抄録
1.はじめにスギの針葉は、冬期に直射日光にさらされると、緑色から褐色に変化することが知られている。この変化はカロチノイドの一種であるロドキサンチンが蓄積することによる。これまでの研究によりロドキサンチンは低温、強光条件下での光阻害に起因して蓄積し、光阻害の進行を防止する光防御機能をもつことが明らかされている。また、異なる標高に生育するスギを用いた実験から、厳冬期に、標高間で比較すると、ロドキサンチンの蓄積量には差が観られなかったが、標高の高い試験地ほどクロロフィル蛍光収率(Fv/Fm)が低下し、深刻な光阻害を受けていることが示唆された。そこで本研究では、気温が低下し、スギが最も低温・強光ストレスを受けていると考えられる1月に、異なる標高に生育するスギの切り枝を持ち帰り室内で回復させ、Fv/Fmと、色素組成の経時変化を調べた。これらの結果から、冬期に異なる標高に生育しているスギが受けている光阻害の程度とその回復過程を明らかにすることを目的とした。2.研究材料及び方法2002年1月24日に、静岡県仏谷山南側斜面の標高1120m、標高900m、標高630m、標高150mに生育するスギを用いてFv/Fm測定した後、切り枝を実験室に持ち帰り、水切りを行った後、実験室内の温度は20℃、光強度は50μmol/m2sに設定したグロスチャンバー内においた。これらを用いて回復の過程を調べるため毎日Fv/Fmを測定し、色素分析用の葉を採取した。採取した葉を用いて、80パーセントアセトンで色素を抽出し、分光光度計(Ultrospec2000 Pharmacia Biotech)及び高速液体クロマトグラフィー(HPLC Shimadzu)を用いてクロロフィル及びカロチノイドの分離、定量を行った。また、光合成関連の代表的なタンパク質(Rubisco大小ユニット、LHC)をSDS-ポリアクリルアミド電気泳動法で解析した。3.結果及び考察 Fv/Fmは、標高1120mにおいて、現地では0.058と0.1を大きく下まわっていたが、11日後に0.58まで回復した。しかしその後0.8まで回復しなかった。標高900mにおいては、5日間で0.15から0.56まで上昇し、その後緩やかに上昇し、11日後には0.72まで回復した。標高630mにおいては、5日間で0.42から0.71まで上昇し、その後緩やかに0.76まで回復した。標高150mにおいては、5日間で0.58から0.78まで上昇し、その後0.78から0.80の間で推移した。 一方、キサントフィルサイクルの脱エポキシ率は、標高1120m、標高900mにおいては、4日間でそれぞれ0.77から0.09、0.68から0.06までと急激に低下し、Zは完全に消失した。また、標高630m、標高150mにおいても、2日間でそれぞれ0.54から0.08、0.44から0.07まで低下し、Zは完全に消失した。 ロドキサンチン量は、各標高とも0日目には大きな差はなかったが、回復過程で明確な違いが観られた。標高1120mにおいては、4日間増加し続けた後、急激に減少し、13日後には完全に消失した。標高900m、標高630mにおいては、緩やかに減少しはじめ5日目以降急激に減少した。標高150mにおいても、4日目以降急激に減少した。また各標高とも個体によって蓄積量に大きな違いがみられたが、標高間で比較すると有意な差があった。 光合成関連のタンパク質は、標高1120mにおいて他の標高と比較して著しく少なかった。また、回復過程において、標高900m、標高630m、標高150mにおいては3日後に増加が観察されたが、標高1120mにおいては変化が観られなかった。 以上の結果から、各標高におけるFv/Fmの回復と脱エポキシ率の回復に明らかな時間差があった。したがって、Fv/Fmの低下がZの残存にのみ起因しておらず、D1タンパク質などの減少にもよることが示唆された。また、標高の高い試験地の個体ほど、Fv/Fm、脱エポキシ率の回復、ロドキサンチンの消失に時間がかかった。特に、標高1120mにおいては、タンパク質が著しく減少していたことから、キサントフィルサイクルでは消去しきれない過剰な光エネルギーが多く発生し、これによって、タンパク質がより多く酸化分解されていることが示唆された。今後、光阻害からの回復過程に及ぼす光強度の影響を明らかにするため、異なった光条件下での回復過程を解析する予定である。