2023 年 23 巻 01 号 p. 4-19
田中 晶子(関西大学 大学院生) 竹内 理(関西大学)
要旨
発達心理学の分野では,親の関与は子どもの有能感や動機づけに好影響を及ぼすと言われている
(Grolnick et al., 1991)。しかし,これまでの英語学習動機づけ研究は,学校内の要因に焦点を当てたものが多く,家庭内の要因に着目し,実証的に研究したものは少ない。子どもの発達から考えた時, 身近な大人とのかかわりは子どもの価値観を形成する上で大きな影響を与えるため,家庭内の要因は 決して軽視できない。本研究の目的は,その家庭内の要因,つまり英語に対する親の価値観,および子どもの英語教育に関する家庭での親の関与が,子どもの英語学習動機づけに及ぼす影響を調査することにある。小学 4〜6 年生とその両親(10 家族 28 名)にインタビューを行い,現象学的アプローチを用いて分析した。その結果,父親よりも母親の方が関与の度合いが高く,母親が子どもの英語学習にかかわる背景には,親自身の英語学習への後悔や不安感といった特別な感情と,子どもの将来の国際性への期待があることがわかった。さらには,家庭で親と英単語暗記などに取り組み,親とのか かわりを「学習の時間」と捉える子どもは,親の「落ちこぼれさせたくない」という価値観を自分の 中に取り入れ,学校で学ぶ教科の 1 つとして英語を認識し,外発的に動機づけられる傾向にあることも明らかになった。一方で,親と英語に関する学習を楽しみ,親とのかかわりの時間を「楽しい時間」 と捉える子どもは,その背景にある親の「可能性や視野を拡げたい」という価値観を取り入れ,コミュニケーションのための英語を意識し,幅広い理由で英語を学習する傾向にあることが分かった。
2020 年度より小学校では新学習指導要領の全面実施となった。その結果, 3 年生から外国語活動として,5 年生から教科としての英語の学習が始まったが,このことは社会的にも大きな注目を集め, 英語教育に関する親の関心はより一段と高まったといっても過言ではない。Benesse (2021)は,2018年から 2020 年にかけて小学生児童の保護者を対象に調査を行ったが,それによると現実場面で使用できる英語力を子どもの身につけさせたいと考える保護者は年々増加しており,2020 年の時点で約80% を占めているという。子どもの英語教育への親の関心の高まりは,放課後の習い事の選択にも影
響を及ぼしている。様々な機関が行う「習い事」ランキング調査では,英語教室や英会話スクールは 常に上位にランクインしている(Bandai, 2019b;ニッセイ,2021 など)。また,Bandai(2019a)が行 った家庭での宿題の取り組みに関する小中学生の保護者への調査からは,必要に応じて勉強を教える 親が約 40%,常に子どもの横について教える親が約 18%もいることも明らかになっている。このように,子どもの家庭学習にかかわる親の実態の一端が明らかになりつつあるが,こと英語学習において は,親がどのように関与しているのかに関する実証的な研究はそれほど進んでおらず,実際に家庭で 何が起こっているのか,親の英語に対する価値観が子どもの英語学習にどのような影響を及ぼすのか, などは未解明のままである。
Grolnick and Apostoleris(2002)は,親はそもそも子どもの学業成績や授業の評価といった学びの結果に「自我関与」しやすいと述べている。つまりは,親は子どもへの評価をあたかも自分への子育てに関する評価として捉える傾向にあり,親自身が常にプレッシャーを受けやすい。そのプレッシャー を感じながら子どもに接することで,かかわりの態度が支配的になり,子どもの動機づけにマイナスの影響を与えてしまう恐れがあると,Grolnick and Apostoleris は指摘している。このことより,もし親が家庭で子どもの英語学習にかかわる際に支配的な態度でかかわってしまったなら,英語学習への動機づけにも影響を及ぼしてしまうことは容易に想像できる。子どもの英語教育に関心のある保護者が増えている昨今の状況を踏まえると,英語学習における親のかかわりと子どもの英語学習動機づけの関係を明らかにすることは喫緊の課題といえよう。そこで本研究では,実際に家庭でどのようなことが起こっているのか,親の価値観や行動が子どもの英語学習の動機づけにどのように影響を及ぼしているのかについて調査する。
親の関与と子どもの英語学習動機づけの関係についての実証研究は,筆者らの知る限り,比較的少ない。その中で,例えば中国の研究においては,Butler (2015) が 4 年生 (9–10 歳),6 年生 (11–12 歳),
