Journal of Computer Chemistry, Japan
Online ISSN : 1347-3824
Print ISSN : 1347-1767
ISSN-L : 1347-1767
Letters (Selected Papers)
Molecular Dynamics Calculations of Mixed Organic Semiconductor Film Surfaces with Different Alkyl Chain Lengths
Rikuo SUZUKIRyo MIYATASatoru INOUETatsuo HASEGAWAHiroyuki MATSUI
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2025 Volume 24 Issue 1 Pages 17-19

Details
Abstract

A mixed solution of organic semiconductors Ph-BTBT-Cn with different alkyl chain length (n) forms a high-quality molecular bilayer by suppressing layer-by-layer stacking when the molar fraction of the longer chains (χL) is 0.1–0.6. In this study, we performed molecular dynamics simulations to investigate the dynamics of alkyl chains in the mixed bilayer. The order parameters and dihedral angles of the alkyl chains were analyzed as a function of χL. The results revealed that increasing χL enhances the ordering of the longer alkyl chains, thereby reducing their torsional motion. A stochastic model of the number of free surplus chains explains the molar fraction dependence of film morphology.

Translated Abstract

A mixed solution of organic semiconductors Ph-BTBT-Cn with different alkyl chain length (n) forms a high-quality molecular bilayer by suppressing layer-by-layer stacking when the molar fraction of the longer chains (χL) is 0.1–0.6. In this study, we performed molecular dynamics simulations to investigate the dynamics of alkyl chains in the mixed bilayer. The order parameters and dihedral angles of the alkyl chains were analyzed as a function of χL. The results revealed that increasing χL enhances the ordering of the longer alkyl chains, thereby reducing their torsional motion. A stochastic model of the number of free surplus chains explains the molar fraction dependence of film morphology.

1 諸言

塗布成膜可能な有機半導体Ph-BTBT-Cn (Fig. 1 (a))は,導電性に寄与するパイ共役部BTBTと溶解性に寄与するアルキル鎖Cnがそれぞれで層を成すlayer-by-layer構造を形成する.荒井らの実験によれば,アルキル鎖長nが異なる2種類の分子を混合すると二分子膜の積層が抑制され,高品質な二分子層半導体薄膜が得られる (層間フラストレーション効果 [1]). この効果は長鎖分子のモル分率χLが0.1 ≤ χL ≤ 0.6の時に大きいとされており,膜表面のアルキル鎖が関連していると考えられているが,メカニズムの詳細は不明である.そこで本研究では,分子動力学(MD)計算に基づいて表面アルキル鎖の運動性を詳細に解析することにより,層間フラストレーション効果のメカニズムとモル分率依存性について調べた.

Figure 1

 (a) Molecular structures of Ph-BTBT-C6, 12 and layer-by-layer structures consisting of single/mixed molecules. In the former, layers are stacked, while in the latter, stacking is suppressed due to interlayer frustration. (b) Snapshot of a Ph-BTBT-C6, 12 mixed film (χL = 0.1).

2 計算方法

短鎖分子Ph-BTBT-C6と長鎖分子Ph-BTBT-C12からなる混合二分子層薄膜を全原子モデルにて再現した.初期構造はPh-BTBT-C6の単結晶X線構造解析に基づき作成し,二分子層の上下には真空層を設けた.原子数は約11,100個,計算ボックスサイズは4.88×4.68×13.25 nmであり,長鎖分子のモル分率χLが0, 0.333, 0.5, 0.667, 1の5種類の系を作成した(Fig. 1 (b)).このとき長鎖分子はランダムに配置した.MDソフトウェアはLAMMPS [2] を使用し,303 K,緩和時間1 psのBerendsen thermostatを用いて50 ns計算した.力場と電荷はそれぞれgeneral AMBER force field [3, 4], RESP電荷を用いた.フェニル基-BTBT骨格間のねじれポテンシャルにはPizzirussoらのパラメータを使用した [5].

3 結果と考察

最初にそれぞれのχLにおいて,層表面から突出した長鎖分子中の末端側炭素6個分のアルキル鎖 (余剰アルキル鎖) の秩序性を評価した.Fig. 2 (a)に示すように,結晶状態のアルキル鎖が向く方向を示す基準ベクトルRと各余剰アルキル鎖の方向を示す余剰鎖ベクトルSのなす角θについて,秩序変数P2を定義した(式1).

  
P2= 3cos2θ12(1)

Figure 2

 (a) The reference vector R and surplus chain vector S. The terminal 6 carbon alkyl of the long chain molecule is defined as surplus alkyl chain. (b) Mean and variance of the order parameter P2 at each χL.

