環境化学
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調査報告
帰還困難区域の河口域におけるスズキの摂餌行動が沿岸魚類の放射性セシウム濃度変動に与える影響
小豆川 勝見堀 まゆみ
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2025 年 35 巻 p. 34-38

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要約

福島県大熊町の熊川河口域(帰還困難区域内)で2024年10月に採取したスズキの筋肉から 216~225 Bq/kg-rawの放射性セシウムを検出した。このスズキの胃の内容物からは 386 Bq/kg-rawの放射性セシウムを検出した。熊川流域の大半は帰還困難区域に指定され放射性物質による汚染が顕著である。一部のスズキは河口域も摂餌行動域に含む特徴があり,このスズキの特異的な放射能は帰還困難区域内の河口域で摂餌行動があったことが原因と推定される。このことが福島県沖で漁獲されたスズキに含まれる放射性セシウム濃度の分散を拡大させる一因となる可能性を指摘した。各漁港で水揚げされたスズキは現行のサンプリング法に加えて,生息・行動域を加味した新たなモニタリング手法の構築が重要になる。

Summary

We detected 216~225 Bq/kg-raw of radiocesium in the muscle of seabass (Lateolabrax japonicus) collected in October 2024 at the Kuma River estuary in the evacuation zone in Okuma town, Fukushima Prefecture. In the stomach contents of the seabass, 386 Bq/kg-raw of radiocesium was detected. Some seabass has the characteristic of including the estuarine areas in their feeding behavior, and it is assumed that the radioactivity specific to seabass was caused by their feeding behavior. We pointed out that the case may be one of the causes of the variations of radioactivity of radiocesium in seabass caught off the coast of Fukushima Prefecture.

1. はじめに

2011年3月の福島第一原子力発電所の事故発生以降,海産物に含まれる放射性物質の測定数は膨大な数に及び,その放射能の経年的な傾向も示されてきた1。魚種別及び生息域,食物網の差による経時的変化については明確になりつつあるが,海洋生物の放射性セシウム濃度を支配する要因のひとつには,餌からの放射性セシウムの取り込みが挙げられる2。しかし個体の放射性セシウムの濃度を決定する因子については現在でも不確定要素が多い1,3

スズキ(Seabass; Lateolabrax japonicus)は日本各地で広く漁獲される大型肉食魚のひとつである。同発電所事故発生後(2011年)から2014年までの仙台沖での調査では,イワシやマサバといった主に動物性プランクトンを摂餌する魚種と比較して,スズキは放射性セシウムが1桁以上高い濃度で継続して観測されている4。海水中の放射性セシウムに対するイワシやマサバに含まれる放射性物質濃度比(Apparent Concentration Ratio: aCR)は,動物性プランクトンとの比とほぼ同一傾向で101から103の範囲にあるのに対して,スズキのaCRは103から104の範囲にあり相対的に高い傾向がある4。この差が生じる原因として,スズキの採餌域にイワシやマサバとは異なる汽水域が含まれていることを理由に挙げている報告5,6もあるが,スズキが放射性セシウムを高濃度で濃縮する系統的なプロセスは明確にされていない7

海水中の放射性セシウム濃度は同原子力発電所事故発生からの時間の経過とともに低下の傾向が続いている8。一方で,事故発生から12年が経過した2023年においてもスズキは他の魚種と比較して相対的に高い放射性セシウム濃度が確認される傾向にある。2023年2月には福島県いわき市の沼之内沖 8.8 kmで漁獲したスズキから,85.5 Bq/kgの放射性セシウムが検出された9。この放射能は一般食品の基準値(放射性セシウムとして100 Bq/kg)10を超過しないものの,福島県漁業協同組合が定める漁獲の自主規制値(放射性セシウムとして 50 Bq/kg)11を超過することから,同月より福島県沖のスズキの出荷が自粛された。なお,その後 25 Bq/kgを超過するスズキが1か月間連続して報告されなかったことから翌3月に自主規制を解除した経緯がある12。同時期にスズキを除く魚種で同様の傾向は確認されていないことから,スズキに含まれる放射性セシウムにはいわゆる「外れ値」となる放射性セシウムを含む特異的なプロセスがあると考えられる。

魚介類に含まれる放射性セシウムの蓄積プロセスは科学的な関心に留まらず,日本と環太平洋諸国の輸出入の問題に発展してきた経緯があり,国際的関心も高い13。ここでは海水魚で稀に発生する放射性セシウムの外れ値の発生プロセスの一例として,スズキの河口域における摂餌行動が原因と推定される例を報告する。

