2024 年 2024 巻 1 号 p. 226-246
石森 広美(北海道教育大学)阿部 始子(東京学芸大学)
東 優也(海老名市立杉久保小学校)
キーワード:地球市民,グローバルシティズンシップ,地球的課題
本研究は小学校外国語科において,教科書の単元に絡め地球市民育成の視点から授業を構想•実践し,その成果を検証するものである。第 5•6 学年の計 8 単元分の授業案を,2022 年 7 月から 2023
年 2 月にかけて公立小学校 2 校で実施し,児童の学びに関するデータを収集した。本研究のデータは,授業実践開始直後および授業実践終了後のアンケート,記述を含めた各授業後の振り返りシート,授 業実践終了後に行った抽出児童へのインタビューから構成され,これらのデータを組み合わせ,児童 の学びと変容について総合的に検証した。
授業後のアンケート結果から,地球市民育成を目指した授業実践により,「知識•理解」領域では地球的課題への理解が深まったり,様々な人の共通点•相違点や,地球的課題と自分たちの生活とのつながりに気づいたりする等の変容がみられた。また,「技能•スキル」領域では特に,情報収集や批判的思考,問題解決のスキルの伸長が確認され,多角的視点で地球的課題を捉える姿勢の育成が看取された。さらに,振り返りシートによる自己理解や自己認識の深化も示唆された。発達段階に留意しながら,教科書の単元に関連づけた映像や ALT との連携を活用したグローバルな素材や問いを提示し,児童に思考を促す工夫を施しながら,継続的に地球市民育成を意図した外国語の授業を展開することにより,児童の地球市民意識の高揚を図ることが可能であることが明らかとなった。
グローバル化,多文化化が急速に進展する現在,外国語教育においても,地球市民意識(グローバルシティズンシップ)や国際理解の涵養,異文化間コミュニケーション能力の育成等,社会文化的側面にも意識を向けた取り組みが模索されている。本研究は,小学校外国語科において,教科書の単元に絡め,地球市民育成の視点から授業を構想•実践し,その成果を検証するものである。
2020 年から小学校外国語が教科化されたことに伴い,「小学校教員養成課程外国語(英語)コア•カリキュラム」(文部科学省, 2017a)が整備され,「初等外国語」に関する科目が設置された。それを構成する「外国語に関する専門的事項」には「異文化理解」も含まれている。また,小学校外国語の教科化に至るまでの経緯を概観すれば,2002 年に「総合的な学習の時間」における国際理解
教育の一環として英語会話等に取り組むようになって以降,小学校における外国語教育の主要目的は,外国語で積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度や能力(の素地や基礎)の育成のみならず,その両輪として一貫して国際理解を深めることも掲げられてきた。しかしながら,萬谷ら(2022)によると『小学校英語教育学会紀要』(JES Journal)に収録されている論文(242 編)のうち,異文 化理解•国際理解に関するものは僅か9 編(全体の3.7%)であり,小学校外国語教育研究におけるその研究蓄積は厚くないのが現状である。
小学校外国語の低年齢化と教科化が「グローバル化の進展への対応」(文部科学省, 2016)であるならば,小学校外国語教育研究においても,グローバル時代に必要な地球市民資質の育成を目指し,異文化理解や国際理解に連関した実践研究が活発化されるべきである。本研究では,世界との出会いの入り口となる小学校外国語科の授業において,地球市民育成を標榜した授業を構想し,実践することによる教育的意義を明らかにすることを目指す。
近年,SDGs(持続可能な開発目標)への関心の高まりにより,校種問わず学校教育においても地 球的な諸課題の探究は積極的に取り組まれている。SDGs は世界の様々な国や地域が共通して抱え,国境を越えて協働的に取り組むべき課題群,すなわち地球的課題(グローバル•イシュー)である。 SDGs の枠組みには意識や行動変容も含まれており,地球市民育成を考える上での重要な道標である。
地球市民の育成に関しては,ワールドスタディーズ(Fisher & Hicks, 1985),それを基盤にしてカリキュラムを発展させたオックスファム(Oxfam, 1997, 2006),さらにはユネスコの教育モデル
(UNESCO, 2014)が日本の国際理解教育にも大きな影響を与えた潮流として代表的なものである
(石森, 2008, 2010, 2013)。目標構造には,「知識(理解)」「技能(スキル)」「姿勢(態度•価
値観)」の 3 領域が設定されており,日本国際理解教育学会のカリキュラム開発においても,その枠組みが採用されている(日本国際理解教育学会, 2015)。ユネスコによると,地球市民教育(Global Citizenship Education)は,より公正で,平和で,寛容で,包摂的で,安全で,持続可能な世界(a world which is more just, peaceful, tolerant, inclusive, secure and sustainable)を確保するために,学習者が必要とする知識,スキル,価値観•態度を発達させるものである(UNESCO, 2014, p. 9)。いずれにおいても,地球的課題を自分事として捉えて思考し,自分自身や自分の生活を見つめながら,現実社会をより良いものへと変革させていく行動力が重視されている。簡潔にいえば,グローバル化した世界の中に生きる,一人の市民としてのあり方を問う教育アプローチである。
ここで,この教育アプローチを外国語教育との関係性から素画しておきたい。小中高を通した 10年間の外国語教育を展望すると,小中高を貫く目標は「コミュニケーション能力」の育成である(文部科学省, 2017b)。急速に進展するグローバル化は,世界中の多様な文化背景をもつ人々がつながる機会を飛躍的に増大させている。この点を鑑みると,日本において児童生徒が身に付けるべきコミュニケーション能力は,異文化コミュニケーションの文脈で考えることが妥当である。