8年生 (13–14 歳)を対象に質問紙調査とインタビュー調査を合わせた混合法での研究を行い,親の収入や学歴といった社会経済的背景が子どもの動機づけに影響を与えていることを報告している。特に, 社会経済的指標が高い親は子どもの英語教育に関心があり,出来るだけ英語に触れる機会を提供しよ うとしている一方で,社会経済的指標が低い親は子どもの英語学習を支援する行動は起こすが,その行動が子どものニーズと合わないことも多く,その結果,支配的な態度で関与してしまう傾向にある ことを指摘している。また,学年が上がるほど,親の英語学習への直接的な関与と,子どもの動機づ けとの間に強い関係が見られるとも述べている。
日本国内においては,McEown and Sugita-McEown (2019) が 212 人の日本人大学生を対象に,教師と親の自律支援的態度(例えば,子どもの視点に立って考える,子どもに選択肢を与える,など)と 学習者の動機づけとの関係を調査し,共分散構造分析を用いて関係を明らかにしている。その結果, 教師と親の自律支援的態度は英語学習の動機づけに直接的な影響を与え,学習者の主体的学びである自己調整学習を維持する過程において重要な要因となることを報告している。彼らの研究では大学生 を対象にしているが,このように年齢の高い学習者においても親などからのサポートが動機づけや学
習の姿勢に影響を及ぼすことから考えて,小学生児童のような年齢が低く,英語学習を始めたばかりの学習者にとって,身近な大人からのサポートが重要になることは決して想像に難くない。
Deci and Ryan(1985)が提唱した自己決定理論では,活動そのものに楽しみや満足を感じ動機づけられる内発的動機づけと,外からの何らかの統制によって動機づけられる外発的動機づけがあると言われている。さらに外発的動機づけは,学習者の自己決定度の違いによって 4 つの段階に分けられる。自己決定度が一番低く,完全に他者からの罰や報酬によって動機づけられるものが外的調整であり, 次の段階が取り入れ的調整,同一視的調整,そして最後に統合的調整となる。これらの4つの段階を 順に移行させていくこと,つまりは,外からの統制により動機づけられていた状態から,(身近な集団や社会の)価値観を自分の中に取り入れ,自分自身の決定により行動を起こしていく状態へと変わっていくことを「内在化」と呼ぶ(Ryan & Deci, 2000)。内在化とは,「身近な集団や社会の価値とルールを受け入れようとする(デシ・フラスト,1999, p.127)」プロセスと言える。Grolnick et. al.(1999)は,年齢が低い子どもは,課題自体に興味があるとか,その課題に関わる活動自体が好きであるかといったように,内発的に動機づけられて行動することが多いが,発達が進むにつれ,難しいタスクなど困難を伴うものに対しては,それを行うことが重要だといった周りの大人の価値観を少しずつ受け入れながら努力し,成長しようとする傾向があると述べている。また,外発的動機づけの4 つ段階において,最終の統合的調整の段階は,小学生の発達段階から考えて,到達することが難しいとも主張している。なお自己決定理論では,内在化と内発的動機づけへの性向はすべての人が生得的に持って いると考えられ,それらは身近な大人からのかかわりや支援により高められるとも言われる(Ryan & Deci, 2017)。
自己決定理論を枠組みにした子育ての分野での研究では,親が子どもにかかわる時間を持つことや
かかわる際の態度が,子どもの動機づけに大きく影響を与えると考えられている。Grolnick et al(. 1991)
は,3 年生から 6 年生児童とその両親を対象に質問紙調査を行い,親の態度と子どもの学習との関係を明らかにした。その結果,父親と母親では結果は微妙に異なるが,子ども自身が自分の親は自律支 援的だ(つまり,自分の考えを尊重し,選択肢を与えてくれる)と認識する場合は有能感に影響を与え,動機づけが高まると報告している。つまりは,自分の親は自分の考えを尊重してくれると認識すると,学業でうまくやれていると感じ,その結果,学ぶことを楽しいと感じ,さらに学びたいと思うというプロセスが示されたと言える。
本研究では上記の先行研究をもとに「子どもが親のかかわりをポジティブに認識し,親の価値観を自分の中に取り入れ,その結果,学習への動機づけが高まる」という一連の過程が日本の英語学習においても成立するとの仮説を立てる。そしてこれを立証するために, 以下の3つの研究課題を設定した。
RQ1. 子どもの自宅での英語学習に親がどのように関与しているか。