2. 方法

2.1 採捕地点

2024年10月から11月にかけて福島県の熊川および前田川の河口域で釣りによるスズキの採捕を行った(Fig. 1)。熊川は福島県双葉郡大熊町を流れる二級河川であり,河口は太平洋に面している。研究期間内において熊川のJR常磐線熊川橋より下流側は帰還困難区域に指定されている。また,大熊町全域で遊漁が禁止されているため,本研究では福島県より特別採捕の許可(2024年度 特第5-41号)を受け,その許可範囲内にて採捕を行った。採取地点は大熊町国道6号線熊川橋直近堰堤から河口側であり,福島第一原子力発電所から直線距離で約 4.1 kmである。

Fig. 1 Sampling points (brown circle, the estuarine of Kuma and Maeda rivers) and Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant(yellow circle)

前田川は福島県双葉町と浪江町を流れる二級河川であり,河口は太平洋に面している。河口域においては研究期間中の釣りによるスズキの採捕に特段の規制は設定されていない。採取地点は前田川河口付近で,同発電所から約 4.2 kmの距離にある。

2.2 放射性セシウムの定量方法

採捕したスズキは,ガンマ線測定まで冷凍保存ののち解凍,各部位に解体してガンマ線分析に供した。筋肉部,内臓,胃の内容物に分けてU8容器に分取し,Ge半導体検出器(Mirion Technology Canberra社製GC2518)を用いたガンマ線分析を行った。測定時間は放射能に応じて23,790秒から172,800秒と設定した。放射能は採取時点に補正した。放射性セシウムの定量値は複数の認証標準試料(土壌JSAC 0471, 0472, 0473および魚骨JSAC0784)を用いて測定値が認証値の不確かさの範囲内になったことを事前に確認した。

3. 結果・考察

3.1 スズキの部位別の放射性セシウム

熊川,前田川河口にて採捕されたスズキの特徴および画像をそれぞれTable 1Fig. 2 に示した。熊川が1尾(雌),前田川が2尾(ともに雄)であった。いずれも全長は 50 cmを超えた成魚であるが,目視で際立った特徴はなかった。

Table 1 Characteristics of seabass caught in the Kuma and Maeda Rivers

Fig. 2 Seabass caught in the estuaries of Kuma River (up) and Maeda Rivers (bottom). One (female) in Kuma River and two (both males) in Maeda River

スズキの部位別の放射能をTable 2 に挙げた。熊川河口で採捕されたスズキからは,筋肉(同一個体内2か所)において,216±1.9,225±2.0 Bq/kg-rawの放射性セシウムを検出した。肝臓で 115±1.0 Bq/kg,卵巣で 138±1.1 Bq/kg,それらを除いた内臓で 160±1.2 Bq/kgの放射性セシウムを検出し,いずれも一般食品の基準値である放射性セシウムとしての 100 Bq/kgを超過していた。胃の内容物の同定は困難であったものの未消化の魚や節足動物の形跡を目視で確認し,386±5.8 Bq/kgの放射性セシウムを検出した。胃の内容物には筋肉や各臓器と比較して1.7倍から3.4倍の濃度差があった。魚個体の放射性セシウム濃度の決定因子として餌からの取り込みが挙げられていることから2,このスズキが河口域で放射性セシウム濃度の高い餌を取り込んだことによって,全身の放射性セシウム濃度が上昇したと推定することが合理的である。これまでに帰還困難区域河口域において胃の内容物から高濃度の放射性セシウムが検出された報告例はなく,この摂餌行動がスズキ個体の汚染の原因となっていることを明確に示すことができた。

Table 2 Radioactivity of 134Cs and 137Cs in the seabass at Kuma and Maeda Rivers

*Organs that could not be clearly separated were denoted as Entrails. **ND indicates below the detection limit and the detection limit is shown in parentheses

また,熊川のスズキの筋肉部から検出された 134Cs/137Cs放射能比は福島第一原子力発電所事故発生当時(2011年3月)に補正すると,0.92~0.98±0.10となり,検出された放射性セシウムのほぼ全量が同発電所事故に由来すると断定することができる14

一方,前田川河口で採捕された2尾のスズキはともに放射性セシウムはほとんど検出されず,1尾目の筋肉部から 1.02±0.17 Bq/kgが検出されたのみで,他の臓器及び2尾目についても検出限界値(おおむね 1.3 Bq/kg)以下であった。2尾ともに胃の内容物はガンマ線分析に供せた重量が 2 g程度であり,胃の内容物に含まれる放射性セシウムの検出限界値は他の臓器と比較して高い(~10 Bq/kg, 測定時間20万秒)ものの,熊川のスズキに確認された高い放射能は存在しなかった。

