環境化学
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総説
PFASノンターゲット分析
山本 敦史
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2026 年 36 巻 Special_Issue 号 p. s27-s33

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要約

幅広い物性の物質に適用可能なイオン化法を備える高分解能質量分析にクロマトグラフィーを合わせた測定が多くの環境分野の研究者にも身近なものとなった。予め分析対象を限定しないノンターゲット分析は膨大な種類の化合物が含まれるとされるPFASの実態に迫る上で有望である。本総説では高分解能質量分析を用いるノンターゲット分析について紹介し,PFASをどのようにノンターゲット分析データから読み取るかを解説する。何を知ることができ,何が分からないかを議論し,補完的な分析技術についても触れる。

Summary

High-resolution mass spectrometry (HRMS) generates data rich in analytical information. When combined with chromatography, this technology enables non-target analysis—an approach that identifies compounds without predetermined analytical targets. This methodology shows particular promise for PFAS research, where many fundamental questions about these contaminants remain unanswered. Non-target analysis may provide crucial insights needed to resolve ongoing PFAS-related challenges.

This review examines the value of HRMS data alongside complementary analytical techniques that enhance its capabilities. The discussion outlines key considerations for selecting and applying different analytical approaches, focusing on how to distinguish between various applications and implement them effectively in environmental analysis.

1. はじめに

環境汚染に関するノンターゲット分析における一般的な方向性についてはヨーロッパのNORMANがガイダンスを発表している1。ガイダンスではPFASも含めた新興化学物質について分析法からデータ解析について解説されている。本稿ではこのガイダンスを訳すのではなく,ガイダンスではあまり触れられていないノンターゲット分析における測定によって得られたデータとPFASを紐付けるための分析化学的な背景を中心に解説する。事前に分析対象を限定することなく,試料に含まれる成分を評価する手法がノンターゲット分析と呼ばれている。同様な用語にアンターゲッテッド分析もあり,こちらはメタボロミクス分野等でよく使われているが厳密に使い分けられている訳ではなく基本的に同意義である。本稿ではノンターゲット分析を用いる。

機器の進歩により分析機器から得られるデータの情報量は膨大に,かつ高度なものとなっている。特に質量分析法(MS)の発展は目まぐるしく,100年前に発明されてから今もなお技術革新が続いている。MSを中心に測定により得られるデータから分かることは何か,PFASを含む有機フッ素の化学とはどのようなものであるかを双方から解説することで両者を紐付ける一助としたい。また,サスペクトスクリーニング,あるいはワイドターゲット分析という用語も高度な機器分析データを用いる際に度々ノンターゲット分析と並んで語られる。高度な機器分析データを用いる点は共通であるが,事前に用意する膨大ではあるが限定的な化合物リストとの検証から始めるといった,事前の情報に基づく方法であり,ノンターゲット分析とは概念が異なる。