先行研究の検討:外国語教育における地球市民育成の取り組みとその課題近年,コミュニケーション能力の再定義が試みられており,村野井(2006)は,コミュニケーション能力とは「世界のさまざまな事柄についての知識•考え」「姿勢•態度(価値観,人間性などを含む)」を包含する幅広い概念であると主張している。SDGs を含め,社会や地球の問題への認識を深め,背景知識や予備知識を備え,またそれに対する自分の考えを深めることで,外国語(英語)を用いてコミュニケーションを図りながら,相手を思いやったり,共感したり,問題の解決策を共に考えたりすることが可能となる(石森, 2023)。
また,コミュニケーションの根底には,「相手を理解したい」という気持ちに加えて,異文化や文化的多様性の価値を見出し,それに学ぼうとする異文化尊重の態度が不可欠であり,寛容さとオープンマインドをもって異文化コミュニケーションを図ろうとする姿勢が重要である。Byram(2008, 2021)は,グローバル化の中で,国家を越えた市民として,お互いのアイデンティティを理解しながら異文化間で対話をするためには,ネイティブスピーカーを想定したコミュニケーション能力だけでは不十分であり,相互文化的能力(Intercultural Competence)の育成が,外国語教育においても重要であると述べている。外国語教育の目標は言語習得だけではなく,また外国の文化や風習についての知識の獲得でもない。多様化が進む多文化共生社会において,世界の課題を理解し,互いの文化や価値観を尊重しながら,コミュニケーションを行う総合的な力の育成が求められている。
以上を包摂的に踏まえると,外国語教育と地球市民育成には密接な関連があることがわかる。
「コミュニケーション能力」の育成を目指す外国語教育においては,「言語」の運用力だけではなく,世界のことも学び,意味のあるやり取りを通して,より良い未来を世界の人たちと共に作るという姿 勢を涵養することも,重要な視点である。上記のことから,子どもたちの地球市民意識を育てること の教育的意義を見出すことができる。外国語の授業において地球市民意識が向上するように働きかけることにより,児童の外国語における見方•考え方が充実し,コミュニケーションをより豊かで意義深いものにすることができるのではないか,との考えに至った。
先行研究を概観すると,国際理解に関する学習やグローバルな視点で教材開発された実践はいくつか蓄積されている。東(2023)もレビューするように,例えば以下のような報告が挙げられる。
小林•吹越(2020)は,オリンピック•パラリンピックを入り口とし,難民の存在や平和を考えることを通して,グローバルな視野育成,英語への関心喚起,文化理解や国際親善への態度育成をねらいとし,外国語活動•道徳•総合的な学習の時間(以下,総合)を通した教科横断型の授業実践と学習発表会を行った。本実践は児童に加えて他の教員の国際理解への興味を誘引する成果がみられたものの,英語の台詞やテーマ自体の難易度が高く,評価方法の再検討も課題として示されている。
阿部(2020)は, We Can!1, 2 の単元において国際理解の内容を包含した授業案を,実践的検証を通して提案している。また,総合と関連づけた授業提案として,「共生」と「難民」を主題とした単元を開発した。阿部の実践は,豊富な教材(歌や絵本,動画)と体験活動を取り入れ,外国語学習としての言語材料を明確にしている点が特徴的である。地球的課題を扱っていることから,テーマ自体の難易度が高く,日本語での解説が増加する傾向は否定できないものの,視覚教材の有効活用により,内容理解を補助する工夫は注目される。一方で,言語能力や技能の向上と内容理解の両輪のバランス
をとる面から,児童の思考に外国語を通した理解が十分にみられないという課題を呈している。
同様に,地球的課題に挑戦した実践例としては,中•吉村(2022)のミャンマーのロヒンギャ難民をテーマに,全校学習と組み合わせた実践報告がある。前年度の学習経験を活用し,学習者の思考の流れを円滑化する配慮がなされている。アンケート結果からは,児童のミャンマーへの理解の深まりや自分事としての学習の振り返りができている点が示されているが,「ミャンマー=弾圧,怖い国」というイメージを与えてしまった点を課題として指摘している。また,外国語使用についての明言はなかったが,仮に児童の母語を主として学習が展開される場合,外国語教育の中で育成したい資質や能力が軽視されてしまうことが懸念される。
他方,CLIL(内容言語統合型学習)もその実践方法として,座視できない。例えば,高谷(2022)は,地球市民意識の育成を目標に,人権と難民に関する単元を開発し,知識の取得のみならず,対話 を通して思考が深まる活動を通して,最終的に自分の意志や行動計画を示すことに発展させている。短時間の学習で知識•技能面の伸長があった点を成果としているが,ここでも日本語の使用割合が増したという同様の課題が指摘されている。他教科との連携や既習事項を視野に入れることにより,学習がより円滑になると予想される。
難民•共生•障がい•人権といったテーマを取り上げた上記の先行実践研究を概観してわかるのは,地球的課題を扱い,外国語学習を通して考えを深めることで,言語やその背景となる文化や社会事情への気づきや理解,グローバルな視野の拡大や自分自身の考えの広がりがみられることである。しかし,共通する課題も浮上した。地球的課題を扱う場合,指導者の日本語での解説が多くなり,児童の外国語による言語活動が減少する事態が生じうるという点である。外国語の授業であることを鑑みた時,その特質を失わないような配慮が要求されるだろう。外国語と内容理解を並行して促すために,外国語と日本語のバランスをはかりつつ,思考の深化や行動の変容をいかにして支援するのかが問われる。他教科との連携や接合の重要性も含め,どの地球的課題に焦点を当てるか,その難易度を見極めつつ,無理なく外国語科としての学びを成立させる手立てに留意することが鍵となる。
これまで国際理解や地球市民教育に関する授業実践においては,一部の熱心な教員が余剰の時間を使うなどした断片的かつ投げ込み的な実践が主流であり,成果が不明瞭であると指摘されてきた
