Article ID: 2025-0005
In paramagnetic materials with multiple unpaired electrons per magnetic center, even when the ground state has no first-order orbital angular momentum, structural anisotropy around the magnetic center gives rise to zero-field splitting and g-factor anisotropy, resulting in magnetic anisotropy. This paper presents an exact algebraic expression for the angle-dependent magnetization in the axially symmetric spin-quartet (S = 3/2) ground state without first-order orbital angular momentum, taking into account zero-field splitting and g-factor anisotropy. The use of this angle-dependent expression enables accurate and rapid simulations of magnetic anisotropy, particularly for powder averaging of magnetization. The study also includes simulations of anisotropic saturation magnetization curves, cross-sectional views of angle-dependent magnetization, and three-dimensional representations of magnetization. Furthermore, the powder average and arithmetic average of anisotropic magnetization have been compared, and the circumstances under which powder average calculations are necessary have been discussed.
零磁場分裂は,スピントロニクス [1]や量子コンピューティング [2]への応用が期待される単分子磁石 [3,4,5,6,7,8]を開発する上で重要な要因の一つである.単分子磁石は,当初3d多核錯体 [9]が主流であったが,その後,磁気中心が4f元素一つである単イオン磁石が開発され [10, 11],さらには3d単イオン磁石も開発された [12,13,14].零磁場分裂は,単分子磁石の磁気特性を決定する要因の一つであり,重要である.
零磁場分裂パラメータを精密に決定するには,高磁場高周波数電子常磁性共鳴 (HFEPR) が適している [8, 15]が,零磁場分裂の影響は,磁化率の温度依存性や磁化の磁場依存性などの磁性データにも表れ,シミュレーションによる磁性データの解析から見積もることができる場合も多い [16, 17].
粉末試料の磁性データは,磁気異方性を適切に考慮して解析される必要があり,そのために角度依存性を考慮した粉末平均が重要になる.(ここで粉末平均とは,磁場方向に対し,あらゆる方向を向いた粉末粒子の物性値の平均を指す.分子磁性の教科書における具体的な数式は,基準軸方向の算術平均にとどまることが多い.) 粉末平均の計算は単純ではなく,通常,多数の角度の値それぞれについて行列方程式を解くという面倒な作業を伴う.しかし,行列方程式の厳密解が文字式として得られていれば,数値の代入により,正確なシミュレーションを迅速に計算することができる [17, 18].以前に我々は,軸対称スピン三重項 (S = 1) 系について,零磁場分裂によって誘起される異方性磁化の厳密解を,角度依存を考慮した文字式として得ることに成功した [17].本論文では,軸対称スピン四重項 (S = 3/2) 系について厳密解の文字式を報告するとともに,その式を用いたいくつかのシミュレーションを示す.この式を用いた磁気データ解析により,零磁場分裂の迅速かつ正確な評価が期待される.
本論文で実施された磁性シミュレーションは,磁気解析ソフトウェアMagSakiシリーズ [19,20,21,22]のMagSaki B (Basic) ver. W 0.11.12でおこなわれた.また,同様のシミュレーションを実施できるExcelファイルを作成した (MagSaki_Excel.xlsx).本論文で示されたシミュレーションは,複素数が計算できる環境があれば,本文中の式を用いて実施できる.
本研究では,一次の軌道角運動量を持たない軸対称スピン四重項状態 (S = 3/2) の3d元素単核錯体について,零磁場分裂を考慮した角度依存磁化の文字式を導出した.全スピンハミルトニアンは式(1) のように表すことができる [23,24,25].
(1)
ここでuは磁場の方向を示し,guはu方向の g因子の値,Suはスピン演算子Sのu方向の成分,βはボーア磁子,Dは軸方向の (アキシャル) 零磁場分裂パラメータである.式(1) は,方向uを極角θで表す式(2) のように書き換えることができる.
(2)
スピン四重項状態における4つの微視的状態のエネルギーは,基底関数セットを{|3⁄2>, |1⁄2>, |−1⁄2>, |−3⁄2>}とし,スピンハミルトニアン (式(2)) から得られる下の行列で表される永年行列方程式の固有値として得られる.
この永年行列方程式を代数的に解き,式(3) から式(14) が得られた.ここで,式(11) から式(14) は,4つの微視的状態のエネルギーEθ,n (n = 1-4) を表している.
| (3) |
| (4) |
| (5) |
| (6) |
| (7) |
| (8) |
| (9) |
| (10) |
| (11) |
| (12) |
| (13) |
| (14) |
各微視的状態のエネルギー (式(11)-(14)) を磁場Hで偏微分し,
の関係から,微視的磁化の文字式が式(15) から式(29) のように得られた.
| (15) |
| (16) |
| (17) |
| (18) |
| (19) |
| (20) |
| (21) |
| (22) |
| (23) |
| (24) |
| (25) |
| (26) |
| (27) |
| (28) |
| (29) |
得られた文字式 (式(3)-(29)) を用い,軸対称における角度依存 (θ依存) の巨視的モル磁化は式(30) のように表される (Nはアボガドロ数).
| (30) |
上述したように,式(3)-(30) は角度依存モル磁化の厳密な文字式である.全方向に均等に配向した粉末を仮定した粉末平均 (式(31)) は,式(32) [17]で正確に近似できる (ϕは経度).
| (31) |
| (32) |
比較のため,軸対称 (Mx = My) における算術平均を式(33) に示す.
| (33) |
以上のように,軸対称性の単核S = 3/2錯体について,零磁場分裂とg因子異方性を考慮し,角度に依存する磁化の方程式が,厳密な文字式として導出された.ここまでの手順は,方法論としては既知 [23, 26]であるが,文字式として解を得たのは筆者らが最初である.単核錯体の零磁場分裂を考える場合,厳密な文字式が得られるのは,すでに導出されたS = 1系 [17]と本研究で導出されたS = 3/2系のみである.
3.2 磁性シミュレーション前節で導出された式を用い,軸対称S = 3/2系の飽和磁化曲線[M/Nβ versus H]を描くことができる.本節では,粉末平均磁化Mav,p (式(32)) と算術平均磁化Mav,a (式(33)) の比較もおこなう.まず,零磁場分裂もg異方性もない場合の理論磁化曲線をFig. 1aに示す (D = 0 cm−1, gz = gx = 2.00).MzとMxの曲線はまったく同じであり,Mav,pとMav,aの曲線もまったく同じである.さらに,この曲線はブリルアン関数に基づく理論曲線 [23, 27]と同一である.磁場の増加に伴う磁化の角度依存性をFig. 1bに示すが,異方性は見られない.磁化は磁場の増加とともに全方向に等しく増加し,やがて飽和する.θ = 0, π/6, π/3, π/2における4つの微視的状態のエネルギー図をFig. 1cに示すが,角度依存性は見られない.4つの微視的状態のエネルギー準位は零磁場において縮重 (縮退) しており,外部磁場に比例してゼーマン分裂が起こる.

