Journal of Computer Chemistry, Japan
Online ISSN : 1347-3824
Print ISSN : 1347-1767
ISSN-L : 1347-1767
Contribution in Memoriam
Science Communication Activities with Senda-san
Keiko NAKAMURA
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2022 Volume 21 Issue 3 Pages A25-A27

Details
Abstract

2021年9月に亡くなられた世界的に有名な化学計算ソフトWinmostar開発者の千田範夫さんと数年間にわたってご一緒させていただいたサイエンスコミュニケーション活動を振り返り,千田さんとの思い出を語る.

Translated Abstract

I look back on our science communication activities with Mr. Norio SENDA, developer of the world-renowned chemical calculation software Winmostar, who passed away in September 2021, and share our memories of working with SENDA-san over the past several years.

1 はじめに

2021年9月22日,メールボックスを開いてメール受信を始めた途端「千田さん」という件名の後藤仁志先生からのメールが目に飛び込んできて慌てて開いたところ,千田範夫さんの訃報メールでした.あまりにも突然のことで,状況が良く呑み込めませんでした.

日本コンピュータ化学会20周年記念特集号への寄稿依頼もサイエンスアゴラの動画のお願いもお断りのお返事があり,お忙しいのかしら?と案じてはいましたが,ご闘病中だったとは知らず,こんなに早くご逝去の知らせを受け取るとは思ってもいませんでした.

もう20年も前になりますが,埼玉大学の有機合成化学研究室にお世話になって間もなくの頃,時田澄男先生からWinmostarとその開発者である千田さんのことを教えていただきました.「すごい計算化学のソフトを開発してそれを無償で公開している」とのことに,世の中には奇特な天才がいるもんだなあ,というのがその時の印象でした.

2 サイエンスアゴラ

日本コンピュータ化学会は,本間善夫先生主導で,2011 年からサイエンスアゴラに出展していますが(2018年からは神部順子先生が担当),学会としての展示はもちろんのことそれ以前の有志で参加していた時から,本間先生のお声掛けで,千田さんも一緒にアゴラに参加されていました.PCを使用したWinmostarの普及や3Dプリンタで製作した分子モデルの展示,近年ではタブレットを用いてWinmostarを紹介していました.

そのサイエンスアゴラで埼玉大学太刀川達也先生と筆者で参加者にモルタロウ分子模型の組み立て体験を実施していると,スクリーンにさりげなくエタノール分子を映し出してくださっていました.参加者には,水・酸素・メタン・エタノール分子を組み立ててもらっていたのですが,その中でもエタノール分子の立体構造(Figure 1)―細矢治夫先生の著者[1]の冒頭にある「”こいぬ”のような形のものは,エタノール.うしろ足をあげて,オシッコをしている.ちょっと行儀が悪いが,あいきょうのある分子だ.」というフレーズが大変好きで,エタノールの安定な構造を説明する際に,小学生にもわかりやすく,興味を持って理解してもらえるので多用していました.千田さんはそのことをよくわかってくださっていて,組み立て体験わきで,Winmostarで表示したエタノール分子を,様々な方向に回転させながらスクリーンに映し出してくれました(Figure 2).その心遣いがとても嬉しかったのを覚えています.分子模型からWinmostarでの分子表示へと,手と頭を連動させながら分子への理解を深めていく子供たちが増えてくれると良いなあ,と願っています.

Figure 1.

 Molecular models of ethanol: Space-filling model (left) and Ball-and-stick model of MOLTALOU (right).

Figure 2.

 SENDA-san (left) and author (right).

3 Winmostar

Winmostar は,広く世界中の研究者たちに使用され,愛されています.そのすごさは,筆者には到底伺い知れないほど深いものですが,研究には全く縁がなく化学にほんの少し足を踏み入れた者にも分子構造の面白さを知ることができる,おもちゃ的な側面もあると思っています.「難しいことを知らなくても,研究に縁がなくても,使っていいんだよ」と許されているような,そんな気がしていました.計算化学を全く使う必要のない生活をしている筆者も愛好者です.I love Winmostar! 分子数の少ない狭い範囲(個人的には赤外振動のアニメーションまで希望)でも良いので,アカデミアに所属していなくても使える無償版の公開を継続いただけるよう願っています.