2. 質量分析法とノンターゲット分析

前述のとおり,分析機器から得られる情報が高度になったため,多くの混合物からなる試料を分離し,得たデータから分子を決定することが可能になりつつある。特に1980年代まで高分解能質量分析(HRMS)は一部の限られた研究者のみが利用できる技術であったが,液体クロマトグラフィー(LC)と接続可能な飛行時間型質量分析計やOrbitrapに代表されるようなフーリエ変換型質量分析計がHRMSを行うことができる機器として,市販されるようになった。多くのユーザーに利用できるようになると極性分子から高分子まで幅広く分子をカバーできるとしてHRMSは分野を超えて活用されている。LCとMSの接続が広まったのはエレクトロスプレーイオン化(ESI)が導入されたことによる面が大きい。特にPFASは後で述べるが検出自体に課題のある物質群であった。ESIはカルボキシ基やスルホ基を持つPFASのイオン化に適しており,今では当然のように用いられている。MSは分析対象をイオン化し,磁場や電場を作用させることにより,目的のm/zのイオンのみを検出する。一般に質量分解能(Mass resolving power)5,000を超えるものがHRMSとされている2が,明確に定義されているものではなく分解能100万を超えるフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FT-ICR)も市販されている。質量分解能は近接する質量の分子から分離できる能力という意味であり,精密な質量を小数点以下何桁まで正確に測定できる能力,質量真度(Mass accuracy,質量確度ともいう)とは厳密には同じ意味ではない。高い質量分解能は良い質量真度をもたらす傾向にあるが,質量真度は主に適切な較正がなされるかどうかに依存する。質量真度は実測m/zと理論上のm/zとの差とm/zの比率をppmとして一般的に表される。各原子の質量は整数ではないため,測定された精密質量について,12Cや1H,16Oといった原子の精密な質量からイオンに含まれる各原子の個数を計算することができる。Fig. 1 はChemCalc3を用いてアルギニンのオリゴペプチドから生じるプロトン付加分子[M+H]の精密質量から導かれる偶数電子イオンの分子式候補の数を,元素をC, H, N, Oに絞り複数の質量真度について示したものである。分子量500以下程度の分子について,2 ppm程度の真度があれば分子式の候補が1つに絞られる。さらにHRMSによって得られる情報は精密質量だけでなく,安定同位体の組成の異なるイオン(Isotopolog)やイオン化時に断片化(フラグメンテーション)したイオンあるいはナトリウムイオン等の付加体から二量体・多価イオンまで1つの分子から生じる多数のイオンそれぞれが元の分子およびその存在状態と密接な関係があり,分子に辿りつくための情報源でもある。これらとクロマトグラフィーの保持時間を合わせた情報がよくMass featureと呼ばれている。クロマトグラフィーと合わせた質量分析法はこれらの情報源を極微量でありかつ混合物からなる試料から取り出せる水準まで発展したため,ノンターゲット分析を実用的なものとした。1990年代にメタボロミクスの分野を中心にノンターゲット分析の可能性が注目され4,環境リスク物質分析の分野においても2000年ごろよりHRMSの適用の可能性が検証され始めている5,6

Fig. 1 Estimation of the molecular formula of arginine oligopeptides from accurate mass measurements.

KraussらはLC/HRMSを用いた環境汚染物質分析における方法論をターゲット分析,サスペクトスクリーニング,ノンターゲットスクリーニングと分類している7。ノンターゲット分析により得られるデータを加工し意味のある知見を取り出す手法はあるものの,一方で情報量の多さから収拾がつかなくなることもありうる。実際には1,000程度の大きな分子リストを元に観測されるはずの精密質量であるイオンが測定データ中に含まれるかどうかという観点でデータを解析するサスペクトスクリーニングも十分に価値のある知見が得られることも多い。特定の分子に対し,分解生成物を探索するためにLC/HRMSを用いる方法も事前にターゲット分子の情報を参考にしているという点ではサスペクトスクリーニングに入るといえる。

HRMS,さらには多次元クロマトグラフィーやイオンモビリティ分析を組み合わせることによって得られる情報が高度化するとはいえ,ノンターゲット分析データのみから試料中の不明な化合物の構造を決定することは容易ではない。一方で,フッ素化学は20世紀初頭に注目が高まったものであり,成書も多くある8,9。これらのフッ素化学の基礎や企業の特許情報をもとに,製品・化合物側からノンターゲット分析データへと繋げることにより多くのPFASが新たに見いだされている10,11,12。標準試薬を用いた検証やNMRによる構造決定を全ての研究例に適用することは現実的とはいえないが,高度な測定データと製造方法あるいは不純物と双方向に結び付けることができればそれは確度の高い同定といえるのではないだろうか。

3. 精密質量によるPFASの探索

ノンターゲット分析のためのHRMSの測定ではまずマススペクトルを取得する。マススペクトルとはm/zに対して観測された信号強度をプロットしたものであり,一定のm/z間隔で取得されていればプロファイル型のデータと呼ばれる。ノンターゲット分析において生データとはクロマトグラフィーと接続していれば時間ごとに得たプロファイル型のマススペクトルの集合体である。この中からmass featureを取り出す作業がノンターゲット分析の第一歩といえる。さらに取り出したfeatureについて,測定誤差も踏まえた上でどれとどれが同一のfeatureであるかを各試料について割り当て(alignment)した上で検出状況を評価できる。主成分分析などの統計処理を用いると,featureを特定しなくとも試料を分類することもできる。それぞれのfeatureに対し,化合物情報や構造情報を注釈づけていく作業はアノテーション(annotation)と呼ばれる。比較的似た響きの用語でassignも使われることがあるが,より一般的な広い意味の用語として使われることが多く,alignmentやannotation等の限定的な用語を用いる方が混同を避けることができる。

