2023 年 23 巻 01 号 p. 20-35
金山 幸平(北海道教育大学)
要旨
本研究の目的は,小学校高学年の児童が持つ英単語の「音声→意味」知識の特徴を分析することである。小学校 5 年生(n = 67)と小学校 6 年生(n = 67)の児童を対象に,26 語から成る「音声→意味」選択テスト(英語の音声を聞いて,その意味に対応する日本語を 4 つの選択肢の中から選ぶテスト) を実施した。調査語彙は,音素数の長さ,カタカナ語としての特徴の有無,日常生活で英単語がカタカナ表記語として使用されているかの度合い,語彙リストによる頻出度レベルなど,様々な要因から 成る語彙を選出した。テスト結果を分析した結果,学年が上がると成績が高くなることが明らかにな った。しかしながら,音素数の長さや語彙の頻出度レベルは「音声→意味」選択テストの成績には大 きな影響を与えないことが明らかにされた。本研究の最大の発見は,「パンダ」や「タクシー」など, カタカナ表記語として日本の日常生活で頻繁に使用されている英単語(panda,taxi など)が最も正答率が高く,次いで,「ピーチ」や「オニオン」など,カタカナ表記語と日本語訳(もも,玉ねぎ)の両方が日本で日常的に使用されている英単語(peach,onion など)の正答率が高く,一方で,「シュライン」や「デンティスト」のように,カタカナ表記語として日本で使用されていない英単語(shrine,dentistなど)の正答率が最も低かった。さらに,テスト結果を詳細に分析すると,調査語彙が児童にとって既習語かどうかがテストの成績に大きく影響している可能性が示唆された。本稿の最後に,本研究の結果が,実際の小学校英語の語彙指導場面でどのように活用できるのかを考察する。
小学校英語科教育における語彙指導について考える際に,何よりも重要なことは,教える語彙の広さと深さを明確にしておくことである(金山,2021)。語彙の広さに関しては,小学校学習指導要領解説(文部科学省,2017,p. 90)によると,600~700 語が目安となっていることがわかる。一方で,語彙の深さに関しては,発信語彙と受容語彙について言及されており,小学校学習指導要領解説(p. 90)によると,受容語彙とは「聞いたり読んだりすることを通して意味が理解できるように指導すべき語彙」,発信語彙とは「話したり書いたりして表現できるように指導すべき語彙」と記述されている。しかしながら,どのような語彙知識が受容語彙,または,発信語彙に相当するのかについては言及されてはいない。そのため,まずは,小学校段階で習得するべき語彙の深さにはどのようなものがあるの
かを説明しておく必要がある。
語彙の深さ,すなわち語彙知識とは,1 つの英単語に対して,どれほど深く知っているかということである(Nation,2013)。星野・清水(2019)は,英語初学者は,語彙の「形式」と「意味」の繋がりを強化することが重要だと述べている。意味とは,例えば,「apple はりんごという意味である」のように,英単語(L2)から母語(L1)の意味を理解できるかに関わっている。一方で,「形式」とは,音声形式(spoken form)と文字形式(written form)に分けることができる(Schmitt & Schmitt,2020)。
音声形式とは,/ǽpl/のような音声情報のことであり,文字形式とは,apple という綴り字のことを指す。したがって,1 つの英単語に関して,まずは「文字」「音声」「意味」の 3 つの素性間の対応関係を学ぶこと,これが英語初学者に求められている学ぶべき語彙の深さである(金山,2021; 中村,2012)。このように語彙マッピングにおいては,「音声→意味」(英単語の音声を聞いて,その対応する日本語の意味がわかること),「意味→音声」(日本語の意味に対応する英語を音声化できること),「文字→ 音声」(英単語の綴りを見て,対応する英語を音声化できること),「文字→意味」(英単語の綴りを見て,対応する日本語の意味がわかること),「音声→文字」(英語の音声を聞いて,対応する英単語の綴りを認識できること),「意味→文字」(日本語の意味に対応する英単語の綴りを認識できること)の6 つの語彙知識を学ぶ必要があるが,小学校英語科教育では,なによりも音声を重視したコミュニケー
ション能力の基礎を養うことを重要視している(文部科学省,2017,p. 67)。そのため,本研究では,児童が最初に学ぶべき,受容的語彙知識の 1 つである英単語の「音声→意味」知識に焦点を当てる。したがって,本研究では,英単語を知っているとは,「英語の音声を聞いて,その対応する日本語の意 味を理解できること」と定義付けする。
多くの先行研究では,日本の小学校に通う児童を対象に「音声→意味」の英語語彙知識調査が行われてきた。吉村(2009)は,小学校1年生から6年生を対象に「音声→意味」選択テストを実施した。その結果,house,fruit,milk,eleven,purpleなどの語の正答率は小学校低学年でも90%を超える結果となった。これらの英単語は,カタカナ語の特徴を有するという共通した特徴がある。同様に,笠原他(2012)では,小学校高学年の児童を対象に「音声→意味」選択テストを実施しており,カタカナ語の特徴を含む英単語の正答率が高いことを明らかにしている。
しかしながら,2つの先行研究(笠原他,2012; 吉村,2009)の目的は,児童の語彙知識の実態を明らかにすることであり,どのような特徴を有する英単語の正答率が高いか,または低いのかを検証することではなかった。事実,吉村(2009)は,カタカナ語の特徴を有する英単語の正答率が高いことについて言及していない。筆者が,吉村の研究で使用された各英単語の正答率を確認して,カタカナ語の特徴を有する英単語の正答率が高い傾向にあることを特定しただけである。
一方で,江口(2021)は,統計分析によってカタカナ語の特徴の有無が「音声→意味」選択テストに影響を与えていることを明らかにした。江口は,カタカナ語か否かを説明変数に加えた上で,ある特定の英単語の問題に正解するかどうかという目的変数に影響を与えるかを検証した。小学校4年生と5年生が「音声→意味」選択テストを受けた結果,カタカナ語の特徴を持つかどうかは目的変数に大きな影響を与える要因であることを明らかにした。
Kanayama(2021)は,カタカナ語の他にどのような要因が「音声→意味」選択テストの成績に影響を与えるのかを検証するために,小学校3年生と4年生を対象に「音声→意味」選択テストを実施した。調査に使用した語彙はすべてカタカナ語の特徴を有する,かつ,JACET 8000(大学英語教育学会基本語改訂特別委員会,2016)とSVL 12000(ALC,2001)の両語彙リストにおいて上位1000語レベルの名詞に限定して,様々な音素数になるように25語を選出した。その結果,3年生では平均正答率が86.0%, 4年生では87.6%と非常に高い成績を収めた。また,音素数とテストの成績には負の相関関係が観察さ れ,音素数が長くなるほど正答率が低くなるという結果が得られた。
Kanayama(2021)の研究では,頻出度レベルが上位1000語レベルに統一されており,頻出度レベルがテストの成績にどのような影響を与えるのかを検証していなかった。そこで,金山(2022)では, 小学校3年生と4年生を対象に,カタカナ語の特徴を持つ,様々な音素数と頻出度レベルから成る28個 の英単語の「音声→意味」選択テストを実施した。その結果,JACET 8000とSVL 12000の頻出度レベルや音素数の長さはテストの成績にはほとんど影響を与えないことが明らかになった。