(石森, 2013)。本研究の授業構想は,教科書の単元と関連づけて地球市民意識の育成に資するテーマを深め,提示された言語材料を活用し,継続的かつ段階を追って授業展開を重ねていく点に特徴がある。また,扱う地球的課題を焦点化し,視覚教材などを多用することで日本語使用を極力抑え,外国語科の授業としての言語活動を保障するよう配慮した点も,特色である。教科化され,教科書に準拠する小学校外国語教育が着手されたからこその着想であり,本研究が小学校外国語教育において発展が不十分である当該領域において,具体的な実践事例と成果を提示することを目指すものである。以上を踏まえ,本研究では,1)地球市民育成を意図した授業によって,児童の地球市民意識が向 上するのか。2)地球市民育成を意図した授業によって,児童の行動変容につながるような認識の変
化をもたらすことができるのか,の 2 つのリサーチ•クエスチョンを設定する。
地球市民意識を測る指標については,石森(2013)の研究成果をベースとして活用した。石森
(2013)は,欧米および日本国内に蓄積されたグローバルシティズンシップの先行研究の詳細な分析から,学習者が目指すべき資質育成の方向性を捉え,その重要点を析出することを通して,主に高等学校を射程とした「知識•理解」「技能•スキル」「姿勢•態度•価値観」のドメインと,それに属する目標主題であるサブカテゴリー,そしてそれらに属する合計 30 の指標を開発した。さらに,その内容的妥当性を担保するため地球市民育成に関わる教育の実践者へアンケート調査を行い,全国の高校教員(106 校 113 名)からの回答を基に精査•検証した上で,まとめたものである。
表1 本研究で用いた指標
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番号 |
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この石森(2013)の 30 の指標を,藤原•池田(2018)が小学校における教科横断的な Education
for Sustainable Development (ESD)の実践における児童の地球市民意識を検討するために,小学生版に改変しアンケート項目として活用した。本研究では,藤原•池田(2018)の小学校における指標を,本研究課題の趣旨に照合させながら捨象し,吟味•修正を加え,幣理した(表1)。これを,アンケートの質問項目及び児童の振り返りの分析の枠組みとして使用した。
本研究における参加者および調査対象者は,神奈川県内にある公立 A/B 小学校第 5 学年(各 3 クラス)および第 6 学年(各 2 クラス)の児童である。A 小学校は,本研究の授業実践者(第三著者の東が担当)が専科教員として勤務していた小学校であり,B 小学校は兼務校である。A 小学校では,それまで基本的に担任主導による ALT とのティーム•ティーチング(以下,TT)で授業が行われていたが,本実践研究が行われた 2022(令和 4)年度の外国語科のカリキュラムにおいては,授業実践者が指導計画の作成や指導,評価等のコーディネートを担当し,授業についても TT を含む 70 時間の全てを T1 で実施した。B 小学校でも,専科教員である実践者と ALT との TT で年間 70 時間の授業を実施した。アンケートの分析対象としたのは,実践開始直後(以下「事前」と称す)と一連の授業実践終了後(以下「事後」 と称す)の両方に答えた児童のみとした。有効回答数の総計は 292、A 校は 139,B 校は 153 であった。各学年の数値は,A•B 校合わせて 5 年生が 160,6 年生が 132 である。
授業開発にあたっては,月一度定期的なミーティングを実施し,単元の選定,テーマの焦点化,指標の修正,言語材料や教材の選定,授業設計,評価方法等について討議を重ねた。実践の汎用性を考慮して,教科書(光村図書 Here We Go! 5, 6 )を使用し,上記の討議を踏まえ,最終的な授業計画は,授業実践者が作成し,実践した(表 2)。
教科の特質である「外国語で何を学ぶか」を重視し,外国語による見方•考え方を働かせることとともに,他教科等との連携や前学年までの学習経験も考慮した。特に A 小学校では,5 年生は SDGs(環境学習),6 年生は国際理解(平和学習)をテーマに年間を通して探究していたため,本研究における授業実践は,この総合での学びや児童の学習経験と関連づけ,地球市民意識育成の視点から開発した単元を構成した。その際,学級担任と密に連携し,児童の気づきを促す内容,児童の思考を広げたり深めたりする内容,他教科での学びを再確認し,自分を見つめ直す内容など,題材や取り上げる地球的課題について検討した上で,外国語科が果たす役割について共通理解を図った。
ALT との連携では,扱うテーマに基づき,ALT の出身国の状況や ALT 自身の考え方を共有した。 原則,外国語(英語)での Small Talk や発問,児童とのやり取りを通して授業を進めた。授業者の 外国語での問いかけには,児童が外国語で反応する場面と母語で反応する場面が考えられるが,いずれの場合においても,外国語で受け止めたり,リキャストしたりした。児童が思考を深める場面では,必要に応じて母語で対話的な学びが展開できるように心掛けた。どの授業実践も視覚教材を用意し,意図的に文字を読ませる場面では,基本的な英語表現や語彙を提示するようにした。
2022 年 7 月以降,開発した単元•授業案に基づき,2023 年 2 月までに 2 校,2 学年にわたって 8つの単元を構想し,地球市民意識の涵養を目的とした総計 37 回の授業実践を行った(表 2•3)。その過程において,7 月に 5•6 年生,9 月に 5•6 年生,10 月に 6 年生,11 月に 5 年生,1 月に 5 年生に授業を,2 月には 5 年生の公開研究授業を実践した。本研究の対象としての 5 年生の授業総数は 5回,6 年生の授業総数は 3 回である。また,*印を付した授業については,授業後の自由記述による振り返りも分析し,授業内容や今後の授業への展望等に関する示唆を得た。
表 2 授業実践概要
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※第 1•2•6 回の授業は録画し,研究メンバーで共有•事後の振り返りを行った。
表 3 実践した学習活動の指導案(例)
0あいさつをする。
0前時の復習をする。
(語彙:教科,表現:What subject do you like? / What do you have [on Monday]?)