膨大なデータを取り扱うことになるためにデータ処理を自動化するツールの活用は欠かせない。XCMS13やOpenMS14などの生データにノイズ処理を施しシグナルの強度が増え始め最大となり減少して元に戻る一連のピークと呼ばれる形状を自動で検出するツールが開発され,それぞれメタボロミクスやプロテオミクスのためのデータ処理に関連するツールの集合体となっている。次々とソフトウェアが開発されているが中でもMS-DIAL15やMZmine16は優れたユーザーインターフェースを持ち,MS-DIALは各データファイルを直接各装置メーカーのソフトウェアライブラリを用いることでそのまま処理できるといった利点もあり,多くのユーザーに使われている。事前に明確な対象物質があり,その測定を行う通常のターゲット分析に対し,ピーク検出は得られたデータをもとにした発見的な手法を可能とし,HRMSから得られる精密質量と合わせてその価値が高まっている。精密質量のピークリストはそれだけでも解析の切り口が多くある。質量数19のフッ素の質量は整数値を下回る 18.9984 uであり,質量数1の水素は整数値より大きな 1.0078 uである。整数値からのずれを質量欠損(mass defect)と呼び,精密質量の小数点1,2桁目を見ることでどのような元素が含まれるかをある程度予測できる。Fig. 2 はアルカン,多糖類,ポリリン酸,ペルフルオロアルカンの分子量とmass defectの関係を示している。あるイオンの分子量500程度であれば,mass defectから単なるアルカンであるのか,環状構造やヘテロ原子を持つものであるのかを判断することができる。Zhuらは代謝物の分析において,負のmass defectを持つハロゲンが脱離した代謝物を検出している17。また,炭素原子を持つ有機分子であれば一定の比率で分子内に13Cを持つものが含まれる。質量分析では13C等質量数が1大きい同位体を1つ含むイオンをA+1イオンと呼び,以降A+2と続く。安定同位体の存在比が最大の同位体のみからなるモノアイソトピックイオンをAとしたA+1/Aの存在比率もFig. 2 に示している。アルカンとペルフルオロアルカンでは同程度の分子量でA+1/Aの比率が大きく異なるのが分かる。分子量に対しA+1/Aが低い場合,ヘテロ原子の存在を示唆している。大抵の場合,HRMSではA, A+1, A+2等のIsotopologはそれぞれ十分に分離されており,それぞれの比率に着目することは有用である。なお,質量分解能が数十万を超えるとA+2の中でも,18Oを持つものと13Cを2つ持つもの等が分離され始めるので理論上の同位体パターンは分解能によって形状が変わる。

Fig. 2 a: Mass defect values for alkanes, oligosaccharides, perfluoroalkanes, and polyphosphoric acid. For alkanes, the mass defect exceeds 1 at approximately a molecular weight of 900. Non-target measurements cannot distinguish values differing by one decimal place. b: Intensity ratio of A+1/A for alkanes, oligosaccharides, and perfluoroalkanes.

測定により得られたデータを可視化する方法として,HRMSにより分子式を決定し,H/C, O/C原子数の比率をプロットするvan Krevelenプロット18があり,化合物群のグルーピングが可能である。分子式が決められない場合にもKendrick質量による可視化が可能である。KendrickはCH2の質量を14.01565ではなく,14とするKendrick質量に変換した。Kendrick質量と整数値化したKendrick質量(NKM)との差をKendrick mass defect(KMD)とし,NKMをKMDに対してプロットすることで,アルキル基の鎖長の異なる同族体が図中にヘテロ原子や不飽和結合の種類,数ごとに水平に並ぶことを示した19。FT-ICRの開発者でもあるMarshallらはこの手法が現代のHRMSにも適用できると再発見した20。CH2という単位に限らず,CF2等任意の構成単位についてKMDを求めプロットすることでその構成単位からなる物質群があるかどうかを可視化できる21Fig. 3 は湧水を一般的なPFAS前処理法に倣い固相抽出し,溶出した試料をOrbitrap Exactiveにより測定したデータである。CF2を50とするKMDにより,PFOAの同族体が含まれること,1,000を超える分子量を超えるものにもC2F4を構成単位とする分子が含まれることが可視化されている(Fig. 3a)。この試料からはKMDプロットにより斜めに並ぶデータも得られており,これが水平に並ぶ構成単位はC2ClF3であった(Fig. 3b)。このことは,この湧水にクロロトリフルオロエチレン構造を持つ物質も含まれることを示している。