RQ2. 子どもの英語学習に関する家庭での親の関与を,親子それぞれがどのように認識しているか。
RQ3. 親の関与に関する子どもの認識が,彼らの英語学習動機づけにどのような影響を与えているか。
なお,筆者らは,この仮説検証には,質問紙調査ではなく具体的な事例の積み重ねが必要かつ適切であると考え,個々の家庭の出来事に焦点を当てることが可能であるインタビュー(親子それぞれに対するもの)を利用してデータ収集し,現象学的観点(Moustakas, 1994)に立って質的分析を行うアプローチを採用することにした。現象学とはある概念や現象に関する複数の個人の「生きられた経験」
(lived experience)1の共通の意味を記述することが重要であり,その共通した「生きられた経験」に影響を及ぼす感情や価値観を解き明かすことを目的とする(Creswell & Poth, 2018)。
本研究における参加者は,熊本市の公立小学校に通う4年生から6年生児童とその両親(N = 28; k
= 10)である。家庭での英語学習に対するかかわりの違いに焦点を当てるため,2 つの異なるグループを比較することにした。1 つ目のグループは,家庭での関与も多く存在すると予想される「英語を学校外でも学習している児童の親子」(詳細は表 1 参照)であり,2 つ目のグループは,関与が少ないと予想される「英語を学校のみで学習している児童の親子」(詳細は表 2 参照)である。グループ 1 の児
童は,同じ英語サークルのメンバーであり,週に 1 回 50 分の英語の授業を受けている。全ての児童が異なる小学校に所属しており,サークルでは英語のチャンツの暗記,単語カード,英語カルタゲームなどで英語の学習を行っている。また,英語検定への受験も全員が希望し,受験前には過去問題を解 くなどの学習を取り入れている。さらには,年に数回の文化イベント(イースターエッグハンティン グ,ハロウィン,クリスマス)も開催し,親子が一緒に参加できるイベントを行なっている。第一著 者はこのサークルの講師であった。
調査に先立ち,筆者らの所属機関での研究倫理審査を受け,実施の承認を得た(承認番号 21―34)。その後,児童の保護者に研究の趣旨,ならびに,本研究の参加により(1) 児童の学業に有利または不利に働くことがない,(2) 個人情報は匿名化され適切に保管される,(3) 研究のどの時点でも,本人の要望があれば参加を辞退することが可能である旨を文書と口頭で説明し,書面での参加の同意を得た。 子どもの同意に関しては,第一著者が口頭で子どもに説明したのち,家庭でも再度保護者から口頭で 子どもに説明し,同意を得てから,保護者が代筆で文書に署名した。また,文書には謝礼として参加者には 1 人 1,000 円相当分の図書カードを渡すことも記した。
インタビューはテーマに沿って質問をする半構造化面接であり,質問項目の妥当性や「答えやすさ」を検討するための模擬面接を行ったのち実施した。実際のインタビューは,グループ 1 から先に実施した。父親・母親にはそれぞれに事前アンケートを配布し,家庭での関与への実態と海外経験を記入してもらい,そのアンケート結果をもとに,参加者の希望を容れて対面もしくは遠隔(ZOOM)でのインタビューを行った。参加者それぞれの認識を取り出すために,親には,a)配偶者がインタビューを受けている間,同じ部屋にいないこと,b)夫婦 2 人のインタビューが終了するまで,夫婦間でのアンケート内容やインタビュー内容の共有しないこと, c)子どもへのインタビューが終了するまで,子どもには親へのインタビュー内容を漏らさないこと,をお願いした。親へのインタビューの約1週間後に子どもへのインタビューを実施した。インタビューアーは第一著者であった。
英語を学校のみで学習する児童とその保護者への呼びかけは,研究に関する文書を熊本市子ども会育成協議会より約 260 名の小学生の保護者に郵送してもらい,2 家族(Family 7 と 8)の参加希望を得た。Family 9 に関しては Family 6 の紹介によるスノーボールサンプリングであり,Family 10 に関して
は,第一著者が行った講演での呼びかけにより参加を希望した親子である。Family 7 は参加者の都合
により父親の調査は行っていない。Family 10 はひとり親家庭である。親への家庭での関与に関する事前アンケートについてはGoogle forms で作成し,QR コードからのサイトアクセスにより回答を得た。
親への半構造化面接で用いたテーマは6つで,その内容は(1)子どもの英語学習への家庭でのかかわり,(2)子どもの英語学習にかかわる際の態度,(3)外国への興味,(4)子どもの国際性への期待,
