Journal of Computer Chemistry, Japan
Online ISSN : 1347-3824
Print ISSN : 1347-1767
ISSN-L : 1347-1767
速報 (SCCJ Annual Meeting 2023 Spring Best Poster Award Article)
光活性イエロータンパク質の光反応サイクルにおけるtrans-cis光異性化過程の量子的分子動力学シミュレーション解析
石田 賢亮西村 好史中井 浩巳
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 22 巻 2 号 p. 9-11

詳細
Abstract

This study focused on the trans-cis photoisomerization process of p-coumaric acid (pCA) in photoactive yellow protein (PYP), which is an initial step of the photocycle. Quantum molecular dynamics simulations for the whole PYP system were performed using the divide-and-conquer density functional tight-binding method. The hydrogen bond between Glu46 and pCA was clarified to be shorter than that of the initial structure, which hinders the hula-twist isomerization process for structures after passing through the conical intersection.

1 はじめに

光活性イエロータンパク質 (PYP) は,紅色細菌Halorhodospira halophila中に存在する光受容タンパク質で,負の走光性に関するセンサーとして働いている [1, 2].PYPの発色団であるp-クマル酸 (pCA) は,Tyr42,Glu46とフェノキシ基酸素の水素結合や,Cys69とカルボニル基の共有結合や水素結合による安定化を受けている [3].PYPの光反応サイクルは,pCAの円錐交差 (CI) 構造を経由したtrans-cis光異性化を起点とする [4, 5].pCAの光異性化機構について,励起後約550 fs程度のCI通過前後でC=C二重結合の回転が進行することが報告されている [6].その後,数nsから数十nsのスケールでHula-Twist (HT) とBicycle-Pedal (BP) という回転機構の両方が進行し,異なる中間体が得られる [7].HTはC=C二重結合及びC=C二重結合とフェニル基をつなぐ単結合の協奏的な回転であり,BPはC=C二重結合とチオエステル結合の協奏的な回転である.またHTはGlu46との水素結合の開裂,BPはCys69との水素結合の開裂を伴う.PYPの光反応サイクルにおいて,多くの中間体の構造が実験的に知られているが [8],CI前後の結晶構造の情報は限定的である.pCAの光異性化は,PYP中では周辺アミノ酸残基との相互作用により気相中や水溶液中とは異なる機構で進行するため [7, 9],理論的にはPYP全系の取り扱いが必要である.本研究では,PYPの光異性化過程の理論的解明を目的として, PYP全系のCI通過前と後の分子構造モデルの基底状態の量子的分子動力学シミュレーションを行い,その反応機構を調査した.

2 計算方法

先行研究 [6]で得られた,光照射後0.1–0.4 psの励起状態の構造 (PDBID: 5HDC) を初期構造としたモデルA,光照射後0.8–1.2 psの基底状態の構造 (PDBID: 5HDD) を初期構造としたモデルBを計算対象とした.モデルA, Bに対して,pCAの座標固定のもと300 K (NVTアンサンブル) で平衡化のための分割統治型密度汎関数強束縛分子動力学 (DC-DFTB-MD) シミュレーション [10]を行った.平衡化時間4–15 psにおける0.5 psごとの構造と速度を初期値として,3 psのDC-DFTB-MDシミュレーション (NVEアンサンブル) を23本行った.一連の計算はDFTB3/3OB [11]レベル,時間刻み1.0 fsで行った.DC法による計算では,部分系はpCA及びアミノ酸1残基,バッファ半径は6.0 Åとした.

3 結果と考察

Figure 1に暗状態におけるPYP中のpCAの周辺構造(PDBID: 5HD3 [6]) を示す.得られたトラジェクトリについて,フェノキシ基酸素O1とTyr42, Glu46との水素結合及びカルボニル基酸素O2とCys69との水素結合の距離の時間変化を解析した.また二面角C1-C2-C3=C4 (ϕ1),C2-C3=C4-C5 (ϕ2),C4-C5-S6-C7 (ϕ3)の時間変化を解析した.

Figure 1.