Fig. 3 Kendrick mass defect plots for peaks detected in solid-phase extraction sample from spring water (repeating unit for a: CF2 b: CClF3). Ions with the same repeating unit are arranged in a horizontal straight line.

4. マススペクトルの解析によるPFASの探索

有機化合物のマススペクトルから構造を読み取る手法の進展は1970年代から80年代にかけての電子イオン化(EI)を適用するMSに根ざしている。MSにおけるEIは多くの場合イオンのフラグメンテーションを伴い,フラグメンテーションは単分子の気相反応であるために極めて再現性が高い。そのため,EIでの転移反応,ホモリシス/ヘテロリシスによる結合開裂,共鳴構造といった多くの反応が体系的に整理された。また,再現性の高さは多くのマススペクトルをデータベースとして収集し,未知試料から得られたマススペクトルに一致するマススペクトルをデータベースから検索する手法を可能とした。ESIのようなPFASに最もよく適用されているイオン化法はフラグメンテーションを起こしにくいソフトなイオン化であり,一段階のMSでは構造情報を読み取ることは困難である。二段階(あるいはそれ以上の段階)でMSを行うMS/MS(あるいはMSn)は一段目のMSの後に不活性ガスに衝突させる等の方法でフラグメンテーションを起こさせる。EIによるマススペクトルに現れるフラグメントイオンは最終的に一定の寿命を持つものであり,それぞれはどの反応経路により生成したものかまでの情報は残っていないため,反応機構は得られたマススペクトルから読み取るしかない。一方で,MS/MSはフラグメンテーション前のプリカーサーイオンを指定しフラグメンテーションすることで反応経路を反映したマススペクトルを直接得ることができる。マススペクトルのデータベースとしては日本発のMassBank22やmzCloud,商用のNISTやMETLIN,代謝物に特化したHMDB23やLIPID MAPS24等数多くあり,現在は複数のデータベースを相互に検索できる相互接続プラットフォームへ移行しつつある。

フッ素化合物のマススペクトルに関しては,フッ素の安定同位体は質量数19のフッ素のみであるために,塩素や臭素のように同位体パターンからその存在を見いだすことはできない。フラグメンテーションとしてはHFの脱離が顕著であり,その中性ロス 20.0062 uは他の有機化合物では見かけないものである。特にテロマーアルコールのようにアルキル基にフッ素と水素が混在するPFASではFig. 4 に示すようにその数に応じた数のHF脱離が見られる。Fig. 4 は四重極型のタンデム質量分析計であるAPI2000を用いて,二段階のコリジョンエナジーによりテロマーアルコールから生じる脱プロトン分子をフラグメンテーションさせたデータである。フラグメントイオンそのものに関しては,フッ素原子上の2p非共有電子対が炭素原子の負電荷と反発するため,カルバニオンの安定性は炭化水素のそれと異なり,一級<二級<三級の順となる25。ペルフルオロアルキル基を持つイオンであれば,ペルフルオロアルキル基側でのフラグメンテーションが起こることでCF2間隔の質量差を持つフラグメントイオンが現れる。フラグメンテーションに関し多くの知見が整理されている炭化水素や同位体に特徴のある他のハロゲンに比べて情報量が限られているものの,含フッ素有機イオンに特徴的なフラグメンテーションに着目することで,ノンターゲット分析データからPFASを見いだすことができる。

Fig. 4 Product ion spectra of 8:2 fluorotelomer alcohol. Acquisition was performed using the API2000 in electrospray negative ion mode at two collision energies.