3.2 特異的な汚染が生じるルートと対策

本研究期間において前田川河口で採捕したスズキ2尾に含まれる放射性セシウムは最大で 1 Bq/kgであったが,2017年8月から11月にかけて採捕されたスズキには最大で 255 Bq/kgを確認した報告がある15。河口域で放射性セシウムを含む食餌が個体の放射性セシウム濃度の変動要因であることから,河口域で採捕されたスズキには少なくとも2桁の幅広い濃度レンジが存在することが確認された。

福島第一原子力発電所の事故発生以降,同発電所の港湾内で捕獲された魚に含まれる放射性セシウムが一般食品の基準値を超えたことはこれまでに複数件の報告がある。本研究期間に近い2023年5月には港湾内のクロソイが 18,000 Bq/kgの放射性セシウムを有していた16。港湾内では事故発生初期の放射性物質の放出や各放水路から断続的に放射性物質の漏洩が起きており,このことが港湾内の魚の汚染の原因として想定され,港湾内の魚が港湾外に移動することを防止する措置が執られている17。一方で,同発電所の港湾外ではコモンカスベ(2019年,広野町沖),クロソイ(2021年,新地町沖,南相馬市沖の2例),クロソイ(2022年,相馬市沖)が2015年以降の一般食品の基準値の超過例として挙げられる。基準値未満の顕著な例では,スズキ(2023年,いわき市沖,85.5 Bq/kg)が挙げられる。いずれも汚染の原因は同発電所事故に由来していると想定されるが,その詳細な原因は明らかにされていない。

Fig. 3aに福島県沖で2023~2024年に漁獲されたスズキに含まれる放射性セシウムのヒストグラムを示した(検査機関によって検出限界値が大きく異なるため定量値が報告されているデータを用いた)18。検体199件中,検出限界値(12~20 Bq/kg)を超えて定量されたスズキは24件報告され,最高値は 33 Bq/kgであった。同時期の近県3県(宮城県(Fig. 3b),茨城県(Fig. 3c),千葉県(Fig. 3d))で漁獲されたスズキと比較しても分散が大きい特徴がみられる。

Fig. 3 Histograms of radiocesium in seabass caught in 2023-2024. Locations are (a) Fukushima, (b) Miyagi, (c) Ibaraki, and (d) Chiba Prefecture, respectively. Reports below the detection limit are not included in this histogram due to the fact that analytical precision varies widely among reporting institutions.

福島県沖のスズキの放射能の分散が他県のものよりも大きくなる原因として,同発電所港湾内の放射性セシウムを多く含んだ餌を一定期間摂食していたスズキが,港湾外に移動して漁獲された結果に限られるとは考えにくい。本報告が示したように,帰還困難区域の河口域におけるスズキの摂餌経験の有無が福島県沖などで漁獲されたスズキの放射能の分散を増大させる新たな要因として挙げることができる。

スズキは幼魚期において河川での生息経験がその後の成長環境に影響を及ぼす可能性が報告されており6,19,さらにこれを調査する方法としてSr/Ca比を用いた河川環境における成長過程の割合を用いた推測が挙げられる19。現行のサンプリング調査による放射能のモニタリング体制に限らず,魚種別の生息域・行動の特性を加味した調査が今後の特異的な放射性セシウムを有するスズキの存在割合を予測する上で有効な手段となりうる。

現行の規制上,帰還困難区域内での市場流通目的とした漁獲は認められていないことから20,同区域内で漁獲された魚類が市場に出荷されることはない。しかし,スズキのように海洋だけでなく河口域・淡水域へ摂餌行動域を変える魚種もあれば,サケやマスのように河川から海洋に降海する魚種もある。本報告で示した熊川採捕のスズキが河口域から海洋に移動して捕獲された場合には,基準値超過の扱いを受け国内外に大きな影響を与える可能性がある。今後の魚介類の基準値超過の発生確率を検討するうえで,魚個体の放射能の経年変化の情報にとどまらず魚種別の生息域・行動の情報を加えることで発生確率の予測精度が上昇すると期待できる。

謝辞

本研究の遂行にあたり,福島県水産課,熊川漁業協同組合,白髭幸雄様,池田茂男様に多大なるご支援をいただきました。深く御礼申し上げます。本研究はJSPS科研費 JP23K24983の助成を受けたものです。本研究の一部は東京大学基金「測定で応援!オールインワン放射線測定による復興支援基金」による支援を受けました。

REFERENCES
 
© 2025 一般社団法人 日本環境化学会

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https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/
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