英語に対する価値観,(6)子どもの英語学習にかかわる時間への認識であった。一方,子どもへの半構造化面接で用いたテーマは7つで,(1)自分の英語学習に家庭で親がかかわることへの認識,(2)
親が自分の英語学習にかかわる際の態度への認識,(3)外国への興味,(4)英語学習動機づけ,(5)英語学習に対する自身の有能感,(6)親の英語に対する価値観への認識,(7)親が自分の英語学習にかかわる時間への認識であった。ICレコーダーとZOOMの録音機能で記録された音声データ(総計619 分)はすべて文字起こしされ,質的データ分析ソフトウェア(MAXQDAAnalytics Pro 2022. Ver. 22.1.1)を使用し,Moustakas(1994)の現象学的方法論に基づき分析した。
現象学的アプローチは医療や教育の現場で多く利用されており,第二言語習得研究の分野でも利用が始まっている(Bedenlier, 2017; Cho & Byun, 2017; Puspitasari & Aufar, 2021)。本研究ではMoustakasの現象学的方法論を用いたBedenlier (2017) の手順を参考に,下記のような順で分析を行った。
まとまった内容ごとにデータの切片化とコーディングを行い,テーマごとに整理。
テーマの中でも「家庭での子どもの英語学習への親のかかわり」を中心的テーマとして位置づけ, カテゴリー関連図2を家族ごとに作成(総計10図)。
分析結果を参加者に配布し,彼らの認識と異なる表現や分析結果がないのか,確認(メンバーチ ェック)。
家族ごとのカテゴリー関連図(総計10図)での共通項を取り出し,1つの統合的なカテゴリー関 連図(図1)を完成させ,子どもの英語教育に関する親の関与を中心に,親子間の関係を分析。
RQ1 への答えを探るため,母・父・子のそれぞれのインタビューから取り出したデータを分析し, その結果を表 3 にまとめた。表で示した内容は,参加者それぞれが認識している家庭での親の英語学習へのかかわりの具体的事柄である。
分析結果から,グループ 1 もグループ 2 も「子どもと一緒に外国のニュースや出来事について話をしている」と「子どもが学校の英語の授業で習ったことを,親が子どもに尋ねている」と分類される 関与を多く行っていることがわかった。一方で,英語の技能に関する家庭での勉強へのかかわりにお いては,グループ間に違いが見られた。グループ 1 では,子どもが主体となったかかわりが多く見られた。例えば Family 5 においては,子ども自身が「英単語帳を作成し,自分が知っている単語のみを父親にクイズで出すという活動を楽しんでいる」と子どもが面接で述べていた。「自分が知っていて親 が知らないとうれしい」とも話していた。同じグループのFamily 3 の子どもは母親と一緒に英検の問題集に取り組み,母親は子どもと一緒に英語を学ぶことを自分の再学習として楽しんでいた。一方, グループ 2 においては,親が主体となった活動が多く報告された。例えば,Family 7 と Family 8 の 2
つの家庭では,親主導で毎日 30 分ほど英単語の問題集で学習しており,発音のわからない単語などに関して親から教えてもらったり,親が達成度をチェックしたりしていることが報告されていた。さらに, 同じグループ2 の中でも Family 9 とFamily 10 では,英語に関する家庭でのかかわりがほぼ無かった。英語の歌やテレビ番組,英語の絵本やゲーム,さらには文化イベントを親子で一緒に楽しむという
かかわりは,グループ 1 で多く報告されていた。グループ 1 では,家族ぐるみで外国人に会うことがあると報告する家族も多く,この場合は親戚が国際結婚をしていたり,留学生のホームステイを受け入れたりした経験があったと報告している。
次に RQ2 に関する分析として,家庭での英語学習に関する親のかかわりの時間が,参加者一人ひとりにどのように認識されているのかをインタビューで聞き出し,表にまとめた(表 4)。親に対しては,インタビューで「あなたにとって子どもの英語学習にかかわる時間はどのような時間ですか」と尋ね, その回答を記している。子どもに関しては,「親と一緒に英語にかかわる際の気持ち」を尋ねた質問か ら引き出した回答を載せている。