Theoretical magnetization and energy levels when a magnetic field is applied, assuming gz = gx = 2.00 and D = 0 cm−1 at 2 K: (a) saturation curves for Mz, Mx, Mav,p, and Mav,a; (b) cross-sectional view of magnetization in the xz plane at 5 kOe (red), 10 kOe (orange), 20 kOe (yellow-green), 40 kOe (green), 60 kOe (light blue), 80 kOe (blue), and 100 kOe (violet); (c) energy diagrams at θ = 0, π/6, π/3, and π/2.
次のシミュレーションでは,零磁場分裂パラメータDの影響を導入する.Fig. 2ではDの値を+10 cm−1,Fig. 3ではDの値を−10 cm−1と仮定している.Dが正の場合,モル磁化はz方向よりもx方向の方が大きくなる (Mx > Mz) (Fig. 2a).この挙動はxz断面図 (Fig. 2b) でも見られ,化合物はx方向に磁化されやすく,z方向には磁化されにくい.この系は軸対称なので,y方向の磁化はx方向と同じである.したがって,この挙動はxy面方向に磁化されやすい容易面型である.逆にDが負の場合,MzはMxより大きく,MzはMxより弱い磁場で飽和する (Fig. 3a).xz断面 (Fig. 3b) は,化合物がz方向に磁化されやすく,x方向には磁化されにくいことを明瞭に示しており,容易軸型を示している.Dの符号と磁気異方性の関係は,報告されている例 [23, 28]と一致している.Fig. 2cに示す平行方向 (θ = 0) と垂直方向 (θ = π/2) のエネルギー準位図も報告例 [28]と一致する.Dが正または負のどちらの場合も,各Mav,a曲線は弱磁場領域 (少なくとも5 kOe以下) では各Mav,p曲線に非常に近い.

Theoretical magnetization and energy levels when a magnetic field is applied, assuming gz = gx = 2.00 and D = +10 cm−1 at 2 K: (a) saturation curves for Mz, Mx, Mav,p, and Mav,a; (b) cross-sectional view of magnetization in the xz plane at 5 kOe (red), 10 kOe (orange), 20 kOe (yellow-green), 40 kOe (green), 60 kOe (light blue), 80 kOe (blue), and 100 kOe (violet); (c) energy diagrams at θ = 0, π/6, π/3, and π/2.