児童を対象に,英単語の「音声→意味」知識調査を行った先行研究によって,(1)カタカナ語の特徴を持つ英単語の正答率が非常に高いこと(江口,2021; 笠原他,2012; Kanayama,2021; 金山,2022; 吉村,2009),(2)語彙の頻出度レベルは「音声→意味」選択テストの成績に影響を与えないこと(金山,2022),(3)音素数が短い英単語の正答率が高くなるという研究がある一方で(Kanayama,2021),
音素数は正答率に影響を与えないという研究(金山,2022)も存在することが明らかになってきた。しかしながら,多くの先行研究で使用された英単語は,カタカナ語だけで構成されていたという問題点がある。これは,小学校英語で導入される英単語の多くがカタカナ語の特徴を有することが原因として挙げられる。星野・清水(2019)の調査によると,Let’s Try!や We Can!で使用される英単語の中で,文字として見る英単語の 7 割以上が,音声として聞く英単語の 5 割程度はカタカナ語であると報告している。そのため,調査語彙を選出する際に,カタカナ語と非カタカナ語をバランスよく選出することが難しく,カタカナ語ばかりが選出される結果となったのだろう。また,Kanayama(2021)と金山(2022)の研究では,小学校 3 年生と 4 年生の児童を対象としており,高学年の児童が持つ「音
声→意味」知識の特徴が調査されていない。
そこで,本研究では,小学校高学年の児童を対象に「音声→意味」選択テストを実施する。高学年 の児童を対象とすることで,Let’s Try!だけではなく,検定教科書から調査語彙を選出できるようになるため,非カタカナ語を選出しやすくなる。したがって,本研究は,小学校高学年を対象に,様々な 特徴を持つ英単語の「音声→意味」選択テストを実施して,児童の英語語彙知識の特徴を検証するという点で他の先行研究とは一線を画す。本研究課題は,小学校高学年の児童は,どのような特徴を持つ英単語の「音声→意味」知識を持っているのかである。
本研究の参加者は,教員養成系国立大学の附属小学校の 5 年生 2 クラス(n = 67)と 6 年生 2 クラ
ス(n = 67)の高学年の児童である。本調査は 2021 年の 11 月中旬に行われた。調査協力校では,小学校低学年から年間 12 回程度,外国語活動を行っていた。また,小学校 3 年生と 4 年生からは週 1 回,
年間 35 回の外国語活動を経験していた。さらに,本研究の小学校 5 年生は,2021 年度の 4 月から本
調査開始時期までに約 45 回の外国語を経験していた。一方で,本研究の小学校 6 年生は小学校 5 年
生時に週 2 回,年間 70 回の外国語を経験しており,6 年生時は,2021 年 4 月から本調査開始時期ま
でに約 60 回程度の外国語を経験していた。したがって,小学校 5 年生の児童は,小学校で約 139 回
(12 回 × 2 年間 + 35 回 × 2 年間 + 45 回),小学校 6 年生は約 224 回(12 回 × 2 年間 + 35 回 × 2 年間 + 70 回 × 1 年間 + 60 回)もの英語学習を経験していたことになる。また両学年とも,小学校3~ 4 年生時は,外国語活動の教材として,Let’s Try!を使用しており,小学校高学年からは外国語の検定教科書である,ONE WORLD Smiles(金森他,2019a,2019b)を使用していた。調査当日までに,小学校 5 年生の両クラスでは Lesson 6 まで行っていた。しかし,6 年生では 2 組が Lesson 8 まで行っていたが,1 組は Lesson 8 まで進んでいなかったため進捗状況に多少の開きがあった。
本調査は,調査協力校の校長先生の許可を得た上で実施した。調査の実施手順は Kanayama(2021)とほとんど同じである。最初に,各担任教諭は児童に対して,「音声→意味」選択テストの実施方法について説明した。ただし実際の説明では,児童の心理面を配慮して「テスト」ではなく「ちょうさ」 という用語を用いた。説明の大まかな内容は,(1)英語の音声が聞こえてきたら,その意味に合う日本語を 4 つの選択肢の中から 1 つ選んで丸をつけること,(2)英語の音声は 1 問に付き 2 回ずつ流れること,(3)調査結果は,学校の成績には全く影響しないことである。テストで用いる音源は,HOYA社の英語音声読み上げソフトである GlobalvoiceEnglish3 を用いて筆者が作成した。問題は全部で 30 問あり,そのうち4 語(guitar,hospital,vet,zoo)はフィラー語として使用した。フィラー語を用いた理由は,難しい語を含めることで,問題が簡単すぎて児童がテストに飽きることを防ぐ目的と,比較的易しい語を含めることで,テストが難しすぎて児童の集中力を切らさないようにすることを目的としたためである。そのため実際の分析対象となったのは 26 語である。調査はおよそ 10 分程度で終わるものであった。
本調査で使用される調査語彙の選定基準は,(1)Let’s Try !または ONE WORLD Smiles のいずれかに収録されていること,(2)様々な頻出度の語彙を選出すること,(3)様々な音素数の英単語を選出すること,(4)カタカナ語と非カタカナ語の両方を選出すること,(5)名詞であることの 5 点である。調査語彙がカタカナ語としての特徴を持つかどうかを判断するために,『現代の基礎知識 カタカナ外来語略語辞典(第 5 版)』『見やすいカタカナ新語辞典(第 4 版)』『コンサイスカタカナ語辞典(第
意味」選択テストでは,英語の音声を聞いて,対応する意味を選択することが求められるため,英単語の音声と最も関わりの深い音素数が要因として最適であると述べている。そのため,本研究では, 音素数(Phoneme)を要因として採用した。表 1 では,音素数をそのままの数値で表している。なお,
音素数は,『ジーニアス英和辞典(第 5 版)』を参考にした。
「頻出度」に関しては,金山(2022)と同様に,「JACET 8000」と「標準語彙水準 SVL 12000」の 2つを使用する。JACET 8000(大学英語教育学会基本語改訂特別委員会,2016)とは,大学英語教育学会が発刊した日本人英語学習者が学ぶべき英単語を 1000 語ずつ合計 8 つのレベルに区分した語彙リストである。また,標準語彙水準 SVL 12000(Standard Vocabulary List 12000)とは,アルク社が公開している,日本人英語学習者にとって有用であると思われる 12000 語を,基礎レベルから上級レベルま
で 1000 語ずつ 12 つのレベルに区分した段階別学習語彙リストである(ALC,2001)。表 1 では,各語彙リストの頻出度レベルに応じて数値を入力している。なお,New Word Level Checker(水本,2022)を活用すれば JACET 8000 と SVL 12000 の頻出度レベルを調べることが可能である。
