明できない.したがって,アミノ酸熱重合物の持つ何らかの性質がカプセルの形成に関わっている可能性が高い.しかし,そのメカニズムは未だ明らかではない.アミノ酸熱重合物は,水中で微小球を構成している DP1ms と,溶液中に拡散している DP1f の二つの分子状態を持ち平衡状態に保たれている.この二つの状態の遷移は DP1f の自己触媒的付着により非線形性を示し,次の式で表すことができる [8].    DP1f + DP1f ⇆ [DP1f ]2 DP1ms    (1)   

本研究ではアミノ酸熱重合物が持つ自己触媒的な性質とアミノ酸熱重合物分子の拡散の相互作用によってカプセルが形成されるという仮説を立て,その検証を試みた.

2 モデルと計算方法

アミノ酸熱重合物微小球から形成されたカプセルは, 直径 50 nm 程度のコロイド粒子が集積した構造である [5].

アミノ酸熱重合物分子のコロイド粒子サイズのふるまいに注目するため,ブラウン動力学法を用いた.

2.1 ブラウン動力学法

粒子の直径が数十 nm から数 µm オーダーのコロイド粒子の,溶媒中で溶媒分子の衝突の影響を受けるランダムなブラウン運動を,以下のようなランジュバン方程式によってモデル化した [9].   

mdvdt=Fmζν+FB(2)

m, v, F はそれぞれ粒子質量,速度,粒子に働く力である.粒子に働く力 F は他のブラウン粒子から作用する力の和である.F B はブラウン運動を引き起こすランダム力である.ζ は粒子に働く摩擦係数であり,次のストークスの抵抗式で表される [10].   

ζ=πηam(3)

η は溶媒の粘性,a は粒子の半径である.

2.2 分子間のポテンシャル

本研究におけるコロイド粒子間の相互作用は次に示す無次元化した DLVO ポテンシャルを用いた.DLVO ポテンシャルを電気二重層の重なりによって与えられる自由エネルギーの変化 ∆GE と van der Waals 相互作用による自由エネルギーの変化 EA の和で与えた [9].    GE /kT = η ln(1 + eκ*x )    (4)      

EA/kT=α{2x2+4x+2(x+2)2+lnx2+4x(x+2)2}(5)
   U(ri j)/kT = ΔGE/kT +EA/kT    (6)   

ri jは粒子間の距離,x = ri j /ak はボルツマン定数,T は温度,η = 2πεaψ0 /kT ,κ* = κ/a,α = A/6kT ,ε は媒質の誘電率,ψ0 は粒子表面の電位,κ は Debye 長, A は Hamaker 定数である.

2.3 自己触媒的付着をモデル化したクラスター形成機構

アミノ酸熱重合物の凝集過程は,DP1 f の自己触媒的 付着により非線形性を示す [8].アミノ酸熱重合物分子 の単量体がそのまま付着するのではなく,一度中間体である二量体になってから多量体に凝集すると考えられている.コロイド粒子単体と粒子が 2 つ結合した中間体は平衡状態になっており,中間体が集まることで多数の粒子が結合したクラスターになる.この反応式を以下に示す.    DP1f + DP1f ⇆ [DP1f ]2 DP1ms    (7)       DP1ms DP1f    (8)   

クラスター形成のアルゴリズムは Covedale らによるク ラスター解析法 [11, 12] を改良して用いた.上記の性質を反映する,粒子単体から中間体を形成する段階と,中間体からクラスターを形成する段階の二段階のクラスター形成機構をモデル化し実装した.

