Journal of Computer Chemistry, Japan
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Foreword
Who will Win the Major League MVP Award? ‐Baseball Data and Data Science
Tatsuya TACHIKAWA
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2022 Volume 21 Issue 2 Pages A3-A4

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 2020年から続いている新型コロナウイルスの感染拡大に加えて、本年初頭からロシアのウクライナ侵攻、それに伴う小麦・トウモロコシの農産物や、石油・天然ガスの天然資源の価格上昇、物価高に拍車をかける円安、さらには、元総理大臣が演説中に銃撃で死去されて、特定の宗教団体の政治への介入が問題視され、政府が対応に追われるなど、3行程度では書ききれないほど、暗い話題が多い最近の世の中ですが、メジャーリーグにおける大谷選手のご活躍が明るい話題となっています。この原稿の執筆時においてもLAAの大谷選手は2年連続での獲得となるMVP争いをNYYのジャッジ選手と繰り広げています。

メジャーリーグのMVPは、全米野球記者協会から選出された記者の投票によって決まるのですが、メジャーリーグの記者がMVPを決めるのに重視している指標にWARがあります。WARとは、最近、野球に関する記事でよく目にするOPSとかRCAA、BABIPとかwhipとかQSとかUZRとかと同じく、野球選手やチームの能力評価をデータから行おうとするセイバーメトリクスの指標の一つです。

WARは、その選手が「勝利にどれだけ貢献したか」を表す数値で、単位は「勝」です。MVPの候補となる選手には、当然、投手もいれば野手もいて、同じ野手でも、守備位置も違えば、打撃は凄いけれど守備は駄目な選手もいれば、そもそも守備につかない選手もいる。逆に打てないけれど守備で勝利に貢献できる選手もいます。大谷選手のように投手もするけど登板しない日にもDHで試合に出るような二刀流の選手も出てきました。MVPは、それらの中から一人を選ばなければなりません。それらの中で一番価値のある選手は誰になるのか、その選手の勝利への貢献度はいか程なのか、それを数値で比較できる一番適切であると考えられている指標がWAR(Wins Above Replacement)なのです。「代替選手より上の勝利」という名前が示すように「その選手が試合に出たことで、代替の選手が出た場合より増えた勝利数」がWARの値となります。化学で例えれば、ベンゼンの芳香族性を評価するのに、ベンゼンの水素化熱がシクロヘキセン3分子分の水素化熱より小さくなることから評価しようとするようなことです。WARの基準となる代替可能な選手とは、「平均以下の実力で容易に獲得できる選手」で、各個人、団体により能力が決められています。

 打者の場合は、代替選手が出た場合より、どれだけ多く得点できたかとか守備でどれだけ失点を防いだか、投手の場合は、代替選手が出た場合より、どれだけ失点を防いだかなどを、それぞれ算出し、その大小から、その選手が加わることでチームの勝利を何勝増やしたか、あるいは減らしたかを計算します。その値がその選手のWARとなる訳です。WARの求め方は算出する専門家によって異なり、○○社がこういう方法で算出したWARはいくつ、××がこういう方法で算出したWARはいくつとなるように、WARは一つの正しい数値となる訳ではありません。各者が自分の基準で勝手に算出するものなのです。本来でしたら、ここでもう少しWARの有効性、信頼性について切り込みたいと思っていたのですが、WARの算出方法をきちんと理解するには複雑・難解で、不明な部分も多く、投手WARと野手WARを同じ土俵で比較して本当に大丈夫なのかもわからないということがわかりました。例えば、野手のWARは、その数値が守備位置で増減されるのですが、その増減値がどのように算出されたのか、信頼のおける値なのかもわからないものです。また、救援投手のWARが小さくなりすぎるという指摘もされています。セイバーメトリクスの指標はマニアが楽しむ数値なので、こういう方法で算出された値であるということを理解していれば、それでいいと思いますが、「○○選手のWARは××選手より高いから絶対○○の方が凄い選手」と言いきると争いの素になるかも知れません。

野球という球技は他の球技と異なり様々な個人成績が数値として算出できます。球場の広さも統一されてなく、ホーム球場の広さで有利・不利があります。そこで選手の力量を公平に比較するためにパークファクターという数値があります。また、ピタゴラス勝率という数値もあって、チームの勝率は(得点) 2 /{(得点) 2 +(失点) 2 }の値と相関が高い(値がよく一致する)ので、算出されたピタゴラス勝率と実際の勝率を比較することで監督のヘボさの議論ができます。どこの世界でもそこにある様々なデータを用いて有用な数値を導きだそうと考える人がいて、数値の比較や客観化がされているのだと言うことです。

さて、大谷選手とジャッジ選手のMVP争いに戻りますが、MVPを取るような選手のWARは8.0が基準とされる中、現在、WARの順位で一位のジャッジ選手に対し、大谷選手はわずかの差に迫っているようです。ジャッジ選手のWARは外野手としての値であるのに対し、大谷選手のWARは単純に投手WAR+打者WAR(DH)で算出されているのですが、それでいいのだろうか。投手としても登板している大谷選手の打者WARは、投手をしていない普通のDHの値(DHは守備の補正でポイントをマイナスされる)であるのはおかしいとの指摘もされています。そうすると大谷選手の野手WARは、(投手の守備位置補正はないようなのですが)投手で出場したときとDHで出場したときとで分けて数値化する必要がありますよね。そうすると、ジャッジ選手より大谷選手のWARの方が大きくなる可能性があります。まだ、メジャーリーグも終盤戦を戦っている最中で、MVPの行方については、野球ファンの間でまだまだ盛り上がっていくようですが、大谷選手のご活躍をお祈りしています。

 
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