Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報 (Selected Papers)
塩化亜鉛触媒を用いる芳香族ニトリルへのグリニャール付加反応の理論的研究
吉川 武司梅澤 美帆椿 紗穂里坂田 健波多野 学
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2025 年 24 巻 1 号 p. 10-13

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Abstract

Alkylation reactions of aromatic nitriles using Grignard reagents produce ketones after hydrolysis. However, this addition reaction is slower than when using reactive organolithium(I) reagents. In the previous paper, we improved the reaction by using zinc(II)ates, which are generated in situ using Grignard reagents and zinc chloride (ZnCl2). The corresponding ketones and amines were obtained in good yields under mild reaction conditions. In this study, the reaction mechanism was theoretically investigated by using density functional theory (DFT). The reactivity with ZnCl2 was verified thorough orbital interaction analysis and non-covalent interactions analysis.

Translated Abstract

Alkylation reactions of aromatic nitriles using Grignard reagents produce ketones after hydrolysis. However, this addition reaction is slower than when using reactive organolithium(I) reagents. In the previous paper, we improved the reaction by using zinc(II)ates, which are generated in situ using Grignard reagents and zinc chloride (ZnCl2). The corresponding ketones and amines were obtained in good yields under mild reaction conditions. In this study, the reaction mechanism was theoretically investigated by using density functional theory (DFT). The reactivity with ZnCl2 was verified thorough orbital interaction analysis and non-covalent interactions analysis.

1 はじめに

グリニャール反応剤を用いる芳香族ニトリルへのアルキル付加反応は,塩酸等で処理すると芳香族ケトンが生成する.しかし,実際にはグリニャール反応剤の反応性が低いため,付加反応そのものが効率良く進行せず,原料である芳香族ニトリルの多くが未反応のまま回収される(Figure 1.(a)).一方で,加熱し反応時間を延長しても,多量の副生成物が生じ収率が低下する.反応性の低いグリニャール反応剤の代わりに,Cu(I)触媒 [1, 2]を用いた研究もおこなわれているが,加熱条件が必要である.

Figure 1.

 Allkyl addition to aromactic nitriles and ketones with Grignard regents.

典型的なグリニャール反応に対して,量子化学計算に基づく理論研究も盛んに行われており [3,4,5,6,7],分極機構とラジカル機構の2つの反応機構が提案されてきた(Figure 2).分極機構では,グリニャール反応剤の極性より,アルキル基のC原子が負に帯電することで,アルデヒドのC原子にアルキル基が求核攻撃する.ラジカル機構では,グリニャール反応剤とアルデヒドがラジカル中間体を経由し,炭素―炭素結合を形成する.単量体での検証からシュレンク平衡を考慮した二量体構造に対する検証も行われており,アルキル基の嵩高さやアルデヒドのπ共役性で,優先される反応機構が異なる.

Figure 2.

 Polarization mechanism and radical mechanism in Grignard reaction.

最近,波多野・石原らは,塩化亜鉛(ZnCl2)触媒を用いることでケトンのグリニャール付加反応が,温和な条件で効率的に進行することを見出した [8,9,10,11].この反応では,ZnCl2とグリニャール反応剤から得られる亜鉛(II)アート錯体は,塩基性よりも求核性が高いため,副反応を最小限に抑えることができる(Figure 1.(b)).さらに,筆者らは,芳香族ニトリルへのアルキル付加反応に拡張し,触媒量(10〜20 mol%)のZnCl2を加えることで,アルキル付加反応が室温下で円滑に進行し,対応する芳香族ケトンを高収率で得ることに成功した [12](Figure 1.(c)).また,密度汎関数理論(DFT)を用いて,その反応性を理論的に検討した.本稿では,DFT計算の結果を中心に報告する.原著論文 [12]では触れられていない軌道相互作用や露わな溶媒分子の効果についても考察する.

2 計算条件と計算モデル

DFT計算の汎関数はM06 [13, 14],基底関数は6-31G** [15]とした.積分方程式表式化分極連続体モデル(IEF-PCM)法 [16]を用いてテトラヒドロフラン(THF)を溶媒として,溶媒効果を考慮した.ギブス自由エネルギーは298.15 Kで見積もった.本研究では,メチル基を有するグリニャール反応剤(CH3MgCl)を用いたベンゾニトリルへのアルキル付加反応に対してDFT計算を実行した.