さらに,本研究では,「カタカナ表記語」(Hyoki)という筆者が独自に作った指標を用意した。これは,英単語のカタカナ表記語が日本の日常生活において頻繁に使用されているかどうかで判断している。例えば,カタカナ表記語の典型例として,taxi やbroccoli などが挙げられる。これらの英単語は,
「タクシー」や「ブロッコリー」のようにカタカナで表記された言葉が日本の日常生活で使用されて いる。むしろ,これらの和名である「一般乗用旅客自動車」や「メハナヤサイ(芽花椰菜)」のように日常的に,カタカナ表記語以外で表現することはほとんどないだろう。また,tennis や soccer などの英単語もカタカナ表記語の特徴を持っていると判断している。これらの語は,確かに「庭球」や「蹴 球」などという訳語も存在するが,実際には「テニス」や「サッカー」などのカタカナ表記語で使用 されることが圧倒的に多い。このような語は 2 と入力した。
また,desk は「デスク」と「机」の両方の言葉が使用されている。このように,どちらが頻繁に使用されているかの判断ができず,カタカナ表記語と日本語訳の両方が日常生活で使用されている語は1 とした。一方で,dentist や shrine のような,日本では,「デンティスト」「シュライン」というカタカナ表記語として日常生活で使用されていない語は 0 とした。すべての非カタカナ語はこの分類に属する。つまり,本研究における「カタカナ表記語」とは,カタカナ表記語が日常生活でどれほど頻繁に 使用されているかの度合いを指している。ただし,カタカナ表記語の判断が筆者の主観と独断による 評価にならないように,筆者の所属する大学の学部生 3 人に協力してもらい 26 語の調査語彙にカタカナ表記語としての特徴があるかどうかの調査を依頼した。特に議論の対象となったのは,pilot の評価についてである。pilot は「パイロット」というカタカナ表記語として日常生活で使用されているが, 一方で,「操縦士」という訳でも使用されているため,協議の結果,pilot は 1 とした。また,restaurant は「レストラン」として日常的に使用されており,他に頻繁に使用されている和訳が思い付かないた め 2 と評価できそうであったが,restaurant の発音は,/réstərənt/であり,いわゆる「レストラント」という発音であり,「レストラン」とは一部発音が異なる。日常生活で「レストラント」という言葉を使用することはないが,限りなく発音が近い「レストラン」という言葉が使用されていることを考慮し, 協議の結果,restaurant は 1 と評価した。その他の語に関しては特に意見が分かれることはなかった。したがって,3 名の学部生の判断と筆者の考えは 100%一致したため,本研究で使用される調査語彙 26 語のカタカナ表記語の判断には,評価者間信頼性(inter-rater reliability)が得られたことになる。本研
究で使用される調査語彙 26 語のうち,非カタカナ語が 6 語(dentist,shrine,frog,sheep,pear,baker),残りの 20 語はカタカナ語である。非カタカナ語はすべてカタカナ表記語で 0 と評価されている一方
で,カタカナ語辞典に掲載されていたカタカナ語でも,カタカナ表記語で 0 と判断された語彙は,
cucumber,carpenter,aquarium の 3 語ある。つまり,全 26 語の内,「カタカナ表記語」で 0 の評価が
ついた調査語彙は 9 語あり,残りの 17 語の内,12 語は 1 と評価され,5 語は 2 と評価された。
表 1. 本研究で使用する調査語彙とその特徴
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Phoneme | 9 | 6 | 7 | 9 | 5 |
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9 | 7 |
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0 | 0 |
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0 | 1 |
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0 | 0 |
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JACET | 4 | 4 |
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2 | 1 |
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6 | 3 |
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4 | 1 |
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2 | 1 |
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5 | 2 |
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Phoneme | 7 | 4 |
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5 | 5 |
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4 | 3 |
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1 | 0 |
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1 | 2 |
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0 | 2 |
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JACET | 2 | 3 |
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3 | 3 |
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8 | 1 |
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1 | 1 |
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2 | 2 |
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3 | 1 |
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Phoneme | 7 | 9 | 9 | 3 | 5 |
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8 | 5 | |