さらに,親子それぞれの認識とその関係を視覚的に明らかにするため,家族ごとのカテゴリー関 連図(総計10図)を作成し,関与自体がほぼないFamily 9,10以外の(グループ1およびグループ2両方の)家族の共通項をまとめた全体のカテゴリー関連図を完成させた(図1)。これによると,母親が子どもの英語学習へ関与する背景には,自身の後悔や不安感が背景にあることが浮かび上がった。Family 1の母親は,「やっぱり喋れないからっていうのもあるんですけど,例えば,外国の方がいら っしゃるときに一歩引いてしまう気持ちもあるし,どこかで苦手意識もあるし...不安だし,怖いって いう気持ちもあるんですよね。 話しかけたいけど恥ずかしいっていう気持ちもあるし」と述べ,
「私がその後悔というか,もっと学生の時だったり,外国の方だったり英語とかに全てに触れ合って おけば,また違うあれ(人生)だったのかなという気持ちがものすごくあるので」と話した(丸括弧 内は筆者らの補足)。Family 1の母親は,「そのように思うから子どもたちの可能性や世界を拡げたいという思いでかかわっている」と話を続けた。
また,父親と母親の双方に,子どもの視点に立ってかかわろうとする態度や子どもの気持ちを尊重 しようとする態度といった自律支援的な態度が見られる一方で,間違ったことは間違っていると教えたり,取り入れてほしくない価値観に関して「違う」と教えたりするような態度は母親のみで見られ た。例えば,Family 5(グループ 1)の母親は,子どもと一緒に海外のドラマを見ている時に,取り入れたくない価値観に対し,「「あんまり,こういう番組は嫌だね」とかは言いますね。 「これはこうだ
よね」とか「それはいけないよね」とか,そういうのを言っていこうかな,というところはあります ね」と話した。このような発言より,躾のようなある程度の統制感を含みながら道筋を示し教える態度が,母親には見られることが分かった。
RQ3 に関しては,親の関与に対する子どもの認識が,【楽しい時間】もしくは【学習の時間】に分か
れることにより,(子どもの)英語学習への動機づけの種類が,結果として異なっていくことが分かった。なぜ子どもの認識がこのように分かれてしまうのかは,勉強に対する取り組み方が異なる点に原 因があると考えられる。一例として,グループ1 から Family 3 を,グループ2 から Family 7 を取り出
し,比較した。Family 3 は主に母親と一緒に英検 4 級の過去問題に取り組んでおり,親のかかわりを
【楽しい時間・知識が増える時間】として認識している。一方,Family 7 では母親が買ってきた英単語の本を活用し,子どもが毎日英単語を書いて練習し,スペルを暗記した後に母親が確認するという取り組みを行なっており,子どもは母親の関与を【学習の時間】として認識している。この違いにより,子どもの英語学習の動機づけの種類が異なったと考えられる。以下に詳しくこの違いを見ていく。
子どもの英語教育に関する家庭での親の関与に焦点を当て,グループ 1 のFamily 3 の母親と子どもの会話を取り出し,下記にまとめた。子どもは S3(Family 3 の Student の意味)と表記している。I はインタビュアーを指す。
【子どもの英語学習に関する家庭での親の関与】
[母親発話 3−1]太字は筆者らによる。
[子ども発話 3−1]
上記の発話から,Family 3 の母親と子どもは,目の前の英語の学習に一緒に取り組んでいることが分かる。また,Family 3 の母親は S3 の英語学習をきっかけに,英語を再学習し,その学習の過程を学
習者として楽しんでいる。さらに S3 自身も,英語の問題が解けるようになるという同じ目的を持つ学習者の一面を母親が示したことに少し驚く様子を見せ,2 人で学ぶことは楽しく,自分の学習にもプラスになると考えている。
【関与への親の態度】
[母親発話 3−2]
この例からは,Family 3の母親は子どもの英語教育に関して,英語そのものを学習することが目標ではなく,子どもに英語の学習を通して幅広い視野を持ってほしいと考えたり,可能性を拡げてほしい という想いがあったりすることが分かる。
【子どもの英語学習動機づけ】
[子ども発話 3−2]
上記の発話より,S3は英語を言葉の「やりとり」として認識しており,英語学習はコミュニケーションの視点を持った言葉の学びであると考えていることが分かる。自国だけでなく他国についても知ることの必要性についても述べており,漠然とはしているものの,外国との何らかのかかわりに向けて英語を学んでいることが分かる。
グループ 1 のFamily 3 の親子の例と同様に,グループ2 のFamily 7 の母親と子どもの会話を取り出し,下記にまとめた。子どもは S7(Family 7 の Student の意味)と表記している。
【子どもの英語学習に関する家庭での親の関与】
[母親発話 7−1]
[子ども発話 7−1]