ここではアンサンブル平均を示す.P2は全てのSRと平行である時に1, Sが完全に無秩序な時に0となる.P2の時間平均および分散をFig. 2 (b) に示す.χLの増加に伴ってP2は増加し,χLが0.3以上ではP2 > 0となった.このことはχL < 0.3では余剰アルキル鎖がおよそランダムに運動するのに対し,χL > 0.3では隣接する余剰アルキル鎖同士のパッキング(ファスナー効果)と秩序化が徐々に起こることを示している.

また,余剰アルキル鎖中の二面角に基づいてゴーシュ-トランス配座間のエネルギー差を算出した.余剰鎖中の各二面角をBTBT骨格側から順に1から10までのインデックスiで区別し,それぞれの確率分布を得た(Fig. 3 (a)).この面積からゴーシュ,トランス位を取る確率PG,i, PT,iを取得し,ゴーシュ-トランス間のエネルギー差ΔEi= kBTlnPT,i/PG,iを算出した.ここでkBはボルツマン定数,Tは温度である.χLの小さい範囲では,Fig. 3 (b)より余剰鎖部であるi6においてΔEiは急激に減少し,一定の値0.9 kcal/molに収束する様子が見られ,n-ブタンの気相ラマン分光による実験値を有効数字一桁で再現した [6].また,χLの増加に伴いΔEiが上昇する様子が見られ,特にχL = 0.333 ~0.5以降では余剰鎖の運動障壁が増加することが示された.これは秩序変数P2の推移と一致しており,特にχL = 0.5以降で系全体の余剰鎖の運動性が阻害されることが示唆された.

Figure 3

 (a) Dihedral index and distribution of dihedral angles in C12 alkyl chains (χL = 0.333). (b) Gauche-trans energy difference for each value of χL.

以上のMD計算の結果を基に,0.1 ≤ χL ≤ 0.6において層間フラストレーション効果が高かった荒井らの実験結果について考察する.χL = 0.1の場合は層間フラストレーション効果が明瞭に観測されたのに対し,より表面凹凸が大きいと予想されるχL = 0.7では層間フラストレーション効果が観測されておらず,単に表面凹凸だけでは説明がつかない.⼆分⼦膜の積層が起こるためには向かい合うアルキル末端間のファンデルワールス相互作⽤が不可⽋であるが,今回のMD計算で観測されたように余剰アルキル鎖がゴーシュ位を含むように激しく運動するとアルキル末端が規則正しく整列しなくなるため,層間相互作⽤が弱くなると考えられる.また,MD計算のχL依存性より,余剰アルキル鎖の運動性は隣接する余剰アルキル鎖の個数に依存することが分かる.ある格子点に余剰アルキル鎖が存在し,かつその余剰アルキル鎖の周囲にN個の余剰アルキル鎖が隣接する確率PNは式2およびFig. 4 (a)で表される.

  
PNχL= 6NχLN+11χL6N,  N=0,1,,6(2)

Figure 4

 (a) Graph of PN(χL) for each N. (b) Sum of PN(χL) for N = 0, 1, 2.

ここで,運動性が高いと期待されるN = 0, 1, 2の余剰アルキル鎖の存在確率の和を考えると,およそ0.1 ≤ χL ≤ 0.6の領域で高くなっていることが分かる(Fig. 4 (b)).以上のことから,層間フラストレーション効果は系全体の余剰アルキル鎖の運動性に由来するものと考えられる.また,そのモル分率依存性は小さいχLでは自由運動余剰鎖の数が増えるのに対し,大きいχLでは多数の隣接した余剰鎖のファスナー効果により系が秩序化され,余剰鎖の運動が抑制されるためであることが判明した.

4 結論

本報告ではPh-BTBT-C6,12混合薄膜における表面アルキル鎖の運動を分子動力学計算により解析し,分子の混合比率と層間フラストレーション効果との関係性を調査した.まず長鎖分子のモル分率χLについて, χL > 0.3で表面余剰アルキル鎖の秩序化が起こることを示した.また微視的な視点に基づいて余剰鎖の運動障壁を可視化するためにアルキルのゴーシュ-トランス位間エネルギーを考察した結果, χLの増加が余剰鎖の局所空間存在数の増加を引き起こし余剰アルキルの運動障壁が増加することを示した.このことから長鎖分子のモル分率の増加による系の秩序化と表面余剰アルキルの運動性に密接な関係があることが示唆された.これを確かめるため隣接する自由運動余剰鎖の存在確率を数理モデル化し,層間フラストレーションを定性的に再現することに成功した.本成果は層間フラストレーション効果のメカニズム解明に寄与するものであり,高性能有機半導体薄膜作製法の新規設計および高性能有機デバイスの開発加速に繋がると確信している.

謝辞

本研究は科学技術振興機構 (JST) 科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業JPMJFS2104および次世代研究者挑戦的研究プログラムJPMJSP2177の支援を受けたものです.

参考文献
 
© 2025 Society of Computer Chemistry, Japan
feedback
Top