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1 | 1 |
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0 | 0 |
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1 | 2 | |
JACET | 6 | 1 |
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4 | 3 |
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1 | 1 | |
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3 | 1 |
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1 | 6 |
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1 | 1 |
注. アルファベット順に調査語彙を掲載している。
本研究では,ある特定の英単語に対して客観的に統一された数値で表すことができる特徴を変数と して扱っている。そのため,個人差によって数値が変化する変数は本研究では使用しない。例えば, 日本人英語学習者にとって覚えやすい英単語の変数例として「親密度」が挙げられる。親密度とは, 語彙の馴染み度合いを心理的尺度で表した指標であり,横川(2009)は,様々な英単語の親密度数を調査している。しかし,横川が調査したのは,BNC(British National Corpus)の高頻度上位 3000 語のみで,本研究で使用する調査語彙のすべての親密度を調査したわけではない。さらに,英単語の親密度は個々の学習者によって異なる。例えば,ある学習者にとって,history という英単語が既知語であり,「歴史」に親しみを感じている場合には親密度が高くなるが,その逆も起こり得る。親密度は,あ くまで調査協力者の馴染み度合いを平均化した数値であることを忘れてはいけない。もしも「親密度」を要因として考慮する場合,個々の児童一人一人に合わせたモデルを構築する必要があり現実的ではない。
それに加えて,学習者内要因として児童の「学年」(Grade)も要因として採用する。「音声→意味」選択テストの成績に影響を与えると考えられる学習者内要因は他にも「通塾の有無」「家庭での英語学
習時間」などが考えられる。しかし,このような個人差に関わる要因までも考慮すると,前述したよ うに,児童一人一人に合わせたモデルを構築する必要性が生じてしまい,現実の英語指導には生かせない。通常,小学校英語では,1 つの教室で大勢の児童を指導することになる。児童の学年は誰でも客観的に判断できるため,本研究では「Grade」を採用した。したがって,本研究では「Grade」「Phoneme」
「Hyoki」「JACET」「SVL」を「音声→意味」選択テストの成績に影響を与える要因として採用する。
表 2 は,「音声→意味」選択テストのデータ処理例を示している。「Case」とは,扱う事例数を示し
ている。本研究では,各学年 67 名ずつ,合計 134 名の児童が 26 語からなる「音声→意味」選択テストを受けたため,合計 3484 もの(134 名 × 26 語)事例を分析することになる。「ID」は児童のサンプルナンバーを示している。参加者は全部で 134 名いるため,1~134 の範囲で数値を入力している。
「Grade」は児童の学年を示しており,5 年生は 0 を,6 年生では 1 と入力している。「Phoneme」「Hyoki」
「JACET」「SVL」は表 1 と同様に各調査語彙の特徴に応じてそのままの数値を入力している。「Correct」は選択テストに正解した場合は 1 を,不正解の場合は 0 と入力している。したがって,Case 1 は「ある 5 年生の児童(ID = 1)は,音素数が 5,カタカナ表記語として日常的に使用されている語,JACET 8000 で頻出度レベル 1,SVL 12000 で頻出度レベル 1 の語彙(tennis)の問題に正解した」と解釈する。同様に Case 3484 は「ある6 年生の児童(ID = 134)は,音素数が 9,カタカナ表記語として日常的に使用されていない語,JACET 8000 で頻出度レベル 4,SVL 12000 で頻出度レベル 4 の語彙(aquarium)の問題に不正解した」と解釈する。
表 2. 本研究で使用した学習用データの入力例
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ID |
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SVL |
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1 |
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5 |
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1 |
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7 |
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・ |
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・ |
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・ |
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1 |
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7 |
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・ |
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・ |
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・ |
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1 |
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9 |
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2 |
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5 |
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・ |
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・ |
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・ |