膨大なデータを処理できる多くの自動化ツールや,学習によりアノテーションする機能の開発は急激なインフォマティクスの発展とともにこの先も劇的な進歩が期待される。mzMineの開発者であるPluskalらのグループが公開したDreaMS26は2億100万のプロダクトイオンスペクトルから構築された分子ネットワーク基盤モデルである。収載されているスペクトルにはアノテーションされていないイオンも含まれているが,マススペクトルから分子構造に関する情報を抽出することを予め自己学習している。これは大規模言語モデルが単語の意味に関する事前の知識なしに言語構造を学習することと同様の仕組みである。フッ素を含む有機イオンのフラグメンテーションは前述の通り特徴的であり,DreaMSはフッ素の検出に特化した機能を実装し他の有機イオンのマススペクトルと良好に分離できているようである。とはいえ,すべての水素がフッ素に置換されたペルフルオロアルキル基を持つPFASからはHFの脱離は起こらない。多様な構造を持つ高質量のPFASのデータは十分に学習されていない可能性もあり,今後の追加の検証や微調整は必要であろう。

5. 全PFASを捕らえるための検出法

米国環境保護庁はPFASの構造リストを公表しており,この中には14,735物質がリストされている27。一方で,アメリカ化学会のケミカルアブストラクトサービスが同じ基準でPFASに該当する物質を集計すると180万物質が該当するとしている。具体的に,何をもってPFASとするかが定義によるものである上,分析もフッ素原子換算としてあるいはPFOA当量としてという考え方はあるかもしれないが現実的に課題が多い。MSでは分析対象のイオン化が必須であるため,そもそもイオン化ができないものを分析対象とすることはできない。HRMSによるPFASのノンターゲット分析とは,イオン化することのできたPFASのみを対象とするものである。ここでは,PFASのMSを振り返り,そしてそれを補完する手法について述べる。

今でこそ,PFOS,PFOAの分析といえばLC/MSを用いることが当たり前のように考えられているが,PFASの分析は分析法の確立においても容易な道のりであったわけでもない。フッ素系界面活性剤が商業的に製造されてから10年程度の後,1966年にTavesはヒトの血液中フッ素濃度の報告例に矛盾があることを報告している28。その後,彼らは血中フッ素の形態が複数あるという仮説のもと物質の同定に取組み1976年に19F-NMRを用いて血中フッ素の存在形態としてのPFOAを報告している29。しかしながら,当時のNMRによる方法は微量分析への適用が困難であったこともあり,プールした血漿 20 Lから精製した試料を用いて構造決定したようである。当時,酸水素炎を用いる等,基本的にはフッ化物イオンまで分解する手法が用いられており,測定データから発生源に関する情報に辿ることまでは容易ではなかった。1980年に入ると,クロマトグラフィーを適用した詳細分析の報告が増える。まずはカルボン酸のPFASについて,3MのBelisleらによるジアゾメタン誘導体化とガスクロマトグラフ電子捕獲型検出器を用いた方法30,Ohyaらによる3-bromoacetyl-7-methoxycouamrin誘導体化と高速液体クロマトグラフ蛍光検出器を用いた方法31等を経て,Moodyらから質量分析計を適用した方法が報告される32。彼らは地下水中のPFOAとその炭化フッ素鎖長の異なる同族体(炭素原子6, 7)をヨウ化メチルで誘導体化し,ガスクロマトグラフ質量分析計により測定している。クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせることで,いよいよ多数あるPFASの各個成分の分析が始まる。3MのOlsenらは1999年にLC/MSを誘導体化無しにPFOS定量に用いている33。2000年に入るとLC/MSが環境分析の研究者にも手の届く機器となり,国内でも岩手県環境保健研究センターの齋藤らが水環境中のPFOS,PFOA全国調査を行っている34

質量分析のイオン化法の1つESIはスルホ基やカルボキシ基を持つPFOS,PFOAのイオン化に適していたため,一般的なイオン化法としてPFASの分析に用いられているが,ESIによるイオン化の効率は分子内炭化フッ素鎖の有無とは関係がない。炭化フッ素鎖を持つPFAS全てをESIによってイオン化できる訳ではなく,アルコールやオレフィン系のPFASはESIで効率良くイオン化されないためにAPCI35やAPPI36といった他のイオン化も報告されている。しかしながら,複雑な構造のPFASはESIに寄与できる何らかの官能基を持つものが多いために,大半はESIを用いるLC/MSの網にかけることができると考えられる。しかしながら,標準試薬の無いPFASについてLC/MSにより正確に定量することはできないため,PFASの量的評価,マスバランスがLC/MSと19F-NMRで異なるケースが散見される37