S7の英単語学習は,テレビゲームをするための交換条件(一種の外発的動機づけ)として成り立っている。その決まりを作ったのは母親であり,子どもは母親から離れた別の部屋で英語学習に取り組んでいることが分かる。英語の学習に対し子どもが1人で取り組み,親はその先に答えを持って待っている。子どもは親の関門を突破しないと先には進めない。しかしながら,子ども自身はその学習に対 してのネガティブな感情は抱いておらず,テレビゲームをするための約束事としての英単語学習を受 け入れている。そして,将来は「大学に行ったりするから」英語の学習は役に立つと述べている。
【関与への親の態度】
[母親発話 7−2]
母親は子どもの英語学習に関して,英語という教科につまずき,落ちこぼれて苦労することがない ようにしたい,という想いがあることが分かる。また,英語ができないのは,教える側のせいであると考えていることも見える。母親にとってS7の兄である次男が英語の学習で苦労したことと,そのサポートのために英語(英文法)を教えた経験が一種のトラウマとなり,S7とのかかわりに影響を及ぼしているようであった。
【子どもの英語学習動機づけ】
[子ども発話 7−2]
上例には「コミュニケーション」という表現が出てきたため,一見すると,S7はコミュニケーションの視点を持って英語学習に取り組んでいるようにも思える。しかしながら,英語を使うことに対しての「まあ無駄なことはない」との発言から分かるように,S7は英語を「使えるなら使えることに越したことはない」程度に考えているようである。また「単語をいっぱい覚えたい」という発言から「単 語学習」に重きを置いていること,および[子ども発話7−1]から,テレビゲームをするための交換条件として,外発的にその単語学習に取り組んでいることが垣間見られる。
本研究の RQ1 は,家庭での子どもの英語学習に親がどのように関与しているのか,についてであった。グループ1 もグループ2 も「子どもと一緒に外国のニュースや出来事について話をしている」が
1番多く行われていることが分かったが,これは積極的に子どもの国際性を高めるために取り入れられているものではなく,朝食の時間など家族が揃う時間にテレビがついており,その中で気になるニュースに関しての自然な会話がなされているためであった。特に昨今の世界情勢において,戦争のニ ュースが大きく取り上げられており,どの家庭の話題も戦争に関する話題が多かった。
また,「子どもが学校の英語の授業で習ったことを,親が子どもに尋ねている」に関しても両グルー プ共に多く行われていたが,この質問の背景には,2通りの親のタイプが隠れていることが明らかに なった。1つは,英語に限らず一般的に子どもの学校の様子を知りたいために質問をする親であり, もう1つは,子どもの英語教育に関心を持っているために質問をする親である。前者の例として, Family 10 の母親は「私,基本的に学校のことをものすごく気にしてる方だと思ってて,色々,もう前
から「学校どうだったね」って「授業どうだったね」と子どもに尋ねている」と話した。ここから学校の様子を知ることで子どもの様子を確認したり,子育てのヒントにしたりしていることが窺えた。 後者に関しては,「僕らの頃は小学校の時に英語の授業がなかったので,今時の世代は小学校でどういうことを習うのかなというのは気になるかな」(Family 3 の父親)と話し,自らの興味で学習内容を知りたいと思う親がいる一方で,学校の英語のテストの答案を見ながら,子どもの達成度に関して話をする親もいることが分かった。例えば Family 2 の母親は「意外に英語の授業が,私が思ってた以上に, なんか結構,文章問題とかが出てきているのでちょっとびっくりしたんですよね。...なので,ちょっ とそのテストを見るのも,たまになんですけど楽しいんですよね。「こんな事を今習っててこんなに書 けるんだ」と思って」と述べた。テストの結果を見ながら子どもの成長を確認していることが分かる。 グループ 1 で多かった親子で一緒に楽しむかかわり(英語の歌やテレビ番組,英語の絵本やゲーム
などや文化イベントなど)は,英語サークルでの行事の影響であると考えられる。Family 2 の家族は, ハロウィンのお楽しみ会の時に,研究参加児童とその妹,母親,祖母と一緒に,母親の手作りの衣装で参加したことがあった。Family 2 の母親はその時のことを,「ちょっとでも楽しんでもらえるように手作りしたら,娘もうれしがって着てくれて,英語のイベントじゃない日でも着てくれたんですよね。 それはとてもうれしかったです。」と話し,子どもも母親の手作りの衣装がうれしく,みんなで参加で きたイベントが楽しかったと述べた。このように,イースターエッグハンティングやハロウィン,ク リスマス会などは,異文化を知り英語を学習すること以外に,家族で楽しみを共有する特別な場にもなっていることが垣間見えた。