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2 |
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9 |
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・ |
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・ |
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・ |
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134 |
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9 |
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本研究では,一般化線形混合モデルを用いて,最も当てはまりの良い回帰モデルを作成する。回帰式を作るにあたって,目的変数,説明変数(固定効果),変量効果を設定する必要がある。本研究の目的変数は,「Correct」であり,変量効果は「ID」と「Word」で統一する。一方で説明変数は,「Grade」
「Phoneme」「Hyoki」「JACET」「SVL」を固定効果として採用する。しかし,多重共線性の関係上,変
数間で相関関係があると考えられる要因はモデルに 1 つしか採用しないようにした。本研究で使用し
た 26 語の調査語彙の各語彙リストの頻出度レベルにおいて,JACET 8000 と SVL 12000 の間には正の相関関係が見られた(ρ = .652,p < .001)。そのためモデル構築の際には,2 つの語彙リストを同時に加えることはない。モデルを 2 つ構築して,それぞれのモデルで「JACET」または「SVL」を 1 つだけ加えることにした。モデル 1 とモデル 2 のそれぞれの R の分析コードは以下の通りである。
モデル 1: Correct ~ Grade + Phoneme + Hyoki + JACET + (1|ID) + (1|Word)
モデル 2: Correct ~ Grade + Phoneme + Hyoki + SVL + (1|ID) + (1|Word)
「音声→意味」選択テストのクロンバックの α 係数は 0.70(95% CI [.63,.77])であった。表 3 は,
「音声→意味」選択テストの調査語彙の種類別の成績である。「全体」「カタカナ語」「非カタカナ語」の満点はそれぞれ 26 点,20 点,6 点である。また,表 3 の「カタカナ表記語」「カタカナ表記語 + 和訳」「非カタカナ表記語」は,カタカナ表記語の評価でそれぞれ2,1,0 が付いた語彙の成績を示している。それぞれの満点は,5 点,12 点,9 点である。
表 3. 各学年における調査語彙の種類別の「音声→意味」選択テストの平均点
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5 年生 |
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6 年生 |
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5 年生 |
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6 年生 |
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注.「全体」の括弧の値は標準偏差,それ以外の括弧の値は正答率を示している。
表 4 は,モデル 1 とモデル 2 の固定効果の偏回帰係数,偏回帰係数の 95%信頼区間,オッズ比,標
準誤差,z 値,p 値を示している。モデル1 とモデル 2 の赤池情報量基準(AIC)はそれぞれ 1669.7 と
1669.9 であった。モデル 1 とモデル 2 はほとんど同じ結果を表しており,Grade と Hyoki には有意差が観察されたが,Phoneme,JACET,SVL には有意差が観察されなかった。したがって,(1)学年が上がるとテストの成績が有意に高くなること,(2)音素数の長さは「音声→意味」選択テストの成績に影響を与えないこと,(3)頻出度レベルはテストの成績には影響を与えないこと,(4)日常生活でカタカナ表記語として頻繁に使用されている英単語は,カタカナ表記語と和訳の両方が使用されている英単語よりも成績が有意に高く,また,非カタカナ表記語は最も成績が低いことが明らかになった。 表 5 は,学年ごとの各調査語彙の正答率を示している。
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偏回帰係数 |
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偏回帰係数 |
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taxi |
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pilot | ||||
5 年生 |
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100 |
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100 | |||
6 年生 |
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100 |
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100 | |||
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sheep |
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elephant | ||||
5 年生 |
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86.6 |
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98.5 | |||
6 年生 |
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83.4 |
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98.5 | |||
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cucumber |
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scientist |
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peach | ||||