4 高校生に計算化学

2016年には東京都立戸山高校で2回にわたり計算化学講座を実施しました.化学担当の先生の「高校生にも計算化学を体験させたい」との要望に応えたものです.講演とWinmostar実習を組み合わせたもので,9月17 日・12月17 日の土曜日の午後に実施しました.第一回は日本大学 奥山克彦先生の講演と実習,第二回は長岡技術科学大学 内田希先生の講演と実習を行いました.千田さんは2回ともWinmostarの実習を担当,実習用のテキストは内田希先生が作成してくださいました.田島澄恵さん((株)ヒューリンクス)にも実習を担当していただきました.テキストは段階を踏んで学習を深められるように練られていて,高校~大学初年度向けに最適だと思っています.何らかの形で公開できればと模索しています.実習に使用するWinmostarは,X-Ability 社のご厚意で,自宅に帰っても利用できるようにとUSBにインストールしたものが受講者全員に配布されました[Figure 3].もちろん配布された当初はピッカピカでした.生徒たちはテキストを参考に真剣に問題に取り組んでいました[Figures 4 and 5].

Figure 3.

 USB with Winmostar installed

Figure 4.

 Seminar scene. How to use the Winmostar. Students were instructed by SENDA-san.

Figure 5.

 Seminar scene and text. Work: Calculate about NH3 and sketch the HOMO orbital and confirm that the orbitals are lone pairs of electrons.

高校生の適応力には目を見張るものがあり,短時間の間にWinmostarを自由自在に使いこなしていました.アンケート結果も好評でしたが,講師をお願いするにあたって,研究・教育・校務に忙殺される先生方との調整等,資金面も含め継続事業とするには困難な点が多く,2回だけの実施となりました.

5 分子をお守りに

ある日ふと,「五角形の鉛筆が,五角→合格 で合格のお守りになるなら,五角形がいっぱいあるフラーレンも合格のお守りになるのでは?」と思いつきました.フラーレンはサッカーボール型と言われますが,サッカーボールは五角形のところが黒く塗りつぶされているので受験のお守りにはなりません.フラーレンならと千田さんに相談してみました.「3Dプリンタの分子モデル発注できるように,DMMに小さいフラーレンのデータ上げとくから」と言われて,めでたくフラーレンのお守りが完成しました(Figure 6).

Figure 6.

 Fullerene model.

それを眺めていたら「五角形だけ…っていう分子はないのかな?合格だけのお守りなら最強!!」と欲深いことを思いつきました.調べてみたらありました.「ドデカへドラン」.

再び千田さんに相談してみました.「計算したらできたからDMMにデータあげといた」と言われました.千田さんの脳の中は,どうなっているのだろう?と思いながら,めでたく「合格だけ」のお守りが手に入りました(Figure 7). ドデカへドランはとても不安定な物質だとか.合格だけの人生も不安定なのかもしれない,などと考えさせられました.

Figure 7.

 Dodecahedrane model.

合格お守りとして大々的に宣伝しようかと目論んでいたのですが,「科学の最先端を行く学会の名前でそんな語呂合わせの神頼みの怪しげなものを売るわけには行かない」と思いなおすに至って,お蔵入りしたままになっています.いつか,潤沢な資金が手に入ったら,個人で売ってみようかななどと考えています.DMMから作品を注文すると千田さんのところにマージンが入ると聞いていましたが,いらっしゃるうちに叶わなくて申し訳なく思っています.

千田さんから見本にいただいた緑色のフラーレンはイヤリングに,ピンクのカーボンナノチューブは指輪にして,自分のお守りにしたいと思っています.

2017年の日本化学会の春季年会で千田さんやブース出展している企業の方,ブースにいらした研究者の先生がたに分子お守りをお披露目した際に,材質の話になりました.「私は一番安い材料で注文したけれど,金もあるみたい.こんな小さいのに,隙間だらけの立体なのに,80万円だって(注:2017年3月当時.現在データはアップされていません)」と話をして盛り上がっていたところ,「フラーレンなのになんで金なんだよー」というX-Ability の社員の方の悲鳴で大爆笑.良き思い出の一コマです.

寡黙だけれど時折発せられるウィットに富んだ言葉,穏やかで温かなお人柄,そして凡人には計り知れない頭脳,もっともっと長い間,サイエンスコミュニケーション活動をご一緒させていただきたかった.宇宙レベルの才能をもっともっと輝かせていただきたかった.残念な思いは尽きませんが,大変なお願いもいつも快く引き受けてくださった千田さんへ,たくさんの感謝とともにご冥福をお祈りしたいと思います.

参考文献
  • [1]H. Hosoya, Kagaku wo Tsukamu, Iwanami Shoten, Publishers (1983).
 
© 2022 Society of Computer Chemistry, Japan
feedback
Top