Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
タンパク質に関する FMO-DPD シミュレーション用パラメータ算定と試行
太刀野 雄介土居 英男奥脇 弘次平野 秀典望月 祐志
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2023 年 22 巻 2 号 p. 15-17

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Abstract

We have been promoting a project to evaluate the set of effective interaction parameters used in dissipative particle dynamics (DPD) simulations for all amino acid residues covering various proteins, based on fragment molecular orbital (FMO) calculations. This simulation protocol has been termed FMO-DPD. Here we report a test application to the folding problem of Chignolin and Superchignolin with hairpin structures, where 7 amino acid residues were considered.

Translated Abstract

We have been promoting a project to evaluate the set of effective interaction parameters used in dissipative particle dynamics (DPD) simulations for all amino acid residues covering various proteins, based on fragment molecular orbital (FMO) calculations. This simulation protocol has been termed FMO-DPD. Here we report a test application to the folding problem of Chignolin and Superchignolin with hairpin structures, where 7 amino acid residues were considered.

1 序論

分子シミュレーションにおいて,タンパク質の折り畳みは長年挑戦的な課題となっている.全原子分子動力学(MD)法によるシミュレーションでは,スーパーコンピュータや演算加速器が用いられることが多い.一方,原子団をまとめてあつかう粗視化(CG)アプローチとしては,CG-MDや散逸粒子動力学(DPD)があり,有効パラメータを適切に設定できれば効率よく折り畳み問題を扱えると期待されている.私たちは,DPDシミュレーションで必要となる粒子間の有効相互作用(χ)パラメータをフラグメント分子軌道(FMO)計算によって非経験的に評価するFMO-DPD法を開発 [1,2,3]して様々な系に適用してきているが,ペプチド/タンパク質にも応用 [4]した経験がある.ただ,この報告 [4]では対象としたアミノ酸残基の荷電条件,粗視化した残基単位の構造・パターンの設定が暫定的であった.そこで,私たちは20種のアミノ酸を全て網羅し,荷電状態も複数考慮しつつタンパク質のDPDシミュレーションのための汎用χパラメータをFMO計算で系統的に算定するプロジェクトを進めている.本稿では,前報 [4]で取りあげた10残基の人造ペプチドChignolin [5]とSuperchignolin [6]を扱った結果を第一弾として報告する.

2 χ パラメータの算定

Chignolinのアミノ酸残基は,Gly-Tyr-Asp-Pro-Glu-Thr-Gly-Thr-Trp-GlyでFigure 1のようにセグメント分割した.アミノ酸の種類としては7つだが,{Asp, Glu, Tyr}については側鎖の荷電状態で場合分けし,2種類のセグメントを用意した.主鎖骨格はGly単位で記述し,側鎖部位とNおよびC末端はそれぞれ個別に処理した(結果的に3タイプのセグメント).各セグメント構造は,GAUSSIAN16W [7]を使って B3LYP+D3/6-31G** レベルで最適化した(分散力の寄与を考慮).

Figure 1.

 Illustrative segmentation for Chignolin.

これらのセグメントに加え,粗視化した水分子を含めた一連の分子群に対し,FCEWS (FMO-based Chi parameter Evaluation Workflow System) [2]を用いてABINIT-MP [8, 9]による一連の相互作用エネルギー計算を行ってχパラメータを算定した.なお,計算レベルはMP2/6-31G†で水和条件はPoisson-Boltzmann法で扱った.

3 DPDシミュレーションの条件

ChignolinのDPD粒子の設定は,前報 [4]と同じとした(Figure 2A).ここで,Trp 側鎖は相対的に大きいため,2つの粒子で表現した.また,粒子間の結合ポテンシャルは,1-2 (bond), 1-3 (angle), 1-4 (torsion)ポテンシャルを導入した.Chignolinの末端を Glyから Tyr に置換して安定化の相互作用を強化したSuperchignolinについても同様にモデル設定を行った(Figure 2B).

Figure 2.

 Particle settings of DPD for Chignolin and Superchignolin.