5 年生 |
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97.0 |
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100 | |||
6 年生 |
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100 |
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100 | |||
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chicken |
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5 年生 |
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98.5 |
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6 年生 |
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100 |
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注.「音声→意味」選択テストの出題順で調査語彙の正答率を掲載している。
本研究の目的は,小学校高学年の児童は,どのような特徴を持つ英単語の「音声→意味」知識を持っているのかを検証することである。モデル1 とモデル 2 により,Grade に有意差が観察されたので,
国語活動と外国語の授業数が影響していると考えるのが妥当である。本研究の参加者である 5 年生は
小学校段階で約 139 回の英語学習を経験しており,一方で,小学校 6 年生は約 224 回の英語学習を経
験している。したがって,5 年生と 6 年生の成績の差は,約 1 年間分の外国語の授業効果に起因すると考えられる。
モデル 1 とモデル 2 から Phoneme に有意差が観察されなかった。音素数の長さと「音声→意味」選択テストの成績には関係がない,つまり音素数が短いからと言ってテストの成績が高くなるわけではないということになる。Kanayama(2021)は,小学校中学年の児童のカタカナ語の特徴を持つ語の「音声→意味」知識において,音素数が長いと正答率が有意に低くなることを明らかにしており,本研究 とは異なる結果を示している。一方で,金山(2022)は,小学校中学年の児童のカタカナ語の特徴を持つ語の「音声→意味」知識において,音素数と正答率には関係性がないことを明らかにしており, 本研究結果と一致する。Kanayama(2021)の研究では,語彙の頻出度レベルをすべて統一した上で,様々な音素数の語彙を選出していた。そのため,「音声→意味」選択テストの成績に影響を与えそうな要因が音素数のみであったため,音素数に有意差が観察されたと考えられる。一方で,金山(2022)では,音素数だけではなく,頻出度レベルなども要因として加えて分析した結果,音素数は大きな影響を与えないことを示した。本研究でも金山(2022)と同様に,様々な要因を考慮して分析を行った ため,同様の結果を得られたのだろう。
実際に,本研究で使用されたカタカナ語の,aquarium,broccoli,cucumber,elephant,pumpkin,restaurantなどは音素数が多いので,選択テストの成績が低くなると予想されたが,実際の成績は非常に高く, 両学年の平均正答率は 90%を超えている。一方で,音素が短い,desk,peach,pen などの成績も 90% を超えている。つまり,音素数の長さに関係なく全体的にカタカナ語の成績は非常に高いため, Phoneme に有意差が観察されなかったのだろう。
モデル 1 とモデル 2 から,JACET と SVL,いずれにも有意差は観察されなかった。これも,金山
(2022)の結果と一致している。実際に,JACET 8000 においてレベル 8 に相当する broccoli やレベル 6 に相当する cucumber やpumpkin の正答率は低くなると予想できるが,実際には 5 年生の段階で 90% を越えている。SVL 12000 のレベル 6 に相当する shrine の正答率は確かに低かったものの,それ以外の調査語彙では,低頻度語彙になるほど正答率が低くなるという傾向は見られなかった。
このことから,小学生にとって馴染み深い英単語と一般的な日本人英語学習者がよく使用している英単語には乖離がある可能性が考えられる。事実,星野・清水(2019)は,broom(ほうき)やgoldfish
(金魚)は児童にとってはなじみ深い語彙であるが,一方で,broom は JACET 8000 に含まれていない低頻度語彙であり,同様に,goldfish も上位 7000 語レベルの中頻度語彙であると説明している。このように学校特有の環境下で触れるものと,それに対応する英単語の頻出度レベルに差があるため, 低頻度語彙は,必ずしもテストの成績が低くなるとは言い切れないことが示唆された。
本研究最大の発見は,Hyoki に有意差が観察されたので,カタカナ表記語として日常的に使用されている英単語はそうではない英単語よりも児童に認識されやすくなることを明らかにした点である。表 3 から,カタカナ表記語には,tennis,broccoli,pen,taxi,panda があり,ほとんどの語彙の正答率が両学年とも 100.0%である。broccoli と panda の 5 年生の正答率は 100.0%ではないが,67 名中 66 名が正解しており正答率は 98.5%とほぼ満点に近い。テニス,ブロッコリー,ペン,タクシー,パンダのような,日本の日常生活の中でカタカナ表記語としてそのまま使用されている英単語がどれほど児童にとって認識しやすいのかがわかるだろう。broccoli の音素数は 7 つで,JACET では頻出度レベル8,SVL では頻出度レベル 3 の中~低頻度語彙であるため,broccoli の成績は決して高くないと予測で
きるが,ブロッコリーも,日常生活では,ブロッコリー以外の言葉で表現されることはない。したがって,頻出度レベルや音素数よりも,カタカナ表記語として使用されているかどうかが非常に重要な要因であることがわかる。
表 3 から,onion や desk のようなカタカナ表記語と和訳が日常生活で両方用いられている英単語の成績も高いことがわかる。それでも pen や taxi のようなカタカナ表記語よりも正答率が低かった理由として,日常生活において,和訳がカタカナ表記語と同じくらい頻繁に使用されているためだろう。 例えば,onion は「オニオンスープ」や「オニオンリング」のように「オニオン」というカタカナ表記語としても使用されるが,一方で「玉ねぎ」という言葉も頻繁に使用されている。使用頻度の低さか ら,pen や taxi などよりも成績が低かったと言える。