児童に問いかける。
•主導し,確認が必要な単語や表現を確かめる。
•児童とやり取りする。
•児童が難しそうにしているものは,再度確認する。
0教師による Small Talk を聞き,本時のめあてを考える。
ALT の出身の学校では,どのような教科を学習していたのかについてやり取りする。
Today’s goal:外国の学校の時間割から学ぼう,考えよう。
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データ収集では,アンケート調査に先立ち,研究の趣旨及び本研究の参加が児童の正課の成績に影響を与えることはないこと,個人情報は匿名化され適切に管理される旨を,文書で保護者を対象に通知し,また授業者から児童にも口頭で説明し,保護者•児童の同意を得た上で実施した。
アンケートは表 1 の指標を質問項目とし,「全く知らない•できない」を 1,「とてもよく知っている•できる」を 5 とした 5 件法であり,実践開始直後の 2022 年 7 月(以下「事前調査」と表記)
及び実践終了後の 2023 年 3 月(以下「事後調査」と表記)に児童の項目内容への理解を確認した上 で実施した。また,授業後の児童の振り返りシートの分析,アンケートの結果から顕著な変化(5 件法で 2 以上の上下の変化)があった抽出児童へのインタビュー調査も実施した。後者のデータはケーススタディとして分析し,量的•質的両方のデータを総合的に活用する混合法を用いて検証を行った。
ここでは,事前•事後のアンケートの平均値の結果について記す(表 4)。まず,記述統計の平均 値が事前•事後の両方において中間値より高い 3.5 以上となった項目について考察する。事前調査では,「姿勢•態度•価値観」自己理解•自己認識(Q11/Q12/Q13),多様性の尊重•寛容(Q14/Q15)といった項目が比較的高い平均値を示し,自分の長所を理解しより良くしたい,自尊心をもって夢に向かって努力したい,困っている人に対して行動を起こすことは大切だ等の気持ちや,異なる文化の良さを認め尊重する態度,違いを乗り越えてコミュニケーションをとる意欲などの項目が含まれていた。一方,事後調査では上記に加え,「知識•理解」地球的課題(Q1),多様性•多文化社会(Q2),グローバル社会•相互依存(Q4),「技能•スキル」情報収集•活用(Q5),コミュニケーション•協働(Q10),
地球市民の自覚と責任•行動への意欲(Q17)等も含まれるよう変化した。
表 4 事前と事後のアンケート結果の比較(N = 292)
Q 事前 事後 事後-事 相関
t 値 自由
有意確率
効果量(r)
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3.425 |
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.008 |
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291 | .001* |
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5 | 3.411 |
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.088 |
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291 | .000* |
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3.079 |
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.116 |
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291 | .001* |
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2.969 |
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.081 |
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291 | .000* |
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3.086 | .989 |
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.988 |
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10 |
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.982 |
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291 |
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11 | 3.805 | 1.109 |
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.089 |
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12 |
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.061 |
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.016 |
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1.072 |
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14 | 3.497 |
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3.558 | 1.207 |