小学生児童の英語学習に関して,子どもの習い事が大きく影響していると考えられる。英語を学ぶ場所が学校のみである場合,子どもは算数や国語といった他の教科同様に,教科としての英語を学習 し,親も子どもの英語学習を教科学習として捉えてしまうため,わざわざ家庭で英語に関するかかわ りを持つことは少なくなる。その一方で,子どもが学校外でも英語を学び,親子一緒に文化イベント を楽しむ機会があり,英語の絵本の読み聞かせや英語の歌に触れる機会などが多い場合は,家庭での親の関与は自然と増える。この関与の背後には,親の価値観や外国への興味があるものと考えられる。もともと親自身も外国や英語に興味を持っていたからこそ,子どもに英語の習い事をさせ,家庭でも 自然と英語に触れる機会が増えているものと考えられる。しかしながら,英語の習い事での行事を通 して親の外国への興味が増したため関与が増えた,と逆方向のプロセスも考えられるため,さらなる検証が必要と思われる。
次に RQ2 では,家庭での英語学習に対する親の関与について検証した。まず父親に関しては,Family 1,2,3,9 の父親は,英語に関する関与の時間を【日常の一部】として認識し,Family 4,5,6,8 の父親は子どもへの想いを含んだ【かかわりの時間】だと認識していることが分かった。しかしながら, そのように特別な思いを抱く父親がいるにも関わらず,子どものインタビューからは,(子どもたちの認識する)親とのかかわりは母親との方が深いことが窺えた。
一方,母親に関しては,英語学習に対する関与が,外国のニュースについて家庭で話したり,学校の授業について親が質問したりすること以外はほぼ皆無である Family 9,10 では,関与を【日常の一部】として認識していることが分かった。その他の母親(Family 1~8)の英語に関する関与の時間は,特別な感情を含んだものとして立ち現れた。Family 2 の母親に関しては,段階として 2 つの認識が取り出された。過去においては,勉強することを子どもに強いていたことがあり【失敗させないように
導く時間】として,現在は【子どもの成長を見守る時間】として存在することが分かった。この変化 の理由としては,子どもの成長に合わせて,勉強を強いることをやめるなど統制的な関与を避けたこ とが挙げられる。
子どもの側から見ると,親の関与は【日常の一部】として認識されるか,もしくは【意味のある時 間】,つまり【楽しい時間】もしくは【学習の時間】として認識されるかに分かれたが,これは親の関 与の度合いと関係しているようであった。関与がない Family 9,10 に加え,関与が減少した Family 2 は,親のかかわりが「親子一緒に外国のニュースや出来事について話をしている」や「学校の英語の 授業について,親が子どもに尋ねている」に偏ってしまっているため,親の関与を【日常の一部】(日常の一コマ)程度として捉えているものと考えられる。それ以外の子どもの認識は,関与が多いため, より具体的な【意味のある時間】、つまり【楽しい時間】もしくは【学習の時間】に分かれたものと推 察される。
RQ3は,親の関与と(子どもによる)その認識が,英語学習の動機づけへどのような影響を及ぼすのか,に関してであった。Family 3(グループ1)とFamily 7(グループ2)の親子2組を比較した結果,親の価値観の違いの影響が見えてきた。Family 3の母親は,短期大学の英語科で英語を学び,アメリカで約3週間の英語研修に参加し,英語を学んできた経験がある。現在は英語に関する仕事をしていないが,学習者として英語と向かい合った経験や,海外でも異文化を体験しながら学んだ経験から,英語を学ぶことが1つのゴールではないと感じているものと考えられる。つまり,子どもの英語学習に対 する価値観の視点が,子どもの将来や社会といった未来にあると言える。また,Family 3の子どもの英語学習の目的は,「英語を通しての学びや楽しみを得ること」であり,内発的に動機づけられている。さらに,親が持つ「英語の学びを通しての視野や可能性を拡げること」という価値観を子どもが自分 の中に取り入れており,「英語を通して外国のことを知り,英語でコミュニケーションを取りたい」 といった動機づけの内在化が進んだ状態(つまり,同一視的調整)で学びを継続していると言える。