2023 Volume 22 Issue 1 Pages A1
近頃,子供の頃より憧れだった人物の訃報に接することが多く,色々と考えさせられることが多い.とりわけYMO(Yellow Magic Orchestra)については,2023年の1月と3月に,3人のメンバーのうち,高橋幸宏氏,坂本龍一氏が,相次いで亡くなられたことから,故人が遺した偉業を振り返るドキュメンタリー等を目にする機会が多く,それらをみながら「人々を幸せに導く新しい概念は如何に生まれるのか」を考えていた.
少年期の私は,音楽で歌や縦笛のテストがあると緊張で喉や指が震え,クラス全員の嘲笑の対象とされるのが嫌で音楽の授業が大嫌いであった.「音が苦」または「怨学」に苦しんでいた私を「音楽」の世界へと誘ったのはYMOであった.YMOは,コンピュータで電子楽器を制御し,人間では演奏不可能な旋律を自動演奏することで音楽に革命をもたらし,新しい世界観を生み出した.初めてYMOの音楽に触れたとき,「自分のような不器用な者でも音楽ができる!」と,未来に胸が高鳴り興奮したことを今でも忘れられない.音楽とコンピュータの出会いは,音楽と縁のなかった人々を巻き込みながら,それまで誰にも想像できなかった発展をもたらした.
かつて,化学はコンピュータと出会い,化学はもちろんのこと,生物学や医学にまで大きな革命をもたらしてきた.「コンピュータ化学」という新しい分野を切り拓いた先生方の偉業もまた,複数の概念の融合から生まれている.更に,コンピュータは神経生理学や認知科学と出会い,ニューラルネットワークの概念を作り上げてきた.近年,日本コンピュータ化学会でも,ニューラルネットワークを用いた研究が投稿されるようになり,新たな発展が期待されている.また,このニューラルネットワークは物理現象と融合してレザバーコンピューティングへと発展し,桶の中に溜めた水やタコの足が人工知能として機能するという,これまで全く想像もつかなかったような報告が相次いでいる.
これらの様に,新しい概念の誕生は,既存の概念と,それと全く関係なさそうに思える別の概念が,何かの「縁」で関係したときに起きている.複数の概念の相互作用さえ起きれば何でも新たな概念が誕生するかと言えば,必ずしもそうではなく,「化学反応」と同様にそこには何らかの理がありそうである.この「縁」とはもともと仏教の用語であることからも,これが非常に難解でありながら人々の苦しみや喜びに深く関わっている事を,古の賢人は既に気づいていたことがわかる.また,「縁」は仏教にとどまることなく,日本の自然科学の偉人として知られる南方熊楠が,高野山真言宗の高僧土宣法龍との書簡を通じて構成した思想の中心を占めており,その考究は南方マンダラとして知られている.
そこで,今の私は次の世代に一体どのようにしたら新しい概念を残せるだろうか?「縁」と呼ばれる理とはどのようなものか?そのような事に思いを巡らせながら,複数の概念を融合できる理を見つけたあらゆる分野の先人の偉業に,ただただ感銘する今日この頃である.