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-.476 |
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3.192 | 1.067 |
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17 | 3.322 |
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*ボンフェローニの補正を行い,有意水準を p < .003 (*)に設定した。
ただし,t 検定の結果からは,事前調査と事後調査の平均値に有意差がみられたのは,Q1, Q2, Q4, Q5, Q6, Q7, Q11 であった。これらの結果から,地球市民育成を目指した授業を受けることを通して,
「知識•理解」の地球的課題に関する理解が深まったり,多様な人の共通点•相違点に気づいたり,地球的課題と自分たちの生活とのつながりに気づいたりなどの変容がみられたことが明らかになっ た。「技能•スキル」の中では特に,情報収集のスキルや批判的思考•問題解決のスキルが伸びていることから,地球市民の育成を目指した授業を受ける中で疑問に思ったことを自分で調べたり,多角的な視点で地球的課題を捉えられるようになったりしていく様子が看取された。また,振り返りシートで繰り返し自己理解を促す質問が提示されたことから,自己理解•自己認識への深まりがあったことも示唆された。
5 年生の授業総数は 5 回,6 年生の授業総数は 3 回だったことから,アンケート調査結果が学年に より異なるかどうかを調べるために,すべての質問について,「学年」と「アンケート調査時期」を独立変数,「アンケート結果」を従属変数とする二元配置分散分析(混合計画)を行った。その結果,交互作用が有意であったのは Q2 と Q3 であった(紙幅の制限があるため,他の質問の分析結果については省略,平均値は付録参照)。Q2: (F (1.000, 290.000) = 7.452, p = .007, I}p2 = .025) ,Q3: (F (1.000,
290.000) = 5.225, p = .023, I}p2 = .018) 。この 2 問について単純主効果の検定を行った結果,Q2 と Q3において 5 年生に有意な伸びがみられた(Q2: p < .001, Q3: p = .009)。この背景として考えられるのは,Q2「様々な人の共通点•相違点に気づくことができる」について,5 年生は表2に示されたように①What do you have on Monday? (様々な国の時間割), ②What time do you get up? (世界の子どもたちの 1 日の生活),⑥I want to go to Italy. (世界各地の世界遺産),⑦What would you like?
(世界の米料理)等,文化の多様性を扱う授業が多かったことに対し,6 年生は②What do you want to watch?(難民選手団について),⑤ He is famous. She is great. (食物連鎖と環境保全)等,地球的課題への気づきを促すテーマが中心であり,授業内容の差異が影響していると推察される。Q3 についても,多様性の認識の深まりが影響しているのではないかと推察される。
表 5 振り返りシートの共通項目以外の質問例次に,授業後の振り返りシートの記述内容を,開発した指標に基づいて分析した結果をみていく。この分析では,授業や質問の内容による児童の気づきへの影響を探索し,具体的な支援方法を考察することを目的としている。各授業共通の質問項目には,①今日の授業のキーワード,②今日の学習で考えたこと,③これからの生活や自分の生き方について考えたこと等があり,4 番目以降の質問には各授業内容に合わせた質問を取り入れている(表 5)。表 6 の数値は,回答数の中で指標と関連する記述があったものを数えた総数の割合を示している(記述例と分析の例:「国がちがうごとに時間割それぞれちがうというのがおどろきました。でも時間割がちがうのは理由があるんだなと思いました。」の記述は,Q2「さまざまな人の共通点や相違点に気づく」の1回答としてカウント)。
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表 6 振り返りシートの内容を指標に関連づけて分析した結果
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28.81 | ゜ | 41.94 | ゜ | 29.41 |
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91.53 | 98.46 | ゜ | 98.41 | ゜ |
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゜ | 27.69 | 1.61 | 12.7 | 4.41 |
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6.78 | ゜ | 14.52 | 1.59 | 1.47 |
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゜ | ゜ | 43.55 | ゜ | 2゜.59 |
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32.2 | 24.62 | 27.42 | 3.17 | 4.41 |
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゜ | 1゜.77 | 1.61 | ゜ | 2.94 |
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゜ | 2゜ | ゜ | ゜ | ゜ |
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゜ | ゜ | ゜ | 15.87 | ゜ |