Theoretical magnetization and energy levels when a magnetic field is applied, assuming gz = gx = 2.00 and D = −10 cm−1 at 2 K: (a) saturation curves for Mz, Mx, Mav,p, and Mav,a; (b) cross-sectional view of magnetization in the xz plane at 5 kOe (red), 10 kOe (orange), 20 kOe (yellow-green), 40 kOe (green), 60 kOe (light blue), 80 kOe (blue), and 100 kOe (violet); (c) energy diagrams at θ = 0, π/6, π/3, and π/2.
さらに以下のシミュレーションでは,実際には起こりえないほど顕著なg異方性がある場合を示している.Fig. 2とFig. 3に対応して,g異方性を持つ系をFig. 4とFig. 5に示す.Dが正の場合,gz < gxのg異方性が一般的であり,Dが負の場合はその逆であるため,シミュレーションではそのように仮定した.Mz,Mxの大小関係と飽和傾向の関係はgが等方的な場合と同様である.ただし,磁化の異方性はgが等方的な場合よりも強まっている.粉末平均と算術平均を比較すると,g等方性の場合と同様に,少なくとも5 kOe以下ではほぼ同じであるが,高磁場では2つの平均の違いが無視できなくなる.また粉末平均磁化曲線は算術平均磁化曲線よりも滑らかな勾配変化を持つようである.磁化シミュレーションの結果,粉末平均は算術平均より大きいか等しいことが示された (Mav,p ≧ Mav,a).

Theoretical magnetization and energy levels when a magnetic field is applied, assuming gz = 1.41, gx = 2.24 and D = +10 cm−1 at 2 K: (a) saturation curves for Mz, Mx, Mav,p, and Mav,a; (b) cross-sectional view of magnetization in the xz plane at 5 kOe (red), 10 kOe (orange), 20 kOe (yellow-green), 40 kOe (green), 60 kOe (light blue), 80 kOe (blue), and 100 kOe (violet); (c) energy diagrams at θ = 0, π/6, π/3, and π/2.

Theoretical magnetization and energy levels when a magnetic field is applied, assuming gz = 2.83, gx = 1.41 and D = −10 cm−1 at 2 K: (a) saturation curves for Mz, Mx, Mav,p, and Mav,a; (b) cross-sectional view of magnetization in the xz plane at 5 kOe (red), 10 kOe (orange), 20 kOe (yellow-green), 40 kOe (green), 60 kOe (light blue), 80 kOe (blue), and 100 kOe (violet); (c) energy diagrams at θ = 0, π/6, π/3, and π/2.
D > 0であるFig. 2cとFig. 4cを比較すると,θ = 0ではFig. 2cよりもFig. 4cの方がゼーマン分裂が小さく,これはFig. 4のgz値 (1.41) がFig. 2の値 (2.00) よりも小さいためである.一方,θ = π/2では,Fig. 2cよりもFig. 4cの方がゼーマン分裂が大きく,これはFig. 4のgx値 (2.24) がFig. 2の (2.00) よりも大きいためである.Fig. 3cとFig. 5cを比較すると,D < 0の場合,gz値が大きいほどθ = 0でのゼーマン分裂が大きくなり,gx値が小さいほどθ = π/2でのゼーマン分裂が小さくなることがわかる.
シミュレーションの最後に,磁化の角度依存性を3次元表現 [29, 30]で示す.xz断面データを軸対称の3次元に拡張すると,Fig. 6に示すように3次元図が描ける.零磁場分割パラメータDが0 cm−1の場合,磁化は等方的で形状は球形である (Fig. 6a).Dが有意で正の場合,形状は両凹型の円盤で,両面の中心がz方向に窪んでいる (Fig. 6b) [17].Dが有意かつ負の場合,形状はxy平面にくびれを持つ両球形状となり (Fig. 6c),容易軸型の異方性を示す.

