抄録
新約聖書はヘレニズム時代にギリシァ語で書かれた文献である.この意昧で,他の初代キリスト教文献の多くと共に,ギリシァ文學史の一部を占めているのであり,このことはH. Usener, E. Norden, v. Wilamowitz-Moellendorff, P. Wendland等碩學の業作に明らかであり,W, Schmid-O. Stahlinによる詳しい文學史でも新約聖書が他の世俗的文獻と並べて論ぜられているのは當然である.しかし乍ら,紀元二世紀以後キリスト教會が舊約聖書と共に新約聖書を經典化したために,宗教的文書として神學の研究對象となり,文學史からは獨立して取扱われる傾向が壓倒的になつて來た.これはまた所謂文學の世界には遠ざかつていた初代キリスト教徒の姿を反映する新約獨自の性格にもよるのである.本稿に於ては,新約聖書を經典化以前の段階,即ちその成立の時代に於て観察しつつ,それが古典文學乃至世俗的な意昧でのギリシァ文學一般と如何なる關係にあるかを,主として引用旬を中心に文獻學的に檢討したい.