Journal of Computer Chemistry, Japan
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巻頭言
コンピュータをツールとして活用した化学
渡邊 寿雄
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2023 年 22 巻 2 号 p. A17

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日本コンピュータ化学会(SCCJ)の研究対象は「コンピュータを使った化学」であり,コンピュータをツールとして活用した化学研究を,多岐にわたり,そしておおらかに受け入れてきました.私が学生時代から目にしてきたのは,異彩を放つ魅力的な(一風変わった面白い)研究発表がSCCJでは積極的に受け入れられていたことです.そして,先生方が率先してそういった研究発表を奨励するとともに自ら楽しんでおり,この姿勢に触発されて,私自身も多様な視点を磨く機会を得ました.

近年,コンピュータが化学および科学分野で果たす役割が大きな変革を遂げており,その変革の中でSCCJの研究発表の内容もさらに多様性を増してきました.特に,量子コンピュータでのキラーアプリケーションとしての量子化学の親和性は,Szaboの本で量子化学を学んだ私としては衝撃的でした.また,機械学習や認識系AIの進展は,化学者たちが膨大な化学物質の組成・構造・物性・機能の探求や新規の化学反応の開拓する際の貴重なツールとして不可欠となりつつあります.

機械学習の発展に伴うGPUコンピューティングの進歩と普及も著しいものがあります.恩師からご縁をいただいて私が現所属に着任したときに運用されていたTSUBAME1.2は世界初のGPUスパコンであり,その後も運よくGPUコンピューティングの発展を間近で見ることができました.TSUBAME1.2の頃の三重苦(単精度演算のみ/ECCなし/CPU-GPU転送が遅い)はいつの間にか改善され,現在では多くの優れたAI向けフレームワークにより多くのユーザがGPUの存在を意識することなく利用できるまでとなっています.

このような状況の中で,ChatGPTのような生成系AIの登場は,コンピュータを活用した化学および科学の未来への更なる進化を促しています.化学分野における生成系AIの活用は,新規の高機能性物質の創出において,認識系AIとは一線を画す画期的な成果をもたらす可能性を秘めています.

一方で,教育機関である大学では生成系AIへのさまざまな対応を表明しており,東工大では以下のような生成系AIの使用に関する指針[1]を表明しています.以下はその抜粋となります.

● 生成系AIのツールとしての危険性と有用性を理解し,良識と倫理観に基づいてツールとして使いこなすことを期待します.

● 生成系AIの出力をほぼそのまま鵜呑みにすることは,生成系AIに隷属することにも等しく,甚だ不適切です.

この指針を読んで思い出したのが,私が卒研生の頃にアンモニアの最適化構造が平面であるとの計算結果が出てきたときに,先輩方にご指導いただいた内容でした.ツールを使いこなす真髄をご指導いただいていたことを今更ながら感謝しております.

● 構造最適化ルーチンの有用性と限界を理解し,その出力結果をそのまま鵜呑みすることなく,化学的知識に照らし合わせて活用することを期待します.

● Gaussianの出力結果を疑いもなくそのまま信じてしまうことは,物理化学研究室で学んだ学生としてやってはいけません.

日本コンピュータ化学会と会員の皆様が,今後も新しいツールを得てコンピュータと共に益々発展していくことを祈念しております.

[1] Policy on Use of Generative Artificial Intelligence in Learning (English, Japanese), Tokyo Tech, 20 April, 2023

 
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