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44.゜7 | 1゜.77 | 25.81 | ゜ | 1.47 |
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3.39 | 36.92 | ゜ | 17.46 | ゜ |
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67.8 | 7゜.77 | 22.58 | 17.46 | 35.29 |
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゜ | ゜ | 3゜.65 | 39.68 | ゜ |
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゜ | ゜ | 24.19 | 84.13 | 47.゜6 |
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゜ | ゜ | ゜ | ゜ | 14.71 |
*( )の数値は各振り返りの回答数。各項目の数値は%
振り返りの分析から明らかになったことは,アンケート結果を裏付ける内容として,Q1 地球的課題解決のために協力が必要,Q2 多様性の中の共通点や相違点,といった項目の回答が多いことが挙げられる。これは,振り返りの質問においてSDGs と関連づけるように促している点や,授業で扱った動画の具体的な人や場面を取り上げて児童の思考を促すなどの工夫が影響している可能性が考えられる。また,アンケート結果で有意差はなかったものの, Q16 地球的課題を知り生活を見直す,といった項目に関連した記述が多くみられたことも,こうした工夫の効果として指摘できるだろう。加えて,指標には直接含まれていないが,地球的課題の理解の深まりや,言語知識の深まり,多角的な視点で課題を捉える姿勢(批判的な理解)等がうかがえる記述もあり(表 6 ハイライト部分),児童の思考が授業を通して深まっていき,言語や地球的課題に関する知識を得るだけではなく,批判的あるいは多角的にものを見る視点の育成にも寄与していることが示唆された。
一連の実践が終了した 2023 年 2 月下旬から 3 月上旬に,アンケート結果を参考にして抽出した児童へのグループインタビュー(計 29 名参加)を実施した(5.4 参照)。ここでは,継続的な実践を行ったことによる児童の気づきの深まりを詳細に分析し,実践の内実を披歴しつつ今後の実践への具体的示唆を提示する。なお,インタビューは休み時間を活用し,児童の了承を得てグループインタビューの形式で,およそ 10 分程度で実施した。以下では,授業実践者が着目した4 名のケースを紹介する。
児童Aは,単元における自己目標設定や記述による振り返りも,回を重ねる度に成長がみられていた。年度当初,「英語を話せるようになりたい」「頑張ってめあてを達成したい」等の抽象的な記述が散見されたが,年度の後半では自分に必要な努力についても明確に記述できるようになった。さらに,その到達度や満足度などを振り返ることができるようになった。児童Aは,授業中の反応や発言が積極的で,ALT との関わりも進んでもち,前向きな態度で授業を受けている。しかし,以前は Small Talk や教材提示の際に集中が途切れ,諦めてしまったり,不貞腐れたりするような態度もしばしばみられた。児童Aの言動は他の児童のモティベーションにも作用したため,クラス内の影響力は大きいと考える。インタビューでは,次のように年間の取り組みについて語っている。
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T: A さんは,知識がついたってところがまず伸びているんだけど,人とコミュニケーションを取っていきたいですか,協力していきたいですか,というところの考え方が変わっているの。よい風に。なんか授業で影響あった?
児童 A: いろいろな国のことを知ったりして,米料理とか,国によって主食が違ったりしゃべり方も違ったりするから興味がわいてきて,しゃべってみたいと思った。
T: 人と関わってみたい,しゃべってみたいと思ったんだね。でもA さんもともと外国語きらいじゃないよね?児童 A:(うなずく) T:うん。日本人だろうが,世界の人だろうが関係なく,人と関わるっていうことがあんまり嫌いじゃないよね?児童 A: (うなずく)
T:もともと好きだったものがさらに好きになった?それともあまり変わらなかった?
児童 A: 授業を受けてみて 文化のこともやったり世界のことも知ったから,めっちゃ上がったわけではないけど,まあ 100 あったとしてさいしょが 50 だったら,80 くらいまで上がった。
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新しい知識が身についたり,世界の実情や文化の差異について理解したりすることで,知的欲求が増すと考えられる。児童Aは,地球市民育成をねらいとした授業を継続的に受けたことにより,知識や理解が積み重なる感覚が高まり,それが外国語を学ぶ態度の変化に寄与したと考えられる。
児童B は,学習には前向きに取り組むものの,自己肯定感はあまり高くない。児童B の学級には,学習の基礎基本が定着している児童が多い一方,自分の考えや思いを共有することが苦手で,周囲に同調するような雰囲気があった。これは,自己理解の不十分さに起因する不安が大きく,自分の考えや意見に自信をもてない様子だった。外国語科の学習では概ね良好な状況であるが,思考•判断•表現に係る資質能力の伸長が児童 B の課題であると認識された。
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T:B さんはどう?ただ英語の文章や言葉を覚えようっていう授業も大事だから今までやってきたじゃない?でもこういう(地球的課題をテーマにする)授業を受けてどう思った?
児童 B:SDGsとか5年生でもやってきたけど,勉強と関連づいていたし,だけど自分の学習とはちょっと離れていた気がする。
T:自分が調べている総合のことと,先生がやっていることは少し違った?