有機フッ素化合物を完全に分解し,フッ化物イオンとして検出する手法は取りこぼしのない確実な手法である一方で,クロマトグラフィー等他の技術との連携による物質同定には難点がある。LC-NMRも感度や移動相の制約から限られたユーザーにおける使用に留まっている。固相抽出や活性炭を用いるEOF(Extractable organic fluorine),AOF(Adsorbable organic fluorine)といったフッ化物イオンまで分解し測定する,あるいはNMRを用いる以外の手法としては分光学的な手法がまず挙げられる。ガスクロマトグラフGCと接続可能な原子発光検出器AEDは製品中のPFASの存在を検証する上で有用な組み合わせといえる。熱分解装置を試料導入部に用いることで熱分解により生じたガス中に高分子フッ素化合物の痕跡を辿ることができる。de Vegaらはフッ素系のスキーワックスを熱分解GC-AEDにより測定し,スキーワックス中のフッ素化合物のほとんどがEOFによって抽出できないことを示している38

元素の分析には電子線やX線,イオンビーム等が用いられるが軽元素は他の元素に比較して分析が難しいとされている。粒子線励起ガンマ線放出分析法(PIGE)はフッ素を検出可能な手法でありMeVレベルの高エネルギーを持つプロトンを衝撃し,放出されるガンマ線を計測する。PIGEを用いたPFASの分析例も報告されつつある39

誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)を用いる方法では,フッ素のイオン化エネルギーが極めて大きいことから,Fとしての測定ではなくBa2+等の2価イオンとの複合体BaFを作ることで検出する方法が有効である。クロマトグラフィーの移動相は通常のLC/MSの逆相条件と同様というわけに行かない面もあるが,HueckerothらはLCの溶離液を分割し,ICP-MSと四重極飛行時間型タンデム質量分析計に導入する測定を行っている。この中でICP-MSでBaFが検出された保持時間のHRMSデータを参照し,分解生成物を特定している40。クロマトグラフィーによる保持時間情報はノンターゲット分析においても重要な情報源となるため,クロマトグラフィーとオンラインで接続できる検出技術は今後も期待されるものとなると考えられる。ESIを補完するイオン化法として誘電体バリア放電を質量分析計のイオン化に適用するイオン源が商品化されている。PFASへの適用例も報告されており興味深い41。ESIのようなソフトなイオン化,あるいはLC-NMRを除いて,PFASをフッ素原子として,あるいは元の分子とは異なる形にして検出するため,PFAS構造を持つかどうかは判別できない。

6. おわりに

膨大な数が存在するといえるPFASについて,リスクの高い物質はPFASの中でも一部であろうが,ターゲット分析のみで対応することには無理があるといえる。とはいえ測りもらしのない体制が整備された拠点は必要であろう。また,HRMSが整備されている機関も増えてきていることから,データの共有は進めるべきである。アノテーションされていないノンターゲット分析のデータも価値がない訳ではなく,アラインメントによる検出状況の比較や,優先順位を議論する上でも有用な情報になりうる。PFASの全容を理解する上でHRMSによるノンターゲット分析が最も重要な要素になることは間違いなく,これらのデータが共有されることでデータの価値自体の向上が期待できる。しかしながら現状,HRMSデータは大抵の場合,各測定機関のPCの中に格納されたままのものがほとんどである。これまで,マススペクトルデータはクリーンな標準試薬を用いて取得されたものがデータベースに登録されていったが,シーケンサーで読まれたゲノムデータ等を共有することが生物学分野では常識のようになったのと同様に質量分析データについても標準試料の測定に限らず実際の測定データがjPOSTやShin-MassBankといったリポジトリに受け入れられるようになっている42。環境分析のHRMSデータについても共有の意識が広まることが期待される。

謝辞

本稿の作成は環境研究総合推進費K2412およびJSPS科研費23H00539の助成を受けたものである。またOrbitrap Exactiveの測定は関西大学荒川隆一名誉教授,川﨑英也教授の研究室に協力を受けたものである。

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