 Structure of pCA, Tyr42, Glu46, and Cys69 in a dark state of PYP. ϕ1, ϕ2, and ϕ3 correspond to dihedral angles of C1-C2-C3=C4, C2-C3=C4-C5, and C4-C5-S6-C7, respectively. Dashed lines describe hydrogen bonds. In ball-and-stick style, gray, white, red, blue, and yellow represent carbon, hydrogen, oxygen, nitrogen, and sulfur atoms, respectively.

Figure 2は,モデルBの平衡化過程におけるpCAと周辺残基Tyr42,Glu46,Cys69との水素結合距離の時間変化である.平衡化に伴うアミノ酸残基の構造緩和に伴い,Glu46とpCAの水素結合距離が3.0 Åから1.4 Å付近まで減少する様子が見られた.モデルAでも同様の傾向が見られた.Weiらの研究 [12]では,基底・励起状態における構造最適化計算により,励起状態においてpCAのフェノキシ基からC=C二重結合への電荷移動が起こり,Glu46との相互作用が弱まってGlu46とpCA間の水素結合距離が増加することが報告されている.モデルA, Bの初期構造におけるGlu46との長い水素結合はこれに対応している.また,河本らの研究 [13]では,基底・励起状態におけるGlu46とpCA間のプロトン位置に対するポテンシャルエネルギー曲面の計算から,基底状態ではフェノキシ基酸素とGlu46との水素結合距離が1.6–1.7 Åとなることが報告されている.本研究では,基底状態におけるモデルA, Bの平衡化により,Glu46とpCAの水素結合距離が減少した,両残基が強く相互作用する構造が得られた.

Figure 2.

 Time-course changes of distances between oxygens of pCA and hydrogens of Tyr42, Glu46, and Cys69 during equilibration of model B.

Figure 3は,モデルA, Bそれぞれの1本のシミュレーションにおける二面角ϕ1, ϕ2, ϕ3の時間変化である.モデルAではtrans体が生成し,すべての二面角が170–180°で振動する様子が見られた.モデルBではcis体が得られ,ϕ2が0°付近で振動する様子が見られた.またϕ1は−170°付近で振動していた.ϕ3は0–1 psにおいて回転に伴い−164°から−32°まで変化し,その後1–3 psにかけて−30°付近で振動する様子が見られた.モデルAとBの比較から,モデルAはCI通過前,モデルBは通過後であると解釈できる.モデルAでは23本すべてのトラジェクトリで同様の結果が得られた.モデルBでは23本中13本でFigure 3Bと同様の結果が得られた.23本中8本では,硫黄原子がカルボニル基と逆方向に回転することでϕ3が−180°に近づく様子が見られた.残りの2本ではϕ3が−130°付近で振動しており,回転は見られなかった.モデルBではϕ3の回転を伴うBPの回転機構が見られたが,HTに対応する機構はどのトラジェクトリでも見られなかった.このようにGlu46とpCAの強い水素結合は,CI通過後の構造におけるHTによる異性化の進行を妨げることがわかった.

Figure 3.

 Time-course changes of dihedral angles (ϕ1, ϕ2, and ϕ3) of pCA in PYP obtained with model A (left panel) and model B (right panel). ϕ3 in model B increased from 0 to 1 ps (before the dashed line) and fluctuated from 1 to 3 ps (after the dashed line).

4 まとめ

本研究ではPYPの光反応サイクルにおけるtrans-cis光異性化に対するDC-DFTB-MDシミュレーションを行い,発色団pCAと周辺残基との水素結合距離や二面角の変化を解析した.CI通過後の構造におけるHTによる異性化は,Glu46とpCAとの強い相互作用により進行しにくくなることがわかった.

謝辞

本研究は日本学術振興会基盤研究(S)「JP18H05264」及び日本学術振興会基盤研究(C)「JP20K05436」の助成を受けたものである.一部の計算には計算科学研究センター (RCCS, Project: 23-IMS-C039) 及び名古屋大学のスーパーコンピュータ「不老」を利用した.

参考文献
 
© 2023 日本コンピュータ化学会
feedback
Top