児童B:まあ関連づいていると言えば,通学路のやつとか。なんかそういう感じかなって。世界遺産とかはまたちょっと離れちゃうけど,自分は世界遺産は結構好きではあるので,これ知ってるぞってやつとか,知らないやつとかけっこうあったし。
T: (中略)さっきも世界に興味があるって言ったでしょ。世界にこういう問題が広がっているのをもう理解しているとか,苦しんでいる人もいるし,よりよい社会にしようと協力している人もいることを知っている,という項目が伸びてる。そういうことにわたしの授業って関係してる?
児童 B: 影響してると思います。自分の学習とは離れているけど,(数値が)上がっているということは英語の学習が生かされているんだと思う。通学路とか総合ではやらなかった。調べることはできたけどね。
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取り巻く環境や生活経験は児童によって異なる。それにより,外国語科での学習において示す興 味関心の幅も実際上は相違がある。児童B はインタビューでの語りにもあるように,世界遺産に対する興味が高く,他の児童と比較して既知内容が多かった。どのような題材や学習内容に興味を示すかの選定は,指導者の授業開発の視点や児童の実態把握に委ねられているが,全員が同程度の興味関心を示すとは限らない。実践の積み重ねから,児童の成長や変容を細かく見取る必要が生じる。授業としては当該教科の特質を生かしつつその見方•考え方を重視して授業実践を行うことが求められるが,それぞれの教科での学びを大切にし,それらを相互に関連づける思考力を育てることも重要である。
児童 C は,授業者や ALT,友人の意見をよく聞いて考えを形成する。自ら積極的に発言する姿は
多くないものの,友人の考えに同意したり,自信がもてると自分から口を開こうとしたりする。児童 Cに挙手や発言があると,理解の度合いが確認できる状況であった。2 学期後半から授業に臨む姿勢が積極的になる様子が確認された。児童Aと同様に,理解が増すと自信がもてるようになり,児童の学びに向かう姿や学習に取り組む態度にも変化が生じることを示している。
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T: C さん,数値がぐっと伸びていてすごいんだけど,あなたが一番伸びたところは,自分たちと違うところ,(中略)そういった文化や考えの違いをこれから大事にしていきたいです,って答えてるの。なんか授業で変わったりした? 自分はこうだけどこの人はこうだから,それは違うだろってことは言わないように,もともと思っていた?
児童 C:もともと少し思ってたけど,授業をやってやっぱりそうやって思っていた方がいいんだなって 。
T: なんで思っていた方がいいなって思ったの?
児童 C: 自分が否定されると嫌な気持ちになるから,相手にもいい思いができるように•。
T: お互いにいい思いをした方がいいってことね。お互いにいい思いをすると,どうなっていくの?児童 C: お互いいいなってなったら, 仲良くなる。関係が深まる。
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児童Cは違いを認識しそれを大切にすることが,相互の関係発展に資すると含意している。これは,国籍にかかわらず,身近な人との関係構築にも必要な視点であり,地球市民として生きる上で重要な資質である。外国語科の能力(4 技能 5 領域)の向上を図りながらも,外国語教育における地球市民育成を目指した授業を通して,どのように社会や世界と関わり,よりよい人生を送るか,に係る萌芽的な資質が育っていることが明らかになった。他者や自分との関係を見つめ直し,人との関わり方を児童Cは自分なりに考えていることから,本研究では,相違点の認識だけではなく,相互の関係づけも促し,自己のあり方についても考察する契機を提供したといえる。
児童Dは,冷静に物事を判断したり,自分と他者との考えの比較を通して自らの見解を形成したりすることができる。授業での観察から判断すると,特段前向きでもなく,興味関心の程度も高くない状況であった。アンケート調査においても,項目ごとに数値が上昇している児童が大半を占める一方で,下がっている項目が比較的多かったため,内実を探るべく抽出した。
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T: 伸びていることもあるんだけど,一方で落ちているところがあって,悪いことじゃなくてすごく興味深いのね。(中略)すごく一生懸命授業受けてると思うんだけど,下がってるんだよね。面白いなと思って。なんかあった?