Perspective views of angler dependences of magnetization simulated for the g-isotropic cases (g = 2.00) with magnetic field of 100 kOe and at 2 K: (a) when D = 0 cm−1; (b) when D = +10 cm−1; (c) when D = −10 cm−1
Fig. 2bとFig. 3bに示した磁化の角度依存性を,極角θに対して再プロットしたものがFig. 7である.ここで,Fig. 7aおよび7bは,それぞれFig. 2bおよび3bに対応する正のDおよび負のDの場合である.弱磁場,例えば 5 kOe の場合,磁化対極角曲線は式 (34) [31]で表すことができる.これは,磁化が弱磁場においてg因子の2乗に比例する限り,各基準軸成分の角度依存性が,各基準軸との角度の余弦の2乗に比例するからである.すなわち,z成分の角度依存性はcos2θに比例し,x成分の角度依存性はsin2θに比例する.したがって,Max(θ) は式(34) のように表される.以下,これを余弦二乗則と呼ぶ.
| (34) |
同時に,式(34) が成り立つ場合,粉末平均 (式(31)) は算術平均 (式(33)) と完全に等しくなる.ただし,式(31) を用い軸対称粉末平均を計算するには,式(34) の代わりに式(35) を使用する必要がある.
| (35) |
一方,磁場が大きくなるにつれ,余弦二乗則 (式(34)) が成り立たなくなり,その結果,粉末平均と算術平均の差が無視できなくなる.余弦二乗則が高磁場で成立しない理由は,磁化の飽和の程度によってg因子の影響が変わるからである [17].つまり,磁化が磁場に比例する弱い磁場では,磁化はg値の2乗に比例するが,飽和するほど強い磁場では,磁化はg値に比例する [23].磁場が弱ければ飽和の度合いはどの方向でも小さく,磁気異方性があってもg因子の影響は同様であり,角度の変化に対し余弦二乗則が成り立つ.磁場が強くなると飽和の度合いに異方性が生じ,方向によってg因子の影響も異なってくる.これがまさに粉末平均と算術平均が異なる状況である.磁場が強くなり飽和に近づくにつれ,飽和度の異方性が再び小さくなり,Fig. 3aに見られるように,粉末平均と算術平均の差が小さくなる場合もある.粉末平均が算術平均より大きい (Mav,p ≧ Mav,a) 理由は,余弦の絶対値が余弦の2乗以上であること (|cos θ| ≧ cos2θ) で説明できる.

Angular dependence of magnetization simulated for gz = gx = 2.00 at 2 K with magnetic field of 5 kOe (red), 10 kOe (orange), 20 kOe (yellow-green), 40 kOe (green), 60 kOe (light blue), 80 kOe (blue), and 100 kOe (violet): (a) when D = +10 cm−1; (b) when D = −10 cm−1.
最後に,ここまでのシミュレーション結果を踏まえ,どのような場合に粉末平均が必要になるかを考察する.実際の磁気解析では,計算速度が重要であるため,算術平均が十分正確であれば,算術平均のみを計算することが望ましいと言える.つまり,算術平均が粉末平均からずれる場合にのみ粉末平均が必要となる.弱磁場では,磁化の角度依存性は式(34) で表される余弦二乗則に従うので,粉末平均は算術平均と等しくなる.少なくとも,5 kOe以下の磁場で測定された磁化率のシミュレーションや解析では,粉末平均を計算する必要はなく,全温度範囲において,3つの基準軸方向の算術平均で十分である.もちろん,材料が磁気的に等方的な場合も,粉末平均は不要である.
磁気異方性材料に強磁場を印加して測定した磁化を解析する場合には,粉末平均が不可欠になる.どの程度の磁場で必要かと言えば,10 kOeでも算術平均と粉末平均の乖離が大きくなる場合がある.したがって,磁化の磁場依存性をシミュレートする際には,磁化の粉末平均をできるだけ正確に求めることが重要である.行列方程式の厳密な文字式としての解は,一般に4次行列までしか実用的な公式として記述できないと考えられており,今回のS = 3/2系とより小さなスピンS = 1系 [17]においてのみ,異方性磁化の厳密解を文字式として表現することができる.したがって,S = 1とS = 3/2の二つの系では粉末平均を非常に正確に計算することができ,実際の解析に役立つ [18].このような文字式は,正確な計算値を迅速に与えるだけでなく,極低温領域や非常に小さい|D|の場合など,教科書的な近似の限界を超えたシミュレーションを可能にし,近似手法の評価基準を提供することができる.
本論文では,零磁場分裂とg因子の異方性を考慮し,軸対称のS = 3/2系における角度依存磁化の文字式を導出した.さらに,この式を用いた飽和磁化曲線,角度依存磁化の断面図,磁化の3次元表現などの磁気シミュレーションを実施した.零磁場分裂がある系において,角度依存磁化の文字式は,以前に報告されたS = 1系 [17]と本研究で紹介されたS = 3/2系について得られており,これらの系では,文字式を用いることにより,正確なシミュレーションを迅速に実施することができる.複素数の計算が可能な環境があれば,読者は本論文の数式を使い,本稿で紹介したシミュレーションを実施することができる.さらに,余弦二乗則 (式(34)) が成り立つほど磁場が弱い場合には,異方性磁化の算術平均と粉末平均が等しくなる.今回の結果から,5 kOe以下の弱い磁場中で測定された磁化率では,算術平均は粉末平均と本質的に同じであるが,磁化測定では,10 kOeでも算術平均は粉末平均からずれる可能性があることがわかった.本稿で示された式を用いたシミュレーションにより,実測データの迅速かつ正確な解析が可能となり,零磁場分割パラメータが得られることから,単イオン磁石の研究に貢献することが期待される.
本研究はJSPS科研費23K04761の助成を受けたものである.