抄録
造礁サンゴに共生する褐虫藻の,分子系統学的手法による遺伝的なグルーピングとサンゴの生理学的性質との因果関係は,環境変動に直面したサンゴが褐虫藻を替えることによって新しい環境へ適応することや特定の褐虫藻グループを保持するサンゴのみが生存する可能性が指摘されたため,生息環境の劣化に伴うサンゴの減少が問題視される中で,精力的に研究されてきた。熱帯から亜熱帯,温帯にまたがってサンゴが分布し,環境要因(海水温や日射量)の緯度勾配に対して,サンゴと褐虫藻の共生関係がどのような地理的適応パターンを示すのかを知る上で適している北西太平洋においても,分子系統学的手法によって,サンゴに共生する褐虫藻の遺伝子型の分布が調べられてきた。北西太平洋に見られる褐虫藻の遺伝子型の構成は,クレードレベルでは,クレードCを持つサンゴが多く,クレードAやBを持つサンゴが多いカリブ海とは異なる。さらに細かいクレード内のサブタイプレベルにおいては,北西太平洋ではクレードC内のサブタイプが卓越する。また,コロニー内や種内に複数の褐虫藻遺伝子型が見られるサンゴの存在が,北西太平洋においてクレードレベルでもサブタイプレベルでも確認されている。しかし,これまで褐虫藻のサブタイプレベルでの遺伝子型の決定に用いられてきたDGGE(Denatured Gel Gradient Electrophoresis)解析には問題点が指摘されているので,今後は塩基配列そのものをデータとして用い,褐虫藻の遺伝子型の分布パターンを調べていくことが望まれる。