DPDシミュレーションの実行と結果の解析にはJ-OCTA [10]を用いた(DPDモジュールはCOGNAC).総粒子数は約1,000,セルサイズは1 Rc = 0.71 nmとして6.92 Rc3(4.913 nm3),ステップ数は10,000,数密度は3 Rc−3,DPD粒子としての水分子の単位数は4,シミュレーション時間は約7 nsの条件とした.DPDの1回の実行時間は,AMD (Ryzen 9 5950X)の16コアプロセッサで僅か7秒と高速である.計算中,100ステップ毎に100レコードの構造を保存して解析に供した.

4 結果

先ずChigonolinの結果について述べる.DPDシミュレーションのスナップショットをFigure 3Aに示す(20レコード毎).伸びた構造から順に折り畳まれていく様子が確認でき,文献 [5]のPDB構造(ID=1UAO)同様にヘアピン状の形となっている.Figure 4に緑色でプロットした末端間距離の二乗値を見ると,伸びた構造から急速に末端間の距離が減少していることがわかる.Chignolinの中でπ/πの分散力系の安定化が働くTyr2 -Trp9 間 [4]の距離(Figure 5参照)は,40レコード付近から急速に減じ,60レコードあたりを境にほぼ収束して安定化している.Chignolinの今回の結果は,残基セグメントの設定が暫定的であった前の報告 [4]の結果に整合すると共に,相互作用の様態をMDによって詳細に論じた文献 [11]にも符合している.

Figure 3.

 Snapshots of Chignolin and Superchignolin.

Figure 4.

 Plots of squared distances between C-terminal and N-terminal particles for Chignolin and Superchignolin.

Figure 5.

 Plots of distances between Tyr2 and Trp9 particles for Chignolin and Superchignolin.

次に,Superchinolinについて見る.Figure 3B,それにFigure 4Figure 5の青色プロットはいずれもヘアピン構造への畳み込みを示している.Figure 4で51レコード目以降の末端間距離二乗の標準偏差を比較すると,Chignolinが2.41 Rc2,Superchignolinが2.12 Rc2と,Superchignolinの方がChignolinよりも揺らぎが小さくなっていることがわかった.また興味深いのは,Figure 5でTyr2-Trp9の距離の短縮がChignolinより早い段階から起きていることで,両末端のTyr間の安定化相互作用 [6]を反映していると考えられる.実際,51レコード目以降のTyr2 -Trp9 間距離の標準偏差の比較では,Chignolinが0.28 Rc,Superchignolinが0.17 Rcとなる.Superchignolinについても前報 [4]と合致する結果となった.

5 まとめと今後

本稿では,20種のアミノ酸を網羅する系統的なχパラメータ算定のプロジェクトの試金石的なステップとして,10残基のChignolinとSuperchignolinのFMO-DPD計算の事例を報告した.共にDPDシミュレーションによる畳み込みは成功し,安定化相互作用の差異に起因する挙動の違いも示され,前の報告 [4]の妥当性をサポートする結果ともなった.タンパク質に対するFMO-DPD法の基本的な適用性と信頼性を改めて示すことができたと言えるだろう.

現在,次のターゲットとして20残基のTrp-Cage [12]の計算に取り組んでいる.この系では,中心のTrpに対して周囲のProがCH/πで,またTyrがπ/πで安定化相互作用を与えて畳み込まれており,テスト系として好適である.その先も,演算加速器(ANTON)を用いた超高速MDシミュレーションにより,タンパク質の畳み込み(マイクロ秒オーダーの計算)を先導的に示した文献 [13]で例示された系などを視野にFMO-DPDのタンパク質への応用を進めていければと考えている.その際,FCEWSの支援ツールとして最近開発した機械学習を用いてFMO計算の総数を精度を保持しつつ1/3∼1/2に削減できるpre_fcews [14]を利用し,アミノ酸残基のバリエーションの増加に対するコストを抑えることも検討している.

謝辞

(株) JSOLの小沢拓氏には,FMO-DPD関係で日頃からご議論いただいていることに感謝します.ChignolinとSuperchignolinのχパラメータ算定のための一連のFMO計算は,東北大-金材研のスーパーコンピュータMASAMUNE (20S0024&2012SC0008)を主に利用して処理しましたが,一部はhp230016課題の下で「富岳」も用いました.DPDシミュレーションは,望月研究室のAMDサーバで実行しました.また,本研究活動は立教SFRから活動の支援を受けました.

参考文献
 
© 2023 日本コンピュータ化学会
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