3 結果と考察

先行研究において,メチル基のように嵩高くないアルキル基を有するグリニャール反応剤を用いる場合,ケトンに対するアルキル付加反応において,ベンズアルデヒドでは分極機構が,ベンゼン環が2つ縮環したフルオレノンではラジカル機構が優先されることが指摘された [7].ラジカル機構では,ラジカル中間体の安定性が重要となる.アルデヒド基やシアノ基のπ*軌道とグリニャール反応剤のMg原子上のラジカルが非局在化することにより(Figure 2),ラジカル中間体は安定化する.ベンズアルデヒドにおいて,π*(C=O)軌道のエネルギー準位は‒1.58 eVであるのに対して,フルオレノンでは‒2.19 eVとπ*軌道のエネルギー準位は低く,ラジカルが非局在化され,ラジカル中間体を安定化する.本研究の対象であるベンゾニトリルでは,‒1.22 eVとベンズアルデヒドよりもπ*(C≡N)軌道のエネルギー準位が高いため,ベンズアルデヒドよりもラジカル機構が起こりづらく,分極機構が優先される.

分極機構の解析においては,シュレンク平衡や露わな溶媒分子の取り扱いも重要となる [4,5,6,7].シュレンク平衡では,グリニャール反応剤は,単量体構造と二量体構造は平衡の関係にあり,この平衡は溶媒,温度や置換基の性質等に影響を受ける.そのため,グリニャール反応剤に露わな溶媒分子が配位した構造を考慮する必要がある.アセトアルデヒドに対するグリニャール付加反応において,単量体構造や二量体構造に対して露わなTHF溶媒を考慮した,様々な構造に対する検証 [7]が実施された(Figure 3).二量体構造では,メチル基の求核攻撃過程において,大きく三種類に分類される.アルデヒドが配位しているグリニャール反応剤と同一のメチル基が求核攻撃するジェミナル攻撃(Figure 3.(b)),隣接するグリニャール反応剤のメチル基が求核攻撃するビシナル攻撃(Figure 3.(c))と架橋メチル基が求核攻撃するブリッジング攻撃(Figure 3.(d))である.先行研究においてブリッジング攻撃以外は,比較的活性化障壁が低いことから,その反応機構は単一過程ではなく,単量体構造での求核攻撃,二量体構造でのビシナル攻撃やジェミナル攻撃の複数の反応機構が並行して起こることが示唆されている.本研究でも,単量体構造と二量体構造に対する反応を総合的に評価した.

Figure 3.

 Nucleophilic attack models of (a) methyl group in the mononuclear spice, and (b) geminal, (c) vicinal, and (d) bridging methyl groups in the dinuclear spices for alkyl addition to acetaldehydes with Grignard regents.

まずは,単量体構造における露わな溶媒分子の効果を検証する.露わな溶媒分子がない場合,メチル基の求核攻撃過程における活性化自由エネルギーは29.3 kcal/molと高く反応性が低い.遷移状態構造におけるグリニャール反応剤とベンゾニトリルとのKohn‒Sham軌道(KSO)とそれらの軌道相互作用をFigure 4.(a)に示す.分極機構では,グリニャール反応剤の最高占有分子軌道(HOMO)とベンゾニトリルの最低非占有分子軌道(LUMO)の軌道相互作用の寄与が大きい.ただし,本論文ではKSOとMOを同等として取り扱う.グリニャール反応剤のHOMOではメチル基のC原子とMg原子間のσ軌道を,ベンゾニトリルのLUMOではニトリルのπ*(C≡N)軌道を示した.この二つの軌道が相互作用すると,メチル基のC原子とニトリルのC原子との間は結合性相互作用であるが,Mg原子とニトリルのN原子との間は反結合性相互作用となる.

Figure 4.

 Orbital interactions at transition-state geometries for (a) MeMgCl and Ph-CN, (b) MeMgCl…2THF and Ph-CN, and (c) MeMgCl...2THF with ZnMe2 and Ph-CN. Activation free energies are shown in kcal/mol.