児童 D: いや,もともとの評価が高すぎって知ってから。できないやみたいな。もともとはできるんじゃない?って思っていたけど。
T: 知ったからこそ,できないなって思っちゃったってこと?児童 D: はい。
T:(中略)知らない状況だと「できるんじゃない?」って軽く思っちゃうけど,いざ知ってしまうと•児童 D: ああ,できないかもって思っちゃう。難しいな,世界って思った。
T: でもそれってさ,自分に責任が出てきたってことだよね。口だけじゃなくて一生懸命考えたわけで,今の自分にできるかな,できないかなってしっかり考えた証拠だよね。
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授業実践による知識理解の促進や技能の習得,またそれに伴う深い思考や適切な判断力,表現力の向上は,無論価値があることである。他方,自分一人にできることの小ささや無力さに気づき,世界や社会の厳しさに直面する段階を経て,自分が本当にできることを思考するフェーズへと移行する側面もある。また,多様で山積する諸課題に対して,解決の難しさを知ることも有意味である。ゆえに,軽く「できる」と発言することの無責任さを自覚することも,授業実践のひとつの結果であるとも解釈できる。「できない」「簡単ではない」と感じたからこそ,今後どのように向き合い学習を進
めるかべきかや,何を目指して外国語学習を継続するかを,児童の口から引き出すべきであり,指導者側がそうしたケアを行う必要性も提起された。
アンケートの数値だけでは把握できないそれぞれの思いや背後に存在する認識に光を当てることで,授業実践がそれぞれの児童の興味関心や得意不得意分野に対して多様にアプローチし,認識の変容に 作用し得ることがわかる。
また,授業の中で児童の思考を活性化させたり,振り返りシートで繰り返し自己理解を促す 質問が提示されたりしたことから,自己理解•自己認識の深化への寄与も示唆された。振り返りシートの分析結果からは,上述したアンケート結果を傍証する資料に加え,アンケートの項目にはなかった,地球的課題の理解の深まりや言語知識の向上,多角的な視点で課題を捉える姿勢(批判的な理解)等が認識される記述もあり,授業を通した児童の思考の深まりや新たな知識の獲得に加え,批判的•多角的な視点や姿勢の涵養にも貢献していることが示唆された。加えてインタビュー分析からは,社会や世界への主体的な関与につながる萌芽的な資質が涵養されていることが明らかになった。多様性の中の共通点や相違点の認識だけではなく,世界で起きている事柄と自分との関わりを見出し,自己のあり方についても考察する契機を提供したといえる。また,児童の深い思考の中に胚胎する,地球的課題の解決の困難さを吐露したことばも,注目しておきたい。
さらに,多様性の中の共通点や相違点の認識に,授業回数で差があった 5 年生と6 年生の平均値の結果に交互作用がみられたことから,本実践の特色である教科書に関連づけた授業実践の蓄積が,こうした認識の差を生出した可能性があることも,成果の一つであるといえよう。
児童の実態に合わせた教材や学習内容の選択が,授業の成否にとって重要であることは言うまでもない。児童の生活における身近な興味関心と地球的課題をどう関連づけるかを思索し,指導のねらいを焦点化することが重要である。具体策は指導者の授業開発の視点や児童の実態に委ねられる部分が大きいが,実践の地道な積み重ねは児童の学びに影響を与えることは確かである。児童の成長や変容を細かく見取り,柔軟に個々の学びを支援していく対処が求められる。
地球市民意識の育成は,小学校外国語が担う部分が大きいものの,学校全体で推進していくことが不可欠である。特に外国語専科教員が担当する場合には,担任との連携や他教科と関連づけたカリキュラム•マネジメントの視点が肝要である。地球市民意識の多様さ及び児童の認識の差異に対応するためには,児童の実態や個別性に符合した長期的な支援も必要になる。
周到な授業準備を要する点も看過できない実践的課題の一つであろう。言語材料の精選,地球的 課題の提示の仕方については,教材研究を含め入念な準備が必要となる。よって,地球市民育成のための指導案•教材等を共有プラットフォームにおいて教員間で共有化していく等の工夫が求められる。また,こうした授業実践を行うためには,教員が明確な指導観や指針をもつ必要があり,教員自身の地球市民意識も問われる。長期的展望としては,教員研修や教員養成の充実化も求められるだろう。
本研究においては,設定した指標以外の特徴的内容も析出されたことから,今後の研究では,学習者の声や学びの実態から新たな指標項目が生起する可能性を考慮する必要性が示唆される。また,今回の指標は,必ずしも外国語教育に限定された性質のものではなく,幅広く地球市民意識を視野に入れて作成したものであるため,外国語教育を中軸とした指標の活用という面では,調整が必要な諸点も浮上した。今後の研究では,外国語教育の目標に依拠した地球市民意識の向上に関する指標を再検討し,実践的研究に反映させることを課題としたい。
本研究を遂行するにあたり,A•B 小学校の先生方,児童及び保護者の皆様からの研究協力へのご理解に対して,深く感謝申し上げます。また,統計処理と分析に関して,東京学芸大学 臼倉美里准教授より様々なご助言をいただきましたことに,心より御礼申し上げます。本研究は,小学校英語教育学会の課題研究プロジェクト助成を受けて行われました。関係の先生方に謝意を表します。
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5 年と 6 年の平均値の差 *誌面の制約上 Q2, Q3 のみを掲載する。
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標準偏差 |
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標準偏差 |
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3.26 | .986 | 160 | Q3pre | 5年 | 2.91 | 1.157 | 160 |
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3.35 | .874 | 132 | 6年 | 3.08 | 1.001 | 132 | ||
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3.83 | .986 | 160 | Q3post | 5年 | 3.23 | 1.028 | 160 |
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3.52 | .886 | 132 | 6年 | 2.98 | .965 | 132 |