shrine やdentist のような非カタカナ表記語の正答率が最も低かった理由も使用頻度で説明ができる。日常生活では,「神社」や「歯医者」という言葉が使われるのが一般的であり,「シュライン」や「デ ンティスト」は,日常生活で耳にすることがない,馴染みのない言葉である。すべての非カタカナ語 は非カタカナ表記語であるため,必然的にカタカナ語よりも非カタカナ語の正答率が低くなる。した がって,カタカナ表記語の特徴を有する英単語は日常的に見聞きする機会が豊富にあるため,英語発音(/ténəs/など)を聞いた場合,容易に日本語の意味に変換できるが,カタカナ表記語の特徴を持たな い英語の発音(/ʃráɪn/など)を聞いた場合は,日本語に変換することが難しいのだろう。
以上の結果をまとめると,小学校高学年の児童は,多くのカタカナ語の「音声→意味」知識を備えており,特に 6 年生では,ほとんどの語彙の正答率が 90%を超えている。そのため,小学校段階で導入される程度の英単語なら,音素数の長さや頻出度レベルは「音声→意味」」選択テストの成績に左右 されないのである。さらに,ブロッコリーなどのカタカナ表記語は,実際の英語の発音(/brɔ́kəli/)とほぼ一致しているため,「音声→意味」選択テストの成績が非常に高い。つまり,英語の発音に似たカ タカナ表記語が日常生活で使用されているかどうかが「音声→意味」知識において非常に重要な要因となる。
ただし,本研究を通して,Grade,Phoneme,Hyoki,JACET,SVL などの要因だけでは,説明できない事象が観察されたことを報告しておく。carpenter の正答率が 5 年生と 6 年生で 22.4%(76.1%- 53.7%)もの大きな差があり,モデル 1 とモデル 2 ではその理由を説明することができないことである。各学年のcarpenter の正答率の差は,carpenter が既習語かどうかに関係していると筆者は推測した。 carpenter は,5 年生用検定教科書,ONE WORLD Smiles の巻末に収録されているが,実際に語彙として使用するのは 6 年生の Lesson 8 の What do you want to be?からであると考えられる。Lesson 8 には,‘‘I want to be a .’’という形式を用いて将来の夢を伝え合う活動があり,その際に,空欄に入る職業名として,carpenter という英単語を学ぶのだろう。そのため 5 年生の段階では,carpenter は多くの児童にとって未知語であったため正答率が 53.7%と低かったのではないだろうか。6 年生の正答率がこの考察を裏付けている。6 年 1 組では,調査開始時,Lesson 8 まで進んでおらず,その一方で,2 組はLesson 8 を終えたばかりであった。驚くことに,6 年 1 組の carpenter の成績は 61.7%であり,2 組の平均正答率は 90.9%であった。このことから,Lesson 8 を学んでいたかどうかが 6 年生の各クラスのcarpenter の正答率の差に繋がったと考えられる。実際に調査協力校の外国語担当の教諭に意見を伺ったところ,carpenter の初出は,5 年生の Lesson 3(p. 34~43)の,‘‘I have P.E. on Monday.’’の単元で,将来の夢を意識して理想的な時間割を作るという活動の中で,職業の 1 つとして carpenter を導入した
が,実際に carpenter を選んで時間割を作成する児童は一人もいなかったこと,また,6 年生では,Lesson 8 で carpenter を再び導入しており,6 年 1 組と 2 組の正答率の差は進度の差が影響しているだろうという回答を得られた。
最も正答率の低かった pear に関しても,調査協力校から非常に有益な情報が得られた。pear は 5 年生と 6 年生時でもクラス全体で導入されることがなく,また,スモールトークなどでインプットを与えたこともなかった。児童が pear という英単語に出会う機会があるとすれば,好きな果物や,自己紹介を行う活動の際に,pear を使いたい児童がいた場合には個別に指導するが,クラスで共有されていたわけではないという回答が得られた。
さらに,shrine に関しても,学年間で 27.9%(80.1%-52.2%)もの大きな差が生まれた。shrine は 5年生の Lesson 6(p. 66~79)の,‘‘Where do you want to go?’’の単元で,日本で行きたい場所を聞く活動の中で,‘‘you can see many old temples and shrines.’’,‘‘I want to see Itsukushima Shrine.’’というリスニング音声を聞く機会がある。さらに,6 年生の Lesson 4(p. 44~53)の,‘‘My Summer Vacation’’という単元で shrine がビンゴゲームに使用される語として登場しており,shrine を復習する機会がある。本研究の 5 年生の児童は,Lesson 6 に入ったばかりであり,まだ shrine が導入されていなかったと考えれば, 正答率の差を説明できるかもしれないが,この点に関しては,調査協力校からは特に言及されなかったため,解釈には注意が必要である。全体的に,carpenter,pear,shrine の例のように,選択テストの正答率に影響を与えるのは,カタカナ表記語かどうかだけではなく,その語が既習語かどうかも関わっている可能性がある。この点に関しては,後ほど詳しく言及していく。
本研究結果は,語彙指導をする際に,実際の教育現場で活用できる。本研究で使用されていない語彙を指導する際には,その語にはどのような特徴があるのかを知ることで,どのくらい児童が理解で きているのかを予測する手掛かりとなる。例えば,bus という英単語を指導する際には,bus は「バス」というカタカナ表記語が日常的に使用されており,またカタカナ語としての特徴を持っていることか ら,pen や taxi のように,ほとんどすべての小学校高学年の児童が bus の意味を知っていると予想できるだろう。
このような予測正答率はモデル1 とモデル2 を使用することで求めることが可能である。ここでは, モデル 1 を例に,小学校高学年の児童が,ある英単語をどのくらいの確率で「音声→意味」知識とし
て備えているのかを予測する方法を紹介する。モデル 1 から以下の回帰式が立てることができる。対数オッズ = 1.06 + 0.88 × Grade + 0.10 × Phoneme + 2.44 × Hyoki -0.09 × JACET
上記の回帰式の Grade,Phoneme,Hyoki,JACET に値を代入することで推定値(対数オッズ)が得られる。表 2 からわかるように,学年に応じて 5 年生では 0,6 年生では 1 とコーディングしているため,Grade に 0 か 1 を代入する。Phoneme や JACET では,予測したい語彙の音素数や頻出度レベルの値をそのまま代入する。Hyoki も同様に,2,1,0 のいずれかの値を代入する。例えば,5 年生の児童が math の音声を聞いて,対応する正しい意味を選択できる予測確率を計算する場合,Grade に 0, Phoneme に 3,Hyoki に 0,JACET に2 をそれぞれ代入する。その結果,1.18 という値が算出される。