Family 7に関しては,家庭での英単語学習は母親が決めたものであり,テレビゲームをするための交 換条件としておこなっているものであることから判断すると,自己決定度の低い動機づけで学習を始 めたと言えよう。別の言い方をすると,親の統制による行動の決定を,子どもが受け入れている状態 にあることが分かる。また子どもは,大学受験で英語の科目が必要なこともある程度は認識している と思われ,英単語を覚えることで中学校に入ってからの英語の教科の成績が良くなるはずであり,成績がよければ大学受験につながると考えている。これは親の「落ちこぼれさせたくない」という価値 観を取り入れているものと推察される。なお,この価値観は失敗することを拒むものであり,そのた め失敗してはならないといったプレッシャーが伴っているものと考えられる。以上より考えて,子ど
もの動機づけは外(母親)からの統制により外発的に動機づけられたものと判断できる。
Family 3の子どもも,Family 7の子どもも,親の価値観をそれぞれ自分の中に取り入れている。これは Grolnick et al. (1999) が指摘しているように,両者とも「ある行動を行うことが重要だ」といった周りの大人の価値観を受け入れて,成長している状態にあるものと考えられる。しかしこの両者では, 子どもの動機づけのスタート地点が異なっている。Family 3の子どもの動機づけのスタートは,ある程度自己決定の度合いが進んだ動機づけの状態(同一視的調整)であるのに対し, Family 7の子どもは, 自己決定度の度合いが一番低い外的調整からスタートしている。そしてこの違いは,親の価値観とそれに伴う親の関与の仕方が如実に影響したものと考えられる。
本研究は,子どもの英語学習へ家庭で親がどのようにかかわるかを調べ,それが子どもの英語学習の動機づけにどのような影響を与えるのかを,質的手法で明らかにしたものである。親が過去の自身 の英語学習に後悔や不安,焦りといった特別な感情を持つほど,子どもへの期待感が大きくなる。また,親の過去から現在に至るまでの英語学習に対する価値観により,子どもへの期待が異なってくる。英語を教科学習として,受験のために学ぶものとして捉えてきた場合は,子どもが教科学習で成功してほしいという期待が高まる。一方,外国の人たちとのコミュニケーションの手段として学ぶという気持ちを強く持つと,子どもの国際性への期待が高まる。このような期待感が,英語学習に対する家庭での親のかかわり方へと影響を及ぼす。しかしながらこのような関係は,今回の研究では,母親に のみ当てはまることが分かった。この理由の 1 つは,日本の文化背景の中で,父親より母親の方が子どもと向き合う時間が多い実態が影響しているものと考えられる。
今回の研究からは,子ども自身が家庭での英語学習に関する親の関与をどのように認識するかが, 彼らの英語学習の動機づけの決定的な要因となることも明らかになった。その認識には,親の「落ち こぼれさせたくない」という価値観を自分の中に取り入れ,英語学習を教科学習と認識する場合もあれば,親の「可能性や視野を拡げたい」という価値観を自分の中に取り入れ,コミュニケーションのための英語を意識する場合もあり,この違いにより(子どもの英語学習に対する)動機づけの状態が変わることも判明した。子どもが英語学習者としてのどのような価値観を形成するかは,親がどのような価値観を持って英語学習を行ってきたかと密接に関係している。よって,今後の小学生児童の英語学習動機づけ研究においては,家庭での親の影響要因を含めた研究デザインが欠かせないものと考 えられる。
「生きられた経験」とは,「日常のなかで,本人に意味あるもの,本質的な要素を含むものとして認識される経験(文脈に埋め込まれた経験)」という意味合いで使われている(van Manen, 2016)。この用語は社会学や哲学の分野において定訳であるため,ここではそのまま利用する。
10 家族分のカテゴリー関連図については紙幅の関係でここでは掲載できないため,次の URL から参照されたい。URL: https:// www.iris-database.org/details/ysNN0-vbLVs, または
https://doi.org/10.6084/m9.figshare.21893037.v1
本研究は,第一著者への JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2150)の助成をうけておこなわれました。また,研究へのご協力頂いた保護者・児童の皆様,熊本市子ども会育成協議会の皆様にも心より感謝いたします。
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