露わなTHF溶媒分子を配位した結果をFigure 4.(b)に示す.露わなTHF溶媒を考慮することで,活性化自由エネルギーは21.8 kcal/molと大幅に低下した.軌道相互作用の形式はFigure 4.(a)と同様であるが,THFがMgに配位することで,電子供与効果によりグリニャール反応剤のHOMOのエネルギー準位が上昇した.遷移状態構造における軌道性相互作用が大きくなり,活性化自由エネルギーが低下したと考えられる.最後に,ZnMe2を加えた結果をFigure 4.(c)に示す.グリニャール反応剤のメチル基がニトリルへ直接求核攻撃するのではなく,亜鉛(II)アート錯体を経由して,ZnMe2のメチル基が求核攻撃する.軌道相互作用もグリニャール反応剤のHOMOでは,メチル基のC原子はMg原子ではなくZn原子とσ軌道を形成するが,その軌道相互作用の様式はFigure 4.(a)や4.(b)と同様であった.

遷移状態構造の安定性を評価するために,軌道相互作用に加えて非共有結合性相互作用の解析を実施した.グリニャール反応剤ではメチル基のC原子は負に,Mg原子は正に帯電し分極する.また,ニトリルにおいてはC原子が正に,N原子は負に帯電しており,Mg原子とN原子との間には静電的な相互作用が発生する.Figure 5は非共有結合性相互作用(NCI)を三次元プロット [17]したものである.青色のグリッドは静電的相互作用を示しており,Mg原子とN原子との間には引力的な静電相互作用が確認できる(Figure 5.(a)).よって,メチル基のC原子とニトリルのC原子間には軌道性相互作用,Mg原子とN原子間には静電相互作用が存在し安定化する.その結果,4中心相互作用構造をとりやすい.一方,ZnMe2の存在下(Figure 5.(b))ではMg原子とN原子間だけでなくZn原子とN原子間にも静電相互作用があることが確認され,ZnCl2触媒を用いた構造の方が非共有結合性相互作用は多く存在し,活性化自由エネルギーは19.8 kcal/molとさらに低下した.

Figure 5.

 NCI plots for transition-state geometries of (a) MeMgCl…2THF and Ph-CN and (c) MeMgCl...2THF with ZnMe2 and Ph-CN.

次に,二量体構造に関するギブス自由エネルギー差をFigure 6に示す.二量体構造では,比較的活性化障壁が高いことが予想されるブリッジング攻撃を除外し,ジェミナル攻撃とビシナル攻撃の2種類のみ考慮した.ZnMe2の有無にかかわらず,ビシナル攻撃よりもジェミナル攻撃のほうが有利であった.また,単量体構造の場合よりも活性化自由エネルギーが低くなる傾向がある.単量体構造同様に,亜鉛(II)アート錯体を経由することで,メチル基の求核性が高まり,グリニャール反応剤だけの場合よりも反応障壁が小さくなり,実験事実とも一致する.

Figure 6.

 Gibbs's free energy differences for the nucleophilic attack of (a) geminal and (b) vicinal pathways, (c) geminal and (d) vicinal pathways with ZnMe2.

4 まとめ

グリニャール反応剤は,市販品が200種類以上存在し,取り扱いやすく汎用性が高いものの,それ自体だけでは反応性が乏しい.一方で,ZnCl2触媒を用いることで,室温下でありながら反応の効率を大幅に向上する.本稿では,等量のZnCl2を用いた反応機構をDFT計算により検討し,亜鉛(II)アート錯体を経由することで反応が活性化されることを解明した.今後は,先行研究 [7]と同様に,分子動力学計算に基づく解析を実施し,触媒量のZnCl2を用いた場合の反応機構や反応性の解明を目指す.

芳香族ニトリルは,天然物,医薬品,農薬,工業用材料などに頻繁にみられる用途の広い有益な化合物であり,本手法は低コストかつ温和な条件で実施可能なパワフルな化学変換法であるため,プロセス化学およびグリーンケミストリー進展の一助となる.また,DFT計算により反応中間体や反応経路を解明されることで,グリニャール付加反応における重要な知見が得られ,これを応用することでさらなる反応開発につながるだろう.

謝辞

本研究で行った量子化学計算の一部は,自然科学研究機構(NINS)・計算科学研究センター(RCCS)の計算機を利用した(24-IMS-C047).

参考文献
 
© 2025 日本コンピュータ化学会
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