この値は対数オッズを表しており,これをオッズに変換すると約 3.25 となる(= exp(1.18))。オッズとは,失敗するよりも何倍成功するのかを示す値で成功確率を失敗確率で割ることで算出される。ここでは,成功確率とは問題に正解する確率である。オッズを以下の公式に当てはめると,予測成功確率が算出できる。
成功確率 = オッズ ÷(1 + オッズ)
3.25 を上記の公式に代入すると約 0.765 という値が算出されるため,したがって,約 76.5%の確率で 5 年生の児童が math の問題に正解できると予測可能になる。この予測式を活用することで児童の学年,予測したい語彙の音素数や頻出度レベルなどの特徴から,児童がある特定の英単語を知っている確率が予測できるようになる。これらの予測正答率を参考にして語彙指導を行うと良い。例えば, 予測正答率が 90%を越える英単語の場合は,多くの児童が既に「音声→意味」知識を有している可能性が高いので,「意味→音声」知識のような発信語彙として使用できるように,正しい発音を練習することや,言語活動でその語彙を使用する機会を与える時間を多く提供することが重要である。一方で, 予測正答率が低い場合には,まずは,教師などのモデル音声を聞いて,その意味を理解できるように多くの時間を費やすべきである。
ただし,より精度の高い予測を求める場合には,モデル 1 から,有意差がなかった Phoneme と JACET を外して,再度,統計処理を行うことで得られる回帰式を用いる方が良いかもしれない。本稿でモデ ル 1 の回帰式をそのまま使用した理由として,(1)モデル 1 の AIC 値(1669.7)とモデル 1 から Phonemeと JACET を外したモデルの AIC 値(1666.4)にはほとんど差がないこと,(2)説明変数が少ないと,多くの語の予測正答率が全く同じ値になってしまうこと,(3)本節では,モデルから得られた回帰式をどのように応用できるのかを紹介することを重視したことなどが挙げられる。
本研究の目的は,「音声→意味」選択テストを通して,小学校高学年の児童はどのような特徴を持つ 英単語なら,英語の音声を聞いて,その対応する意味を正しく判断できるのかを検証することである。調査の結果,学年が上がると成績が高くなることと,音素数や頻出度レベルとテストの成績には関係性がないことを明らかにしただけではなく,調査語彙がカタカナ表記語なのかどうかが成績に影響を与える要因となることがわかった。さらに,個々の児童にとって,ある特定の語彙が既知語かどうかも成績に大きく関わっている可能性が示唆された。
最後に,本研究の問題点と今後の展望を述べる。問題点の 1 つ目は,carpenter,pear,shrine の例のように,本研究で示したモデルだけでは説明できない現象が起こったことである。この問題を解決するためには,つまり,より精度の高いモデルを構築するためには,ある特定の英単語が個々の児童に とって既知語かどうかを確かめた上で,それを説明変数に加える必要がある。しかし,これは同時にジレンマを抱えた問題でもある。本研究では,回帰式を作成して,学年,音素数,頻出度レベル,カタカナ表記語の度合いなどの要因が「音声→意味」選択テストにどのような影響を与えているのかを分析したが,最終的には,本研究で使用されていない語彙(未知データ)に対しても正確に予測する
ことで語彙指導に生かすことも目標にしている。もしも,ある特定の語彙が個々の児童にとって既知 語かどうかを判断できる手だてがあるのならば,モデル自体の精度は高くなり,本研究で使用した学 習用データの特徴を正確に反映してくれる。しかし,その場合には,未知データには対応が難しくなるだろう。本研究で使用されていないその他多くの語彙を予測する場合には,音素数,頻出度レベル, カタカナ表記語の度合いだけではなく,一人ひとりの児童にとって特定の英単語が既習語かどうかを 調べる必要がある。しかし,そのようなデータが取得できるのであれば,モデルを使用するまでもな く児童にとって,ある特定の語彙が既知語かどうかの判断ができてしまう。そのため,本研究は,ある目標語彙が個々の児童にとって既知語かどうかがわからないという前提で検証を行っている点に注意していただきたい。
この問題に関連して,本稿では,モデル 1 から得られた回帰式を用いて,予測正答率がどれくらい正確なのかを検証しないまま,本研究で使用されていない英単語(math)の予測正答率を紹介したことも問題である。このような統計処理によって構築された予測モデルから,未知データを予測して, 予測モデルの精度の高さを検証する,いわゆる機械学習の分野では,統計処理を行うための学習用デ ータと予測モデルの精度を検証する未知データに分ける必要があるが,本研究では得られたデータはすべて学習用データとして統計処理を行った。これは,本研究の主目的である,小学校高学年の児童 が持つ英語の「音声→意味」知識の特徴を把握することを最優先したためである。今後は,本研究で構築したモデルがどのくらい未知データに対応できるのかを検証する必要がある。
「音声→意味」知識が必ずしも一致するとは限らない。今後の研究では,「音声→意味」再生テストを用いることを検討するべきである。英語の音声を聞いて(/ǽpl/など),それに対応する日本語の意味(りんご)を児童に書かせることで,偶然に正解できる可能性を出来る限り排除するべきである。
20 語であった。これは,小学校段階で導入される英単語はカタカナ語が多くの割合を占めており,非カタカナ語を選出することが難しかっただけではなく,非カタカナ語を多く選出することで,全体の正答率が大きく下がり,児童のやる気を損ねてしまう可能性を考慮した結果でもある。実際に,本研究で使用された非カタカナ語の正答率が低く,さらに多くの非カタカナ語を出題した場合,不正解に なる問題が多くなり,外国語の授業に対するやる気が失ってしまう可能性を排除したかったため,カタカナ語を多く選出してしまった。そのため,多くの非カタカナ語を選出した場合,本研究とは異なる結果になる可能性がある。
これらの問題点を考慮して,今後は,様々な学年の児童や学校で「音声→意味」再生テストを行い, その際に,カタカナ語と非カタカナ語をバランスよく選出する。その後,取得したデータを学習用デ
ータと未知データに振り分けて,学習用データからモデルを構築し,未知データを用いて,構築されたモデルの精度を検証していく必要があるだろう。
本研究は JSPS 科研費 JP20K13099 の助成を受けている。ここに感謝の意を表する。
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参考資料「音声→意味」選択テスト サンプル
えいご
おんせい き
えいたんご あ ただ い み
えら くだ
やり方 1. 英語の音 声を聞いて,その英 単語に合う正しい意味をア~エから1 つ選んで〇をつけて下
さい。
もんだい
ふせいかい
がっこう
せいせき
かんけい
ばあい つ くだ
やり方 2. 問 題に不正解でも学 校の成 績には関 係ないので,わからない場合は〇を付けないで下
さい。
えいご おんせい かい き
やり方 3. 英語の音 声は2 回ずつ聞こえてきます。
がくねん
しゅっせきばんごう
なまえ か
やり方 4. あなたの学 年, 出 席
番 号,名前は書かないで下さい。
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