2.4 シミュレーション条件

本研究では粒子の直径が 1.44 × 10−9 nm,重量が3.12 × 10−21 g のコロイド粒子を 3000 個配置し,1 × 106ステップのシミュレーションを行った.自己触 媒反応クラスター形成機構の有無で粒子が作る構造を調べた.粒子表示プログラム cdview を使用し [13],粒子の分布と密度のグラフによってクラスター形成の影響を比較した.シミュレーション領域は粒子の直径で無次元化した長さで 10 × 10 × 100 の直方体領域とした.微小球表面近傍の鉛直方向を想定したものである.微小球の内部を想定し,z = 0-20 の領域に1500 個のコロイド粒子を配置し,高密度領域とした. 溶液中に拡散しているコロイド粒子を想定し,z = 20-80 に 1500 個のコロイド粒子をランダムに配置した.本シミュレーションは高温のアミノ酸熱重合物溶液の強制流を常温の微小球に与えた場合のカプセル形成を想定した.そこで,常温の微小球に高温の溶液が接触し,微小球が溶解していく状態を想定し,z = 20-80 の領域は80 ℃ として,中間部分は z に応じて温度が連続で分布するよう設定した.微小球は溶解によって縮小していくことを想定し,微小球の表面が後退していくよう設定した.シミュレーションが進行するに応じて,z=0-20 の領域でコロイド粒子の密度が初期密度より低くなると溶解したとみなし,その時点の高密度領域との境界を微小球の表面として再度設定した.

3 結果

クラスター形成機構を組み込まない場合の粒子の分布変化を Figure 1 に,クラスター形成機構を組み込んだ場合の粒子の分布変化を Figure 2 に,粒子密度の最大値の変化を Figure 3 に示す.粒子の色が赤の場合は 0–0.2, 緑の場合は 0.2–0.4,青の場合は 0.4–0.6,水色の場合は0.6–0.8,マゼンタの場合は 0.8–1.0,黄色の場合は 1.0 以上の粒子密度であることを表す.境界面の影響を排 除するため,微小球の内部である z = 0–20 の密度は比較 に使用しなかった.クラスター形成機構を組み込んだ場合,シミュレーションの終盤である 1 × 106 ステッ プ前後において,初期の微小球表面位置からわずかに外側である z = 25-30 付近に高密度領域が形成された.それに対してクラスター形成機構を組み込まない場合,拡散のみが進行し,シミュレーションの終盤になると高密度領域がほとんど存在しなくなった.また,粒子密度の最大値の変化もクラスター形成機構を組み込んだ場合のほうが高くなった.以上の結果から,自己触媒的クラスター形成機構は拡散に伴う高密度領域形成の主要因であることが明らかになった.

Figure 1.

 Changes in particle distribution without cluster formation

Figure 2.

 Changes in particle distribution with cluster formation

Figure 3.

 Change in maximum particle density

4 考察

本シミュレーションの結果は,自己触媒的クラスター 形成機構によってカプセルが形成されることを示唆する.クラスター形成機構をシミュレーションに組み込んだ場合,拡散に伴って高密度領域が形成された.この結果は,拡散に伴ってクラスターが形成されるとクラスターの成長にしたがって粒子径が増大するため,ストークスの抵抗則に従い抵抗が増大し,ある一定距離でクラスターの移動速度が小さくなり停滞するためと考えられる.一方,クラスター形成を組み込まなかった場合,拡散が進んでいくと高密度領域は見られなくなった.高密度領域のクラスターがさらに巨大なクラスターへと成長することで,カプセル状の構造を形成すると考えられる.

アミノ酸熱重合物は原始的なタンパク質の重合を想定した物理的過程で合成され,不均一な組成を持つことから原始的な高分子であると考えられる.原始的高分子であるアミノ酸熱重合物が持つ自己触媒反応的性質をモデル化したクラスター形成機構を考慮したことで,加熱による拡散プロセスに伴って高密度に凝集することが明らかになった.この結果は,アミノ酸熱重合物微小球が原始地球上の高温領域でカプセル上の構造,つまり物理的区画を形成することを示唆する.区画形成は生命の起源及び進化の初期に密接に関わる機能であると考えられている.本研究によって,進化途上であると想定されるアミノ酸熱重合物のような高分子においても,区画形成という生命の起源に関係するポテンシャルを備えていることが明らかとなった.

参考文献
 
© 2021 日本コンピュータ化学会
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